7.4. Story 1 偉大なる都

2 邪蛇

 

水牙の依頼

 ヘキは《武の星》の都、開都に着いた。街を覆う一面の紅桜が出迎える中、都督庁に向かうと執務室には水牙がいた。
「久しぶりだな。色々と大変だったと聞くが、わざわざ呼び立ててすまなかった。今、ジェニーもここに呼ぶ」
 そう言って水牙は一旦部屋を出ていった。
 コメッティーノもリチャードもそうだったが、水牙は老け込んだようには見えなかった。父、リンもそうだったろう。やはり『七武神』として銀河の真理の一端に触れた者はどこか違っているのか。

 水牙と一緒に戻ってきたジェニーもやはり若々しかった。
「ヘキ、弟さんの件、大変だったね」
 ジェニーが開口一番、そう言った。
「ええ、でもあの子は砂漠の民だからその内放浪を終えてひょこっと帰ってくるわ」
「ははは、砂漠の民か。うまい事を言うな」

 ハクとコクが共に失踪中の件はコメッティーノとリチャードの間で停まっているようだった。深刻な事態ではあったが、敢えて言う必要はないと思い、ヘキは黙っていた。
「実はな。忙しい君をわざわざ呼び立てて、その挙句がこれかと怒られるかもしれないが、ステファニーの件で相談に乗ってもらいたいのだ」
 ステファニーは水牙とジェニーの間にできた娘だった。その上に炎牙というヘキと同い年の兄がいて、ステファニーはヘキよりも三つ年下だった。

「知っての通り、炎牙は火の属性の見立てを受け、『火の楼閣』での鍛錬を終え、今は連邦軍の任務に就いている。妹のステファニーは水の属性で、『水の楼閣』で修行中だが――」
「ステファニーがどうかしたんですか?」
「能力の発現が普通よりも少し遅いのだ」
「大した事じゃないわね」
「すまぬ。某もジェニーも本人にそう伝えた。だが本人が気に病んでいてな。最近では修行もさぼりがちで家にも寄りつかぬ有様」
「前言撤回。公孫家にとっては大事件ね――でも、お父さんみたいに『凍土の怒り』を使いこなしたり、お母さんみたいに『火の鳥』をぶっ放したりするのは誰にもできる芸当じゃないわ」
「そこだ。本人は公孫家の血を引くのに、という焦りからすっかり参っているようなのだ」
「……ふーん、あたし、ステファニーの気持ちわかるわ。きっとあなたたちが説得してもダメよね」
「まさしくそれだ。こちらが何か言えば言うほど頑なになって逆効果だ」
「本当にごめんね」とジェニーが話を引き取った。「連邦の最前線で活躍してる女性ってヘキしかいないでしょ。あなたに会えば感じ入る所があるんじゃないかって」
「……わかったわ。で、ステファニーは今どこ?」
「多分、《不毛の星》に逃げ込んでいると思う」
「それどこよ?」
「ここからすぐの無人の星だ」
「今から《エテルの都》に行かなきゃなんないから、そのついでに寄ってみるわ」
「おお、行ってくれるか。では炎牙に案内させよう。今日はちょうどこちらに戻っている」
「いいわよ。休みの日くらいゆっくりさせてあげて。一人で行くから」

 
 《不毛の星》にはすぐに着いた。一面の砂漠を風が吹き渡っていた。
 ヘキは岩山に隠れて風の吹きこまない一角に停められたステファニーのシップの隣に自分のシップを停め、砂山を登った。
 ステファニーの姿が見えた。一人でとぼとぼと歩いていた。
「おーい、ステファニー」
 ステファニーは立ち止まって振り向き、大声を上げながら追いかけてくるヘキの姿を見て、不思議そうな表情を見せた。
「ヘキ?」
「そうだよ。何してんのよ?」
「……ん、別に」
「風の吹かない所で話そうか」
「わかった」

 
 シップを停めた風の吹きこまない岩山の裏手に二人で回った。
「ヘキ、何だってこんな場所にいるの?」
「ステファニーに会いたくてね」
「どうせ父さんや母さんに頼まれたんでしょ?」
「そう。水牙もジェニーも皆心配してるよ」
「嘘ばっかり。心配なんて口先ばっかりで心の中ではだめなあたしを馬鹿にしてるのよ」
「そんな事ないよ。公孫の人間だからって誰もが『凍土の怒り』や『火の鳥』を使いこなせる訳がない事は皆わかってるって」
「……エリートに言われてもね」
「エリート?誰が?」
「ヘキに決まってるじゃない。連邦で働き始めたと思ったらすぐに大活躍。《青の星》の滅亡を防いだんでしょ?」

「ははーん、そういう事――ねえ、ステファニー。クイズ出すから答えてよ」
「何、いきなり」
「いいから答えなさい。《青の星》に九人の兄妹が全員揃いました。さて、この中で一番活躍したのは誰だったでしょう?」
「嫌味ね。どうせハクかコク、でもそれを差し置いて自分だったって言いたいんでしょ」
「はい、はずれ。正解はコウとセキでした」
「えっ、あの口先だけのコウといつもぼぉっとしてるセキ。信じられないわ」
「本当に二人は強かった。最後の敵が現れた時、皆、足がすくんで動けなかったけどあの二人が向かっていってそいつを倒したのよ」
「……ヘキはその時どういう気持ちだった?」
「そりゃあ悔しかったわよ。何もできないと思ってた弟たちが自分よりはるかに強くなってたんだもの。それはハクたちも同じだったみたい。でもね、焦ってもどうなるものでもないって事に気付いたわ。だってそんなので身に付けた強さなんて偽りだもの。だからあたしは待つ事にした。時が来れば目覚める、それを信じる事にしたの」

「……でその時は来たの?」
「残念ながらまだね。あたしが目覚める日はもっと先みたい――何だかあたしの話になっちゃった。悩んでるのはあんたなのにね」
「ううん、そんな事ない。そっか、ヘキもあたしと同じだね」
「同じじゃないよ。あたしはリンの子供で、普通の人の七倍能力があるとしたら、あんたは両親共に『七武神』なんだから四十九倍能力があるんだよ」
「……ヘキ、その計算ちょっと変。だけど気が楽になった。待ってればいい事が起こるんだね」
「そうだよ。だから修行は続けた方がいいと思う」
「だね。ああ、早くヘキみたいに実戦の場に出たいなあ」
「無理言わないの。実戦なんて経験しないに越した事はないんだから」

「ねえねえ、ヘキ。ちょっと散歩しない。本当は冒険って言いたいんだけどそれほどのスリルもないし」
「どこ行くの?」
「この砂漠の奥に『超古代遺跡』があるって邪蛇が言ってたの。行っても何もないぞって言われたから、まだ行った事がないのよ」
「『超古代遺跡』?邪蛇?何それ」
「超古代ってのは大昔よりもずっと前って意味よ。邪蛇はここで知り合った友達」
「意味がよくわからないけど散歩なら付き合うわよ」

 
 二人は吹き付ける風の中を砂漠の奥に向かって進んだ。
 すり鉢状の大地の底の部分に降りると、石の柱が円形に立ち並ぶ場所に出た。マンホールの蓋を何十倍にも大きくしたような円形の石が置いてあり、石の上には不思議な目の形の彫刻が施されていた。
「ふーん、不思議な場所だね……何のために使われてたんだろうね」
「わからないわ。邪蛇は知ってるみたいだけど教えてくれなかった」
「……あんた……この場所の事を両親に言ったの……かい?」
「ううん、邪蛇が秘密にしとけって言うから――ヘキ、ヘキ、どうしたの?」

 頭の中に呪詛の言葉が飛び込んできた。
(殺せ、殺せ、殺せ)
(殺せ、殺せ、殺せ)
 自分に向けられる憎しみに抗おうとして必死に足を踏ん張ったが、迫りくる憎しみはとうとうヘキを飲み込み、ヘキは意識を失ってその場に倒れた。

 

邪蛇の語る秘密

「……ヘキ、気がついた?」
 目が覚めたのは砂漠ではなくほの暗い洞窟の中だった。青白く光る鍾乳石が垂れ下がっており、涼しい風が吹き、近くを小川が流れているようだった。
「ここは?あんたがここに運んでくれたの?」
「ここは邪蛇の棲家。ヘキをここまで連れてきてくれたのよ――ねっ、邪蛇」

 
 洞窟の奥で何かが動く音がした。闇に浮かんだシルエットは巨大な蛇のようだった。大きな目が一つ、顔の中心で怪しげな光を放っていた。
(気がついたか。以前にお前の親がここを訪れたが、その時も同じ有様だった)
「あのね、邪蛇は直接頭の中に話しかけてくるんだよ」
 ステファニーが説明をし、ヘキは痛む頭を抱えながら懸命に考えを整理して尋ねた。
「ねえ、父さんがここに来て『同じ』ってどういう意味?」
(今のお前と同じく純粋な憎しみに耐え切れずに気を失った)
「あの声はあなた……ううん、違う。『純粋な憎しみ』ってどういう意味?」
(想像してみるがいい。お前を殺す目的のためだけにこの世に生まれた者がいるとしたら、その者の全てはお前に対する憎しみだ。それがあの声だ)
「あたしを殺す?父さんもそうだったって事は文月の血を絶やすって意味ね。どうして?」
「ねえ、ヘキ。声とか憎しみとか何。あたしにはそんな声、聞こえなかったよ」とステファニーが尋ねた。
「ごめんね、ステファニー。後でちゃんと説明するから――邪蛇、その理由を知ってるんでしょ。答えなさいよ」

(……我が友、ステファニーを励ましてくれた礼に重要なヒントを教えよう。あの遺跡と同様のものがこの銀河にはあと数か所存在する。今のようなザマでは来るべき決戦で勝利するなど土台無理。勝ちたいと思うなら各地の遺跡を回って耐性を身に付けるのだな)
「ちょっと待って。全然意味がわからないわ。大体、来るべき決戦って何よ?」
(自分の目指す地平が薄々見えているかと思ったが時期尚早だったか)
「あたしが覚醒すればわかるって事?」
(それでは遅い。お前の覚醒は決戦の寸前だ。それまでに耐性を養っておけ)
「……納得いかない点は多いけどやってみる。ところで他の遺跡の場所は教えてもらえるかしら?」
(厚かましいな。だがあの冒険家に聞けばわかる事だし、差支えない範囲を伝えよう。この星以外には、《オアシスの星》、《巨大な星》、《長老の星》、《密林の星》、そこまでだ。残りは自分で探せ)
「ありがとう、邪蛇。あんた、いい奴だね」
(我が友に代わっての礼だ)

 
 体調の戻ったヘキはステファニーの案内で邪蛇の棲家を出て、シップの停泊場所に戻った。
「なるほどね。最初に見かけた時、あんたはここに来ようとしてたんだね」
「うん、急にヘキに声かけられたからびっくりしたの」
「いつ友達になったんだい?」
「ここによく来るようになって。三年くらい前かな」
「……あんた、そんなに長い間、悩んでたんだ。苦しかったろうね」
「うん、でももう大丈夫。ヘキのおかげ」
「邪蛇が淋しがるからたまには遊びに来てやるんだよ」
「うん、そうする――あ、セキも来ればいいよ。まだ話し足りてないでしょ。後で目印を教えるから」
「ありがと、助かるよ」

 

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