目次
4 ペトラムの末裔
螺旋階段を飛ぶように登っていくと、上から降りる一団に出くわした。茶々の姿を認めると足を止め、近くにあった踊り場に戻った。
「へへへ」
ゆっくりと階段を登ると上の方からリチャードの声がした。
「茶々か。思ったよりも早かったな――お前一人か?」
「ああ、ペトラムの勇者はニニエンドルの子たちを解放するんだとよ」
茶々が踊り場に立ち、男たちの向こうには隠れて見えないがリチャードが立っているようだった。うめき声を上げながら向こう側の男たちがばたばたと倒れていく音がした。
茶々も負けじと目の前の男たちを打ち倒して、気がつけば踊り場にはリチャードと茶々しか残っていなかった。
リチャードは茶々を見つめ、にやりと笑った。
「大分腕を上げたようだ。動きに無駄がない」
「ありがとよ。暗殺者にとっちゃ最高の褒め言葉だ――おっと、ペトラムが来た」
ワイオリカとヌーヴァックが人を引き連れて階段を登ってきた。踊り場に倒れている男たちを前にして驚愕の表情を見せた。
「……全てあなた方お二人で?」
「お嬢さん、お初にお目にかかる。リチャード・センテニアだ」
「――銀河の英雄のお一人ですね。私はワイオリカ・ペトラム、この《密林の星》と運命を共にする者です」
「ワイオリカ、これで全てか?」
ワイオリカとヌーヴァックは解放した人々を解散させてから、倒れている男たちの顔を見て回った。
「ええ、ここにカシアンも倒れています。心配でしたら地上に行きがてら、確認いたしましょう」
ワイオリカの案内で一行は地上に近い所にある石造りの見晴台にやってきた。
「ここからシップが出航していたのです」
「カシアンの背後にいる人物や団体に心当たりはあるか?」とリチャードが尋ねた。
「いえ、ここにシップがやってきて荷を運ぶだけでしたから――」
「まあ、よしとするか。ドリーム・フラワーの半分は潰した。これで勢いも鈍る」
「私の考えではそれほど遠くない星で栽培をしているのではないでしょうか?」
「近く……《享楽の星》か?」
「そちらではなく『マグネティカ』の向こう側です」
「なるほど。『マグネティカ』の抜け道を使って来ているか」
「確信はありませんが」
「ところでワイオリカ」とリチャードが話を変えた。「君に確認したい事がある」
「何でしょう」
「私は二十年前に蘇った邪神ナックヤックと戦った――」
「えっ?」
「やはり顔色が変わったな」
「ナックヤックは何か言っておりませんでしたか?」
「言っていた。それが君に尋ねたい事だ」
「それは?」
「《密林の星》はもはや死にゆく運命――奴はそう言った。どういう意味だ?」
「それをお話するにはまずこの星の歴史をお伝えしなければなりません――
【ワイオリカの語り:滅びゆく運命】
――この星には元々二つの秩序がありました。一つはニニエンドル、ニニエンドルはこの星そのもの、緑を育む力です。それに対してナックヤックは森を枯らす存在、この両者が均衡し合って星は生きていました。
ところがナックヤックの態度は日に日に横暴になりました。星が生きていられるのは自分が森を枯らしているからだ、そうでなければこの星はとっくに緑に飲み込まれている、だから自分を崇めるのだと。
私たちの先祖、ペトラムの勇者はこのナックヤックの態度に反発を覚えました。時に増長するナックヤックを戒め、時に暴れるナックヤックにお仕置きを据えたのです。
今考えてみれば、ペトラムの勇者もこの星の秩序の一つだったのかもしれません。ニニエンドルの体現者たるペトラムとそれに対立するナックヤックが共存する事によって、万事は正しく回っていたのでしょう。
そしてあの事件が起こりました。
起源武王カムナビの家臣のケイジと呼ばれるワンガミラの剣士がナックヤックを斬り捨ててしまったのです――
リチャードも茶々も「あっ」と言ったきり、言葉を失った。
「どうされました。リチャード様、それに茶々様まで。表情がお変わりになりましたが」
ワイオリカは話を途中で止め、二人に尋ねた。
「いや、気にせず続けてくれ。あまりにも驚くべき名前が出たので我を失っただけだ」
「そうですか――
――ナックヤックが倒れた時に先祖のチェスカワン・ペトラムは悟ったそうです。これからはこの森を枯らす者はいない、つまりはこの星は緑に飲み込まれる運命を受け入れざるをえないのだ。気の遠くなるような長い時間を経て我々は自然に復讐されるのだと――
「――という話が伝わっております」
「なるほど。では《巨大な星》で蘇ったナックヤックの偽者を倒したのは間違いだったかな」
「いえ、そんな事は。所詮は偽者。蘇ったとてこの星の滅びを食い止めるほどの力は持っていなかったでしょう」
「そうだろうな。ケイジならともかく私に倒されるくらいでは星を救うなど土台無理な注文だ」
「――あなた方はカムナビに仕えし剣士、ケイジをご存じなのですか?」
「ああ、信じられないとは思うがそうだ。実は今から行く《享楽の星》にケイジは来る」
「……そんなに長い年月、生きてらっしゃるのですか?」
「ご先祖の話が本当であればそうなるな。ケイジは起源武王に仕え、そして今ドノスを倒そうとしている」
「長かった一つの物語がようやく終わりを告げる、そういう事なのでしょうか?」
ヌーヴァックの下に一人の青年が近寄って、耳元で囁いた。
「うむ、わかった」
ヌーヴァックが青年を帰してからリチャードが尋ねた。
「何かあったか?」
「大した事ではございません。北のはずれの遺跡に少し前まで見かけぬ人間がいたという知らせでございます」
「遺跡?」と茶々が言った。「その人間ってのは短い髪の女じゃねえかい?」
「よくおわかりになりましたな。お知り合いですか?」
「ああ、オレの姉貴だ。銀河中の遺跡を回って歩いてんだとよ」
「そうでございましたか。今はもういらっしゃらないという事ですから、一足早くチオニに向かわれたのではないでしょうか」
「ああ、オレたちも急がないといけねえ。リチャード、後やる事は?」
「残党の討伐と連邦加盟の手続きだが、事務作業は専門家に任せるとして、後一日といった所だ」
翌日、リチャードと茶々が出発する時、見送りにきたワイオリカが言った。
「茶々様、またお会いできますよね?」
「……ああ、すぐに戻ってくるよ」
「お気をつけて」
リチャードは茶々の肩をぽんと一つ叩いてシップへと向かった。
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