7.3. Story 3 魔王の残影

2 《念の星》

 

滅ぼされた文明

 《念の星》の都、明都は海に面した近代的都市だ。明都を囲む湾の海中からは無数の石柱が飛び出して、不思議な景観を作り出していた。その中でも一際巨大な石柱が『念塔』と呼ばれる明都の象徴だった。
 コウとセキはポートに到着し、シップを降りた。セキの頭の上には蛟が帽子のようにとぐろを巻いて居座っていた。
 二人の到着を待っていたかのように一人の中年に差しかかろうかという男がすすっと忍び寄った。

 
「……文月殿でございますね」
「えっ、何でおれらの名前まで知ってんだよ」とコウが驚いて言った。
「長老たちが申しておりました。失礼致しました。私の名は陸天、この星の指導者のようなものです」
「指導者自ら出迎えかよ。それはどうもご丁寧に。おれはコウ文月、こっちは弟のセキだ」
「――はて、セキ殿の頭の上の生き物は?」
「あ、これはミズチ。龍の子供」
「ほぉ、ずいぶんと楽しそうなご一行ですな」
「色々と複雑な事情を抱えちゃいるけどな」とコウが言った。
「存じ上げております。ですが長老たちは協力しろと。もちろんエミリオにではございません。お二方は『ウォール』を破壊しにいらしたのでしょう?」
「何だよ、そこまでわかってんならあんたらの力でどうにかすればいいじゃねえか」
「そうはおっしゃいますが、羅漢の領域に踏み込むのは容易い事ではございません。文月の血を引くお二方ですから可能なのです」
「ふーん、Arhatsか。やっぱり石の力なのか」

 
「《魔王の星》に行かれるのでしょう?」
「ああ、ここに立ち寄ったのはヌニェスに言われたからさ。大体、クラモントの件だってあんたらが何かしてやってもよかったんじゃねえの?」
「私共もただ手をこまねいているのは不本意でした。《魔王の星》の状況を常に見張る事、この星の力ではそれが限界です」

「ふーん。で、《魔王の星》は?」
「芳しくありません。我が師、陸音がジャウビター山に施した封印が再び緩み始めております」
「何の封印だい?」
「これは言葉が足りませんでした。かの星のジャウビター山の頂上には暗黒魔王の鎧が封印されております」
「何でまた鎧なんか」
「鎧の発する瘴気が外に漏れるのを防ぐためです。すでに数千年に渡って封印を施しておりましたが――」
「ん?」
「長老たちが申すにはそろそろ限界ではないかと。抜本的に見直す時期に来ているようです」
「でもそんな危ない鎧を野放しにはできないだろ?」
「そこなのです。ではどんな手で鎧の脅威を防ぐか、それについては長老たちもおっしゃってはくれません。ただ私もお二方と一緒に現地に赴いて様子を見てこいとだけ」
「何だよ。様子を見るって事はそんな切羽詰った状況って訳でもねえんだ。エミリオはもっと深刻な感じで話してたぜ」
「――エミリオにはそう言わざるを得ない事情があるのです。それについては道すがらお話し致しましょう」
「何だか着いたばっかりなのに出発する雰囲気だな」
「これは失礼しました。観光でもなさいますか?」
「いいよいいよ。とっとと出かけようぜ」

 
 コウとセキはわずか数十分の滞在を経て陸天と共に再びシップに乗り込んだ。
「《魔王の星》に到着する前に寄って頂きたい星があります」と陸天が説明をした。「そこを見て頂ければ、エミリオが過度に懼れる理由がおわかりになるかと思います」

 シップはしばらく航行を続け、星団が見えた。
「陸天さんよ。《魔王の星》に着いちまうぜ」
「大丈夫です。星団の中に向かって下さい」
 星団の中には幾つかの星が点在していた。
「あそこに見える星に着陸して下さい」
 コウたちは言われるままに星にシップを停めた。

 
「なあ、この星は人がいないのか。十分住めそうなのにな」
「コウ殿のおっしゃる通りです。この星は《明晰の星》、暗黒魔王に滅ぼされた星です」
「じゃあ住んでる人は皆、避難したか、移住させられたんだな。それでこの星は廃墟になったと」
「いえ、そうではありません。暗黒魔王は全てを滅ぼしたのです。全ての住人を殺戮し、全ての文明を破壊した」
「げっ、魔王ってのは冷酷だなあ」

「話はまだ続きます。実はその大殺戮の中、たった一人だけ生き残った少年がいたのです」
「たった一人って……わざとじゃねえのか」
「そうだとしたら尚更に酷い所業です。廃墟に残された少年は羅漢に訴えました。『家族も同胞もいないのにこのまま生きていけない』と。羅漢は彼の訴えを聞き入れました。彼を人の姿ではなく、不定形生命体に変えたのです」
「不定形?」
「そうです。液体と固体の中間のような形状です。それもまた酷い話です」
「それがエミリオと何か?」とセキが尋ねた。
「別の羅漢がその生命体を保管していてエミリオに乗り移らせた。つまりエミリオは《明晰の星》の唯一の生き残り――エミリオが《魔王の星》を恐れ、そして又、敵対心を燃やす理由なのです」

「真実だとすれば、どうしてあんたはそんな話を知ってんだ?」
「我が師、陸音は数回エミリオに会ったそうです。その師が会って感じたままを言うのですから本当でしょう」
「……とすると裏で操ってるArhatと一戦交えなきゃならねえのか?」
「さあ、それはありますまい。羅漢は最早エミリオに興味などないでしょう」
「確かにあまりにも酷い話だな。だけどおれたちはArhatsの気まぐれなんて知らねえ。『ウォール』だろうとエミリオだろうとぶっ潰さなきゃならねえんだ」
「その心意気ですな。では《魔王の星》に参りましょう」

 

ジャウビター山

 コウたちはエリオ・レアルのポートにシップを停めた。
 市街地に入ったがごく普通の大都市の風景だった。
「何だ、皆、瘴気のせいでいかれちまってるかと思ってた。これじゃ普通じゃねえか」
「それはそうです。公孫威徳が施した封印の上に更にデズモンド・ピアナの力を借りて封印を強化したのです。街まで瘴気は広がりません」
「だったら心配ないんじゃねえのか?」
「そうは言いましたものの、長老たちが封印について話すというのはよほどの事。きっと何かが起こっているに違いありません」
「自信があんのかねえのかはっきりしないんだな。とにかくジャウビター山に行ってみろって事だ」
「左様です」

 
 三人はジャウビター山の中腹に到着した。陸天は首を傾げてきょろきょろと辺りを見回した。
「どうしたんだい?」
「はて、以前はここに高札があって――ああ、こんな所に」
 陸天は山道の脇に打ち捨てられた泥だらけの板を拾い上げたが、かろうじて「立入禁止」の文字が読み取れた。
「誰でも登れるって事か?」
「この鉄柵を乗り越えていく物好きもいないでしょうが念のためです。行ってみましょう」

 三人が山を登るにつれ、空気の感じが変わった。コウが立ち止まって言った。
「これが瘴気とやらか」
「ええ、以前とは比べ物にならないほど薄いですが」
「なあ、不思議に思ったんだが、これは魔王の鎧から出てるんだろ。これを魔王が身に付けて生活してた時にはどれだけ大変だったんだろうな?」
「それについては我が師、陸音のさらに師が言っていたそうです。魔王は身に付けた鎧の瘴気を制御する事ができたが、鎧単体では瘴気を常時垂れ流すようになり、かえって厄介な代物になったと」
「ふーん、って事は誰かが身に着けりゃあいいのか」
「着こなすには強靭な精神力が必要かと。またそれだけの精神力の持ち主であれば鎧自体を破壊できるとも言われております」
「陸天さんの言う通りだな。それにしても瘴気の正体は何だ?」
「これも昔の人間の言葉になりますが、龍の呪いが血となって鎧にこびりつき、それが瘴気の源とか」
「龍かあ。ミズチの事なんじゃねえか」とコウが言うと、セキの頭の上の蛟は怒ったような顔になって「くわぁ」と奇妙な声で一声鳴いた。
「ありゃ、言ってる事がわかるんだ。もっと大きくなれば人の言葉を話すかな」

 
「気をつけて。誰かいる」
 山頂近くでセキが言った。
 慎重に歩を進めると、山頂近くに一人の男が蹲っているのが見えた。
「まずいですね」と陸天が言った。「あのすぐそばに鎧を封印している岩戸があります。あんな所にいてはまともに瘴気の影響を受けてしまう」
「仕方ねえ。事情を話して山を降りてもらうとするか」

 三人はこちらに背中を向けて何かをしている男に近付いて声をかけた。
「ちょっと話があんだけどいいかい?」
 男にはコウの声が聞こえないようだった。仕方なくコウが肩をぽんぽんと叩くと、ようやく男が振り向いた。

 
「……ケイジ?」
 セキは思わずびくっとして飛び退いた。振り向いた男の顔はトカゲそのものだった
 男はしゃがみ込んだまま、焦点の合わない目で何かをぶつぶつと呟いていた。
「お二方」と陸天が言った。「このワンガミラ、瘴気の影響を受けているようですな」
「ああ、そうみてえだ」とコウが答えてからセキに言った。「セキ、ケイジがここにいる訳ねえだろ。別人だ」
「そうだよね」
 セキは安心して男に一歩近付いた。

「ねえ、君の名前は?」
 座っている男の呟きが止まり、必死で何かを思い出そうとした。
「……フ……フラナガン」
「あんたどこから来たんだい。ここにいちゃ危ないぜ」
 コウが肩に手を置いて言ったが、フラナガンは再び反応しなくなっていた。
「フラナガン」とセキも傍らに座って尋ねた。「ケイジを知ってる?」
 するとフラナガンの目に一瞬光が戻ったかのように見えた。
「……ケイジ……知っている……」
「えっ、ケイジと知り合いなの?」
「……遠い、遠い星で」
 フラナガンの声が少し高くなっていった。
「……おれたちは」
 フラナガンの声はさらに大きく高くなった。
「むっ、コウ殿、セキ殿。気をつけなされ。正気を失っているようです」
「……おれたちは奴隷だった――だから、だからおれは魔王になって復讐する!」

 
 フラナガンが急に立ち上がり、岩戸の所に立てかけていた長槍を手に取り、目茶苦茶に振り回し始めたので、コウたちは慌てて飛び退いて距離を取った。
「おい、陸天さんよ。どうするんだ。岩戸の確認の前にこいつをどうにかしないといけないぜ」
「そのようですな。封印が緩んでいるからこういう人間が寄ってくるのでしょう。私は封印の準備をしますのでお二方でこの男を止めて下さいませんか?」
「お安いご用だ」

 
 コウが棒を手にし、セキが剣を抜き、フラナガンとの立ち合いが始まった。フラナガンの突き出す槍の刃先は素早く、振り回す槍も力強く、コウもセキも押され気味になった。
「しかし瘴気を浴びるってのはすごい事なんだな」とコウがセキに言った。
「この人、浴びてなくても強いんじゃない。だってケイジの知り合いみたいだもん」とセキが答えた。
「なあ、セキ。重力制御かけちまえよ」
「だめだよ。せっかくいい稽古相手が見つかったのに」とセキが答え、セキの胸の中に隠れていた蛟も「くわぁ」と鳴いた。
「ちぇっ、仕方ねえな。じゃあ本気出すぜ」

 コウの繰り出す棒が一段と速くなった。それを見たセキも剣を振るうスピードを上げると、フラナガンはたまらずに岩戸の前に追い詰められた。
「へっ、そこだと振り回せない。突いて出るしかないぜ」
 コウの言葉通り、フラナガンは背後に岩戸が迫っているのを確認すると構えを取り直し、突きの構えに移った。
 恐ろしい気合とともにフラナガンの槍の刃先がコウたちを襲ったが、セキの剣が間一髪でそれを受け止め、コウはフラナガンの腕を思い切り棒で叩いた。
 槍を落したフラナガンはその場で跪き、頭を垂れた。
「ふぅ、手間取らせやがって――あ、こいつ。胸を」
 コウが慌ててフラナガンの下に駆け寄り、体を抱き起したが、すでにフラナガンは護身用の短刀で自分の胸を貫いていて、着ていた白の袷が朱に染まっていた。

「……お主ら」
「えっ、何?」
 フラナガンの耳元でセキが叫んだ。
「……ケイジに伝え……ヘッティンゲンに会えと」
 フラナガンの体ががくっと重くなり、何もしゃべらなくなった。

 
 コウとセキがフラナガンの亡骸に一礼しているとどこかに隠れていた陸天が姿を現した。
「終わったようですな。こちらも準備ができました」
「ちぇ、いい気なもんだ。まあ、こっちは強い相手と戦えて良かったけどな」
「では封印を強化致しましょう。ですがあくまでもこれは一時しのぎ。申し上げたように根本的な対策が必要です」
「能書きはいいから早くしてくれよ。なっ、セキ」
「うん……この人、本当にケイジの知り合いかなあ」
「ん、どういう意味だ?」
「だとするとケイジはヘッティンゲンって人に会わなきゃならない。いよいよケイジが《青の星》を離れる時が来たのかなって」
「まずはケイジ本人に聞いてみるこったな」
「うん、そうだね」

 

アラリア農場

 コウとセキは定期シップで《念の星》に戻ると言う陸天とポートで別れ、エリオ・レアルに戻った。
「さて、いきなり《神秘の星》に戻るのも何だな。何も解決してないし、それに……」とコウが言い、セキが頷いた。
「うん、コウも気付いてたでしょ。この町に着いた時から感じてた」
「ああ、すっげえ気の流れだった。町中からは大分離れた場所だったみたいだな」

 二人がそうして話している間にも、町から遠く離れた平原に時折、きらりと光るものとそれに続いて強大なエネルギーの放出が発生しているようだった。
 ただ町の人たちはそれに気付いているのかいないのか、普通に行動していた。
 コウは一人の住人をつかまえて光の正体を確認した。
「光?何の事だい。でもあんたが指差してる方向にあんのはアラリア農場だな」
「農場かい?」
「バスキアさん一家、旦那と奥さんと娘さんが一緒に暮らしてるんだ。たまに町まで野菜を売りに来るがいい人たちだよ」

 
 コウたちは町から離れたアラリア農場に出かけた。
 広大な農場の前ではすでに一人の渋い雰囲気を漂わせた初老の男が待っていた。
「大気を震わす気配の持ち主、君たちだったか?」
「そっちこそ。エリオ・レアルの町からわかる気配なんてそうありゃしない」
「はっはは。私にわかるという事は君たちにもわかるという事か――いや、失礼。私はバスキア・ローン。ここで農場を営んでいる」
「大都会の中にいたおれたちのわずかな気配を察するあんたの方がずっと凄いよ。針の落ちる音を聞き分けるってやつだ。おれはコウ文月、こっちは弟のセキ文月。セキの頭の上にいるのはミズチさ」
「目的があってここに来たんだろう?」
「色々と不思議だったんだ。まずあんたはここで何をしていたんだい?」
「ああ、その事かい。娘のアイシャに弓矢の稽古をつけていたんだよ――ここで立ち話も何だ。中に入りたまえ」

 
 アラリア農場と書かれたアーチ型の門をくぐり、母屋に案内された。
 バスキアは広大な畑を見渡せるテラスにコウとセキを通し、二人の女性を呼んだ。
「まあ、人が訪ねてくるなんて珍しい」
 チェックのシャツの上からエプロンを羽織った女性が言った。
「妻のベアトリーチェ・シャウだ」とバスキアは紹介をしてから、ベアトリーチェの後ろに隠れるようにしている小さな女の子に声をかけた。

「こら、アイシャ。挨拶をしなさい……すまんね、人見知りをする年頃のようだ」
「構わねえよ。よろしくな、アイシャ。おれはコウ文月ってんだ」
「僕は弟のセキ文月だよ」
「……おじさんたち、強い?」
 アイシャはベアトリーチェのスカートの背後から二人をじっと見つめていた。
「ああ、強いぜ。おれもセキも」
「パパよりも?」
「――アイシャ。強さというものはそう単純に比較できないんだぞ。何しろパパと彼らでは得物が違うはずだからな」
「えもの?」
「うむ。パパは弓が得意だが――」
「おれは棒でセキが剣だ」
「えっ、棒と剣?」
 アイシャが目を輝かせたのに気付いてベアトリーチェが口を挟んだ。
「さあ、アイシャ。もう向こうに行ってましょう。コウさん、セキさん、夕飯食べていって下さいね。久しぶりに遠くの星のお話聞きたいわ」
「アイシャ」とセキは言った。「ミズチと遊んでやってくれないかい。こいつはおとなしいから」
 ベアトリーチェは蛟を頭に乗せて上機嫌なアイシャを連れてその場を去った。

 
「さて」とバスキアが改めて口を開いた。「何が聞きたいのかな?」
「そうだな、まずはあのエリオ・レアルの町中から見えた光の正体は何だったんだろう?」
「ああ、あれかい。私の弓はかなり特殊でね。精霊の力を宿らせる事ができるんだ。さっきはアイシャに大気の精霊の力を見せていた所だった」
「ひゅぅ。そいつは驚いたね」
「ちっとも驚く事ではないだろう。君たちの得物を見せてくれないか?」
 言われるままにコウは『竜王棒』を、セキは『焔の剣』を見せた。
「ほら、物凄い代物じゃないか。こっちの剣はどうやら太古の火の精霊の力……棒の方はよくわからないが、測り知れない力を秘めている」
「そんな事までわかるんですか?」とセキが驚いて言った。
「わかるよ。毎日精霊たちと会話しているからね」

 
「バスキアさん、二つ目の疑問だけど――」
 途中まで言いかけたコウをバスキアは制して話し始めた。
「それだけの力があるのに何故、世に出ないのかという質問だね?」
「ああ、その通りだよ」
「私もね、《狩人の星》を飛び出して、若い頃には様々な星を巡って冒険をした。だがある手違いで罪もない親子を見殺しにしてしまった。それがずっと心に引っかかっていてね。『もう戦いに身を投じるのは止めよう』、そう心に誓ってこの星で妻、ベアトリーチェに出会い、アイシャという娘を持った。そんなつまらない理由だよ」
「いや、つまらなくはねえよ――あんたの気持ちを変えさせるにはどうしたらいいだろう。おれたちはあんたの協力を何としても必要としている」
「それを頼む前に君たちがどこから来て、ここで何をしようとしているのかを説明するのが先じゃないかな?」

 
「あ、ああ、そりゃもっともだ。申し訳ねえ。実はおれたちは銀河連邦のコマンドで目的はずばり、『ウォール』の破壊だ。《神秘の星》のエミリオがそれを邪魔するなら奴もぶっ潰す」
「ほぉ、ずいぶんと大胆だ。君たちもそれだけの代物を抱えているからには『ウォール』が人智を超えた力によって作られたものであるのはわかっているのだろうね?」
「薄々ね」
「それを知りつつ、敢えて創造主の意図に逆らおうとする訳だね」
「あんたに会う前に《念の星》の陸天っていう坊さんとも話をしたんだ。Arhatsなんて気まぐれ、『ウォール』があろうが、破壊されようが気にしないんじゃねえかって結論に達したのよ」
「……ふふふ、あははは」
「おい、バスキアさん、どうしたんだよ」
「いや、失礼。これだけはっきりと物事を言う人間に出会ったのは久しぶりだ。デズモンドを思い出すよ」
「えっ、デズモンドって、あのデズモンド・ピアナかい?」
「そう。私は若い頃、彼と一緒に冒険していたのさ」
「こいつは驚いた」
「君たちは連邦の人間という話だが《巨大な星》から来たのかい?」
「いや、残念ながら。だけどおれは《オアシスの星》の生まれ、マノア家っていうピアナ家の主人に当たる血統だ。こっちのセキは《青の星》、デズモンドが最も長い期間暮らした星の出身だぜ」
「デズモンドが《青の星》にいたのは私も知っている。それがさきほど言った私の終生の後悔と少なからず関係しているからね。彼は元気かな?」
「ずっと行方不明らしいよ」とセキが答えた。

「そうか――いや、話が横道にそれて申し訳なかったね。では私の結論を述べよう。今回の『ウォール』の破壊、そしてエミリオの打倒という任務に限定して君たちに協力しよう」
「本当かい?」
「恥ずかしい事に君たちの話を聞いて胸が躍ったよ。それにベアトリーチェとアイシャに里帰りもさせてあげたい」
「ベアトリーチェも《狩人の星》?」
「いや、彼女は《巨大な星》のアンフィテアトルの出身だ。どうしてこの星にいるかは夕食の時にでも訊いてくれたまえ」

 
 バスキア一家と一緒の楽しい夕食が始まった。
 コウはベアトリーチェがこの星に来た理由を尋ね、ベアトリーチェはそれに答えた。
「じゃあジャウビター山の封印にベアトリーチェの作ったお守りが使われてたんだ?」
「そうなの。だからあたしはそれを見物しにここまで足を伸ばしたのよ。そうしたら『ウォール』ができて帰れなくなって。あたしのパパに頼まれたバスキアが様子を見にきてくれて、こうして落ち着いたって話なのよ」
「ふーん、実はね。おれたちも昨日まで《念の星》の陸天と一緒に封印を強化する作業をやってたんだよ」
「コウ」とバスキアが口を挟んだ。「ジャウビター山の封印はそれほどに緩んでいたか?」
「抜本的な対策が必要みたいだぜ」
「――やはり世界が動き出す時かもしれないな」

「あ、ところでバスキア」とベアトリーチェが言った。「コウたちと一緒に冒険に出かけるんでしょ?」
「うむ。期間限定、ごく短い間だけだがね」
「あたし、さっき自己紹介された時にどこかで聞いた名前だと思ったのよ。それで料理している時にふっと思い出したの。ずいぶん昔にエリオ・レアルの町に野菜を卸に行った時に商人が『銀河の破滅をリン文月って青年が食い止めた』って話してたのを――あなたたち、関係者でしょ?」
「ああ、リン文月はおれたちの父親さ」
「だったらバスキア、楽勝ね。銀河一の弓矢の使い手と英雄の息子が手を組むんだもん」
「アイシャもいくぅ」
 突然アイシャが大声を上げた。
「ははは、アイシャ。お前にはまだ早い。何、『ウォール』さえなくなれば、この先いつだってこの銀河を好きに行ったり来たりできるようになるんだ。もう少し大きくなるまで待つんだな」
「ちぇっ、いじわるぅ」

 

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