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3 魅惑の女王
《幻惑の星》で一晩を過ごし、翌朝、《魅惑の星》に向かった。かつては覇王が軍勢を率いて凱旋をしたポートからムスク・ヴィーゴまで続く伝統ある石畳の道の両脇には高級ブティックや宝飾店が立ち並んでいた。
銀河中のセレブリティがこの星に集まるという理由がわかるような気がした。男も女も大人も子供も皆、余裕の表情を浮かべて通りのカフェやレストランで優雅な時間を過ごしていた。
ムスク・ヴィーゴの市街に入ると、さらに一般の観光客も加わって祭りの日のような賑わいを見せていた。
一行が街の中心にある砦のようなムスクーリ家の屋敷で門番に用件を伝えると、すでにイサから連絡が入っていたのか、門番が慇懃に中に通してくれた。
当主のミラ・ムスクーリが姿を現した。
「話はイサから伺ってますわ。ケイジ様、リン文月の子、セキ様とくれない様、それに《蠱惑の星》のトーラ様と《獣の星》のバフ様ですわね。私がミラ・ムスクーリです」
大輪のバラの花のようにあでやかな女性を見て、くれないが思わず声を漏らした。
「わあ、ヴィーナスもキレイだけど、また違う美しさだなあ。やっぱり美人の家系なんですね?」
言われたミラは首を傾げた。
「……ヴィーナス、ああ、そうね――それよりも、銀河の英雄の皆様にお願いがありますの。よろしいかしら?」
「何なりと」
「このムスクーリ家に伝わる家宝、『ピーコック・ハープ』と呼ばれる竪琴がございます。七聖メドゥキが『ラムザールの宝剣』を返却した時に一緒に納めたと言われている由緒ある品です。ところが最近屋敷に賊が押し入り、その竪琴が盗まれたのです。皆様のお力で何卒、大切な家宝を取り戻しては頂けないでしょうか?」
「それは構わんが、犯人の目星はついているのか?」とケイジが問うた。
「それが……けれども、この星団の四つの星のいずれかの人間の可能性は高いのです。外の人間であれば出入りの際に必ずステーションでチェックを受けますので、竪琴を持ち出そうとすれば大騒ぎになるはずですが、そのような報告は受けておりません。この《魅惑の星》以外の星のどこかにいるのですわ」
「――あの宇宙ステーションなら通ってきたが、隠れて出入りする事も可能だろう。外の人間ではないという可能性は捨てきれんぞ」
ケイジがそう言うと、ミラ王女は何故か苦しげに顔を歪めた。
「それはそうかもしれませんが、それでも私はこの星団の中の人間が怪しいと睨んでおります」
「ふむ、バンブロスを疑っているな?」
「……やはり英雄たちには真実をお話しないといけませんね。ケイジ様のおっしゃる通りでございます。イサからお聞き及びかもしれませんが、《蠱惑の星》で天変地異が起こり、それ以来、モサン・バンブロスは悪魔に魅入られたという噂なのです」
「悪魔?」
「ええ、ホールロイの山は陥没し、ダダマスの街は常に黒雲に覆われ、捻じれた天地を怪物が横行して、バンブロス城には悪魔に姿を変えたモサン・バンブロスが坐していると言われています」
「それが事実なら危険極まりないな」
「暗黒魔王の再来を恐れる家臣もいるくらいです。禍の種であれば早目に摘んでおきたいのですが、残念ながらあちらの軍事力に勝てる星はそうそうございません」
「わかった。ハープがそこにあるかはわからぬが、そちらに向かおう」
「ありがとうございます。やはり銀河の英雄の方々は頼りになりますわ」
その晩はムスクーリ家の晩餐会で歓待を受け、屋敷に泊った。翌朝、ムスク・ヴィーゴのポートに向かいながらケイジがくれないに話しかけた。
「どうした。すっきりしない顔付きだな」
「……うん、大した事じゃないけど。姪っ子のヴィーナスの事を忘れてたみたいなんだよねえ」
「別の誰かと聞き間違えたのではないか?」
「そうかもね」
「ねえ、ケイジ」とセキが言った。「イサから連絡が入ってて《誘惑の星》に寄られたし、だって」
「わかった。次の目的地はそちらだ」