目次
2 ハク対コク
同じ頃、ヘキは『C221工業地』に足を踏み入れていた。
『C22工業地』が閉鎖されたため、C街区からC221工業地に行くにはシップを使うしか手段がなかった。
迂回するような形で『C23工業地』からC221工業地までのバイパスを建設中だったが、まだ完成していなかった。
ヘキはC221工業地に造られた臨時ポートにシップを停め、治安維持隊の数名と共に中に入った。
夜の工業地は不気味だった。遠くで機械の稼働する音が聞こえるだけで、通りは全くの無人だった。
「ねえ、いくら自動化されてるとはいえ、設備を制御する人たちのための食堂や飲み屋くらいはあるんでしょ?」とヘキが治安維持隊の一人に尋ねた。
「そうですな。小規模なものが数軒、手分けして踏み込みますか?」
「そうしましょう」
ヘキたちは散開して飲食店の立ち入り調査を行った。一軒の飲み屋を調べているとヴィジョンが入った。
「ヘキさん、怪しい男を拘束しましたので来て頂けますか?」
ヘキはすぐにその場所に向かった。飲み屋の中では一人の男が後ろ手に縛られ、椅子に座らされていた。
「こいつなの。小者っぽいけど何か知ってるの?」
「はい。ただの留守番のようですが」と治安維持隊の男が答えた。「おい、さっきのをもう一度言ってみろ」
「わかったよ。皆、今夜は説明会が終わったんで前祝にC40アミューズに出かけてるんだよ」
「説明会って何?」
「知りませんよ。ただバンブロスの人たちが来て、色々と打ち合わせしてました」
「バンブロス?聞いた事あるわね。確か《大歓楽星団》の大企業じゃなかったかしら。バンブロスは何を説明したの?」
「知りませんよ」
「……《青の星》ではブルーバナー、《巨大な星》ではソルバーロ、どうやらここでの悪事はバンブロスが引き受けるみたいね」
「ですがヘキ様」と治安維持隊の男が言った。「この都は遠方のバンブロスとは付き合いがないはずですが」
「悪い奴は鼻が利くのよ。このC221工業地だけは独自のポートを備えてるから治安維持隊の目を盗んで何かやろうとするには最適じゃない。おそらくドリーム・フラワーを広めるつもりなんじゃないの」
「危ない所でしたな。早速ゼクト将軍に連絡をして対策を立てないと――」
「連絡は任せるわ。あたしはC40アミューズに踏み込むから」
「えっ、今からですか?」
「早い所、応援を頼みなさいよ。こういうのは早い内に芽を摘んでおいた方がいいのよ」
ゼクトにヴィジョンを入れる治安維持隊の男を横目にヘキは椅子に縛り付けられている男に近付いた。
「あんた、逃がしてやってもいいんだけど連絡されても面倒くさいし」
そう言ってヘキは男の首筋に手刀を打ちこんだ。
C40アミューズは都のアミューズエリアの小型版だった。そこにはありとあらゆる娯楽施設が揃っており、飲食店も多数存在していた。
ヘキは都のアドミに連絡し、飲食店の状況を調べたが、該当するような人物たちの出入りは報告されていなかった。
「まあ、直接ポートに来るような奴らだし、もぐりの酒場にでもしけこんでるんだわ。心当たりある?」とヘキは治安維持隊に尋ねた。
「もぐりというと営業許可を得ていない酒場ですか。そのようなものがあるはずはないのですが」
「あるはずないのにあるからもぐりなんでしょ。少しは頭を柔らかくしなさいよ」
「……でしたら事故のあったC221工業地につながる一角でしょうか。その先が閉鎖されているせいか閑散とした有様です」
「そうね。じゃあそこに狙いをつけましょう」
ヘキたちはC221工業地に近い場所から虱潰しに怪しい団体がいないか調べた。一人の治安維持隊員がヘキの下にやってきた。
「地下に通じる階段を発見しました」
「中が狭そうだから大人数で行っても身動き取れないわね。じゃあ十人程度突入部隊を選抜しておいて。あとゼクトは?」
「こちらに数十人差し向けるとの事です。本人は亡霊剣士の件でこちらには来れないそうです」
「ふーん、茶々もやってるね。こっちも行こうか」
ヘキたちは暗い階段を降りて扉をぶち破り、店の中に突撃した。その場にいた従業員と客を全員拘束し、地上まで引っ立てた。ヘキは四人いた従業員たちを一列に並べ、十数人の客たちを別の列に並ばせて立たせた。
「さてと、何で捕まったかわかるわよね?」
店の従業員らしき顎鬚の男がおずおずと答えた。
「違法営業ですか。だったらお客さんたちに罪はないんで解放してやって下さいよ」
「へへぇ、『解放してやってくれ』?店側もグルって事ね。大方、ドリーム・フラワーの受け渡し場所にでもして小金を稼ぐつもりだったんでしょ?」
「ドリーム・フラワー、何ですか?」
アタッシュケースを小脇に携えたどこかの企業の営業マンらしき男がヘキに文句を言った。
「さあ、あんたらの符牒では何て呼ばれてるか知らないわ。何だったらあんたらの持ってる鞄の中身を調べたっていいのよ。バンブロスの皆さん」
ヘキがバンブロスの名を出した瞬間に、客側の男たちの中のアタッシュケースを持った六人が一斉に目をそらし、下を向いた。
「じゃあ、C221工業地に戻ろうか。無法者のお仲間がまだいるでしょ。この店の連中は適当にやっといて」
ヘキは客の男たちを路面車両に押し込み、再びC221工業地に戻った。
ヘキが男たちを連れてC221工業地に戻ると銃撃戦が始まっていた。
「手間が省けたわ。こいつら、逃がしちゃだめよ」
「大丈夫です。船内にくくりつけておきますので」
ヘキと治安維持隊は銃撃戦に参加するために路面車両から飛び出した。
およそ三十分で治安維持隊は敵対する無法者たちを制圧した。
捕まるか、投降した男たちが工業地の大通りに並べられた。
「これで全部かしら。後は路面車両の奴らを入れればほぼ全員かな。それにしてももうすぐ都全体が朝を迎える時間じゃないの。早く帰らせてよ」
一人の治安維持隊員が路面車両に駆けていき、すぐに青い顔をして戻った。
「ヘキさん……」
「どうしたのよ。血相変えて」
「それが」と言って男はヘキに耳打ちした。「アタッシュケースを持った男たち、おそらくバンブロスの者だけが消えました」
「何ですって。ちゃんと動けないように拘束してたんでしょ?」
「もちろんです」
「わかったわ。残った奴らに何が起こったか聞いてみる」
ヘキは路面車両の中で男たちから事情を聞いた。
「……ありゃあ、亡霊剣士だった」
「ああ、間違いねえ。いきなり現れたかと思うと、何人かだけ連れてったんだ」
「『連れてった』?どうやってよ」
「わかんねえよ。とにかく消えちまったんだよ」
「ふぅ、あんたたちじゃラチが空かないわ」
ヘキはそう言って茶々にヴィジョンを入れた。
「ああ、茶々、今忙しい?実はね、C221工業地に亡霊剣士が現れたって言うのよ――」
「本当か。C221工業地だな。すぐに行く」
茶々はすぐにヴィジョンを切った。
「何だろ、あの態度」
茶々は十分と経たずにやってきた。
「どうしたのよ、茶々。亡霊剣士は始末したんじゃないの?」
「ああ、もう一人いやがった」
「じゃあこっちに現れたのはもう一人の方?せっかく拘束したバンブロスの社員を消してくれたらしいのよ」
「消したんじゃない。空間を移動させたんだ――バンブロスにラーマシタラ、絶対に許さねえ」
「ラーマシタラって例のインチキ宗教家でしょ?」
「……奴が余計な事してくれたおかげで菌を死なせちまった」
茶々とヘキは一連の出来事の情報を交換し合った。
「――そうだったの。空間を自由に操作するのね。ところでカメラに映らなかった理由もやっぱりそれなの?」
「いや、それについては多分、この石だ」
茶々がそう言って懐から石を取り出した瞬間、辺りが暗闇に包まれた。一切光の届かない世界、真の闇だった。
「どうした。人工太陽の故障か?」
「そんなはずないわ。この尋常じゃない暗さ――茶々、注意して」
「あっ、石を――てめえ、誰だ!」
ヘキが注意する間もなく、茶々は右も左もわからない暗闇の中で石を奪われた。
「ははは、石は頂いてく」
闇の中で聞き覚えのある笑い声がした。
「……この声はコク?石を返しなさいよ」
「《巨大な星》ではお前らに譲ったんだ。だから今回は頂いてく」
「おうい、コク」
茶々が声を上げた。
「あんた、悪に魂売り渡したんだってな」
「ああ、そうだ」
「オレはそういうの嫌いじゃないぜ」
「ははは、お前とは気が合うようだ。綺麗事だけでは世界は良くなりはしない、悪の存在しない世界などありえないんだ。俺は徹底的に悪を極める――茶々、お前も仲間になりたいか?」
「いや、止しとくよ。オレには『草』もいるし、これ以上つるんでも仕方ねえ。オレはオレのやり方で究極を極めるさ」
「わかった。お前ならきっとやり遂げるさ。どこかの腰抜けとは違うからな」
「ダーク・サッカー!」
突然、暗闇にもう一つ別の声が響き渡り、闇が吸い込まれるように消えて明るさが戻った。
「ちっ、やっぱり双子ってのは引き合うな」
空中には石を手にしたコクが漂っていたが、そこから大分離れた空間に、これも空に漂うハクがいた。
「……ハク」
ハクは地上のヘキと茶々に目もくれずにコクに近付いた。
「石を返してもらおう」
「へっ、腰抜けが。立ち直ったのかよ」
「石を返すんだ」
「嫌だね、『ライツ・アウト』!」
再び闇が物凄い勢いで周囲を包み込もうとしたが、ハクの「ダーク・サッカー」によって遮られた。
二人が睨みあっていると、地上の茶々が声をかけた。
「おい、ハク。今頃のこのこ出てきて、何、偉そうに兄貴面してんだよ。その石はオレの部下が命をかけて手に入れたんだ。どうするかはオレの勝手だ」
「……」
ハクは何も答えなかった。ヘキは黙ったままでこの会話を見つめていた。
「コク」と茶々が続けた。「持ってっていいぜ」
「茶々、お前は物分りがよくて好きだよ。この礼はするからな――じゃあな」
コクが去り、ハクはヘキたちから少し離れた場所に降りて、じっと立っていた。
コクと入れ替わるようにしてゼクトがやってきた。
「お前たち。何が起こったか説明してくれぬか――むっ、あそこにいるのはハク……」
初めに茶々が、続いてヘキが昨夜の出来事をゼクトに話した。
「――なるほど。状況はわかった。亡霊剣士は倒れたが、もう一人剣士がいた。石を奪い取ったのでもうここには来ないという推測だな。ここの件に関しては、地域に巣食う無法者共を一掃し、バンブロスの手引きによるドリーム・フラワーの流通を水際で防いだ。かなり上出来だ」
「だが石はコクにあげちまった」
「それはいい。茶々、お前は兄妹が争う、そんな状況を見たくなかったんだろう?」
「そんなんじゃねえよ。オレはあの兄貴とは気が合うだけさ」
「しかしバンブロスか」
「どんな会社なの?」とヘキが尋ねた。
「本社は《蠱惑の星》のダダマスにある、元々は鉱山経営で富を成した会社だ。『ホールロイの悲劇』という言葉に聞き覚えはないか?」
「ああ、『地に潜る者』が多く亡くなった……」
「その鉱山の所有者がモサン・バンブロスだ。ホールロイを見てもわかる通り、かなり強引な経営を行う。付近の星が集まって《大歓楽星団》を形成できたのもムスクーリ家とバンブロスの力が大きかったそうだ。星団成立後は、娯楽、風俗産業にも手を広げ、近年では武器製造も始めたという噂だ」
「へえ、ゼクト。よく調べてるじゃない?」
「売り込みが激しいのだ。ブルーバナー社に取って代わろうという腹積もりらしい。それで調査報告を読んだが、どうも胡散臭いので取引はしていない」
「どこかで一戦交えるのかしらね」
「――これで都も少しは落ち着く。これからお前たちはどうする?」とゼクトが尋ねた。
「コメッティーノの意向もあるしね。連邦加盟の御用聞きをして回らなきゃ。ここからだと《灼熱の星》辺りが近くていいのかな」とヘキが答えた。
「うむ。《灼熱の星》か。連邦に対して比較的友好的だから、いいかもしれない――茶々はどうする?」
「オレはあのラーマシタラって野郎を許さねえ。聖職者面しやがって。絶対にあいつを探し出す」
「……無理するなよ」
「オレは加盟勧誘や加盟後の管理作業なんてできない根っからの暗殺者だ。こういう形でしか皆の役に立てねえ」
「わかってる。誰もお前にそんな事をさせようとは思っていないよ――ハクはどうする?」
ゼクトは離れた場所で遠くを見つめながら立つハクにも声をかけた。
「……今の私にはリンの子を名乗る資格はない。もう少しどこかで頭を冷やす」
「だったら」とゼクトが言った。「一つ頼まれてほしいのだが」
「……」
「自分の生まれ故郷、《戦の星》に赴いてはもらえないか?」