7.5. Story 2 シロンの志

4 シロンの生家

「何だか想像と違うね」
 《誘惑の星》のミースラフロッホのポートに着いた一行は賑やかさに耳を疑った。ポートから降りるとすぐにけばけばしいサイン広告の波が旅行者の感覚をマヒさせる、喧騒に満ちた歓楽街、そこは一大カジノタウンだった。
「そうですね」とトーラが言った。「私がこっちにいた頃はもう少し長閑な場所だったのですけれどもね。ここが低地でこの後、中間地帯、山岳と三つの地域に分かれていますので、上に行けば静かになるのではないでしょうか」
「シロンの生まれた場所は?」とくれないが尋ねた。
「さあ、中間地帯のトーントとかいう村だったと思いますが、この調子ですと何も残っていないのではないでしょうか」
「――とにかくここはうるさ過ぎる。中間地帯に移動しよう」

 
 トーラの予想通り、中間地帯も低地帯と似たようなものだった。所狭しとカジノが建ち並び、贅の限りを尽くしたホテルが様々なアトラクションを演じていた。
「どうなってしまったのでしょう、この星は」とトーラがあきれたように言った。
 それでも山岳地帯に近い所まで登ると、ようやく昔ながらの素朴な民家が広がる風景へと変わった。
「おい、こっち来てみろよ」
 先を歩くバフが一行に声をかけた。
「どうした、バフ?」
「この看板に『シロンの生家、こちら』って書いてあるぜ」
 一行が家の前でうろうろしていると家の扉が開いて中からキツネの顔をした男が顔を出した。

 
「何か用かい?」
「ここは本当にシロンの生家か?」とケイジが尋ねた。
 キツネの顔をした男はケイジを、そして一行を胡散臭そうに見てから言った。
「ああ、本島はもうちょいと下の方らしいけどな。おいらがここに復元したんだ」
「見た所、獣人のようだがシロンに関係があるのか?」
「――ねえよ。何だよ、関係なきゃシロンの名前を使っちゃいけねえのかよ。このまんまじゃシロンがあんまりにも気の毒だからこちとらやってんだ。大体、おめえらだって獣人みてえな一団じゃねえか」

「まあ、怒るなよ」とバフが言った。「おめえ、《獣の星》出身か?」
「ああ、オヤジの代まではな。だがクラモントの野郎がむかつくんで星を捨てた。この辺にはそういう奴、結構多いぜ」
「へへへ、おれは『虎の住む町』の出身だ」
「へえ、おいらは城下だよ。フォックスってんだ、よろしくな。でも噂じゃクラモントは連邦の英雄に倒されたっていうぜ」
「おう、だからって訳じゃねえが里帰りだ。ここにいる英雄、セキ文月様がクラモントを倒したんだ」
 バフがセキを指差すとセキは恥ずかしそうに俯いた。
「えっ、あんたがか。そんな風には見えねえなあ。コロシアムで大暴れしたって聞いたからヌニェスみてえにもっとごっつい男かと思ってたぜ」
「止めを刺したのはヌニェスとマフリだよ。物凄い咆哮で鼓膜が破れるかと思ったよ」とセキが言った。
「ははは、鼓膜は鍛えようがねえからな――なあ、あんたたち、ここじゃあ何だ。家の中に入れよ」
「うむ。そうしてもいいのだが」とケイジが言った。「この地鳴りは何だ?」
「地鳴り?そんなもん起こっちゃいねえぞ」

 
 一行は耳を澄まし、体中の神経を足下に集中させた。やがて微かな鳴動が山岳地帯の方からこちらに向かって少しずつ近付くのがわかった。
「……確かに。ねえ、フォックスさん、これ何?」
「こりゃ、お前、あれだよ。山が動いてるんだよ」
「山が動く?」
「おかしいな。今はそんな季節でもねえんだが」
「だから何?」
「おお、悪い悪い。この星の山岳地帯には耳熊っていう臆病な生き物が生息してるんだが、そいつらが大挙して移動すると山が動いてるように見えるんだ、ほら」

 フォックスが山稜の方を指し示すと、確かに白い雪をかぶった山がまるで動いているかのように見えた。
「こっちに来る?」
「みてえだな――ははーん、わかった。あんたらに話があんだよ。実はおいらもこの生家を復元するにあたって、耳熊に色々と教えてもらったんだ。庭はこんな感じだったとか、裏庭には墓があったとか、な」
「何の用だろ?」
「心配すんな。おいらは耳熊の言葉がわかるから通訳してやるよ」

 鳴動は徐々に大きくなり、遠目では山が動いているようだったのが、白い獣の大群が寄り添うようにして山を降りているのだとわかるほどの距離になった。
 やがて獣たちの進軍は一行の前でぴたりと立ち止まり、一匹の耳熊が前に進み出た。

 
「いやだ、かわいいー」
 くれないが真っ白い毛玉のような耳熊に近寄ると、耳熊たちが一斉に騒ぎ出した。くれないは動きを止め、困り果てた顔でフォックスに尋ねた。
「ねえ、何で騒いでるの?」
 フォックスはくれないの質問にすぐには答えず、前に進み出た耳熊とひそひそ話を始めた。やがて一行の方に振り向いて口を開いた。
「あんたがシロンに似てるんでびっくりしてるそうだ」
 そう言われたくれないは口をぽかんと開けた。
「……えっ、ボクが」
「ああ、シロンは男装していたが可愛らしい娘さんだったそうだから、ちょうどいいんじゃねえか」
 これを聞いたセキは思わず吹き出しそうになり、必死でそれを堪えた。くれないはセキをちらっと睨み付けてから、フォックスに言った。

「――ありがとう。でもボクはこう見えても男なんだ」
「あっ……」
 今度はフォックスが呆然とし、事態を察した耳熊たちが再び大騒ぎを始めた。
「……ねえ、今度は何て言ってるの?」
 くれないが不安そうな面持ちでフォックスに尋ねた。
「そんなの問題じゃねえってよ。前に来たデズモンド何とかと一緒だった女優さんはシロンを演じる女優だったけど、今度は本当にシロンの再来だとさ。『スパイダーサーベル』はあんたが持つべきだって言ってるぜ」
「それは例の遺物?」
「待ってな。今聞くから」
 フォックスは耳熊の長い耳に顔を近付けて話をした。
「そうみてえだ。でも気をつけろよ。《蠱惑の星》はとんでもねえ状態らしい」
「そうらしいな。せいぜい注意するとしよう」とケイジが言った。

 ミースラフロッホのポートに戻る途中、にやにやしているバフに気付いたセキが声をかけた。
「どうしたの、バフ?」
「いやな、こういう星に住むのもありかな、と思ったんだ。早く《戦の星》に帰りてえなあ」
「うん、きっと皆、待ってるよ」

 

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