7.3. Story 2 《獣の星》

3 決戦!クラモント

 

裏切り者の城

 《獣の星》で最大の都市は円形の城壁と堀に囲まれていた。城壁の四か所に高い見張り塔が建ち、城壁の内部、街の中心には楕円形の巨大なコロシアムがあった。
 かつてはこの街に星の全ての種族が集い、友好的に暮らしていたが、クラモントが持たざる者の長となって、その雰囲気は一変した。

 クラモントは他所の星から来た謎の呪術師と結託し、街の周囲の堀に毒の水の中で生きる魚シ・ボとその眷属を放ち、水に棲む者の来訪を拒むようになった。
 それと同時に城壁の塔に空を飛ぶ生き物が平衡感覚を失う怪音波を発する巨大蝙蝠ス・バビを住まわせ、空を翔ける者は街に近付けなくなった。
 この仕打ちに唯一影響を受けなかった獣人たちはクラモントを非難した。リーダーのヌニェスは『虎の住む町』を拠点に徹底抗戦を宣言し、クラモントの軍と獣人たちは戦闘状態に突入した。
 力自慢のヌニェスたちは攻め入ったクラモントの軍を打ち破り、城壁の手前まで手勢を進めた。
 クラモントは城壁の内部で暮らしていた持たざる者以外の住民を人質に取り、ヌニェスが兵を退かなければ彼らをコロシアムで公開処刑すると脅した。
 ヌニェスはクラモントのこの脅しを相手にしなかった。だが実際にコロシアムで各種族から選ばれた哀れな人質たちが見せしめのあげくに殺されたのを知り、愕然とした。
 その時、立ち上がったのがヌニェスの妻、マフリだった。マフリは街の住民たちには一切手を出さないのと引き換えに自分が人質になろうと言った。クラモントは申し出を受け入れ、マフリを人質として塔に軟禁し、ヌニェスは兵を引き揚げた。
 それ以来、争いはなくなった代わりにクラモントは星の独裁者としてその地位を盤石のものにしつつあった。

 
 コウとセキは街の入口に着いた。元々城壁から街に入る城門は四か所あったらしいが、虎の住む町に通じる北東と南東の門は閉鎖され、残りの二か所しか通行できなくなっていた。そのうちの一か所は静寂の入り江からつながる半分水に没した北西の門だった。
 コウとセキは孤高の森から行ける南西の門を通った。城門ではものものしい警護が行われていたが、持たざる者の容姿の二人は誰何も受けず中に入る事ができた。

 城壁の中は市街地だった。中心で一際存在感を放つのは巨大なコロシアムだった。コロシアムの奥、北東に面した一段高い丘にクラモントの居城があった。その城は北面を街の城壁に接するように建てられており、西には水辺が広がって、東部は険しい崖となっていた。コロシアムからのなだらかな登り道が南面にできていて、そこが唯一の入口のようだった。

 
「厳重だね」
 一通り街を見終った所でセキがコウに囁いた。
「まあな、一旦騒ぎを起こしたら急いで済まさなきゃなんねえ。マフリさんを見殺しにはできねえからな」
「うん、とするとまずは堀に棲む化け物退治、次が塔の化け物――」
「その時点でミナモとファランドールが動けるようになるはずだから、その次は北東の門を開けさせて、ヌニェスに攻め込んでもらう――だが問題は人質のマフリさんだ。多分城の中に捕われてるだろうが、どうやって救い出すか」
「逆にこっちがクラモントを人質に取りたいくらいだね」
「セキ、それだ。クラモントを何とかしておびき寄せてこっちの人質にしちまうんだ。もう一回街を回って、いつクラモントが姿を現すか調べようぜ」

 
 コウたちは街の人と話をして回った。その結果、明後日の夕方にコロシアムで『ロール・チェイス』が開催され、その観覧にクラモントが出席するのではないかという事がわかった。
「『ロール・チェイス』って何?」とセキが呟いた。
「さあな、でもこのチャンスを逃す手はねえ。夕方クラモントが安心してコロシアムに顔を出すために、昼過ぎのギリギリで化け物を退治する。で、お前が『ロール・チェイス』に参加している間におれが北東の門を破る」
「えっ、僕が参加するの?」
「おれが出てもいいんだけど手柄を譲ってやるよ。おれには司令塔の役割があるからな」
「えーっ、でも仕方ないか。コウの方が上手に指示を出せそうだもんな」
「早速出場希望のエントリ、いや、誰かに欠場してもらえばいいか。じゃあ、おれはミナモの所に行くから、お前はファランドールに伝えてくれ。その後で『虎の住む町』に集合な」

 
「『ロール・チェイス』だと?」
 話を聞いたヌニェスは大笑いをした。
「何だよ、そんなにおかしいかよ」
「いや、失敬。コロシアムで開催される大会には幾つもの種目があるが、よりによって『ロール・チェイス』とはな」
「こっちは何も知らねえんだ。ちゃんと説明してくれよ」
「そもそもコロシアムで行われていたのは伝統的なパンクラチオンだけだった。先刻、話に出たバフはこの優勝者だ。だが多様化する観客の欲求を満たすために様々な競技が開発されては消え、人気競技だけが残った。その主なものとしては――

 

 *パンクラチオン:その名の通り、力と力の格闘技
 *トライ・チャトランガ:コロシアムを盤面に見立て、互いの王を攻め合う頭脳ゲーム。王の隣には『精霊』の駒があり、これを移動させる事により、全軍の属性が無→空→水→地→無へと変化する。空の属性になると移動速度が上がるが、攻撃、防御が下がる。水は防御が上がり、攻撃、速度が低下、地は攻撃が上がり、防御、速度が低下する。無属性はすなわち持たざる者で全てにおいて中庸。この属性変化を如何に戦略に組み込むかが勝利の秘訣と呼ばれている。
 *トレジャー・ハント:コロシアム内に設置された空のステージ、水のステージ、地のステージからそれぞれ宝を手に入れて、いち早くゴールを目指すゲーム。
 *スタチュー・メーカー:鉄鉱石から彫像を造り上げるスピードを競うゲーム。
 *ロール・チェイス:コロシアム最上部から転がり落ちる巨大な玉から逃げ回る時間を競うゲーム。

 

「――ざっとこんなところだな」

「えーっ、逃げ回るのなんていやだな。『トライ何とか』が良かったよ」とセキが不平を言った。
「贅沢を言うな。例えば『スタチュー・メーカー』だったら金型の準備やら何やら、準備に数日かかるのだ。それに比べれば『ロール・チェイス』は逃げ回るだけだ。何の準備も要らん」
「ヌニェスさん、にやにやしてるよね。面白がってない?」
「この星の住民は元来陽気でな。気にするな――もし優勝すれば、為政者直々から賞品の授与式がある。そこが最大のチャンス、クラモントを取り押さえるのであればその機会を置いて他にはない」
「わかった。やってみるよ」
「出場手続きは明日にでもどうにかしておこう。心配するな。お前なら楽勝だ」

 

作戦決行

 決行当日がきた。昼過ぎに町を出たコウとセキは、変装したヌニェスの手勢と共に北東の門近くにやってきた。
 門の前にはバリケードが幾重にも置かれ、通り抜けができなくなっており、警護の人間もいなかった。
「ヌニェスさん、このバリケードを排除するのにどのくらいかかりそうだい?」とコウが尋ねた。
「何、ここにいる男たちならものの五分もかからない。皆、釣り人の変装をして時間がくるまでぶらぶら待機する」
「おう、頼むぜ。ミナモとファランドールも今頃はどっかで待機してるはずだ――おれたちはここから水に入って北に向かえば化け物の巣にたどりつくのかな?」
 コウが目の前の堀を見ながら言った。
「だと思うが気をつけろよ。毒が体に回らないようにな」
「大丈夫だ。毒には耐性があんだよ――じゃあなセキ、あまり手間取るなよ。お前の本番はこの後だからな」
「もう止めてよ。じゃあ僕は塔に行く――ヌニェスさん、城壁には四本、塔が立っているけどどこに親分がいるの?」
「明るい間は姿を現さないようだからよくわからんな。多分北西か南西の塔だろう」
「じゃあまた後で」

 
 コウは静かに水の上を滑っていった。幅五メートル、深さ三メートルほどの南北に伸びた掘割を北回りに進んだ。
 街の真北に近付いた辺りで水の中に潜った。水は濁っていて視界が効かなかった。毒のせいか、生き物の気配が感じられない中、一匹の魚がすーっと近寄った。全長は一メートルほどで、頭部が異様に発達していて、大きな口には鋭い歯が並んでいた。
 魚は歯をがちがち鳴らしながらコウに迫った。
「こいつは子供だな」
 コウはそう言ってから一旦棒を手に取ったが、考えを改め素手で魚に向かった。襲いかかる魚の歯をかわし、鱗に覆われていない白い腹にありったけの力でパンチをぶち込んだ。
 魚は体をくねらせた後、腹を見せて水上に上がった。
 さらに進むと水路は二手に分かれ、左手が貯水池になっているようだった。コウはためらう事なく左に進路を取った。

 
 セキは北西の塔の近くに飛んでいった。
 はるか南の空にはすでにファランドールの一党が待機しているのが見えた。
 セキはファランドールの下に向かった。

「セキ、そんなにのんびりしていて大丈夫か。『ロール・チェイス』に出場するのではなかったか?」とファランドールが尋ねた。
「どうにかなるよ。ところでス・バビはどの塔にいるのかな?」
「決まっていないようだ。我々がおびき寄せるので出てきたら叩いてくれ。お前たち、手分けして四つの塔の周りを飛び回るのだ」
 ファランドールの兵士たちが四つの塔の周りを飛び始めるとすぐに北西の塔から巨大な黒い生き物が現れた。
「あっちだ」
「うん、わかった」

 
 コウは貯水池のような開けた場所に出て一旦水上に頭を出した。水を交換するためのポンプのような機械が見えたが今は動いていないようだった。
 改めて水に潜り直すと濁った水の奥に光る二つの目が見えた。
「てめえがシ・ボか」
「何だ、お前は。毒が効かないのか。だったら噛み殺してやる」
 シ・ボの子供たちがコウに襲いかかった。コウは棒を振り回し、魚たちを弾き飛ばした。
「あんまり時間がねえんだ。手間取らせねえでくれよ」
「しゃらくさい」
 シ・ボの歯が襲い、コウはかろうじてこれを避けた。シ・ボは子供たちと比べ物にならない大きさで全長は三メートル近くあった。
 再びシ・ボの歯が近付いた。コウは相手が口を閉じた瞬間を狙って棒を横になぎ払ったが、棒は固い歯に当たって弾かれた。
 シ・ボは得意そうに歯をかちかち鳴らした。
 三度、シ・ボの歯がコウを襲った。コウは大きく開いた口に近寄って、開いた口につっかえ棒のような形で棒を縦にねじ込んだ。
 シ・ボは口を閉じる事ができずに泥水の中をのた打ち回った。すかさずコウは剣を抜いてシ・ボに近づき、口の中に剣をねじ込んで『砂塵剣』と唱えた。
「……あがが、体が乾く……うがぁ」
 シ・ボは干物のように干上がり、セキはからからになった体に棒を思い切り振り下ろした。
「さて、ポンプを稼働させたらこっちは終わりだ。街に行ってもう一仕事だな」

 
 セキは北西の塔に急行した。
「君がス・バビ?」
「何者だ。空を飛ぶ持たざる者とは珍しい」
「君こそどうやってこの星に来たの?」
「儂は《享楽の星》の偉大なる呪術師、ム・バレロ様によって命を吹き込まれた」
「誰だか知らないけど、そんな所だと思ったよ」
「そんな所とは何だ」
「悪いけど消えてもらうよ。色々あってね」
 セキは剣を抜くとス・バビに一気に突進し、胸に剣を突き立てた。
「ふははは、効かぬなあ。こんな剣では――」
 突き立てた剣から炎が巻き起こり、ス・バビは一瞬にして灰に変わった。
「ファランドールさん。後は任せたよ」
 セキは地上に向かってゆっくりと降りていった。

 

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