7.4. Story 2 亡霊剣士

3 異世界からの招待

 くれないはシップを操縦し続けた。《火山の星》を越え、銀河の外に飛び出してから大分経ったような気がした。
 蛟が傍らにいたので退屈はしなかったが、マップのない外宇宙の事、果たして正しいコースを飛んでいるか心配だった。
「ねえ、ミズチ。私たちは本当に王先生の住む星に着くのでしょうか?」
「黄龍の住む星は《煙の星》って呼ばれてるんだ」
「あら、ミズチ、どうしてそんな事を知っているの?」
「さあ、どうしてかな。自然に頭に浮かんだ」
「すごいですわ。その調子で航行ルートも頭に浮かぶと嬉しいのですけど」
「それは無理だよ。でも方向としては間違ってないんじゃないか」
「優秀なナビを信じましょう」

「――あのさあ、むらさき」
「何でしょう」
「むらさきはいつでもそういう風に落ち着いてるの。何があっても感情が表に出ないよね。コウとは大違いだし、セキよりもずっと落ち着いてる」
「さあ、どうしてでしょうね。幼い頃からこうでしたから、今更変えられませんわ」
「ふーん、戦闘には向いてないのかもね」
「そうですね。私が戦うのは祝福されしものが汚された時だけ。コウやセキのように『天の名の下に』、『人のために』戦う大義名分を持ってはいません」
「えっ、大義名分ならあるじゃないか。『聖なる守護の下に戦う戦士』、どうかな?」
「そうですわね。考えておきます」

 
 むらさきのシップは航行を続け、やがて左前方に小さな点のようなものが見えた。
「――星団らしきものかしら、それとも別の銀河かしら、ようやく何か見えてきましたわ」
「ああ、本当だ」
 むらさきはシップの機首を小さな点の方向に向け、そちらに向かって進んだ。
「あそこに《煙の星》があるのでしょうか?」
「……」

 小さな点の形状がようやく肉眼で判別できる距離まで近づいた。白っぽいガス状の星雲のようだった。
「ねえ、ミズチ。あの中に入ってみましょうか?」
「――いや、だめだ。むらさき、引き返そう」
「どうしてですの。せっかく見えた星だというのに」

 むらさきは蛟の言葉に従い、方向転換して星雲から遠ざかろうとした。ところが何度方向を変えても、星雲の位置は変わらず、シップはそちらにぐんぐん引き寄せられていった。
「手遅れだ」
「どういう事ですの?」
「――どうしてだか記憶があるんだ。あの星雲の中にあるのは通称『異世界』、つまりむらさきの母さんの生まれた場所だ」
「だったらいいじゃありませんか。里帰りですわ」
「でも異世界の底にあるのは『死者の国』、このシップが引きずり込まれようとしてるのはただの異世界か、それとも『死者の国』なのか、それって天と地の差だよ」
「まあ、そういう事でしたのね。でも『底』とはどういう意味ですの?」
「ああ、ごめんごめん。異世界自体が違う次元にあって、『死者の国』はそことも違う次元にある。底って言ったのはそういう意味さ」

 
 むらさきのシップは星雲に引かれるように進んだ。雲の中に入り、視界が効かなくなったかと思うと、シップがぐるぐると旋回を始め、目が回って立っていられなくなった。気がついた時にはシップはどこかの大地に着陸していた。
「……ミズチ、大丈夫?」
「うん、むらさきこそ」
「ここはどこでしょうか?」
「降りてみるかい?」
「ここにいても仕方ないですものね。そうしましょう」

 
 外は荒涼たる原野だった。険しい山並みが右手にどこまでも続いていて、空は様々な色に明滅を繰り返していた。
 しばらく原野を歩いたが、どこまで行っても景色は変わりばえしなかった。
「シップに戻ってこの星の脱出を試みた方がいいのかしら?」
「きっと無理だね。なあに、お迎えが来るって」
「お迎え……ですか?」

 仕方なく、あまり歩き回らずにシップの近くにいる事にした。
 明滅していた空が変化を止め、薄い紫色に固定された。
 何かがこちらにやってくる、初めは小さな音だったが徐々に大きな音になった。
 気がつけば、原野の向こうから何かがこちらに近付いていた。
 目視できるほどの距離になると、それが巨大な象のような生き物だというのがわかった。象のような生物の背中には男が座っていた。白い衣装をまとい、頭には金色の飾りをいくつもつけたインドの王侯のような出で立ちをした、目元涼しい好青年だった。
 青年は象のような生物の背からひらりと飛び降りてむらさきの前で跪いた。
「お待ちしておりました。異世界にようこそ」

 

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 Story 3 ハクの帰還

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