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2 《巨大な星》の東
兄妹五人は二手に分かれて《巨大な星》に入り、ヘキとロク、くれないは東の都会、ヌエヴァポルトに向かった。
「この大都会で誰に会えばいいの?」
くれないが目を輝かせながら言った。
「あんた、また遊ぼうとしてるね。そんな事してたら置いてくよ」とヘキが冷たく言い放った。
「まあまあ、ケンカしないで」とロクが間に入ってなだめた。「とりあえずコメッティーノの言っていたカフェに行ってみようよ」
三人はコメッティーノに指定された大通り沿いにあるカフェに入った。
客でごったがえす店内を避け、オープンエアの店外に腰掛けてお茶を飲んだ。
「こんなんでいいの?」とくれないが尋ねた。
「そのうち向こうから接触してくるよ」とヘキが言った。
店に着いて十分後、目当ての人物が声をかけてきた。
「おい」
「あんたは?」
ティアドロップ型のサングラスをかけた男にヘキは答えた。
「――この星の人間ならおれを知らねえ奴はいないんだが」
「スター気取りね」
「まあな――おれの名はJB、このヌエヴァポルトの市長だ。お前ら、全員リンの子供か?」
「ヘキ・パラディス・文月」
「ロク・コンスタンツェ・文月」
「くれない・パラディス・文月」
「へえ、そっちの二人は姉妹か」
JBがヘキとくれないに言うとヘキが否定した。
「冗談じゃない。何でこんなのと姉妹なのよ」
「おいおい、穏やかじゃねえな――コンスタンツェってのはエリザベートの関係者だろ。残念だな。女だったら美人だったろうに」
「色々とお詳しいんですね?」とロクが言った。
「長い間、生きてっからな。でも三人ともリンに似てねえな。母親似だ」
「JB、それよりもやる事を教えて」とヘキが怒ったように言った。
「そう焦りなさんなって。まずはお茶でも飲もうや」
しばらく四人で歓談しているとJBが「失礼」と言って席をはずした。
およそ五分後にJBは戻って席に座ったがどこか様子がおかしかった。
何を聞かれてもしゃべらなくなり、黙ったままでお茶を飲む動作を何度も繰り返した。
「ねえ、JB」とくれないが言った。「お茶、もうなくなってるんじゃないの?」
「何だか変だね」とヘキが言った所で、突然にJBの大きな笑い声が三人の背後から聞こえた
「えっ?」
三人があっけに取られる中、新たに登場したJBが元からいるJBの席に腰掛け、手元のスイッチを押すと元からいたJBは煙のように消えた。
「これが最新テクノロジー、『ウィロノグラフ』だ。本物だと思ったろ。ところがこれは立体映像だ」
「動きがおかしくなったから変だとは思ったけど。でもいつの間に映像を撮ってたの?」
「最初にこの席に座った時さ。スイッチを押して録画した。で、それを再生した」
「便利な技術だとは思うけど何の目的で使うんだい?」とロクが尋ねた。
「……問題はそこだ。おれにもわからねえ。とりあえず浮気のアリバイ作りにでも使うか」
「何よそれ、これを見せてどうするつもりだったの?」とヘキは言った。
「まあ、そう言うな。実はな、このウィロノグラフを制作した会社の研究所がここから西に行ったデファデファって村にあるんだがな。どうもその会社、ソルバーロ社がドリーム・フラワーに関与してる疑いがあんだよ」
「ずいぶんと持って回った言い方ね」
「敵を知っとくのは大事だろ?」
「とにかくそのデファデファって村に行けばいい訳ね?」
「そうなるな」
デファデファはリンが錬金塔を破壊した後に発生した大洪水に遭遇した村が大発展した都市だった。
小さな村は様々な企業の誘致に成功し、今では《巨大な星》でも有数の最先端技術研究都市となっていた。
ソルバイクで有名なソルバーロ社は、帝国崩壊後も生き残り、デファデファに研究所を持っていたが、所長のサカブ・ドギという男がドリーム・フラワーの流通に関与しているのではないかという情報がJBの下に寄せられたのが数週間前だった。
JBはプララトス地区に住むハリケーン兄弟の生き残り、現在はGMMに代わって地区の顔役となっていたゴウに声をかけて内偵を進め、デファデファにある研究所が中継地点らしい事を突き止めた。
直ちに治安維持隊を派遣しようとして思いとどまった。コメッティーノからの連絡ではもうすぐリンの子供たちがこの星に来るという話だった。だったら彼らの手並みを見てからにしよう、そう考え、静観を決め込んだ。
ヘキたちはデファデファの町中に入った。
整理された区画に道路が升目のように行き渡った計画都市だった。町のはずれには水牙が作ったというその名も『公孫池』と呼ばれる小さな湖があった。
「JBは忙しいんでしょ。あたしたちだけで大丈夫だったのに」とヘキが言った。
「いや、信用してない訳じゃねえが、ちょいと胸騒ぎがする。これでもデズモンドの航海の頃から修羅場をくぐってきた。おれの勘は馬鹿にはならねえよ」
「いいじゃないか。ヘキ」とロクが言った。「戦いになっても前面に立つのはぼくたちだ。JBさんを危ない目に遭わせる事はない」
「あの建物が研究所じゃない?」とくれないが声を上げた。
研究所はどこといって特徴のない白い長方形の平屋の形をしていた。四方に出入口があるようで、たまに研究所員が出入りをしていた。
「なあ」とJBが言った。「ロクとくれないは正面と裏手から怪しい奴が出入りしないか見ててくれ。動きがあったら、おれとヘキで中に入って現場を押さえる。お前たちは外に逃げ出した人間を捕まえる」
「そうね」とヘキが言った。「全員で雁首揃えて行っても仕方ないし、JBの言う通りにしましょう」
くれないが研究所の裏手に回り、ヘキとロクが横手を、JBが正面から出入りを見守った。
しばらくすると一人のスーツ姿の紳士が人目を忍んで研究所の正門から建物の中に入っていくのが見えた。
「……ありゃあ、イリップ・バノじゃねえか」とJBが言ってヴィジョンを開いた。
「イリップ・バノって誰よ?」とヘキが尋ねた。
「ブルーバナーの支社長だ。何だってこんな場所にいるんだ?」
「JB、それよ。《青の星》ではブルーバナーが裏で糸を引いてたんだから」
「本当か?」
「ええ、JB。中に入りましょうよ――ロク、くれない。後をお願いね」
「あ、ちょっと。ヘキ」とくれないが言った。
「何よ」
「――ううん、何でもない。気をつけてね」
「……心配ないわよ。すぐに戻ってくる」
ヘキとJBは正面から面会を求めた。ヌエヴァポルトの市長と連邦の使節と名乗ったため、すぐに中に通された。
応接室のような部屋で待たされるとすぐにJBが妙な行動を開始した。
「ちょっと、JB。どうしたのよ」
「何、大した事じゃねえよ。それよりお前に相談があるんだ。ある人間に頼まれてな――」
研究所の正面と裏手ではロクとくれないが怪しい人物の出入りを見張っていた。
ヘキたちが建物の中に入って十分ほど過ぎようとしたその時、突然に爆音と共に研究所が炎に包まれた。
「ヘキ、JB!」とくれないが叫んだ。
「しまった。罠だ」
ロクも叫んで研究所に近づこうとしたが、二回目、三回目の爆発が相次いで起こり、あやうく吹き飛ばされそうになった。
「ヘキ――――!!」
くれないの叫び声だけが辺りにこだました。