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2 ダダマス
長い山道を登り終え、一行はようやくダダマスの街に入った。街はひっそりと静まり返り、通りを歩く人の姿も見当たらなかった。
ケイジが大通りの真ん中に立って腰を落し、気配を窺った。
「四、五十人、いや、もっといるな。お前たち、得物を試したいだろう?」
ケイジはセキとくれないに問いかけた。
「だったら僕は通りの真ん中にいたいな。広い所で振り回さないと大剣の意味がない」とセキが答えた。
「じゃあボクは右に」とくれないが答え、ケイジは頷いた。
「ならば私は左だ。トーラとバフはここで見物でもしていてくれ」
三人は人気のないまっすぐの大通りを歩いていった。トーラたちのいる場所から初めにケイジの姿が見えなくなり、くれないも通りを右手に折れた。最後まで見えていたセキの背中も見えなくなった。
しばらくすると激しい銃声と怒号が聞こえた。
数分で銃声も怒号も止み、元通りの静寂が訪れた。
初めに姿を現したのはくれないだった。次にセキの姿が通りのはるか先に出現し、こちらに歩いてきた。
最後にケイジが合流し、三人はトーラたちの下に戻った。
「遺物の力はどうでした?」
トーラが尋ねると三人は満足そうに大きく頷いた。
「――それにしてもこの街は妙だ。空間が捻じれているせいなのか、バンブロス城への道が見つからなかった」
「ケイジもそうだった?ボクの方も行き止まりだったよ。セキは?」
くれないの問いかけにセキは頷いた。
「トーラ、お前の知り合いはどうだ?空からなら城に辿り着けるか?」
「聞いてみましょう」
トーラは空に飛び上がるとすぐに戻った。
「やはり無理ですね。城は見えても近付けないようです」
「ふむ、困ったな」
ケイジたちが途方に暮れているとセキが前方を指差して言った。
「ねえ、ケイジ。あれ……」
はるか前方の道に小さな影が見えた。影はこちらに向かってくるようだった。少し近付いた所でそれが巨大な獣だというのがわかった。
「……あれは何?」
くれないが尋ねるとバフがトーラを突いて言った。
「なあ、あれ、ディディじゃねえか?」
「そうですね。ディディによく似ています」
「えっ、ディディって?」
「かつての仲間、異世界の獣です。まあ、見ててご覧なさい」
巨大な獣のシルエットは小山ほどの大きさに見えたが、近くになってもその大きさは一向に変わらなかった。
「あれ、遠近感がおかしいのかな」とくれないが言った。
シルエットだった獣が毛むくじゃらの生き物の姿を取り始め、その大きさは象くらいになった。
獣の背には一人の若者が片膝をついて座っていた。
獣が一行の前で止まったが大きさは馬を一回り大きくしたくらいになっていた。背に乗った男が獣から飛び降りた。
インドのマハラジャのように白い布を頭に巻いた全身白づくめの青年だった。
「ようこそ。勇者の方々」
男はよく通る声で挨拶をした。
「――あんたがプリンス・ルパートか?」
「オシュガンナシュから聞いたのですね。いかにも私が『異世界の大公』、マックスウェルの弟、ルパートでございます」
「創造主の話ではもう一人来るという事だったが、大公か?」
「いえ、連れは一緒に来る予定だったのですが、少し準備に手間取っております。どうされます、待ちますか?」
「いや、先を急ぐ」
「そうですか。ではこれより城に向かうまでの次元の歪みを元通りに修復いたしましょう。そうすればバンブロス城には問題なく行けるようになります」
「すまないな」
「いえ、チェントロを処分して頂くのですからお互い様です」
「自らの手は汚さない訳か」
「そう取られても仕方ありませんな。元々この世界には干渉してはいけないのが異世界の決まり。チェントロはそこから大きく逸脱しておりますが、それを罰すれば我々も同罪。最悪の場合、この銀河を滅ぼしてしまうかもしれません。となれば皆様にお願いするしかないのです」
「わかった。よろしく頼む」
ルパートは通りの奥に向かってしばらくの間、手をかざした。
「さあ、これで城までの道が開けました。私はこれで」
一行はルパートを残してダダマスの大通りを進んだ。
「トーラ、空の上の奴らはどうだ?」
「大丈夫のようですよ。彼らも城に向かっています」
「ならばこちらも急ごう」
今度は間違いなくバンブロスの城が近くに見えた。
城の跳ね橋の手前で数名の鎧兜で武装した兵士が待ち構えていた。
「いくぞ、鬼哭」
ケイジが一行より早く気配を消して跳ね橋に向かった。兵士たちは固い物で殴られたように一瞬膝を落したが、すぐに立ち上がった。セキたちの下に戻ったケイジが姿を現した。
「驚いたな。けろっとしている」
(固いな。儂に斬れないものはないと思っていたが、噂のローデンタイトとやら、予想以上だ。世間は広い)
ケイジと鬼哭の会話を聞いていたセキが言った。
「じゃあ僕が」
セキが城門を守る兵士たちに近付き、五メートルほどの距離を置いて向き合った。背中の大剣を抜き、目にも止まらぬ動きで剣を振るった。
城門を守っていた兵士たちは大きな木槌で脳天から殴られた杭のように地面にめり込んで、気を失った。
「ありゃ、本当に固いや。でも地面から出てこられないみたいだから今の内に中に入ろうよ」
一行は地面にめり込んだ兵士たちを横目に城内に進んだ。兵士たちはしばらくすると目を覚まし、埋まっている穴から体を引っ張り上げようともがいたが、やがて不意に姿を消した。
目の前には城の内部に入るのを拒むように岩の壁がそそり立っていた。壁面には鬼神の形相で剣を振り下ろす人、苦しげに呻く人、それを見て邪悪な笑いを浮かべる人、地獄絵図の彫刻が施されていた。
「まだ次元が乱れている。『地獄門』だな」
ケイジが言い、トーラとバフが頷いた。
「何、それ?」とくれないが聞き返した。
「お前らは知らないだろうが東京にある有名な彫刻だ。ここから先はまさしく魔界。さて、上から行くか、横から回るか」
「ケイジ、ティールたちが降りてきます」
トーラが言い、空から灰色の翼の一団が降りてきた。
「どうしたのです、ティール」
「上からは行けそうにない。どこまで上がっても壁の高さが際限ないのだ」
「ふむ」とケイジが言った。「となると回り道をするしかないか。それとも壁を登るか?」
「いやだよ。あんな顔がいっぱいあって。壁から何か出てきそうだ」
「では迂回だ。左から回る者、右から回る者、二手に分かれよう。私は左から行こう。くれない、それにバフ、一緒に来てくれ」
「じゃあ僕とトーラ、それにティールさんたちとで右からだね」
「うむ、城の中で合流しよう」
ケイジたちは壁から左に、セキたちは右に分かれた。
右手に進んだセキたち一行は深い霧の立ち込める森の中に入った。
「おかしいなあ。城の近くのはずなんだけど」とセキが言った。
「次元が歪んでいるせいでしょうよ。どこかに城の入口があるはずですからそれを探しましょう」
しばらく歩くとセキが突然立ち止まった。
「来た……多分さっきの鎧の兵士だ。トーラ、ティールさん、先に行って入口を探して。僕はここで奴らを食い止めるから」
セキはトーラたちを先に行かせ、一人で森の中に残った。ほどなく鎧の兵士が二人、姿を現した。
「決着をつけようか」
セキは背中の大剣を抜いて兵士に向き合った。
左手に回ったケイジたちにも同じ事が起こっていた。暗い湿地を歩くケイジが立ち止まった。
「バフ、先に行ってくれ。くれない、ここに残って鬼退治だ」
ケイジとくれないの前に四人の鎧の兵士が登場した。
「いいな、くれない。必ずどこかに隙がある。そこを狙うんだぞ」
ケイジとくれないは四人の兵士に向かっていった。