7.4. Story 1 偉大なる都

4 膨張する都

 《エテルの都》は二十年の間に大きく変貌を遂げた。十キロ四方の立方体の二階層分だけが住居エリアに充てられていた当初の構想のままでは、爆発的に増える移住希望者を処理しきれなくなったのが始まりだった。
 市長に選出されたばかりのニナと治安維持隊長を兼ねた連邦将軍ゼクト、その妻アナスタシアは協議の末、都の拡張を決断した。
 この決定に関してはニナが秘かにエテルの眠る『コントロール』エリアでエテル本人の託宣を得たという噂話が囁かれたが、その真相は定かではなかった。
 いずれにせよ発表された拡張計画は想像以上のものであった。

 

 ・現状の街はそのままとし、今以上の拡張を行わない。
 ・代わって、都の外部に四つのサブステーションを構築する。各サブステーションは都のアミューズに直結する通路により連結する。又各サブステーションも同様の通路により連結する。
 ・各サブステーションを『街区』と呼ぶ。北側の街区から時計回りにA,B,C,Dと付番する。
 ・各街区内部は都とほぼ同様のエリア分けとする。各エリアにも付番が行われ、現在の都との対応は以下の通り。
  ジャンク:00
  ファーム:10
  インダストリア:20
  メルカト:30
  アミューズ:40
  アドミ:50
  レジデンス:60、70
  ラボ:(該当なし)
  ガーディアン:(該当なし)
 この付番に従い、例えば『A街区』の工業エリアであれば『A20工業地』と呼ぶ。
 ・『街区』には研究開発エリア、防衛のための軍備エリアは持たず、従来の《エテルの都》がこの部分を担当する。
 ・『街区』の移動手段に関しては路面車両を原則とする。シップの使用、転移装置の使用は認めない

 

 以上の計画に従って四つの街区が都の周囲に構築された。
 だが完成後五年経ち、早くも街区が手狭になった。
 再びニナたちは協議を重ね、次なる計画を発表した。

 

 ・現在の四つの『街区』に加えて新たにE,F,G,Hの四街区を新設する。
 ・既存の『街区』の周囲に新たに単一エリアから成る『地番』を構築する。
 例えば『A街区』の周囲に造られた一番目の商業地番は『A31商業地』となる。
 ・『地番』の外にさらに新たな『地番』を造る事も許可される。但し、同一の機能のエリアでなければならない。
 『A311商業地』の周囲に『A3111商業地』を造成する事は可能だが、『A211工業地』は不可である。
 ・『地番』は各街区とのみ連結し、直接他の街区、都との連結は行わない。

 

 この計画の実行により、都の全貌は高分子結合のような複雑怪奇なものとなった。
 一番大変だったのは治安維持隊隊長を兼務していたゼクトだった。新たな街区や地番が新設されると犯罪の発生率を抑えるためにそこに出向いて治安維持隊の出張所の設立に尽力した。
 それでもそんなゼクトの努力をあざ笑うかのように悲惨な事故や凶悪な犯罪は発生した。

 
 現在ゼクトの頭を悩ませているのは二つの問題だった。
 一つは『C22工業地』、C街区から伸びている二つ目の工業地だったが、ここで爆発事故が起こり、高濃度の放射能が検出された件だった。
 ゼクトはただちにC22工業地の全ての出入口を閉鎖させたが、これで困ったのがそこから伸びるC221工業地だった。
 そこでC221工業地の生産を全て隣のC23工業地に移転させ、C221工業地は廃墟となった。
 廃墟となったC221工業地は犯罪の温床となり、怪しげな人間たちがたむろしているという、それが一つ目の悩みだった。

 二つ目は『B街区』に出没するという亡霊剣士の噂だった。
 都の監視モニターで度々目撃されており、犯罪行為を行う訳ではなかったが、どこから現れ、どこに消えるのかが全くの謎だった。
 技術の粋を集めた都でそのような怪談めいた話は面白おかしく語られる事となったが、ゼクトは気に入らなかった。
 いつか恐ろしい犯罪が起こるのではないか、そう考えたゼクトはコメッティーノに調査員を派遣してくれるように依頼をした。
 それに応えて、都を訪れる事になったのが、ヘキと茶々だった。

 
 ゼクトは《武の星》に立ち寄ったヘキよりも一足早く到着した茶々と共にアドミ・エリアの市長室でニナと話をした。
「茶々、兄妹の件、色々と大変なようだな」とゼクトが言った。
「さあ、オレはずっと《青の星》で修行してたからよくわかんねえ。でも九人で一緒に戦うのは楽しかったから、それができないのはちょっと淋しいかな」
「茶々はクールね。ロクなんかすっかり取り乱しちゃって。『ハクもコクもコウもいなくなった』って大騒ぎしてたみたいよ」とニナが言った。
「そんなんじゃねえよ、おふくろ。オレはきっと冷たい心の持ち主なんだ。ロクみたいな人情のある人間がうらやましい」

「あなたたち兄妹には苦労をかけるわね。さて、ここからは仕事。私も母親ではなく市長として話をするわ。今の都の状況は知ってる?」
「……時間の経ったパスタ」
「建物が複雑怪奇に絡み合ってるって意味ね。正しいわ。でも管理体制は完璧、無秩序状態は許していない、そうでしょ、ゼクト」
 話を振られたゼクトは曖昧に頷いた。
「閉鎖地域を除いてな」
「閉鎖地域?」

 そこで茶々はC22工業地の話を聞いた。
「でもこっちの件は後から来るヘキに担当してもらいましょう。茶々にはもう一つを」
 続いて茶々は亡霊剣士の噂を聞かされた。
「でも事件は起こってないんだろ?」
「必ず起こるわ。起こってからでは遅いのよ。だからあなたに調べてもらいたいの」
「そういう事なら『草』を大挙して呼んである。もう都に潜入しているはずだから、改めて指示を出しとくよ」
「さすが仕事が早いな」とゼクトが感心して言った。
「せっかく修行の成果の暗殺剣を試すいい機会だと思ったんだけどな。それは又の機会に取っとく」
「閉鎖地域の件を受け持ってもらっても構わんが、皆殺しにされても困るんだ。わかってくれ」
「わかってるって。オレだって快楽殺人者じゃねえ」
「そうよ、ゼクト。茶々は優しい子。人のために泣ける子なんだから」
「それも言い過ぎだと思うぜ。とにかくB街区は重点的に監視をすっから。ところでドリーム・フラワーは問題になってないのか?」
「幸いこの都には入ってくる隙がないさ。だが言ったようにC街区のように立ち入れない地域が増えると危ないな」

「ゼクト、ところでアナスタシアは?」
「《守りの星》に里帰りだ」
「もしかすると夫婦の危機ってやつか?」
「馬鹿を言うな。定期的にパパーヌのご機嫌を伺っておかないとへそを曲げる。それだけの事だ」
「何だ、つまんねえな」

 ヘキは茶々の到着から五日遅れてニナの下にやってきた。思いのほか、《武の星》での滞在が延びたせいだと言った。
 ニナとゼクトは茶々の時と同様に状況を説明し、ヘキはC221工業地の調査に着手した。

 

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 Story 2 亡霊剣士

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