7.6. Story 2 時を超えて

3 処刑の朝

 夜明け前にもかかわらず、西の都の都督庁前の広場はものものしい警備に包まれた。
 広場の中央に一段高くなるように二メートル四方くらいに板が張られ、どこからでも見渡せるようになっていた。
 死刑執行役の男二人が罪人の首に荒縄を巻き付けて両側から思い切り引っ張るという惨たらしい方法が採られるようだった。

 そもそもチオニで死刑が、ましてや公開処刑が行われた事など未だかつてなかった。これは偏に聖なる樹の下で善行に励んでいる星の偉業だと称えられていたが、実際はドノスがそういった罪人たちを裏で処断、つまり人体改造していただけの事だった。
 何はともあれ都の人々にとっては初めての体験であった。キザリタバンという人物はチオニの慣例を打ち破るほどの極悪人なのか、執行までには大分時間があるにもかかわらず、その顔を一目見ておこうという人々の間で夜中から陣取りが始まった。
 目先の利く商人たちはこうした徹夜組の野次馬に対して食事や毛布を売りつけて歩き、広場はさながら祭りの前のような高揚感に包まれていた。

 
 ロクは篝火の炊かれた広場に静かに近付き、警備の様子を観察した。都督庁が広場を取り囲むように建っていたが、張り出したバルコニーには隙間なく火砲が設置され、全ての砲身が広場の中心を向いていた。
 時間が来ればハクが雷獣と共に広場になだれ込む手筈だった。自分はポッドを駆ってあのバルコニーに並んだ火砲を始末するつもりだった。後はケイジがどうにかしてくれるだろう。

 問題はコクだった。ヴァニタスは空の部隊に当たってくれる約束だったが、その後の動きが読めなかった。
 きっとヴァニタスもこの西の都に降りてきて暴れるに違いない。ケイジがセキを南の都に配置したのは正解だったかもしれない。ヴァニタスをコウの仇と考えるセキは彼らを見かけたら、そちらと戦い始めてしまうのは目に見えていた。
 ハクはどう動くのか、やはりコクと戦うのだろうか。双子の兄たちには周囲にわからない二人の間だけの想いがあるようだった。

 いずれにせよ最初に動きがあるのは空のはずだった。連邦の艦隊が来たと思わせてヴァニタスが奇襲をかけ、その混乱が収まらない内に東と南の都でも行動開始、という段取りだったが、西の都だけはキザリタバンが現れないと話にならなかった。
 絶妙のタイミングで行動を開始してくれればいいのだが――ロクはかすかに明けようとしている空を見上げた。

 
 シップの中ではチャパがヴィジョンを使って未望と話をしていた。
「じゃあ、始めっか」とチャパが言った。「おれのシップを石の力で向こうの防衛線の背後に出現させる。混乱が生じるはずだからその隙に船団を進めてくれ」
「承知」
 スクリーンの向こうの未望が答えた。
 その顔からは何の感情も伝わってこない、チャパの隣にいたコクは心の中で思った。未望はどんな時にも決して感情を表に出さない。この男は何を求めて生きているのだろうか。

 
 チャパが石の力でシップを防衛線の先に飛ばした。いきなりの海賊団のシップの出現に《享楽の星》の上空を守る護衛船団の隊列に乱れが生じた。
 コクはすかさずシップから外に出ると雨虎に跨って護衛船団の隊列を切り裂いて進んだ。
 ひとしきり暴れた後で後方を見やると、未望に指揮されたヴァニタスの船団がすぐそこまで迫っていた。先頭のシップはスローターで未望は最後方に控えているようだった。

『火炎陣、螺旋!』
 未望の号令が合図となり、スローターのシップを先頭に海賊船が縦一列に並び、円を描くようにして、防衛線に突っ込んだ。
 一点を突かれた防衛線は錐で穴を開けられたようにそこだけシップの壁が崩れ落ちた。
『火炎陣、熱波!』
 再び未望の号令があり、防衛線の中に入り込んだスローターのシップは九十度向きを変え、きれいに整列したシップの横っ腹目がけて突撃した。スローターの後ろのシップはスローターとは逆に九十度向きを変え、同じように突撃し、まるで線香花火の火花が弾けるように隊列を突き崩した。
 後方から船団を攻撃していたコクと前方から突っ込んだスローターのシップが交錯した。今や相手の隊列が完全に乱れ、統率が取れなくなっているのを確認したコクはチャパのシップに戻った。

 
「あの未望という男、何者だ?」
 雨虎を盾に戻しながらコクがチャパに尋ねた。
「さあ、大事なのは使える奴か、そうでないかだけだ」
「よくはわかりませんが」とプロロングが口を挟んだ。「連邦、それもコメッティーノたち中枢の人間にかなりの恨みを持つ者、そういう事でしょうな」
「へっ、じゃあ俺もさぞや恨まれてんだろうな」

「朝、冷たくなってねえようにするこった――さあて、こっちはもういいや。地上に攻め入ろうじゃねえか。コク、本当に石はあるんだろうな?」
「ああ、間違いない。最低でも一つ、ドノスの力の源は石のはずだ。他にもあるかもしれない」
「ドノスか。深入りしたくはねえからそっちはお前の兄妹たちに任せよう。どうせ最後には全部おれたちのもんになるんだ」
「でしたらこのまま高みの見物でもよろしいのではありませんか?」とプロロングが尋ねた。
「わかってないね。人を斬り刻むいいチャンスだろうよ――だがいつまでも戦ってるのもよくはねえ。よし、何でもいいから石を一個回収したら撤収といこう」
「……コクの兄妹を殺して奪い取ってもいいんだな?」
 普段滅多にしゃべらないバイーアがぼそりと言った。
「もちろんだ」
 コクはにやりと笑って答えた。
「でも手強いぞ」
「石は全部コメッティーノ議長の下にある訳ではないようですよ。《戦の星》や《大歓楽星団》で幾つか手に入れたようです」とプロロングが言った。
「そいつを頂くんでもいいや。じゃあ、おれとコクとバイーアで西の都に飛ぶ。プロロングは後で血の気の多いのを引き連れて来てくれ」

 

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