7.6. Story 2 時を超えて

2 ザイマ逃走

 話は二日前に遡る。
 東の都の都督ライヤの下を西の都の都督ビーズレーが訪れた。
「珍しいな。のんびりと話をする状況でもないだろうに」
 顔中髭に覆われたライヤが野太い声で皮肉っぽく言った。ライヤは獣人の血を引いているという噂だった。
「つれない事を言わんでくれよ」
 ぶよぶよと太ったビーズレーが科ををつくりながら答えた。
「だからこそ、ここに来たんじゃないか」
「用件を言え」

「ム・バレロ様が直々に来られてな。『スラム街のゴミどもを掃除しておけ』と言われた」
「スラム街のゴミ……だったら俺には関係ないな。お前とアッソスの間の区域だろう」
「アッソスの所には行ったさ」
「ははーん、相手にされなくてここに来た訳か」
「そうそう。ザイマも当てにはならんし、あんたしか頼る人間がいないのだよ」
「お前一人でどうにかしたらどうだ。こっちもアッソスと同じでそれどころじゃない。連邦の奴らがいつ攻め込んでくるか、わかったもんじゃないからな」
「スラム街の大掃除もその一環で連邦とゴミどもが結託しないように、というのがム・バレロ様の狙いらしい」
「むぅ、確かにそうなると面倒くさいな――よし、わかった。ゴミの親玉の捕縛までは力を貸そう。だがその後は知らん。ゴミを殲滅するか、放っとくかはお前が決めろ」
「ありがたい。手を貸してくれるんだね。うちの都の兵隊は数こそ多いが、あんたやアッソスの所のような精鋭ではないんでね」
「その代わり、火砲を優先的に融通してもらってるだろ?」
「まあ、そこいらの配慮はね。ム・バレロ様に取り入ってるので」

「ふん、腰巾着め。ところで西の様子はどうだ?」
「様子……特にいつもと変わりはないが」
「都の中ではない。俺が言ってるのは外の様子だ」
「……ああ、外ね。そう言えばここ数日『忌避者の村』の辺りが騒がしいって報告が入ってるくらい」
「やはりそうか。こちらでもサンドチューブを見たという人間が増えている」
「えっ、何かの前触れなんでしょうかねえ」
「さあな。だがこうなると『夜闇の回廊』がどうなっているかも知りたいな」
「……ザイマに聞いてみますか?」
「聞いた所で答えまい。あの男は何を考えているかわからん」
「本当に――では捕縛の件、よろしく頼みましたよ」
 ビーズレーは来た時と同様、腰を振りながら出ていった。

 
 次の日の夜遅く、西と東の都の私兵の共同作戦によってキザリタバンは隠れ家にいた所を捕えられた。
 この知らせは直ちに南の都の都督アッソスにも届いた。
 アッソスは痩せぎすで蓬髪の男だった。
「ふん、西に勢力を集中させ、そこで決着をつけるつもりか。ビーズレーには荷が重いな」
 報告をした男がアッソスに尋ねた。
「では殿、西に助太刀に向かわれますか?」
「いや、連邦はこの南の都でも必ずや行動を起こす。西に構っている場合ではない。むしろ西が落ちた場合の事を考えておけ」
 アッソスは刀を鞘から抜き、熱のこもった目で刀身を眺めた。

 
 同じ知らせは北の都の都督ザイマの下にももたらされた。
 ザイマは報告を受けた後、すぐに人払いをして一人で考え込んた。端正な顔立ちをしていたが隠しようのない憂いを湛えていた。
 連邦か――ザイマの胸に二十年前の屈辱が蘇った。

 天才的なガンナーとして《エテルの都》の傭兵隊長だったおれを絶望のどん底に突き落としたのは連邦の小娘、いや七武神だったから、ただの小娘ではなかったが、とにかくおれはほうほうの体で都を逃げ出した。
 それからは連邦の目が届かない場所を転々とした。おれは怖かったのだ。
 そしてようやくこのチオニの都督にまで登り詰めた。
 だが又、連邦がやってくる。
 都の他の奴らは知らない、連邦の恐ろしさを。あいつらはたったの数人で何百人もの相手を打ち負かしてしまうのを。
 こちらには万分の一も勝ち目がないのだ。
 こうなれば身の振り方を考えなければならないが、これ以上どこに逃げればいい。チオニが落ちれば銀河はほぼ連邦の息がかかったものとなる。
 いっそ銀河の外にでも出るか……

 
 次の日、ロクが都を疾走していた頃、ム・バレロから四つの都の都督に連絡が入った。直ちに王宮に集合せよとの事だった。
 ユグドラジルの大樹の下にある王宮にザイマを除いた三人が集まった。
「ザイマは遅いですねえ」
 ビーズレーの声はがらんとした広間で反響した。
「ふん、いつもの事だ」とライヤが答えた。
「――しっ、ム・バレロが来たぞ」

 いつの間にか、ム・バレロが広間に現れていた。上半身は裸でいくつもの派手な飾りを体に付けていた。
「ム・バレロ様、都督全員を呼び付けるなど滅多にない事。一体何のご用でしょう?」
 ビーズレーがにやにや笑いながら尋ねた。
「お主たちに集まってもらったのは他でもない。明朝のキザリタバンの処刑を阻止するべく連邦が行動を開始するであろう」
「やはり。そうなると兵を増員して頂かないとなりませんな」
 ビーズレーの言葉にム・バレロは表情を変えずに言った。
「お前の所だけではない。全ての都、そして空で戦闘が開始されるはずだ」
「やはりな」とアッソスが言った。「私兵の六百で足りない事はない。増援する余地があるなら西に回してやってくれ」
「――大した自信だな。真っ先に陥落しないようにしろよ」
「何を。連邦ごときに鍛え上げた私兵が負けるものか」

「正直、増援はできん」とム・バレロが言い切った。「その代わりと言っては何だがお前ら自身を強化してやる」
「強化だと?」とライヤが大声を上げた。
「そうだ。かの偉大なるドノス王の術を施してやろうというのだ。お前らは鬼神のごとき強さを手に入れるのだ」
「いいね。強くなるためなら何だってする」とライヤが言った。
「同じだ」とアッソスも言った。

「……しかし連邦を過大評価し過ぎなんじゃないですかねえ」
 ビーズレーの言葉にム・バレロはにやりと笑った。
「三人もいればお前の所の私兵の数千くらいは訳もなく蹴散らすぞ」
「またご冗談を」
「――その証拠に連邦の怖さを知る男はここに来ておらん」
「来ていない……ザイマでしょうか?」
「あいつは来ない。連邦に痛い目に遭った事があるから逃走するのだろう」
「そんな」
「本来であれば厳重に罰しないといけないが事態は急を要する。逃げる奴は放っておいてお前らだけでいい。付いてくるがよい」
 ム・バレロは広間を奥に進んで突然に姿を消した。三人の都督も慌ててム・バレロの後を追った。

 
 ザイマはム・バレロの呼び出しに応じず、都督庁に主だった者を集めた。
「皆も知っている通り、明朝から連邦との戦闘に突入する」
「ザイマ殿、連邦の人間がここから西にいった『チオニ・リゾート』の廃墟を根城にしているという情報が入っております。こちらから奇襲をかけましょう」
「話は最後まで聞いてくれ。おれは連邦と戦うつもりはない。この都に連邦が攻めてきた時には黙って従おうと思う」

 集まった人間の間にどよめきが起こり、それが収まった頃、ようやく一人が質問をした。
「ザイマ殿、この都をみすみす明け渡すというのですか。それは裏切り、敵前逃亡ではありませんか?」
「――おれはな、二十年前に連邦と戦った事がある。たったの四、五人で数千人を打ち破るような奴らなんだ。こちらに勝ち目はない」
 再びどよめきが起こった。
「しかし中央が、錬金科学部がそれを許しますか――それにム・バレロ様であれば連邦に打ち勝つ妙案をお持ちかもしれないではありませんか?」

 ザイマは喉元まで言葉が出かかるのを必死で抑えた。ム・バレロにとって大事なのは自分、そしてその背後にいる者、四つの都など所詮は捨石でしかないのだ。
 この事に気付いたのは都督になって都を視察していた時だった。都の中心の大樹の近くに差しかかった時に突然に頭の中に声が響いた。
 声はこの星を覆う暗黒の正体を告げ、そう先ではない将来、その暗黒が滅びる事を伝えた。
 連邦に勝てるはずがない、なのにム・バレロが都督たちを呼び付けたのはおそらく良からぬ術でも植え付けるためだ。
 全てはあの男、ドノスを守るため――

 
 ザイマは我に返って、集まった人間に伝えた。
「おれはたった今、都督の職を辞する。連邦に従いたい者、チオニとともに殉じようという者、お前らの好きにするがいいよ」
 そう言い残してザイマは出ていった。

 
 北の都の大路に出たザイマは考えた。このまま連邦の軍門に下るのもしゃくだった。自分なりに何か爪痕を残したかった――『夜闇の回廊』、そこが自分の向かう場所だとぼんやり思った。

 

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