7.3. Story 1 決別

4 『ウォール』の向こう側

 

針の先ほどの奇跡

 《青の星》に残ったコウとセキにリチャードからヴィジョンが入った。
「ああ、リチャード。どうしたの?僕らも《巨大な星》に行かないとだめ?」
 セキが尋ねるとリチャードは首を横に振った。
「いや、それには及ばない。お前たちには別の場所に行ってもらいたい」
「へえ、そいつはどこだ?」とコウが尋ねた。
「『ウォール』の向こう側だ」
「おい、リチャード。冗談言わねえでくれよ。こっちから《祈りの星》を回って……かなり時間がかかるぜ」
「冗談ではない。行き方はどうでもいい。とにかく『ウォール』の向こう側に行って――」
「どこの星だ?」
「どことは決めていない。目的は『ウォール』の発生した原因を探り出し、可能であれば『ウォール』をぶっ壊してもらう事だ」
「はあ、ますます冗談じゃねえよ。頭のいい奴らが何十年かかっても解明できなかった謎だろ。何でおれたちなんだよ?」
「さあな、ただお前たちならできる気がしたんだが、見当違いだったか――」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。見当違いじゃねえよ――なあ、正直に言ってくれ。今のおれとセキはどの程度なんだ?」
「強くなった。まだ七武神のレベルには到達していないが、かなりのものだ」
「へへへ、リチャードのお墨付きももらったし、セキよ、どうする?」
「断る理由もないしね」
「そうだ。言い忘れていたがお前たち兄妹九人は全員連邦の特殊部隊のコマンドとなった――つまり私の部下だ」
「何だよ、そんじゃあ命令じゃねえかよ」
「まあ、そういう事だ。準備が出来次第、出発してくれ。連絡はミッションが終わるまでしなくていいぞ。ヴィジョンが使えない場所だからな」

 
 ヴィジョンが切れて空間にはコウとセキの顔だけが残った。
「セキ、そっちはどうなんだ?」
「こっちは特に問題ないよ。それよりコウの方が大変じゃない?」
「ああ、じいさんがあんな樹に変わったんでそっちの警備をテムジンにやってもらってる。後は三人の将軍たちだけど、順天が北の都で睨み効かせてっから問題ねえだろう」
「沙虎と山猪もいるし――それにしても順天はすごいね。やっぱり竜王の娘は生まれながらの王だね」
「おお、あいつはおれを『我が王』って呼ぶけどな。どうも居心地が悪いや」
「ふふふ。とにかくコウの準備ができたら出発でいいよ――ところで茶々は?」
「相変わらずチベットで小太郎から教えを受けてるみてえだぞ。熱心なもんだ」
「また九人全員が揃って戦うのはいつになるのかな?」
「ん……もうないんじゃないか」
「えっ?」
「何でもねえよ。二、三日のうちには出発できる。それまでもえと仲良くしときな――ああ、ヌエはどうすんだ?」
「置いてくよ。もえの友達だしね。もえが『ネオ』に行く時は明海さんか、シメノばあちゃんの所に行くって。それより順天が淋しがってるんじゃないの?」
「――あいつ、妙な事言いやがんだよな。『何があってもその棒を手放さないで下さい。その棒があなたを救う事になります』だと。二度と会えない訳じゃないのにな」
「それだけ想われてるんじゃないの。へへへ」
「ばかやろ、のろけたかった訳じゃねえぞ」

 
 コウとセキは一隻のシップで《巨大な星》の先に向かった。
「皆、頑張ってるのかな?」
「連絡もねえから無事なんじゃないか。それよりもおれたちはこっちをどうにかしなきゃな」
「その、コウが聞いた『ウォール』の話って本当なの?」
「多分な。《オアシスの星》に立ち寄った商人たちが言ってたから本当だろう。『ウォール』に小さな穴が開いてるってな」
「ふーん、その穴を抜ければ向こう側に出られるんだね?」
「ああ、どこに穴が開いてるかは誰も知らねえらしい。この広い宇宙空間でそんなシップがやっと通れるくらいの小さな穴を探すような馬鹿はいやしねえから、仕方なく皆、遠回りをする」
「僕らはその馬鹿になるんだね?」
「――おれの考えを言うぜ。まずは『ウォール』ができて一番得したのは誰かって事に注目する必要がある」
「えっ、でも『ウォール』は創造主がこしらえたんじゃないの?」
「もちろんそういう可能性もある。だけど俺の勘じゃあ『ウォール』は石の力じゃねえかって思う」
「そうすると誰かが『ウォール』を仕掛けたっていう事?」
「ああ、だから当然そいつは自分の近くには穴を作っとく」
「ふーん、で、それはどこ?」
「おれの読みではこの近辺、ずばり《巨大な星》と《神秘の星》の間だ」
「《神秘の星》?」
「そんなにでかくない星だ」
「じゃあその辺りを探そうよ」
「問題は星の正確な座標がわからないって事だ」
「何だ、それじゃしょうがないね」
「だからこの辺りをしらみつぶしに探そうぜ」

 コウとセキは一時間近く、『ウォール』の穴を探し続けた。
「コウ、こんな事してるの僕たちくらいしかいないよね?」
「おう、皆、そんなに暇じゃないからな」

 さらに一時間近く捜索を続け、二人はようやくシップが一隻航行できるくらいの小さな穴を発見した。
「なっ、おれの言った通りだったろう。ここを抜ければ《神秘の星》に出るって寸法だ」
「星の誰かが『ウォール』を仕掛けたって事?」
「そうなんのかな。ま、行ってみなくちゃわかんねえな」

 
 『ウォール』を抜けてしばらくすると小さな星が見えた。
「あれがそう?」
「らしいが、歓迎されてないみたいだな」
 コウの言葉通り、二隻のシップがこちらに向かってやってくるのが見えた。
 シップはコウたちのシップに停船するように伝えた。

「おれたちゃ、怪しい者じゃねえぜ」とコウが答えた。
「たった一隻か。仲間はいないな」
「いないよ」
「連邦所属か?」
「まあ、そうなるかな?」
「目的は?」
「ええと、その、友好のための使節だよ」
「――であれば、手続きをした後にエミリオ総司令に会って頂こう。まずは惑星に停船して待機されるがよい」

 

入船の条件

 誰何されるままに《神秘の星》の周囲を回る惑星にシップを着陸させた。
「そこの位置でシップを降りて、動かないように」
 コウとセキは空中のシップの指示に従い、無人の惑星の上に降り立った。
 しばらくすると目の前の星や隣に停船させている自分たちのシップがぐんぐん巨大化した。
「おい、セキ。何が起こってんだ。星がでかくなってくぜ」
「ううん、コウ。そうじゃなくて僕らが小さくなってるんだと思う」

 空中のシップからタラップが降りた。これに乗れという事だろう、コウたちはタラップにつかまり、シップの中に入った。
 小型シップだと思っていたシップは今となっては中型シップの大きさだった。
 中に入ると十人程度の制服を着た人間が乗船していた。
「ようこそ。《神秘の星》へ」
 一人の男がてきぱきとした口調で出迎えた。
「あの、これは僕らが小さくなったって事ですよね?」
 セキがおずおず尋ねた。
「そのご質問にはお答えできません。全てエミリオ総司令よりお聞きになって下さい」
 男はそう言うと背を向けた。

 
 ポートに到着し、シップを降りた。だだっ広い砂丘に王宮までの一本道が続いていた。
 王宮に入るとすぐに玉座の間に通され、聡明そうな男が二人を出迎えてくれた。
「ようこそ。私が総司令、エミリオです。連邦の名代でお越し下さったようですな」
「ああ、コメッティーノ議長の命を受けてな。おれはコウ文月、こっちがセキ文月」
 コウが胸を張って答えた。
「それにしてもよくあの穴を見つけましたな」
「簡単な推理と愚直な努力ですよ――それよりも質問があるんだが」
「そうでしょう。だがまずは私の説明を聞いて下さい」

 
 エミリオは星の長年の課題だった、人口が一定数を越えると集団自殺が発生する問題を解決するために、ある特殊な技術を用いて暮らす人も物も通常の1/6のサイズに縮小したのだと説明した。
「――という訳で、今は私たちもあなたたちも普段の1/6の大きさになっている訳です」
「なるほど。食糧は通常サイズにしておけば、物不足も起こらないな」
「その通りです。まさに夢のような技術です」
「特殊な技術って言いましたけど」とセキが口を開いた。「石の力ですか?」

 石という言葉を聞いた瞬間にエミリオの端正な横顔が歪んだ。
「はて、石とは。わかりませんな」
「で、連邦とは仲良くやっていくって事でいいのかな?」とコウが尋ねた。
「それについては様々な意見があります。ご覧のように私たちはあなた方の1/6の大きさしかありません。よもや連邦がそのような真似をする訳もないでしょうが、攻撃を受ければ一たまりもありません」
「つまりは信頼できないって事か。マーチャント・シップや他の『ウォール』の向こう側の星はどうしてんだい?」
「先ほどのあなた方と同じく、サイズを変えてからこの星に入って頂いております」
「慎重なんだな」

「もちろん、せっかくお越し頂いた使節の方を無下にお帰しする訳にも参りません。ここは一つ、あなた方連邦の誠意を拝見したいと思いますが如何でしょう?」
「何をしてほしいんだい?」
「実は今、いや長きに渡ってこの星は二つの脅威に晒されております。一つは《獣の星》、ここの支配者クラモントという者が急速に勢力を伸ばし、この星を虎視眈々と狙っております。そしてもう一つは言わずと知れた《魔王の星》、これこそが真の脅威。この二つを排除しない事には枕を高くして眠れないのです」
「でもな。おれたちは平和的な使節だからなあ」
「何をおっしゃいますか。私の記憶に間違いがなければ、『文月』という姓はあの銀河の英雄、リン文月と同じ。お二方はリン文月の係累ではございませんか?」
「ああ、息子だよ」
「でしたら、二つの星の脅威を排除する事など朝飯前のはず。無理な相談ではないはずですが」
「足元見やがんなあ――おい、セキ。どうする?」
「いいんじゃない。総司令が困ってるなら助けてあげようよ」
「話がおわかりになりますな。それでは今夜は宴を開きましょう。明朝、まずは《獣の星》に向けて出発して頂き、その後《魔王の星》を回ってまたここにお戻り下さい。この星に対する脅威さえなくなれば、我が星は連邦の良きパートナーとなりますぞ」

 

反乱勢力との接触

 その夜の宴、エミリオは精一杯のもてなしでコウとセキを楽しませてくれた。飲み物や料理を運んでくるのは民族衣装を着て顔をベールで覆った女性たちだった。ベール姿の女性や男性の踊りが催された時に、セキが何気なく尋ねた。
「料理を運んでくれる人や踊ってる人、皆さん、奴隷ですか?」
 コウとセキと並んで座っていたエミリオは一瞬沈黙した。
「セキ、滅多な事言うもんじゃねえぞ。今時、奴隷を酷使してる星なんかあるはずねえだろう。連邦憲章でも禁止事項になってんだ」
「ああ、そうなの。ごめんなさい、エミリオさん。今の質問はなかった事にして下さい」
 エミリオは穏やかな表情に戻り、答えた。
「いえ、気にしていませんよ。皆、あのように顔を隠しているのはこの星の習慣です。特に深い意味はありません」
 コウは何か考え事をしていたようだったが、思い切って尋ねた。

「ところでエミリオさん、『ウォール』についてどう思われます?」
「――どうと言われましても。世界が自由に行き来できなくなったのは悲劇ですな」
「でもそれによって恩恵を蒙ってる訳でしょ?」
「ははは、コウ殿。それは結果です。そもそもどうやってこの広大な銀河にあのような大規模な壁を作る事ができるというのですか。セキ殿が言われたように石の力ですか?それはあまりにも荒唐無稽です」
「確かに夢みたいな話だな――なっ、セキ」
「うんうん」とセキは肉を頬張りながら答えた。

「ところでお二方の腕前はどのくらいのものなのでしょうね」とエミリオが尋ねた。
「どのくらいかなあ――まだ無名だが赤丸急上昇、この銀河で十本の指に入るのを狙ってるって所じゃねえかな」
「それは頼もしいですな。さすがは文月の血統」
「何でそんな事、聞くんだい?」
「本来であれば支援を出さなくてはならないのでしょうが、この星は軍備を有しておりません。そこでお二方だけでそれぞれの星に赴いて頂かないとならないのが心苦しくて」
「気にすんなよ。二人の方がやりやすいよ」
「でもさっき僕らを迎えに来てくれた人は兵士でしょ?」とセキが尋ねた。
「いえ、あれは親衛隊、親衛隊と申しましても人々の治安を守るための部隊でして」
「まあ、大船に乗ったつもりでいてくれよ」

 
 宴も終わり、コウとセキはその晩あてがわれた部屋に戻った。部屋に戻るとすぐにセキがコウに話しかけた。
「ねえ、コウ――」
 セキはコウが指を唇に当てるのを見て言葉を止めた。コウは腕のポータバインドを起動した。
「ちっ、やっぱ通信は無理か。ま、お前とおれだけだからどうにか会話できんだろう」
 そう言ってコウは空間に画面を出し、そこに指で文字を書き、セキに見せた。
(かなり臭いな)
 セキも空間に文字を書いた。
(やっぱり)
(だが肝心のブツの場所がわからない以上は協力しよう)
(わかっ――
 セキは途中まで書きかけた所で部屋の窓の外の気配に気付いてコウに目で合図した。
 気配を殺しながら窓に近付いて、窓を一気に開けた。

 月に照らされた砂漠がどこまでも広がっていたが、窓の下に隠れるように男が一人蹲っていた。
 セキは蹲って丸くなっている男の肩を指でとんとんと叩いた。男はびくっと起き上がり、自分を覗き込むコウとセキの顔を見つめた。まだ若くたくましい青年だった。
「さっきダンスを踊っていた人?」とセキが小声で尋ねた。
「私の名はホイットス。この星の奴隷です」
 コウとセキは顔を見合わせ、互いに頷いた。
「この星はエミリオとその一味に蹂躙されています。あなた方英雄が明日、《獣の星》に向かわれると聞きました。もしも脅威の排除に成功すればエミリオはいよいよ慢心し、この『ウォール』で区切られた地帯の独裁者となるでしょう」
「だったら立ち上がればいいじゃねえか。この星には大した軍備はねえんだろ?」とコウが言った。
「確かに他の星に攻め入るほどではないでしょうが、住民を奴隷として酷使するだけの兵力は持っています。それに――」
「あの物を大きくしたり、小さくしたりする力の正体がわからないんだね?」
「そうです。あれがわからない事には勝ち目がありません」
「なあ、ホイットスさんよ。こうしようじゃねえか。おれたちもあいつは胡散臭いと思ってるさ。だからここに帰ってきた時にはあんたに協力する。その代わり、おれたちが戻るまでに、その力の秘密とあと戦えるだけの兵力を準備しておいてくれよ。な、これはあんたたちの戦いなんだからよ」
「わかりました――

 部屋のドアが激しくノックされた。
「どうしました。何かありましたか?」
「いや、何でもねえよ」
 コウはそう言ってホイットスに行くように合図した。
「あんまり月がきれいなもんで弟と詩を諳んじてたんだ」
 去り際にホイットスは一枚の紙をセキに手渡した。
 そこには「連絡は王宮の使用人ミシェクまで」と書いてあった。

 

別ウインドウが開きます

 Story 2 《獣の星》

先頭に戻る