目次
5 雨虎
ハクと雷獣が秘蹟の島から出て地上に戻ると夜が訪れていた。
「さて、ハク。行くか」
「ああ」
「どうしたんだよ」
「いや、エクシロン教会だけは何としても再興したいな、と思ってさ」
「へっ、優し過ぎるのも考えもんだぜ――ほら、ハナから信用置けなかった奴がこっちに来らあ。気許すんじゃねえぞ」
リマが近付いてきて、ハクと抱擁を交わした。
「リマ。どこに行ってたんだい?」
「エクシロン殿、申し上げなければならない事があります」
「ん、何だい?」
「私は元々トビアスに育てられた人間。信心深いニト島を攻略するため、エクシロン教会の再興という題目で島民を懐柔するために働いておりました」
「……リマ」
「ですがエクシロン、あなたが現れたおかげで私は計画を変更した。混乱に乗じて実の親を殺した育ての親のトビアス一族を手にかけたのです」
「……」
ハクは突然腹部が熱くなるのを感じて、地面に膝を着いた。
そしてリマがゆっくりと離るのを見て、自分が刺されたのを実感した。
「私には祝福を受ける資格などないのです。あなたも含めて全てが終わってしまえばいい」
「……君は何も望んでいないんだね。もうすぐ勝ち取れるであろうこの星の平和でさえも」
「そうです。そして結局この星に平和は訪れない」
「……この星は君たちの星だ。ここから先は君たちの意志だけれども、どうやって全てを終わらせるつもりだったんだい?」
「ある方が私の願いを叶えてくれると言ったのです」
「ある方?」
「さあ、そんな事を話している場合ではないでしょう。あなたは死んでしまうかもしれないのですよ」
「……それが運命ならば仕方ないさ」
「ああ、やはりあなたは、あなたによく似たあの方が言った通りの事をおっしゃった」
「えっ?」
「あなたによく似た男と出会い――」
「よく似た男だよ」
暗闇からコクが姿を現した。
「双子ってのは悲しいもんだな。お前の行く場所、行く場所に来ちまう。それはお前も一緒か」
「ハク、こいつは?」と雷獣が問いかけた。
「……私の双子の弟、コクだ」
「ほぉ、こいつが雷獣か。いい面構えしてんじゃねえか」
「けっ、誉められても嬉しかねえな」
「そんな事言うなよ。お前にも何千年ぶりかの兄弟のご対面をしてもらおうと思ってんのによ」
「……なっ」
「雨虎、出てこいよ」
コクの背後から雷獣によく似た銀色に輝く獣が現れた。
「お前が雷獣に出会えば、俺は雨虎に出会ってる。お前が剣を手に入れれば、俺も剣を手に入れている」
そう言ったコクが鞘から抜いたのはチュウ将軍の矛のように捻じれた刀身の禍々しい剣だった。
「どうだい、『クルーキッド・スウォード』、人の生き血を啜って生きる魔界の剣だ。広い宇宙には物が命を持つ世界もあるらしいぜ」
蹲ったハクとコク、雷獣と雨虎が距離を取って向かい合った。リマは離れた場所でがたがたと震えていた。
「……コク、石が目当てか?」
「おうよ。おとなしく渡しゃあ、荒っぽい事はしねえよ」
「――わかった。渡そう」
「ずいぶんと素直だな。ケガしてるからだけじゃねえな」
「……この星ではもういかなる争いも起こってはいけないんだ。石を渡すからそのまま帰ってくれ」
「へっ、かっこつけやがって」
ハクは痛みに耐えながら懐から石を取り出し、コクに向かって放り投げた。
コクが石を受け取ろうとした寸前、がたがた震えていたリマが横から飛びついて石をひったくった。リマはそのままごろごろと地面を転がった。
「……エクシロン殿、やはりせっかくあなたが成し遂げた偉業をこんな形で投げ出してはいけません」
リマは走って逃げ去ろうとした。
雨虎が逃げるリマの背中に襲いかかって一声吠えると、背中は鋭い刃物で切り裂かれたようになり、リマは血しぶきを上げて倒れ、動かなくなった。
「……コク、貴様」
「所詮は裏切り者だ。お前を殺そうとした男じゃねえか」
「……許さんぞ」
「わかったよ。あの男に免じて今日は引き下がってやらあ。またすぐに会うしな」
「……何?」
「まだ連絡を受けてねえか。《享楽の星》だよ、いよいよドノスと一戦交えんだろ」
「……それがヴァニタスと関係あるのか?」
「美味しい所だけを頂こうって寸法よ――おっと、喋り過ぎた。じゃあな」
コクは剣を納め、雨虎と一緒に暗闇の中に消えた。
ハクに代わって雷獣が倒れているリマに駆け寄ったが、リマはすでにこと切れていた。
雷獣はリマの手から石を咥え上げ、膝を着いたままのハクに近寄った。
「……なあ、雷獣、君は実の兄弟の雨虎を殺せるか?」
「へへへ、何を言い出すかと思えば。おれは平気だぜ。そんな簡単に死ぬような奴は元々兄弟とは認めねえ」
「――お前は強いんだな」
「やっぱりおれがいねえとだめだな――お前、おれの運び方は知ってるか?」
「運び方?」
「ああ、まずはどっかで盾を手に入れねえと。ロード・メテラクに一旦帰ろうぜ――そして向かうは《享楽の星》だ。久々のでかい戦いだな。わくわくするぜ」
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