目次
2 《祈りの星》
次の夜、セキが調達した連邦の七つ星の紋章の付いたシップに乗り、闇に紛れて出発し、二日かかって《祈りの星》のある星団が見えた。
ポートにシップを停め、多くの巡礼客と一緒にムシカの看板が見える場所まで歩いた。
「私はここに来るのは久しぶりですね」とトーラが言った。「皆さんは初めてですか?」
「うむ、初めてだ」とケイジが答えた。
「もちろん」とセキが言った。
「おれも初めてだな。ここがバルジ教の聖地だな」とバフが言った。
「あ、ケイジ、って事は?」とセキが声を上げた。
「この間会った男の事を確認してみるか」
ムシカの町に入るとすでに一人の男がセキたちを待っていた。
「連邦のシップが来られたというのでお待ちしておりました。私はムシカの太守、ゾイネンと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
実直そうな初老の男は丁寧に挨拶をしたが、セキたち四人は黙っていた。ケイジに脇腹を突かれたセキが仕方なく口を開いた。
「あの、僕らは《大歓楽星団》に行く途中で立ち寄らせてもらいました」
「左様ですか。ワンガミラの方がいらっしゃる所を見ると里帰りですか?」
「いや」とケイジが答えた。「残念ながら私は《幻惑の星》の人間ではない。里帰りという意味ではここにいる男が《蠱惑の星》出身だ」
「《蠱惑の星》でございますか」と言ったゾイネンの表情は曇った。「くれぐれもお気を付けになって下さい」
「どういう意味でしょう」とトーラが言った。「まさか、ホールロイ鉱山のような事故が又起こったのですか?」
「……いえ、私の口からはいい加減な事は申し上げられません」
「それにしても相変わらずの人出ですな」
「おかげ様で。ウシュケー様の教えがこうして受け入れられているのは喜ばしい事です」
「様々に解釈をする者もいる。中には悪意を持ってバルジ教の名を騙る者もいるのだろうな」とケイジが尋ねた。
「嘆かわしい事です。ですがウシュケー様はそのような悪人も許されたのです。善と悪、聖と邪、全てをもつのが人間であり、世界であるのだと。ですからバルジ教の名を騙る方がいても、それをただちに罰する訳にはいきません」
「私たちは《青の星》から来たのだが、最近、そちらにもバルジ教の支部ができたのだ」
「はて、《青の星》ですか。あそこには誰も布教に赴いていないはずです。せいぜい何とかいう地下組織がある程度でとても他の星と交流する状態にないと伺っておりますので」
「やはりそうか。セキ、あの男は騙りだ」
「あの、私は何かまずい事を申し上げましたでしょうか?」
「いや、ゾイネンさん。気に病む必要はない。それよりせっかくだから教会を案内してもらえないか。ここにいるリン文月の息子に見せてやりたいのだ」
「えっ、それは失礼致しました。不完全な姿とはいえナインライブズを呼び出した英雄、リン文月の息子さんがいらっしゃったとあれば、私自らがご案内させて頂きます。どうぞこちらへ」
一行はゾイネンから直々に教会の説明を受ける事になった。
最初の山の二つの教会を見終り、三つ目の『天の教会』から四つ目の『人の教会』に向かう途中でセキがゾイネンに聞いた。
「この九つの教会の鐘が一斉に鳴るとすごいんでしょうね。その時間に来れば良かったな」
人の好い顔をしたゾイネンはおやおやという表情を浮かべた。
「セキさんはご存じないのですね。ここの全ての教会の鐘はウシュケー様がいなくなられた後、一切鳴らなくなったのですよ」
「……そうなんですか。じゃあ、あの鐘の音は?」
セキに言われ、ゾイネンは耳を澄ます仕草をした。確かに『人の教会』の方からかすかに鐘の音が聞こえていた。
「ちょっと失礼」
ゾイネンが法衣のまま急いで走り出し、セキたちもその後に続いた。
民衆のレリーフが壁一面に施された平たい造りの教会の扉を開けた瞬間、大音量の澄み渡った鐘の音が一行を包んだ。
「……おお、奇跡だ」
ゾイネンはその場で跪き、一心に祈りを捧げた。巡礼客の多くも同じように跪き、歓喜の叫びを上げていた。
「どういう事?」とセキがケイジに尋ねた。
「さあな、長い間鳴らなかった鐘が急に鳴り出した。それは信者にとってはまさに奇跡だ。見ろ、ここにいる人々の顔を」
「言い方は悪いけど、皆、呆けたようになってるね」
「奇跡を目の当たりにすればそうなる。宗教的快感、一種のエクスタシー状態だ。そしてこれが他の人々に広まり、彼らも又その快感を求めにやってくる」
ゾイネンが立ち上がってセキに握手を求めた。
「――やはりあなたこそ世界を変える方です。セキさん、私は今、生涯最大と言っても差し支えない喜びに満たされています」
「ちょっと待ってよ。鐘が鳴ってるのはこの教会だけだよ」
「……言われてみればそうですな」
「ゾイネンさん、セキには後八人の兄妹がいる」とケイジが意味ありげに言った。「それはつまり――」
「おお、まさしくそれです。八人のご兄妹をここにお連れする事はできないでしょうか?」
「……色々と事情があって今は無理です。でも九人が揃った時にはもう一度ここに来ますよ」
「ありがたい。その時こそウシュケー様の言われる新しい世界の始まり。必ずやお越し下さい。お待ちしておりますぞ」
鐘は鳴り続けていたが、興奮の冷めたゾイネンに率いられた一行が次の『王の教会』に入る頃にようやく鳴り止んだ。
九つの教会を見終えた一行はムシカの町に戻った。『人の教会』の奇跡を聞きつけた巡礼客たちが興奮した面持ちで山に殺到して通りは大混乱だった。
ゾイネンは騒ぎから少し離れた場所に一行を連れていき、改めて口を開いた。
「セキさん、先ほどのお約束の件、必ずやお頼みしますぞ」
「うん、いつになるかはわからないけどね」
「私は今この場で起こっているような混乱が起こらないよう、ムシカから教会のある山までの道を整備致します。九つの鐘が一斉に鳴った時の騒ぎはこの比ではないでしょう」
「――ゾイネンさん」とセキが言った。
「何でしょうか?」
「いえ、何でもありません。それじゃあ又」
ポートに戻る途中でバフがセキに尋ねた。
「おい、セキ。何を言いかけたんだよ」
「ん、大した事じゃないよ――それよりもケイジやトーラにはびっくりしたよ。あんなに上手にしゃべって交渉を進めるんだもん」
「何だ、お前も上手にしゃべれるようになりたいのか」
「そりゃそうだよ」
「立て板に水とばかりにぺらぺらしゃべるセキは想像つかないな。何、リンだって無口な方だったし、お前もその方がリンの息子らしくていいんじゃねえか」
納得しかねる表情のセキを見てケイジが言った。
「セキ、ここに来て良かったな」
「うん、ケイジの記憶を取り戻すための旅なのに、僕の兄妹に関する大きな宿題をもらっちゃったよ。ごめんね」
「謝る事はない――しかし大きな宿題か」
「ところで」とトーラが言った。「このまま《大歓楽星団》に直行しますか?」
「ん、どこか他に寄る場所があるのか?」
「同じ星団にある《長老の星》、そちらには『超古代遺跡』があるそうです」
「『超古代遺跡』?」
「はい。これも又古代の人々の大きな企みではないかという人間もおります」
「おれはあんまり好かないなあ」とバフが言った。「だって噂じゃあその星に住んでんのは巨人の末裔だろ。いい扱いは受けないって話らしいぜ」
「確かに観光旅行に来た訳ではないしな」とケイジが言った。「セキ、どうする?」
セキはヘキから数日前に来た連絡を思い出していた。
《不毛の星》、《長老の星》、《オアシスの星》、《巨大な星》、《密林の星》にある遺跡に立ち寄ってはいけない。その他の星でも『超古代遺跡』と呼ばれるものがあったならそこに近付いてはいけない。だがそれは文月の兄妹たちだけに関係する事だから口外するべからず。自分が謎を解明し終えたその暁に説明する、だから黙って従ってほしい――
セキには何の意味か見当もつかなかったが、今まさにその内の一つ、《長老の星》が話題となっていた。
「ケイジの言う通りだね。目的地に急ごうよ。トーラも早く里帰りしたいでしょ」
ここはヘキの言葉に従っておこうと考え、セキはそう言った。
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