目次
3 ドン・トビアス
コウロホウ
アルビブ島の陣営でハク、ヘイ、チュウ、ザックが話し合いの場をもった。
「さて、二日でメテラクの三つの島を取り戻す事に成功した。ここからだが――」とハクが全員に問いかけた。
「もう今までのような奇襲はうまくいかんでしょうな」とヘイが答えた。
「某もそう思いますな」
チュウが続いた。小さな顔の体格の良い男で矛を使った。
「メテラクの南は元々熱心なエクシロン信者が多い土地でしたから、エクシロン様の威光であっさりと平定する事ができました。ですがメテラクの北方、そしてメテラク以外の島では必ずしもエクシロン信仰だけが盛んな訳ではありません」
「なるほど。確かに今までのやり方は通用しないだろう。いきなりソディン島に攻め込んでトビアス卿と一戦交える訳にはいかないし」
「左様ですな。まだ『ファイブ・タイガーズ』が三人残っております。メイ将軍はゴパラ島に、これは『縁の島』のユゴディーンに対峙するためです。最強の男、シャク将軍は北ポイロンに陣を張っております。オコロスキと南ポイロンのウーヴォ、シャク将軍の三すくみの状態となっておりますな」
「まずはゴパラか」
「はい。ですがユゴディーンの態度がポイントになります。メイ将軍を退けたとしてもユゴディーンに攻め込まれたのでは意味がありません」とヘイが言った。
「ユゴディーンと対話をする必要があるね」
「しかしどうやって島まで行くつもりですか?」とザックが尋ねた。
「忘れたのかい。私は空を飛べる」
パンガーナ島の守備をリマとヘイ将軍に、アルビブ島の守備をザックとチュウ将軍に任せてハクは雷獣と共に縁の島に向けて飛び立った。
「お前は人を疑う事を知らないな。全員ちょっと前に出会ったばかりだぞ」
「そうかな。ヘイ将軍もチュウ将軍も信頼できる人物だと思ったから、何も心配していないよ」
「……ならいいけどよ。おい、見ろよ」
雷獣に言われ、ハクが見下すと、海岸線に沿って二つの勢力が互いに陣を張っていた。
「メイ将軍とユゴディーンだね?」
「だな。ユゴディーンはきっとコウロホウっていう町にいるぜ」
「ん、雷獣はユゴディーンに会った事があるのか?」
「昔な。まだゼクトの親父が登場する前だ。この星を支配したいと考える奴は皆、おれの下にやってきた。もちろんトビアスもオコロスキもウーヴォもだ」
「それはやはりエクシロンの試練かい?」
「剣を取りに来た奴は当時の教会の神父に言われて、まずおれの所に来るんだ。だがこういうのは一切大っぴらになってねえ。どうしてだかわかるか?」
「さあ」
「万が一エクシロンの再来じゃねえとわかりゃあ、一気にカリスマ性がなくなっちまわあ。だから皆、内緒でおれの所に来て失望して帰っても、それは公表せずにエクシロンの再来の可能性を残したんだ」
「この星ではそれほどにエクシロンの名は重みがあるんだね」
「ああ、戦乱を収めた唯一の人物だからな――で、話は戻るが、ユゴディーンはまともな方だ。頭がいい奴で、自分が再来じゃないとわかると目標を変えた。トビアスに星を支配させないのが自分の役目だという事だ」
「なるほど、反対に頭が悪かったのは?」
「ユゴディーン以外はどいつもこいつもだが、南ポイロンのウーヴォは最悪だったな。このおれに取引を持ちかけたんだぜ」
「取引?」
「いくら積めば味方になってくれるかだとよ。その場で雷を落してやりゃあ良かったな」
「ははは、それは確かに酷いな」
「さてと、あの尖がった塔のある町がコウロホウだ」
ハクと雷獣は山沿いの湖のほとりの美しい町に立ち降りた。すぐに黒装束の男たちが駆けてきた。
「エクシロン殿、それに雷獣殿、ユゴディーンがお待ちです。どうぞこちらへ」
雷獣が少し顔をしかめてみせ、ハクはにこりと笑った。
空から見えた尖塔のある建物の中へと案内され、最上階で待っているとユゴディーンが現れた。他の男たちと同じように黒装束を身に付けていた。
「雷獣殿、お久しぶりですな……それにエクシロン殿、とお呼びすればよろしいのですかな。私はユゴディーン、この島の領主です」
すでに老年の域に差しかかろうかというユゴディーンは鋭い視線を浴びせ、ハクはそれを正面から受け止めた。
「失礼ながらエクシロン殿はこの星の方ではありませぬな?」
ハクはおやっと思った。この星で他の星の人間の存在を意識している人物がいるのは驚きだった。
「おわかりになりますか。それが何か問題になりますでしょうか?」
「いや、一向に。かつてこの星に平和をもたらした聖エクシロンも他所の星の人間でした。結局、この星は他所の星の力を借りないとだめなのでしょうな」
「何も恥じ入る事ではないと思いますよ。平和をもたらすのが他所の星の人間だとしても、もたらされた平和を維持するのはこの星の方々の仕事です」
「返す言葉もありません。我々は聖エクシロンの尊い犠牲を踏みにじってしまった」
「ユゴディーン」と雷獣が口を開いた。「そう悲観するな。かつてのエクシロンが中途半端で終わらせざるをえなかった作業がようやく完結するんだ。この星の人間を責めちゃあいけねえ」
「雷獣殿は聖エクシロンの偉業を認めないのですか?」
「いや、まあその、色々と事情があってな。エクシロンは次代の者に夢をつなぐしかなかった。でおれと剣を試練として残した」
「そして今、その夢を継ぐお方が現れた?」
「どうやらそういう事になるみてえだな」
「雷獣殿がそこまでおっしゃるのでしたら、いや、もちろん私もエクシロン殿を一目見た瞬間から『この方は違う』と思いましたが――で、ここを訪れた目的はトビアス卿打倒のため私に協力を求めているという事でしょうな?」
「単にトビアスの打倒だけではございません。今後も恒久的に続く平和の担い手になって頂きたいのです」
「あなたはやがては出ていかれる方。私一人でこの星の平和を維持するのは荷が重い」
「私がいなくなってもファイブ・タイガーズがおります。それにこの星は連邦に加盟するべきです」
「……連邦ですか?」
「正式名は銀河連邦、この銀河の繁栄を願う組織です。この星のザンデ村出身のゼクト・ファンデザンデが将軍をしており、私にこの星に赴く事を依頼したのです」
「これはあまりにも想定外でどう反応してよいのか。そうですか、確かにファンデザンデと言えば聖エクシロンと共に戦った名門の血筋。この星出身の方が中枢にいられる組織であれば何かと心強い」
「そう考えてもらえると幸いです。ユゴディーン殿には連邦との橋渡しとなって頂きたい」
「考えておきましょう。それよりも当面はトビアス卿をどうするかです」
「ファイブ・タイガーズ、メイ将軍とはどのくらいの間、対峙を続けられていますか?」
「さあ、かれこれ数か月になりましょうか。あちらもゴパラに城を築いていて補給も休息も問題ありませんからな。持久戦とも言い難い」
「やはり背後をつく作戦でしょうか?」
「いや、すでにパンガーナとアルビブが落ちたのは知れ渡っておりますからな。警戒はしているでしょう」
「警戒がきつくとも私と雷獣でどうにかしますが」
「ははは、確かにそうでしょうが、毎回そんな事をしていたのでは体が持たない。私に考えがあるのですが、お聞き頂けないでしょうか?」
「お聞かせ下さい」
「メイ将軍は非常に短気な人間です。挑発すればそれに乗って私どもと一戦交えましょう」
「そこを背後からですか?」
「いえ、エクシロン殿にはこのまま北ポイロンに渡って頂きたい。そこではファイブ・タイガーズ最強の男、シャク将軍がオコロスキと対峙しております。オコロスキは同時に南ポイロンのウーヴォからも攻められていて、青息吐息の状況。シャク将軍がこの三すくみに勝利すれば最大の敵として立ちふさがるのは必至」
「では四すくみにしろと?」
「オコロスキはそれほど頭の悪い人間ではないのでエクシロン殿の意図をくみ取り、共にシャク将軍を倒そうとするでしょう。ウーヴォはあまりにも扱いづらいようであれば、その時はエクシロン殿と雷獣殿の力でどうにでもして下され」
「ユゴディーン殿はどうされるおつもりですか?」
「我らは元来隠密。のらりくらりと相手をいなすのは得意中の得意。エクシロン殿がポイロンにけりをつける頃には我らもメイ将軍と決着を付けましょう」
「何故そのように事を急がれますか?」
「トビアス卿は奸智に長けた男。時間を与えれば卑劣な策略を巡らせます。かつてロイ・ファンデザンデが星を追われたのもトビアス卿の策略のせいなのです」
「わかりました。時間をかけずにトビアスを丸裸にしてしまおうという訳ですね?」
「その通りです。すでに支配地だけを見ればエクシロン殿とトビアス卿は五分五分、トビアス卿はかなり焦っているはずです」
「ユゴディーン殿。では私と雷獣はポイロンに向かいます」
「ご武運をお祈り致します。こちらはお任せ下さい」
ボイロン島
メテラクの北西、ソディン島にロード・メテラクの町があった。堅固な城があり、その城主、トビアスは苛立っていた。
トビアスは眼光鋭い初老の男だった。これまでも幾度か危機はあった。だが今度ばかりは様子が違った。エクシロンの再来、とうとうその時が来たのか。
トビアスはソディン島の警護にあたるチョウ将軍を呼び付けた。
チョウ将軍は島の名家の出、長い髭が自慢の男だった。
「チョウよ。エクシロンの再来と申す者の動きはどうなっておる?」
「はっ、パンガーナ、アルビブは落ち、ヘイ、チュウの両将軍は寝返りました」
「そんな事を聞いているのではない。今日はどうした、と聞いているのだ」
「特に目立った動きはなかったようです」
「そうか。一息ついたな。当然次に攻め込むのはゴパラだな」
「はい。メイ将軍にはその旨伝えております」
「やはりシャクを呼び戻すか」
「しかしオコロスキとの戦線を放棄する訳にも参りますまい」
「ウーヴォを上手く使えんか?」
「あの男ですか?」
「今までも度々秋波を送ってきたのを無視していたが、あの男にオコロスキを攻撃させれば、三すくみを脱せるかもしれない」
「で、シャクをエクシロンに当たらせる?」
「そうだ。妙案とは思わぬか?」
「私はあのウーヴォという男、信頼しておりません」
「武人の眼から見るとそう映るであろう。仕方ない、もう一つの作戦も進めておくか」
ハクと雷獣はアルビブ島に戻った。
チュウ将軍とザックを呼び出し、話を始めた。
「チュウ、聞いてくれ。私と雷獣はこれから南ポイロンに渡る」
「エクシロン殿、目的は?」
「シャク将軍と決着をつけるが、その前に目障りなウーヴォを片付けておこうと思ってね。君の隊もすぐに動けるようにしておいてほしい」
「わかりました。ソディン島と北ポイロンのぎりぎりまで隊を張り出させましょう。それでトビアスの目はこちらに向くはずです」
「よろしく頼むよ――ザック、君はパンガーナに渡って、ヘイにゴパラぎりぎりまで隊を進めるよう伝えてくれ」
「はい。隙があったら攻撃でもいいんですかね?」
「ああ、そこは任せる。メイ将軍は短気らしいから、そうなるかもしれないね」
ザックはパンガーナに出かけ、ハクとチュウがその場に残った。
「ところでチュウ、シャク将軍と戦って勝つ自信は?」
「十回立ち合って二、三回といった所でしょうな」
「君の矛でも無理か」
「奴の得物は二本の鞭、鞭と申しても鉄の棒のようなものを振り回します。その空気を切り裂く音たるや凄まじく、並みの兵士はその場で腰を抜かします」
「ふむ、私ならどうだろう?」
「エクシロン殿は空を飛べるという点ですでに違います。シャク将軍であっても苦になさらないでしょう」
「わかった。早まってシャクと剣を交えないように。あくまでも挑発だけでいい」
「お気をつけて」
ハクと雷獣はニト島の西の港から南ポイロンに向かって西進した。途中の島を越え、海を渡った。
大自然に包まれた南ポイロンの地が北ポイロンと境を接する海岸線にはウーヴォの軍勢が集結しているのが見えた。
「雷獣、これは一体?」
「お前のおかげでこっちにも動きがあったみてえだ。ウーヴォも必死だな」
「……という事はオコロスキの所に攻め入る?」
「多分な、まあ、様子を見ようぜ。おれたちにとっちゃ、ウーヴォとオコロスキが潰し合ってくれたっていいんだし」
「オコロスキを助けなくていいのか?」
「必要ねえよ。この星はユゴディーンに任せるって決めたんだろ。だったらオコロスキを生かしといても碌な事にはならねえ」
「わかった。しばらく静観しよう」
ハクたちが上空で観察しているとウーヴォの船団が北ポイロンに向けて出航するのが見えた。
「雷獣、あそこにウーヴォはいたかい?」
「さあ、どうだったろう。ウーヴォの城に行ってみりゃわかるんじゃねえか」
南方の木々の生い茂るオアシスの傍に白亜の宮殿が建っていた。
ものものしい警備を避けたハクたちはその建物の屋上に降り立ち、下の階に向かった。
赤い絨毯の敷かれた廊下にいた兵士たちを打ち倒し、一番警備の厳重な部屋の前に進むと、今しも一人の男が部屋から出てくる所だった。
「何だ貴殿らは……むっ、もしや」
長いあご髭を生やした背の高い男はハクを見てから、傍らの雷獣に視線を移し、手にした戟に力を込めた。
「ハク、こいつがファイブ・タイガーズのチョウだ。どうやらウーヴォはトビアスに取り込まれたみたいだぜ」
雷獣の言葉にハクはにこりと微笑んだ。
「おあつらえ向きだ。この際、全員まとめてケリをつけよう」
「その意気だ」
雷獣はそう言い残すと奥の部屋へと飛び込み、中からウーヴォのものらしき断末魔の叫び声が聞こえた。
ハクとチョウは互いの得物を手に屋敷の廊下で向き合った。
「この狭い場所でその長い戟では力が出せない。外に出ましょうか?」
ハクの問いかけにチョウは驚いた表情になった。
「さすがはエクシロンの再来。だがこのままで結構だ。参るぞ」
言うなりチョウは戟を振り回さずに、ハク目がけて突いた。
ハクはひらりと避けると、天井に足を着き、逆立ちの形でぶら下がった。
チョウが一瞬ぎくりとして動きを止めた隙にハクはチョウの背後に回り、首筋に剣を押し当てた。
「殺すがいい」
観念したチョウが戟を床に置いて静かに言った。
「殺すにはあまりにも惜しい男。この星の未来を担って頂かなくては」
チョウは床にばたりと手をついた。
「ああ、あなたはこの戦いの帰趨などではなく、将来の事を考えておられる。なのに私は――」
「チョウ将軍、共に戦いましょうぞ。さあ、頭をお上げ下さい」
ウーヴォの一味を蹴散らした雷獣が戻って言った。
「このまま、北ポイロンに進撃しようぜ。ウーヴォの軍を追うんだ」
先に出発していたウーヴォのおよそ千人の軍勢はほとんど抵抗を受けずに北ポイロンに上陸し、そのまま山道を進んだ。
山を越えるとオコロスキとシャク将軍の対峙する平野が広がっていた。
ウーヴォの軍勢は背後から奇襲をかけ、オコロスキの軍勢は混乱し、陣は大いに乱れた。
その隙にシャク将軍の軍勢が一気に攻め入ると思われたが、シャク将軍の軍は動きを見せなかった。
オコロスキの軍の後方では激戦が繰り広げられていた。
ウーヴォの軍は戦闘を優勢に進めた。あと少しでオコロスキの軍勢を分断する所まで押し込んだが、そこからじりじりと押し返された。
二、三度突撃を繰り返しす内にウーヴォの軍に行軍の疲れが見え始め、一旦軍を退いて、戦線は膠着状態に陥った。
ウーヴォが援軍を待っているのは明白だったが、相変わらずシャク将軍の軍は動かなかった。
ようやくウーヴォの軍が突撃を再開した。その後方には援軍らしき一団が出現していた。
段々と近付くその一団がチョウ将軍に率いられたものと判明し、ウーヴォの軍だけでなく持ちこたえていたオコロスキの軍も色めき立った。
オコロスキの軍はぱらぱらと敗走し始め、ウーヴォの軍はそれを追った。そこにチョウ将軍の一団が追い付いた時、予想もしない事が起こった。
チョウ将軍の一団はウーヴォの軍もオコロスキの軍もお構いなしに蹴散らし始めた。あっけに取られて両軍は動きを止めたが、一団の中から金色に輝く巨大な獣とそれにまたがった若者が飛び出した時に、驚きは恐怖へと変わった。
「エクシロンの再来だ!」
空を飛びながら雷を落とすハクと雷獣に地上の両軍は瞬く間に散り散りになった。
雷獣はハクから離れ、一際高くに飛び上がると、様子見を決め込んでいたシャク将軍の陣近く目がけて特大級の雷を落とした。
「チュウ、ヘイ、この雷が合図だ。これが見えたら総攻撃を開始しろ!」
この巨大な雷をはるか上空から見ていた者がいた。
「――ずいぶんと派手な雷だな。お前のアニキか?」
黒髪の青年が尋ねた相手は雷獣によく似ていたが銀色に輝くたてがみの獣だった。
「そうみたいだ。再会するのは数千年ぶりだが元気そうで安心した。で、今すぐ乗り込むか?」
黒髪の青年はにやりと笑って答えた。
「いや、全部片付いてからにしよう。あいつに石を回収させてからでも遅くない」