7.4. Story 3 ハクの帰還~《戦の星》戦記

4 エクシロンとの対話

 

トビアスの死

 北ポイロンで始まった戦闘は瞬く間に星全土に広がった。ゴパラ島ではユゴディーンとヘイ将軍に攻められたメイ将軍が降伏した。
 そのままユゴディーン、ヘイ将軍はソディン島に攻め入った。
 シャク将軍もウーヴォ、オコロスキ両方を殲滅したハクとチョウ将軍に追われ、ソディン島に戻り、南から海を渡ったチュウ将軍に攻めたてられた。
 奮闘していたシャク将軍だったがユゴディーンたちの軍がソディンに上陸したのを見て、とうとう力尽き、降伏を申し出た。

 
 ハクたちの前にメイ将軍とシャク将軍が引き立てられた。
「メイ将軍、シャク将軍、頭をお上げ下さい」
「チョウ将軍、それにユゴディーン殿まで。エクシロンの再来は本物なのですな」
 シャク将軍が言うとハクが答えた。
「メイ将軍、シャク将軍。是非あなた方のお力もお借りしたいのだ」
「しかしもう戦う相手はいない」とメイが言った。
「戦うためではありません。これからユゴディーン殿と共にこの星の平和を保つためにお力をお借り頂きたいのです」
「『忠臣は二君に仕えず』と言う。我らはトビアス卿に仕えし身分。協力するとは言えません」とシャクが答えた。
「ではロード・メテラクのトビアスの下に向かいましょう。トビアスが協力してくれるなら問題ありませんよね」

 
 一行はソディン島の北、ロード・メテラクのトビアスの居城に向かった。
 城内はしんと静まり返り、人の気配がしなかった。
「……トビアス」
 ハクたちが玉座の間に入っていくと、そこには一族郎党を道連れにして息絶えたトビアスの姿があった。

 ハクが遺体を検分してから言った。
「自害したように見えるがそうではない。殺されてる」
「かなり恨まれてたろうからな。仕方ねえんじゃねえか」
 雷獣が傍らでぽつりと呟いた。

 
 一行はロード・メテラクの城を出た。
「エクシロン殿、本来は主君と共に命を断つのが臣たる者の務めですが、エクシロン殿の星の平和を保つという志の前では、そのような些細なプライドはどうでもいい気が致します。このメイとシャク、どうかお仲間に加えて下さいませぬか?」
「喜んで」
 ハクはメイとシャクの手を取って言った。
 さらにその場にユゴディーン、ファイブ・タイガーズ、ザックを集めて言った。

「さて、これからはユゴディーン殿と共にこの星を繁栄させていって頂きたい」
「エクシロン殿はこれからどこに?」とユゴディーンが尋ねた。
「あとやらねばならないのは争いの元となっている石を回収する事だ」
「伝説の石ですか?」
「そう、雷獣、どこだったかな?」
「ここから北に行った所にある『秘蹟の島』だ」
「秘蹟の島?」
「島といっても海に沈んでるけどな。そこに石はあるはずだ」
「という訳だ。皆、連邦には連絡をつけておくから連邦使節がきた時にはよろしく頼むよ」

 ハクは雷獣と一緒に去ろうとして立ち止まった。
「そう言えばリマの姿が見えないな。ザック、リマは?」
「さあ、そう言われればしばらく見てないですね。どこに行ったのか」
「そうか。別れの挨拶を交わせないのは残念だがよろしく言っておいてくれ。じゃあ」

 

秘蹟

 ハクと雷獣はソディン島の北の海岸から海に入った。
 静かな海の底に暗い穴がぽっかりと口を広げてハクたちを待っていた。
 ハクたちはその中に吸い込まれた。

 
 穴の中は予想よりも広く、ほのかに明るく、理由はわからないが海水も入ってこなかった。ハクと雷獣は静かに細い道を奥へと降りた。
 道が行き止まりになり、そこは小さな円形の広間だった。雷獣が思わず声を出した。
「ここだ。エクシロンの野郎と別れたのは」
「という事はここに石が?」
「ああ、そうに違いねえ――」

 雷獣の言葉は途中で止まった。ハクたちの前にいつの間にか一人の男が立っていた。
「うるせえなあ――よぉ、雷獣。久しぶりだな。やっと来たか」
「……エクシロン」
「ずいぶんと地上では派手にやらかしたみてえじゃねえか。こいつがおれの跡継ぎか?」
「あ、ハク文月と申します」
「ちょっとイメージが違うなあ。まあ、がさつな奴を連れてこられても繊細なおれとは合わねえしな」
「てめえのどこが繊細だよ」と雷獣が言った。「これでも少しはましになったんだぜ。最初の頃はうじうじしやがって、本当に噛み殺してやろうかと思ってた」
「へっへっへ。言っただろう、繊細だって――おい、ハクとやら。言いたい事があんなら今のうちに言えよ。おれは忙しいんだ」

 
「あ、はい。私はある女性に生まれて初めて恋をして、その女性を事故で失いました。そのショックで酒におぼれ、兄妹たちを窮地に追い込んでしまいました。彼らに会わせる顔がありません」
「いいんじゃねえか。人間くさくて。おれの仲間にアダニアって野郎がいたんだけどな。そいつは融通が利かなくて、信仰以外は頭にねえような堅物だった。ところが裏ではちゃっかり女とよろしくやってたんだな。そんな男でも聖人って呼ばれてる。おれはそんなアダニアが好きだったな」
「私にエクシロン様の得物を使う資格があるのでしょうか?」
「資格があるもないも、お前、もう使ってるじゃねえか。それでいいんだよ――なっ、雷獣もそう思うだろ?」
「その通りだ。こいつの力と決断のおかげでわずか数日の内に星は平定された。エクシロンの再来を名乗る資格は十分だ」

「へっへっへ、そういう訳だ。ところでお前、石を探してんだろ?」
「はい」
「おれがバノコから預かってるよ、ほら」
 エクシロンはそう言ってハクに石を投げて寄越した。ハクが手に取って見ると真っ白な石だった。
「『純潔の石』、” Mountain High, Ocean Deep ”っていう長ったらしい名前だ。石の使い方はもう知ってるよな?やたらに名前を唱えるもんじゃねえぞ。地形が変わっちまうからな」
「エクシロン」とハクが声をかけた。「あなたとArhatバノコはどういうご関係ですか?」
「雷獣も知ってる通り、おれは浮かんでる大陸を元に戻して争いを収めるためにここに来た。で、この石を発見したんだがバノコがしゃしゃり出てきて『石を持ち出す時期じゃない』とか言いやがった。仕方ねえからここに閉じ込められるのを承知で大陸を地上に降ろした。まあ、普通だったらそこで死んでんだろうな。ところがバノコがおれをすっかり気に入ったみてえでよ、ここでうろうろしてたって訳だよ。うろうろは言葉がよくねえな。バノコは色々とおれに話をしてくれたよ。もちろんお前の親父の事だって聞いてる」

 
「これからどうされるおつもりですか?」
「兄貴たちの所に行くよ」
「兄貴?」
「サフィの兄貴に決まってんじゃねえか。アダニアもウシュケーもニライも、そしてルンビアまで行ってるっていうのにおれだけここで待ちぼうけ喰らってたんだ」
「行くとは……『死者の国』ですか?」
「違うんだな。肉体が滅びた後も意識だけの存在として生き続けるんだ。そしてその意識がこの銀河を覆い尽くした時にお前らは守られてるって事になるんだそうだ」
「《武の星》の長老殿のようなものでしょうか?」
「ああ、近い、近い。つながる事は可能だろうよ。お前らのネットワークに色んな系統があるみてえに意識のネットワークにも色々あんだよ」
「そのネットワークはもう完成しているのですか?」
「さあ、おれにはわかんねえ」

「もしかすると私の父もそこに?」
「質問が多い奴だな。お前の親父はまたちょっと違うな。実動部隊みたいなもんだ」
「よくわかりません」
「いいんだよ、それで」
 エクシロンは雷獣に向かって言った。
「新しいご主人とはうまくやっていけそうか?」
「馬鹿野郎、こっちが主人だ」と雷獣は答えた。「こんな腰抜け、おれがついていなきゃ何もできやしない」
「……雷獣。では私と共に行動してくれるのだね?」
「うるせえな。二度同じ事言わせんじゃねえよ」
 エクシロンは満足そうに微笑んだ。
「さて、おれはそろそろ行くぜ。困った事があったらおれの名を叫べ。いつでも助けてやっからな」
「けっ、意識だけの存在が偉そうにしやがって」と雷獣が言った。「でもよ、長い付き合いだったがとうとう今日が最後か」
「ははは、淋しいんだな。雷獣。まあ、新しいご主人に良くしてもらえよ」
「だからご主人じゃねえって」
 エクシロンの姿がだんだん薄くなっていった。
「じゃあな」
 エクシロンの姿は消え、雷獣は悲しげに一声吠えた。

 

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