7.5. Story 4 『死者の国』の試練

4 Dreamtime

 翌朝、ケイジとセキが宿屋の外に出るとティールとトーラが待っていた。
「ケイジ殿、お別れですな」とトーラが声をかけた。
「うむ、とんだ里帰りになってしまったな」
「バフも私も二十年前に拾われた身。よくぞここまで生き延びたというのが実感です。しかしバフは故郷にも戻れず、気の毒な事をしました」
「……お前はどうする?」
「ティールが声をかけてくれましたので、この星でバフの冥福を祈りながら生きていこうと思っております」
「それがいい。いつまでも戦いに明け暮れるのはよい事ではない」
「ケイジ殿のお言葉とも思えません」
「私はいいのだ。戦い続ける事でしか自らの居場所を証明できない。それに鬼哭という恐ろしい相棒も手に入れたしな。やり続けるしかない」
「ご武運をお祈り致します」
「ああ」

 
 《誘惑の星》のポートでケイジが言った。
「セキ、ここからは別行動だ。お前はこのままフォックスの下に向かい、ハープを返してもらえ」
「ケイジは?」
「今一度、《幻惑の星》に行き、ン・ガリに会う」
「ああ、そうだね。それは大事かもしれない――じゃあ、また後で」

 
 セキは連絡船を降り、ポートから一人でトーントの村に向かった。すぐにフォックスは見つかり、笑顔で話しかけた。
「よぉ、早かったじゃねえか。バンブロスのケリはついたのか?」
 セキは一連の出来事をフォックスに説明し、ハープの所在を尋ねた。
「……ああ、おれんとこにあるよ。でも渡しちまっていいのかな」
「ン・ガリさんは何を心配してたんだろう?」
「いや、実はン・ガリだけじゃねえんだよ。ステーションのイサも同じらしいんだ」
「同じって?」
「ミラ女王の様子がおかしいって言うんだよなあ。おれは親しい訳じゃねえからわからんが」
「ケイジが今ン・ガリさんの所に寄ってるから、帰ってくるまで待とうかな」
「いいんじゃねえか、お前の判断に任されてるって事だろ」
「うん、そうだね。それじゃあ女王に返しに行ってくる」

 
 同じ頃、ケイジは《幻惑の星》に着き、ワンガミラの暮らす湿地に向かっていた。広場の中央の焚火の奥には一人のワンガミラが腰を下ろしていた。
「ン・ガリか?」
「ケイジ殿。またお会いするとは思いませんでした。今日は何用で?」
「どうやらこの星団も連邦加盟待ったなしだ。ワンガミラの意志を確認しに来た」
「そうですか、どうぞお座り下さい」

 
 ケイジはン・ガリの隣に腰を下ろし、会話を続けた。
「この間の話通り、あの奥の木彫りの像はバルジ教の印とは形が少し違うようだな」
「申し上げたように、我々の土着信仰では世界崩壊を防ぐ勇者は九つの頭を持っていたのです。それがバルジ教と結び付き、あのような蛇の形になりました」
「ふむ、お前はウシュケーに会っているのだったな?」
「ええ、ウシュケー様だけでなくその師、サフィ様にもお会いしました」
「……サフィ」
「ん、どうされました。ケイジ殿」

「いや、実は私は記憶を探す旅に出ている。最初に私の名前を聞いたのはいつ、誰からだ?」
「さあ、難しい質問ですな。立ち寄った商人から聞いたのはいつでしたか……」
「思い出せないならそれでいい。かなり昔という事だな」
「――思い出しました。あれはまだ『チオニの戦い』の前に、あちらから来た商人が話題にしておりました。『あんたらにそっくりの凄い剣士がいる』と」
「……シロンの時代か」
「そうなりますな」
「《享楽の星》に行く必要があるな」

「ケイジ殿。出過ぎた真似かもしれませんが、記憶を取り戻す事がそれほど重要でしょうか。同じ顔を持つ我らとここで暮らすのも一つの手ではありませんかな?」
「知った所で幸せにはなれぬか――苦労人らしい言葉だな」
「ケイジ殿ほどの腕であれば、どこでも変わりませんか。これは余計な心配でした」
「心遣い感謝する。私はお前たちと外見は似ているが、中身は全くの別物かもしれないな」
「きっとそうです」
「話ができてよかった。やはりチオニに行かねばならぬようだ――それで連邦加盟の件はどう返答する?」
「従うのが歴史の流れでしょうな」
「賢明な判断だ」

 
 セキはフォックスから手渡されたハープを手にムスクーリ家の屋敷を訪れた。
 それは不思議なハープだった。大きさは片手で取り扱えるくらいの竪琴だったが、凝った装飾が施されていた。羽を広げたクジャクを模しているのだろうか、頭に当たる部分には黄色と黒のまだら模様の石がはめ込まれていた。
 クジャクの色合いじゃないな、女王を待ちながらセキは一人思った。

 間もなくミラ女王が姿を現した。
「ハープを取り戻して下さったのですね。やはりバンブロスに?」
 セキは《蠱惑の星》での一件を話した。
「それは大変でしたわね。ですが、さすがは銀河の英雄。頼りになる方たちです」
「あの、教会の遺物は使っても構いませんか?」
「遺物……ええ、一向に構いませんわ。英雄が使ってこそ価値がある、そうでしょう?」
「ありがとう」
「ああ、そうそう。あなたにお渡ししたいものがあります。ここで待っていて下さるかしら」
 ミラ女王はハープを手に嬉しそうに部屋を出ていった。
 残されたセキは満足そうに手足を伸ばした。
「うーん、いい事すると気持ちがいいよね」

 五分経ち、十分が過ぎたが女王は戻ってこなかった。セキが少し不安になって部屋の中をうろうろしていると新たな訪問者が部屋に入ってきた。
「よぉ、お前一人か」
 セキが声に振り向くとそこに立っていたのはステーションのイサだった。
「あっ、イサさん」
「フォックスから連絡を受けてよ――お前、ハープはどうした?」
「どうしたって言われても女王にお返ししたよ」
「ちっ、遅かったか。女王はどこだ?」
「渡すものがあるって引っ込んだきりなんだ」
「そいつぁ、もう戻ってこねえかもしれねえな」
「えっ」
「おい、誰か来てくんな」

 
 イサの大声に驚いて駆け付けた使用人たちにイサはてきぱきと命令を出した。
「あんたは奥に行って女王がいないか調べてくれ。そっちのあんたはステーションに連絡してすぐに警戒警報を発令するように言うんだ」
「へっ、何のための警戒ですか?」
「決まってんだろ。ミラ女王の偽者がお宝奪って高飛びしねえようにだよ」
 これを聞いたセキは飛び上がらんばかりに驚いた。
「えっ、イサさん。何言ってるの」
「なあ、セキ。星団に来るのは皆が皆、ステーションにシップを置いておとなしく観光シップに乗るような奴らばかりじゃない。いくらだって抜け道はあるんだが、見て見ぬ振りをしてるんだ。だがおれの情報網は星団一だからな。どこのどいつがルールを無視して侵入したかなんてのはお見通しよ」
「じゃあミラ女王の偽者も?」
「妙だったんで放置しておいたんだ。まず怪しいシップが急に《魅惑の星》上空に現れ、すぐにかき消すようになくなった事件があった、それからしばらくしてムスクーリ家の使用人から女王の様子がおかしい、当然知っているべき事を知らない、偽者じゃないかって報告があった」
「シップが急に現れたり、消えたり――それって心当たりがあるよ!」
「何だ、知り合いかよ」

 セキが言いかけた時、女王を探しに行った使用人が走って戻った。
「……どこにも見当たりません」
「やっぱりな」
「――部屋にこれが置いてありました」と使用人が言って差し出したのは一枚のロゼッタだった。
「ロゼッタか。再生してみろってか」
 イサはそう言うとポータバインドを起動してロゼッタの再生を始めた。

 
 映像が立ちあがり、今会ったばかりのミラ女王の全身が映った。
「――ごきげんはいかが、銀河の英雄。これを見る頃には私はもう遠い空の下」
 イサは悔しそうに唸り声を上げた。
「あたしの本当の名はヨーコ。ヴァニタス海賊団の一員。ミラ・ムスクーリなんかじゃなくてよ」
 今度はセキが低く唸った。
「ねえ、銀河の英雄は知ってたかしら。このハープのクジャクの頭に当たる部分に黄色と黒の石がはめ込まれてたでしょ……そう、その通り。Arhatsニワワの『変節の石』、” Dreamtime ”よ。他の石は言葉を唱えないといけないけど、この石はもっと簡単、ハープを奏でさえすれば効力を発揮するの……どんな効力かって。それは内緒。知りたければ今度会った時に教えてあげる……えっ、次会うのはいつかって。すぐよ、どうせチオニに行くんでしょ。あたしたちも参戦するから……それが終わったら全部の石を回収させてもらうわ。あたしのこの”Dreamtime”の力とコクが持っている” Make-believe ”の力があればどこにだって入っていけるから……じゃあ、お兄様にもよろしくね」
 偽ミラ女王、ヴァニタスのヨーコは一方的に話して映像が終わった。

 
「よぉ、セキ。ヴァニタスってのは何だ?」とイサが尋ねた。
「創造主の石を集めてる海賊。僕の兄のコクもその一員なんだ」
「ふーん、複雑な関係だな。でも最後の『お兄様によろしく』ってのは?」
「変だね。コクは仲間だからそんな事言う必要ないはずだし……ハクの事かなあ?」
「いずれにせよ、まんまと一杯食わされたって訳だ」
「そうなるね――あっ、そんな事より本物のミラ女王は?」

 
 ポートからケイジが到着したという報告があった。ヴィジョン越しの係官は続けて言った。
「不明の小型シップが一隻、ポートに突如現れまして……いつ到着したのかもわかりません」
「イサさん」とセキは言った。「そのシップの中に――」
「ああ、そうだな」とイサは言い、係官に伝えた。「至急シップの中を調べてみろ。何、怖い事はない。ケイジさんに手伝ってもらえ」

 しばらくして再びヴィジョンが入った。
「大変です。シップの中にミラ王女が――」
「そうだろう。ご無事か」
「はい。眠っておられるだけでした」
「起こさないでいいぞ。すぐに病院に運べ」

 イサはヴィジョンを切って言った。
「という訳で女王は無事だった。お前ら、これからチオニに向かうんだろ?」
「うん、その時が来たみたいだよ。僕らはシロンの遺物を手にしたし、くれないなんかシロンと話もしてるんだ」
「この星団の皆の願いだ。シロンの無念を晴らしてやってくれよ」
「うん、わかった」

 

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 ジウランの航海日誌 (4)

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