目次
3 ヴァニタス海賊団
コウとセキは《神秘の星》を離れ、バスキアも《魔王の星》に戻っていった。
「ねえ、コウ。これからどうしよう?」
「まずは連邦に連絡をつけなきゃな。今の《神秘の星》なんて無防備も同然だ。早急に調査団と軍を派遣してもらわねえと。それから《獣の星》の連邦加盟への説得だ。あいつら、頑固そうだしな」
「ヴィジョンが使えればねえ」
「仕方ねえ。一旦ポータバインドで通信可能な空間まで戻ろうぜ。それから《獣の星》に行って今回の任務は終わりだ」
かつて『ウォール』があった付近まで戻って、ようやくヴィジョンが使用可能となった。コウは早速、連邦府の管理官に連絡を取り、状況を説明した。
「リチャードやコメッティーノには連絡しなくていいの?」とセキが尋ねた。
「事務方からすぐに連絡がいくさ。これ以上何かを命令されちゃたまらねえしな」
「《巨大な星》はどうなったのかな?」
「ああ、聞くの忘れた」
「ハクに連絡してみる?」
「いいよ。全部終わってから互いのみやげ話をし合うのが楽しいんじゃねえか。それよりとっとと《獣の星》に行って、うるさいのを説得しようぜ」
「あ、わかった。早く任務を終えて順天に会いたいんでしょ?」
「馬鹿野郎、そんなんじゃねえよ――ん、ありゃ何だ?」
コウが指差したのは《巨大な星》方向で、そちらから黒い点が幾つもこちらに向かってくるようだった。
「シップだね。それもかなりの数だ。『ウォール』がなくなったのを早速かぎつけたかな?」
「ああ、商人のネットワークは情報が早いって言うからな」
コウたちのシップは再びかつての『ウォール』の向こう側に入った。目指すは《獣の星》だった。
「ねえ、コウ」と航行中のシップの中でセキが声をかけた。
「ああ、おれも気付いてた。さっきのシップの一団だろ」
「うん、偶然だとは思うけど、ぼくらと同じ方角に進んでるよね」
「偶然じゃないぞ!」
それまでシップの中で眠っていた蛟が突然に叫んだ。
「ミズチが……」
「しゃべった……」
「驚くのはそこじゃないだろう」と蛟は言った。「あいつらはお前たちを狙ってるんだよ」
「えっ、何で?」
「さあな、お前らが石をたんまり持ってるからじゃないか」
「まさか、そんなの知ってる訳ないじゃない。誰にも言ってないんだから」
「じゃあ本人たちに直接聞いてみるんだな。ここで逃げるつもりはないんだろう?」
「もちろんさ」とセキは胸を張って言った。「売られたケンカは必ず買うよ」
「面倒くせえなあ」とコウが言った。「なあ、ミズチ。どの辺でお迎えすりゃいいんだ?」
「そうだな。《魚の星》の手前あたりかな」
「わかった。そこまでは全速力で行こうぜ」
シップは全速力で《魚の星》の近くまできた。
「さすがに飛ばし過ぎたかな。あいつら、追ってこられないんじゃねえか」
一息つく二人の前に一隻のシップが突然湧き上がるように現れた。
「……どういうこった」
目の前のシップからアナウンスがあった。
「驚きましたか?」
「ああ、正直びっくりしてる――あんたら、誰だ?」とコウもアナウンスを返した。
「私たちはヴァニタス海賊団。以後お見知りおきを――他のシップが到着するまでもう少しお待ち下さい」
「あんたらの目的がわからないんじゃ待ちようがないな」
「それでは船外に出ますか。どうせシップ同士の戦いをなさるおつもりもないでしょう」
そう言って二人の男が船外に姿を現した。
髪の毛を様々な色に染め分けた派手な若者と反対に憂鬱そうな表情の男だった。
「へっ、ずいぶんと自信たっぷりだな」
コウはそう言ってセキを促し、四人が船外で向かい合った。
憂鬱そうな表情の男が初めに口を開いた。
「我々はヴァニタス海賊団、隣にいるのが船長のチャパ、私は副船長のプロロングです」
「おれはコウ、隣がセキ文月だ」
「もちろん存じ上げております」
「さっきも言った通り、あんたらの目的は何だい?」
「さすがは度胸が据わってらっしゃいますね。海賊を目の前にしても慌てる所が一つもない――ああ、ちょうどいい。僚艦が到着したようです。彼らにも自己紹介をさせましょう」
プロロングはそう言って一旦シップの中に戻った。残ったチャパはにやにや笑いながらコウを見つめていた。
「へへっ、気に入らねえな」とコウが言った。
「こっちもだよ。てめえをどこに飛ばしてやろうか、そればっかり考えてるよ」
「面白いじゃねえか――」
二隻の大型シップ、数十隻の中型シップから構成された僚艦が到着し、プロロングが船外に再び顔を出し、残りの大型シップからも二人ずつ人が現れた。
「まずは最初の二人」とプロロングが言った。「バイーアと未望です」
牛のようないかつい体格をした男と顔に大きな傷のある初老の男は無言で立っていた。
次に到着した二人のうち、一人は顔をマフラーのようなもので覆っていて表情がわからなかった。
「あと二人、まずはスローター」
スローターという髪をきっちりと七三に分けた軍人風の男が手を上げた。
「そしてお待ちかね、最後の一人は――」
プロロングは勿体をつけてなかなか切り出そうとしなかった。
「何だよ、勿体付けんじゃねえ――」
「待って、コウ。これは――」
プロロングが感心したように声を上げた。
「さすがは実の弟です。やはりわかるものですな」
「でも……ははは、そんな訳がないよね――ねえ、コク」
「何だって――いや、よく見りゃ確かにコクだ。おい、コク、どうしちまったんだ?」
顔をマフラーで覆った男はマフラーを取ってコウたちの前に立った。
「どうしたじゃないさ。俺はヴァニタス海賊団の副船長だ」
「《巨大な星》の任務はどうしたんだよ?」
「ふふん、下らない仲良しごっこで銀河を統治しようなどと考える連邦は見限ったのさ。信じられるのは己の力のみ。兄妹の中で一番強いお前たちならわかるよな?」
「コク、落ち着いてよ。ぼくら一緒に戦ったじゃないか。あんなにすごい――」
「セキ、兄妹の中で一番出来が悪かったお前に追い越された俺の気持ちがわかるか。俺はお前より強くなってやる。そして――」
「おいおい」
チャパが退屈そうに言った。
「兄妹ゲンカはたくさんだ。早いとこやろうぜ」
「わかった」とコクが言った。
「そうだった」とコウが言った。「あんたらの目的を聞くんだった」
「ではコウ君、こちらからも質問です」とプロロングが言った。「あなた方の目的は何ですか?」
「目的?考えた事もなかったな。建前上は連邦の意向に沿って動いてる。つまりドリーム・フラワーの殲滅だな」
「なるほど。それだけですか。連邦議長の真意はまだわかっていないようですね」
「……真意?」
「あなた方のお父上の代でできなかった偉業を達成しようと考えているのですよ」
「何だそりゃ――わかるか、セキ?」
「……銀河の統一」
「セキ君の言う通りです。議長はドリーム・フラワー殲滅の名目で加盟している星、加盟していない星を問わず、危険な石の力を行使する可能性を持つ不穏分子を排除していき、最終的に銀河の星を全て連邦の名の下に統べようとしているのです」
「なるほど、わかりやすい説明だ」
「それはどうも。そしてあなた方リンの子供たちはその先兵、どうしてそうなのかは私には理解しかねますがね」
「力不足って訳かい。まあ、いいや。で、あんたたちの目的は?」
「私たちは海賊です。それが自分たちの利益になるのならドリーム・フラワーを流通させる事も殲滅させる事も致します。連邦が版図を広げる事にはあまり興味がありません――ですが『石』だけは別です。この恐ろしい力を一つでも所有すれば星を簡単に支配できるのはあなた方もよく御存じでしょう。ですから連邦に石を独占されるのは非常に困ります」
「ようやく結論か。つまりは石を集めるって点でおれたちとは相容れない訳だな?」
「その通りです。あなた方、『ウォール』を破壊した時、《神秘の星》を平定した時、少なくとも二つの石を手に入れましたね。それを我々に譲って下さいませんか?」
「――いやだ、と言ったら?」
プロロングは小さくため息をつき、チャパに向かって肩をすくめてみせた。
「チャパ、あなたの言った通りでした。もう少し話のわかる、頭のいい人たちだと期待していたのですが」
「こいつらの顔見ればわかる。戦いたくてしょうがねえんだよ」
「あんたの顔だって同じようなもんだろうが」
チャパはコウの顔を睨み付けてからにやっと笑った。
「ほえ面かくなよ」
戦いが始まった。
海賊団のバイーア、未望、プロロングはシップに戻り、チャパとスローター、コクだけが空間に留まった。
「おい、コク」とチャパが言った。「シップに戻ってたっていいんだぜ。弟が消えるのを見ていたくはねえだろ」
「構わん。好きにやらせてもらう」
「へっ、勝手にしろ」
チャパの合図で数十隻の中型シップが一斉にコウたちに向かって襲いかかった。
シップから蛟が飛び出してセキに言った。
「セキ、乗れ」
セキはひらりと蛟にまたがると襲ってくるシップを迎え撃ちに駆け出した。
「面白いものを飼っているな。やはり君たちは愉快だ――どれ、私たちもシップに戻るか」
スローターがコクに声をかけ、二人もシップに戻った。
「あ、待って、コク」
「来るな。お前はコウの心配でもしていろ」
空間に残ったのはコウとチャパの二人だけとなった。
「さて、邪魔者も消えたし、そろそろ飛ばさせてもらうか」
チャパが腰に差した曲刀を抜いて、にやにや笑った。
「何だ、さっきから『飛ばす、飛ばす』って。意味がわかんねえよ」
「だから文字通り、『飛ばす』んだよ――ちっ、また邪魔が入りやがった」
チャパが舌打ちし、コウが振り返ると《獣の星》の方から一隻のシップがこちらにやってくるのが見えた。
シップはコウの傍で停船し、中から陸天とファランドールが顔を出した。
「どうやら間に合ったか。突然に声が届いたのだ。それでファランドールを連れて助太刀に参った」
陸天が言うとコウは手を上げ答えた。
「だったらよ、セキを助けてやっちゃくれないかい。ここはおれ一人で十分だ」
「承知した。ではファランドール、参ろうか」
陸天とファランドールを乗せたシップは敵のシップに囲まれているセキの下へと去った。
「へへへ、いいのか、せっかくの助太刀を断りやがって」
「必要ねえよ。おれ一人で十分だ」
コウも棒を手にし、二人は宇宙空間で睨みあった。
陸天とファランドールがセキの助太刀にやってきた。
「セキ、加勢するぞ」
「あ、陸天、ファランドール。ちょうど良かった。胸騒ぎがするんだ。ここをお願いね」
セキは蛟に乗ったまま、猛スピードでコウの下に急いだ。
チャパが一歩踏み込んで曲刀でコウの首を掻き切ろうとした。コウは半歩退いて曲刀を棒で受け、頬を寄せ合うほどのつば競り合いの状況となった。
「へへへへ」とチャパがコウの耳元で突然に笑い出した。
「何がおかしいんだよ」
「何でおれのシップが急に目の前に現れたか、その理由をわかってねえだろ?」
「確かにな」
「へへへへ。おれは石を持ってんだよ」
「何?」
コウは飛び退いて距離を取ろうとしたが、チャパの曲刀の刃ががっちりと棒に食い込んで身動きが取れなかった。
チャパはコウに体を密着させ顔を近づけたまま、空いてる方の手で懐を探り、そこから黄色の石を取り出し、コウに見せた。
「この石はArhatオシュガンナシュの力、” Worm Hole ”、別名『黄龍の石』だ。この石に念じれば行きたい所に穴を開け、そこに行く事ができる訳だ」
「そいつはすごいな」
コウは必死に棒に食い込んだ曲刀をはずそうともがいた。
「こういう使い方もできる。想像もつかねえような場所に穴を開け、そこに相手を送り込み、穴を塞いじまう――言ったろう。おめえをどこに飛ばそうか考えてるって。ここは一つ、想像もつかねえ遠い場所、二度と帰ってくる事のできないくらいの場所に送ってやろうじゃねえか。さあ、覚悟を決めるんだな」
蛟に乗ったセキがやってくるのが見えた。チャパは小さく舌打ちして『ワームホール』と唱え、コウのすぐ背後に次元の裂け目の黒い穴が発生した。
チャパは渾身の力でコウを黒い穴に押し込もうとした。
「冗談じゃねえ。帰ってこれない場所なんておれにはねえよ」
「へへへ、そりゃ良かった。みやげ話が楽しみだ――じゃあ行ってきな!」
とうとうコウの体が黒い穴に触れた。その瞬間、チャパは曲刀を引き、バランスを崩したコウは棒を持ったまま、黒い穴に飲み込まれた。
コウの姿が消えてから間もなくすると黒い穴もその姿をなくした。
チャパは振り向いて戦況を確認した。
セキは五メートルほど手前で蛟に乗ったまま呆然として動きを止めていた。
「文月をもう一人相手にするのはきついな。今日の目的は兄妹の誰かを消す事だったし、よしとするか。石はまた別の機会だ」
チャパの下にプロロングの乗ったシップが横付けされ、チャパはそれに飛び乗ると全船に退却命令を出した。
「あっ、逃げるのか」
我に返ったセキは声を上げた。
「そんな事より兄貴の心配をしろよ。姿が見当たらないだろう」
チャパの言葉に従ってセキは広大な宇宙空間を見渡した。確かにコウの姿がどこにも見当たらなかった。
「コウをどうしたんだ?」
「遠くに行ってもらったんだよ。二度と帰ってくる事のできないくらい遠くにな」
「何だって?」
「今度会った時はお前もどっかに飛ばしてやるよ。それじゃ元気でな」
海賊団の全船が去っていった。
チャパを追おうとしたセキは陸天とファランドールに制止された。
「セキ。この人数では無理だ。返り討ちにあうだけだぞ」
「でも、でも、コウが……」
「セキ殿」と陸天が言った。「あの男はおそらく石を使ったはずだ」
「セキ」と蛟が言った。「あの男チャパが使ったのは”Worm Hole”という石だ。コウがどこに飛ばされたかはわからないが――」
「僕が見つけ出すよ」
「いや、無理だ。銀河の外に飛ばされた可能性もある。だとしたら発見するのは困難だ」
「……順天に何て言えばいいんだ」
「とりあえずお前の兄妹たちの到着を待てよ。もうすぐここに来るんだろ」
「……コウ……コク」
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