7.5. Story 2 シロンの志

5 遺物

 眼下に異様な光景が広がっていた。《蠱惑の星》の大気圏に入ったシップは着陸できる場所を探した。厚い黒雲が大陸を包み込み、特にそれは山の上にある大都会ダダマスのあたりが一番激しかった。黒雲の中で稲光が発生し、とてもポートに着陸できるような状態ではなかった。
 仕方なく一行はダダマスを避け、雲の薄い山の麓を目指した。山の麓も天変地異の影響だろうか、町や村は見当たらなかった。
「どうしたのでしょう」とトーラが言った。「昔はこの辺はなだらかな地形だったのですが、ほとんど海に沈んだようです」
「じゃあ教会も沈んじゃったのかな?」
「点在している島として残っていればいいのですが」
 トーラは目を皿のようにして眼下の風景を凝視した。
「ああ、ありました。あそこです。あの島にシップを停めて下さい」
 ようやくシップはダダマスを大分降りた所にある小さな島に着陸した。
 シップを降りてしばらく歩くと小さな集落があり、その一番奥に古びた礼拝堂のある教会が見えた。
「あの教会だ。行ってみよう」

 
「どなたですか?」
 扉を開けて現れたのは実直そうな老人だった。
「この教会にシロンたちの遺物があると聞いたのだが」
 老人はケイジの風体に疑わしげな表情になったが、トーラの姿を認めて、口を開いた。
「まずは中へ」

 
 一行は礼拝所に通された。正面には九つの頭を持ったバルジ教の紋章が飾られていた。
「そちらの『灰色の翼』の方がそう言われたのですか?」と老人がトーラを見て尋ねた。
「いや、この男は何も知らない。我々はイサに言われてようやくここを探し当てたのだ」
「……イサ殿が。そうですか。それでしたら身元に間違いはないでしょう」
「何をそんなに神経質になっている?」
「いえ、遺物をご覧入れましょう。ですが命の保証は致しかねます。それでもよろしいですか?」
「訳ありのようだな。ここに来た人間にはもれなく見せている訳ではないのか?」
「最後に遺物をご覧になったのは、デズモンド・ピアナ様一行でした――」
「なるほど。デズモンドならよく知っている。つまりはデズモンドくらい腕の立つ人間でないと危険だという意味か?」
「はい。その時はデズモンド様と遺物が意気投合したため、何も起こりませんでしたが、それ以前には事故が後を絶ちませんでした」

「――老人、名は何と言う?」
「ルゴスキーと申します。この教会の神父を長い間務めております」
「ルゴスキー、我々は近い内にドノスを討つ戦いに赴く。そのために遺物に一働きしてもらいたいのだ」
「おお、真ですか。いよいよその時が――あなた方は連邦から来られた勇者でいらっしゃいますか?」
「そうだ、と言えば?」
「お願いがあります。あの捻じれた山の頂上に居座る悪魔を退けて頂けないでしょうか?」
「悪魔?山の上にあるのはバンブロスだろう」
「バンブロスこそが悪魔の棲家にございます。当主モサン・バンブロスは今や人ではありません」
「――なるほど。では悪魔退治と引き換えに遺物を渡すという訳か」
「聖職者が取引など持ちかけてはいけないのは承知しておりますが、あの悪魔がしでかそうとしている事を誰かが止めねばならないのです。それに引き換えと申されましたが、私はあくまでもお見せするだけ。遺物が皆様を選ばれるかどうかまではお約束できません」
「構わん。神父は我々が遺物に選ばれると信じているからこそ、バンブロスの撃退を依頼したのだろう?」
「そうかもしれません。ではこちらへ」

 
 一行は礼拝所の隣の部屋に通された。天井まで届くガラス張りの棚があり、そこには二振りの剣、天井から床まで届きそうな大剣と柄に宝飾が施された小剣が飾ってあった。
「では順番に参りましょう。まずはこちらの大剣、これはドロテミスの『グラヴィティスウォード』でございます」
 ルゴスキーはそこで言葉を切って一行を見回した。
「残念ながら皆様の中にはドロテミスのようにこの剣を使いこなせる巨躯の方がいらっしゃらないようですな――」
「多分これは僕の得物だよ」
 そう答えたのがセキだったので、ルゴスキーは悲しそうに首を振った。
「失礼ですが、あなたでは持ち上げる事すらままならないでしょう。現にここに飾った時にも二人がかりでようやく運び込むような有様でした」
「やってみなけりゃわからないよ。扉を開けてくれないかな」

 ルゴスキーは恐る恐るガラスの扉を開けた。セキは鞭角獣と呼ばれる固い甲羅を持った獣の皮でできた鞘に納まったままの剣の柄に手をかけた。
「……なるほど。こりゃ重いや」
「だから申し上げたでしょう」
「大丈夫。ちょっと見てて」

 セキは柄に手をかけたまま大剣の重力を制御した。すると剣は何事もなく持ち上がり、セキはそれを肩に担いでみせた。
「……信じられません。この大剣をその華奢なお体で軽々と上げてしまうとは」
「何ならここで――いや、振り回すのは外に出てからにするよ」

 
「そうして頂けると嬉しいですな……次はシロンの遺物、『スパイダーサーベル』ですが、やはりそちらのお嬢さんに持って頂くのが良いのでしょうな」
 セキたちがにやにや笑うのを不思議そうに見たルゴスキーは棚から宝石の飾りのついた鞘に納まった小剣をくれないに手渡した。
 剣を手にしたくれないは嬉しそうに剣を鞘から抜いて、二、三度突きをしてから言った。
「セキ、ボクもとうとう得物に巡り会えたよ」
「ああ、うん、そうだけど」
「何さ」
「いくらシロンに似てるって言ってもねえ――」
「おお、真ですか?それでしたら尚更の事、あなたがお持ち下さい。必ずやシロンの加護が得られるでしょう」
「うーん、そういうものかなあ」
 セキは納得がいかないようだった。

 
「時に神父」とケイジが言った。「イサからは大小取り混ぜ三振りの剣があると聞いたが、二振りしかないではないか」
「ここまで来ては仕方ありませんな。もう一振りはこちらに」
 ルゴスキーはそう言って部屋の隅にある鉄の大型金庫の鍵をがちゃがちゃ言わせ、扉を開けて一行の目の前に鉄の箱を差し出した。
「この中に剣が入っているのか?」とケイジが尋ねた。
「左様です。この中に保管しているのはツクエの遺物、『鬼哭刀』と呼ばれる片刃の、ちょうどあなたが腰に携えているのと同じような剣でございます」
「……何故、こんなに厳重に……いや、待て。何か引っかかるが、それが思い出せない」
「この剣こそは自らの意志で人を斬る恐ろしい刀なのです。ツクエがチオニで千人斬り捨てた時に意志を宿し、この教会に持ち込まれて以降も手にした人間が無意識で人に斬りつけたり、ご自身が負傷したりする事故が後を絶たなかったので、このように二重三重に保管しております」
「瘴気のようなものが出ているのか?」
「デズモンド様がここを訪れた時に、この刀がしゃべったのを私もこの耳で聞きました。きっと今もこの箱の中で外に出る機会を窺っているに違いありません」
「だったら早く外に出してやらないとな」

 
 ケイジはそう言うなり、刀を一閃して鉄の箱を真っ二つに斬った。箱の中には黒い鞘の美しいカーブを描く刀が納まっていた。
 刀を手に取って、鞘から抜こうとすると声が響いた。
(これは驚いた。ケイジよ、主が儂の持ち主になるか)
 ケイジは動きを止め、刀に話しかけた。
「何故、私の名を知っている?」
(――それはこちらが聞きたい。主は何故、儂を覚えていない?)
「過去の記憶がないのだ」
(色々と事情があるようだが、儂は主の記憶などどうでも構わん。ツクエの次にまたもや銀河で一、二を争う剣士と共に暴れられるだけで良い)
「……そうか。お前と一緒にいれば私の記憶が蘇るかもしれんな。これはなかなか良い出会いだ」
(その通り。今度こそドノスを討つのであろう)
「うむ。だがその前に肩慣らしが必要だ。『グラヴィティスウォード』も『スパイダーサーベル』もそれなりの人間に巡り会えたようだし、一つ暴れようではないか」
(さすがはケイジだ。期待してるぞ)

 
 以前にデズモンドが刀と話をしたのを見ていたルゴスキーはそれほど慌てなかったが、他の者はあっけに取られてこの光景を見ていた。
 そのルゴスキーにしても会話の内容に度肝を抜かれてうまく状況を整理できないようだった。

「さて、ルゴスキー神父」とケイジが『鬼哭刀』を腰に納めながら言った。「早速、バンブロスの下に向かおうと思う。遺物は我々に預けるので構わんな?」
「も、もちろんでございます。あなた方であればバンブロスを倒し、ドノスも打倒して下さると信じております。どうかお気をつけて」

 

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