7.3. Story 3 魔王の残影

3 緑と赤

 コウとセキが《獣の星》に向かった頃の《巨大な星》に話は遡る。
 ハクとコクのヴィジョンは繋がらなくなり、ヘキも生死不明になり、ロクとくれないだけが残された。
 ヌエヴァポルトのカフェで途方に暮れた二人の前に姿を現したのは爆発事故から奇跡的に無傷で生還したJBだった。

「何、辛気臭い顔してんだよ」
「JB。無事だったんだね」
「昔から運が良くってな。運だけで生きてきたようなもんだ」
「……ヘキは一緒じゃないんだね」
「――お前らもあの現場を見ただろ。建物が跡形もなく吹き飛んでるんだ。たまたまおれは外で用を足してたんで事故を免れた」
「……」

「それよりお前ら、こんな所で何してんだ?」
「これからどうしようか考えてたんだ」とロクが言った。「ヘキだけじゃなくてハクやコクとも連絡が取れないから二人でどうにかするしかないからね」
「一番効率的な手段はお前らのネームヴァリューを生かす事だな。この星ではリンの名前は知れ渡ってるからその子供ってのを前面に押し出すのが得策だ」
「えー、パパの名前を書いたのぼりでも立てて歩けって事?」とくれないがあきれたような声を出した。
「……なかなかいいアイデアだが、ただ『リン』って書いてあっても色気がなくていけねえや。なあ、お前らの名前、ロクとくれないってどういう意味だ?」

「急に何言い出すんだい。《青の星》の言葉で、ロクは『グリーン』、くれないは『クリムゾンレッド』の意味だよ」
「ふーん、緑と赤か。だったらこうしようぜ。耳貸せよ」

 それから数日経ったある夜、ヌエヴァポルトのギャング団が襲撃され、大量のドリーム・フラワーが廃棄された。
 目撃した人間によればギャング団のアジトを壊滅させたのは、鮮やかな緑と赤のローブをまとった二人の若い男女だった。
 二人はアジトを去り際に「自分たちは銀河の英雄文月リンの子、グリーン(ロク)とクリムゾン(くれない)だ」と名乗ったと言う。

 この話を聞いたヌエヴァポルトの人々は熱狂し、かつて星を救った英雄の子が再び星の危機を救いに現れたと期待した。
 加えてヌエヴァポルト市長、ジョン・バロウズが二人の出自についてそれぞれサロンの華と《花の星》の王族の末裔であると発表した事により、巷での二人の人気は瞬く間にピークに達した。

 すると不思議なもので住民の中から自発的にドリーム・フラワーを排斥しようという動きが起こり、緑と赤の英雄たちと共にヌエヴァポルトからドリーム・フラワーは一掃された。
 緑と赤の英雄はその後もアンフィテアトルとモータータウンに向かい、ドリーム・フラワー流通に壊滅的打撃を与えた。

 
 モータータウンのファクトリーの西側の絶壁の窪地に二人の人間が寝転んでいた。傍らに緑と緋色のローブを置いて二人ともぐったりとしていた。
「ねえ、ロク。起きてる?」
「ああ、起きてるよ」
「これでいいのかなあ」
「くれない、ハクもコクも連絡が取れないし、ヘキも未だに行方不明だ。JBの計画通り、都市を一つずつ解放していく以外の方法はないよ」
「うーん、そうなんだけどさ。何かすっきりしないんだ」
「どうしてだい。JBが事前に敵を弱体化させてくれているおかげもあって、順調に組織を壊滅できているじゃないか」
「本当にJBだけの力かなあ」
「ん、どういう意味だい?」
「葵ママも動いてるんじゃないかって」
「葵母さんか……相談した方が良かったのかな」

「それにホーリィプレイスも気になるんだ」
「JBが言うにはマザーの存在のおかげでホーリィプレイスにはドリーム・フラワーがはびこってないらしいけど――事前にマザーに相談するべきだったって言いたいのかい?」
「ううん、マザーは寝たきりだって言うし、ミミィママに相談するべきだったんじゃないかって」

「自分たちの知名度だけでこんなにも人が動くんだって舞い上がってたかもしれないね。冷静に考えればその辺の大人たちの方がよっぽど影響力は強い」
「きっと陰からバックアップしてくれてるんだよ」
「……状況が落ち着いたら葵母さんとミミィ母さんには礼を言おう」
 

「ところでコウやセキも出発したんでしょ?」
「うん、まだ《青の星》で修行中の茶々によれば、ポータバインドが使えない『ウォール』の向こう側に行ったらしい」
「せっかく《青の星》で兄妹が揃ったのにバラバラになっていくね」
「……今は任務に集中しよう。後はダーランのドリーム・フラワー流通を壊滅させればこの星での任務は完了だ」

 
 翌日、ロクとくれないは山を降りて、夕方にダーランに入った。
「ハクやコクに会えるかな?」
 くれないが言ったが、ロクはそれに答えず不思議そうな表情を見せた。
「……妙だな。JBからは『ダーランに行け』という指令があったけど、その後の段取りについて何の連絡もない」
「えっ、怪しげな裏通りやビルの一室に向かわなくていいの?」
「どういう事だろうね。町の様子を確認しようか」

 
 二人は大都会ダーランをぶらついた。
「くれない、大きな声では言えないが、この町は昔、父さんの力で大きな被害を受けたんだって」
「ふーん、パパの力はおそろしいね」
「うん、力を制御しないと大陸くらいは軽々と破壊するほどだったらしい」
「でもこうやって見るとすっかり復興してるようで安心だね」
「確かに……いや、おかしいぞ。ヌエヴァポルトでもモータータウンでもドリーム・フラワーに対する漠然とした不安感が町中に蔓延していたのに、ここにはそれがない。あまりに健全すぎる」
「どういう意味?」
「すでにドリーム・フラワーは殲滅された?」
「いい事じゃない」
「だとすると誰が駆逐したんだ。町の人の自助努力か、あるいはマザーのような偉大な人の力か……市庁舎の方に行ってみよう」

 ロクたちは市庁舎前広場に行った。すでに市庁舎は閉まっていたが広場には大勢の人がいた。ロクは食い物の屋台を出している愛想のいい初老の男に尋ねた。
「つかぬ事をお伺いしますが、この町にドリーム・フラワーの脅威はないんですか?」
 ドリーム・フラワーと聞いて男の顔は一瞬曇ったが、すぐに話好きそうな表情に戻った。
「あんた、一週間前の一件、知らないのかい?」
 一週間前にはニュースをチェックするどころではなかったロクは首を横に振った。
「市長がさ、ドリーム・フラワーに関与してるって事が露見してその一味もろとも粛清されたんだよ。おかげでこの町は今やクリーンなもんさ」
「『粛清』?一体誰がそんな真似を?」
「さあ、アンフィテアトルやモータータウンをやっつけた奴らと一緒なんじゃねえか。もっとも話題の緑と赤の英雄じゃあなかったみたいだけどな」
 ロクもくれないも自分たちが話題になっているのに悪い気はしなかったが、ダーランについては身に覚えがなかった。誰かが自分たちの行動を見習ったのだろうか。

 二人が黙っているのを見て男は続けた。
「あっちの屋台の奴がその英雄たちと話をしたらしいぜ。何か知ってるかもしれねえよ」
 ロクたちは男に礼を言って男が指差した屋台の男の下に向かった。
「ああ、話したよ」
 眼鏡をかけた男は言った。
「四、五人くらいいたかな。『市庁舎はどこだ?』って聞くから教えてやったんだよ。もう閉まってますよって言ったら、『構わない。退治しに行くんだから』って答えやがったのよ」
「どんな人たちでした?」とロクが尋ねた。
「まあ、話は最後まで聞きな。おれっちは噂の緑と赤の英雄じゃねえかと思ってそう尋ねたんだ。そしたら長い黒髪のいい男が笑いながら『自分たちはヴァニタスだ』って答えたんだ」
「ヴァニタス……長い黒髪……誰だろう?」
「でもかなりの手練れだな、ありゃ。それから三十分かそこらで仕事を終えて、またここを通っていきやがった。汗一つかいてない感じだったよ」

 
 ロクとくれないはとっぷりと日が暮れた市庁舎前広場の噴水の縁に腰掛けていた。
「誰かはわからないけど、ヴァニタスを名乗る一団がこの町のドリーム・フラワーを殲滅してくれたんだ」とロクが言った。
「うん。やる事がなくなったね。だったらハクとコクを探そうよ」
「そうだね。二人ならヴァニタスを知っているかもしれない」

 ダーランの移民局に併設された連邦府に立ち寄った。
「ハクもコクも寄ってないみたいだ」とロクが言った。
「ポータバインドの使用履歴は?」とむらさきが言った。
「簡単に個人情報は調べられないよ」
「困ったね」
「一つ可能性があるよ。ハクは無理だろうけどコクなら寄りそうな場所があるだろ?」
「盛り場!」
「そう、行ってみよう――でも、くれないのそのミニスカートはどうにかならないかな」
「平気、平気。早く行こう」

 
 大都市ダーランの盛り場も他の盛り場と同様に、灯りが少なくなるにつれ、雰囲気は悪くなるという反比例の関係にあった。
「コクは見当たらないね」とくれないが言った。
「そうだね。ここの一帯にいなければ他の手を考えよう」とロクが答えたその時、くれないが小さな叫びを上げた。
「どうした、くれない」
「……今、そこの角をハクが曲がっていった」
「何かの見間違いだよ。ハクがいるはずないじゃないか。それともコクと間違えたか、でもコクは黒髪、ハクは金髪だから――」
「どっちにしても行ってみない?」

 ロクたちはハクが入っていったと思われる角を曲がった。細い道がまっすぐに続いて、ぼんやりとした街灯の下にはよろよろと歩く金髪の男の後姿があった。
「……確かにあの後ろ姿はハクに似ているね」
「ボク、声をかけてみる」
「くれない、もしかすると捜査中かもしれない。後をつけて様子を見よう」

 よろめき歩く後姿は立ち止まり、一軒の店に吸い込まれた。ロクたちは慎重に後を追い、店の窓に身を寄せて店内の様子を伺った。
 さほど広くない店内に客は見当たらず、いくつかある丸テーブルの一つに先ほどの金髪の男が突っ伏していた。
 テーブルに一杯の酒が運ばれて、ようやく金髪の男は体を大儀そうに起こし、顔を上げた。
「……ハク?」
 くれないが訝しがったのも当然だった。顔を上げたハクの目はどんよりと濁り、無精ひげが伸び放題だった。
 ハクは出された酒を浴びるように飲み干し、お代りを要求しているようだった。店の人間と二言、三言やり取りがあった後、ハクは再びテーブルに突っ伏して寝てしまった。
「ねえ、ロク。やっぱりおかしいよ」
「うん……だけど相手の目を欺くための演技かもしれない。もう少し様子を見よう」

 やがて店の男が二人がかりでハクを無理矢理起こし、店外へと放り出した。
 店の脇の路地にいたロクたちが、息を殺して成行きを見守っているとハクはよろよろと立ち上がり、二人に気づかずに歩いて去っていこうとした。
「やっぱりおかしいよ。事情を聞こう」
「ああ――」
 ロクたちがハクの後を追って歩き出そうとすると、突然にその前に影が立ちはだかった。

 
 目の前の影は小柄な男だったが、街灯がないせいか表情はわからなかった。
「ハク文月は」と男が切り出した。「恋に落ちた。生涯初の恋だった。だが相手の女性を不慮の事故で失った。彼の心の中にはぽっかりと大きな穴が開いている。君たちがいくら慰めようと、励まそうと、今の彼は抜け殻。何の役にも立つまい」
「あ、あなたは……?」
「誰でもよい。彼を救えるのは彼自身だけだ。見守ってやるがいい」
「でも」
 くれないが走り出そうとしたがロクがその腕を掴み、止めた。
「今の話が本当だとしたら、この人の言う通りだ。ハクの人生だからハクがどうにかしなくちゃならない」
「さすがは兄妹の中でも一番の秀才。状況を把握できている」
 ロクはそれには答えずに真剣な表情で目の前の男のシルエットに尋ねた。
「そこまでおわかりになっているあなたでしたら、コクの行方も存じているものと思います。コクはどこにいますか?」
「コク文月は悪の道に落ちた。次に出会う時は敵としてだ」
 ロクが言い返す前に目の前の男の影が奇妙に歪み出し、ふっと消えた。その向こうには暗い道が続いているだけでハクの姿も見当たらなかった。

 

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 Story 4 海賊団

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