7.2. Story 9 Ritual

4 儀式

 ハクたち一行はロクが開けた穴を伝って地下鉄構内から更に地下に潜った。幅十メートルほどの広い一本道が続いていた。
 徐々に周囲を照らす灯りの数が少なくなり、暗くなっていく中、向こうから荒い息遣いの集団が接近するのがぼんやりと見えた。

「何か来るぞ」とハクが言った。
 目の前に現れたのは全部で三十人ほどの異様な男たちの集団だった。皆、上半身裸で手には盾と剣や槍を携えていた。中には魚取りに使うような大きな網と三つ又の槍を持った者もいた。
「何よ、こいつら」とヘキはハクに尋ねた。
「――剣闘士。おそらく古代ローマの蘇りだ」
「気をつけろよ。やる気満々だぜ」とコクが注意した。

 
 ヘキとくれないが前面に出た。ハクとコクはそれよりも半歩下がった位置に立ち、むらさきとロクはさらにその後ろだった。
「いくよ」とヘキがくれないに声をかけた。
「うん」
 ヘキとくれないが剣闘士たちに向かって飛び込んで、ハクとコクは横の位置で声をかけ合った
「コク、あの網を持った奴らが目障りだ」
「ああ、先に片付けちまおう」
 二人は「雷電」の呪文を唱え、網を持った男が二、三人背伸びするような形になって倒れた。
 さらにその後ろでロクがむらさきに言った。
「むらさき、ここにいても危ないからポッドに乗ろう」
 ロクはポッドを近くに呼びつけ、むらさきを押し込むように乗せてから、自分も操縦席に乗り込んだ。
「じゃあ、一暴れしようか」

 ロクとむらさきの乗ったポッドが乱戦状態の所に突っ込んだ。ポッドに気付いたヘキとくれないはいち早く避けたが、剣闘士たちは唖然としたままポッドに跳ね飛ばされた。
 およそ五分後、立っているのはハクたちだけとなり、ロクはポッドから降りた。
「ロク。突っ込んでくるなら言ってよね」とヘキが怒ったように言った。
「ごめんごめん。でもちゃんと避けてたじゃないか」
「どなたか傷ついた方はいらっしゃる?」とむらさきもポッドを降りて言った。
「全員無傷だ」とコクが周囲を見回してから答えた。「さあ、先を急ごうぜ」

 
 地下を進むハクたちの前には新たな敵が登場した。
 三十人ほどの隊列を組み、全員銃を所持していた。

「正式な歩兵師団じゃねえか」と敵を前にしてコクが言った。
「気をつけて。銃を持ってる」とヘキが言った。

 相手が銃撃を始めるより早くロクの乗ったポッドが突っ込んだ。
 今度の戦いはおよそ十五分で決着がついた。
 前線に飛び込んだヘキが腕に切り傷を作り、ハクが敵の手榴弾の爆風で足に怪我を負ったが、むらさきが治療を施した。
「大分近代化されてたな」とコクが言った。
「ああ」と傷の手当てを受けながらハクが言った。「しかし石の力で古代ローマの剣闘士やこういった……正規軍兵士まで蘇らせたのだろうか?」
「そうなんじゃないの。大陸でも同じような状況だってコウから連絡があったわ。毎日のように兵士たちと戦ってるって」
「この間、ディエム信奉者の集団を見たろう。あれと同様に過去の邪悪な英雄の危険な思想に共鳴する現代の人間も多く存在すると思うよ」とハクが言った。
「早く手を打たないとまずいな。行こうぜ」
 コクが歩き出した。

 
 ようやく地下道の終点が見えた。
 突き当りの壁には大きな十字の紋章が描かれているだけで入口らしきものはどこにも見当たらなかった。
「おそらくこの先にいる」とハクが言った。
「でも入口がないよ」とくれないが言った。
「探すんだ」とコクが言って壁を探り始めた。
 しばらくそうやって六人で壁を調べていたが、むらさきが突然に言った。

「皆さん、その紋章の前に立ってくれませんか?」
「えっ、こうか」
「そうです」
 そう言ってむらさきも紋章の前に立った。
「あの四つある鉤の手を同時に押してみましょう」
 ヘキが一番高い所にある鉤の手を、左右をハクとコクが、一番下のをくれないが押すと紋章の部分の円形の壁が回転し始めた。
「むらさき、よくわかったな」
「偶然ですわ」

 
 中に入った一行は先を急いだ。どうやらどこかのビルの地下深くのようだった。道は再び行き止まりとなり、今度は六人の前に透明の壁が立ちふさがった。
「かなりぶ厚いな。破れるかな」とコクが壁をこつこつ叩きながら言った。
「ちょっと待って。あれを――」
 壁の向こうを覗き込んでいたロクが言い、全員が壁にへばりついてその先を見た。

 壁の向こうは一段低くなった空間でちょうどこちらからは見下ろすような形になっていたが、そこの中央の床にも大きな十字が描かれていた。
 部屋の奥に椅子が四つ置いてあり、二人の人物が腰かけていた。一人はちょび髭の小男でその男の傍には背の曲がった小柄な老人が立っていた。もう一人はゆるやかなローブをまとったサンダル姿の金髪の男だった。部屋の端には護衛らしき完全武装の兵士たちが控えていた。

「声が聞こえないな」
「唇の動きで判断するしかないね」とハクが言い、全員頷いた。

 
「おい、いつまで待たせるつもりだ?」と金髪の男が怒ったように言った。
「東から来る予定だった男が消されたのですから仕方ないでしょう」とちょび髭の男が答えた。
「だったら無理ではないか?」
「ちゃんと代わりの男を用意してあります」
「もう一人も来ていないではないか?」と金髪の男がさらに言った。

 
「何の相談だろう」とコクが言った。「面倒くさい。壁を破壊して踏み込もうぜ」
「いや、この壁は危険だよ」とロクが言った。「エア・プロージョンが仕掛けてある」
「エア・プロージョン?」
「気圧の違いを感じ取って一気に空気を膨張させて爆発を起こす仕組みだよ。元々は泥棒除けで窓とかに設置する事が多いんだ。窓を破壊して侵入しようとするとその破壊箇所に向かって爆発が起こって猛烈な爆風で吹き飛ばされる」
「命がけだな」
「抑止力だよ。これを回避するためには地道に壁を取り外す、つまり小出しに爆発をさせながらやっていくしかないんだ。だから結局時間がかかるので泥棒は中に押し入ろうとは思わなくなる」
「ふーん、この壁の厚さと大きさだとどのくらいかかる?」
「下の人間も気付いていないみたいだし、全員でやれば三十分くらいで無力化できると思うよ」
「よし、やるか――ロク、念のためポッドをここに呼び寄せておいてくれないか」

 
「もうこれ以上は待てん。帰らせてもらうぞ」
 金髪の男が立ち上がった瞬間、左手の入り口に黒い影が登場した。
「遅くなって失礼。途中で思わぬ邪魔が入ったものでね」
 遅れてやってきた大柄な男は鋭い視線を浴びせたまま二人に会釈をした。
「邪魔とは?」とちょび髭の男の隣の小男の老人が尋ねた。
「私に抵抗しようとした命知らずの若者がいたのですよ。このグリゴリー・ラスプーチンに勝てるはずもないのに」

 
 壁をはずす作業を行っていたハクが思わず透明の壁に頭をぶつけそうになった。
「どうしたの、ハク」とヘキが尋ねた。
「ラスプーチンだと……茶々の身に何か起こったか」
「急ごうぜ」とコクが言った。
「私の推測が正しければ金髪の男の方はローマ皇帝、ネロ・クラウディウス。ここに集まって何をしようとしているのだろう」

 
 金髪の男が言った。
「東の皇帝の代わりの男はいつ来るんだ?」
「ようやく出発したばかりらしいのでここに到着するのには時間がかかる」
「何という名だ?」
「『魔王』と呼ばれているらしい」
「ははは、我らを待たせるのは魔王とな。これは愉快だ」
 大柄な男は肩をゆすって笑った。

 
「ここでただ待っていても仕方ない。まずはこの場にいる三人で試してみようではないか」
 ちょび髭の男はそう言って席を立ち、鉤十字の紋章に向かって進み、鉤の手の一つの上で立った。
「お二方、『皇帝』も『司祭』もこちらにどうぞ。鉤の手の所にお立ち下さい」
 小男の老人に促され、金髪の男も大柄な男も命令は受けないという表情のまま鉤の手の先端の場所に立った。

「始めます。念じながらゆっくりと次の鉤の手に向かって移動をして下さい」
 小男の老人の合図に従い、三人の男たちがゆっくりと動いた。次の鉤の手で一呼吸置いて、また次の鉤の手、そうやって一周した所でちょび髭の男が言った。
「やはり三人だけでは無理だな。ここは――

 
 言葉は突然右手から乱入した男の物音によって遮られた。
「おや、誰です?」
 そう言ったちょび髭の男を差し置いて大柄な男が一歩前に出た。
「実にしぶとい。まだ生きていたとは。子供だと思って甘く見たのが間違いだったな」
 そこに立っていたのはぼろぼろの状態になった茶々だった。

 
 上で様子を見ていた一行も下の空間で起こった異変に気付いた。
「ねえ、あれ、茶々が入ってきたよ」とくれないが大声を上げた。
「本当だ――ロク、急ごう」
 ロクは呼び寄せたポッドに乗り込むと、多少乱暴に透明の壁にドリルを突き立てた。

 
「おや、上にも人がいるようだ」
 ちょび髭の男は上を見上げて言った。

「うるせえ。そこのでっかいのに用があるんだ」と茶々が言った。「仇は取らせてもらう」
 茶々が短剣を出したのを見て大柄な男が言った。
「これでは騒がしくて儀式どころではありませんな」

「うむ。この部屋の外に最新のシップと呼ばれる乗り物が待機している。場所を変えよう」とちょび髭の男が言った。
「当てはあるのか?」と金髪の男が尋ねた。
「もちろんですとも。この儀式を行うのに最もふさわしい場所、約束の地がありますのでそちらに移動いたしましょう」
「という事だ。遊んでいる時間はない。悪く思うなよ、坊主」
 大柄の男はそう言って短剣を構えて襲いかかろうとする茶々に向かって左手を思い切り突き出した。
 一陣の風が起こり、茶々は吹き飛ばされ、壁に激突して動かなくなった。

 
「ロク、早くしてくれ」
 茶々が倒れたのを見たハクが言った。
「ああ、多少爆風がきついだろうけど、その一瞬に合わせて雷で力を打ち消してもらえないか」
「やってみよう」
 ハクとコクが左右に別れた時にくれないが叫んだ。
「あ、あいつら。逃げちゃうよ」

 
 兵士たちに護られながら、総統、皇帝、司祭が次々に部屋を出ていき、後には小柄な老人だけが残った。
 しばらくして透明の壁に大きな亀裂が入った。
「ハク、コク。いくよ」
 ポッドが亀裂に向かって体当たりを試みる瞬間にハクとコクは壁に向かって雷を落とした。
「ロク、後は任せて」
 ヘキがそう言って助走をつけてから壁に蹴りをお見舞いした。
 ヘキは弾き飛ばされたが、次の瞬間、ロクのポッドが壁を突き破った。

 
 轟音を立てながら透明な壁は下に落ち、ハクたちも下に飛び降りた。
 すぐにむらさきが倒れている茶々の下に向かい、抱き起した。
「茶々、大丈夫ですか」
「……ああ、又会ったな」

 むらさき以外の兄妹は一人残った小柄な老人を取り囲んだ。
「どこに向かったんですか?」
「さあな、知ったとて最早どうにもなるまい。あのお方の長年の悲願が叶うのじゃ。誰も邪魔立てはできんよ」
「止めないとこの星は終わるかもしれませんよ」
「そうかもしれんがいいのだ。何故ならわしもお前さんたちもここでおしまい――

 
 どこかで「かちっ」という音がして、次の瞬間大爆発が起こった。
 ポッドに乗ったロクと六人の兄妹たちは間一髪空中に飛び上がり、難を逃れた。

 
 空中から地上を見下ろした兄妹たちはそこがブランデンブルク門から少し北に行った競馬場の近くだった事に気付いた。
 地上には大きな穴が開き、さっきまで見ていた儀式を行う施設も何もかもがきれいにえぐり取られていた。

「一体、どこに行ったんだ?」
 地上に降りた兄妹たちの耳にケイジの声が響いた。
「チベットだ」
「チベット?」
「そここそが約束の地。おそらくコウもセキもそこに行く」

 
「わかった」とロクが答えた。「でもこの人数を運べるシップは連邦に返しちゃったし、今から借りるとなると最低でも十分はかかるよ」
「ロク、頼みがある」
 むらさきの治療を受けていた茶々が言った。
「その十分の間にまずはオレだけをその場所に運んでくれ。ロクなら簡単だろ?」

「……しかし茶々、その体で」
「あいつは『草』を三人も殺しやがった。あいつだけはオレがこの手で仕留める」
「……」

「行ってこいよ、茶々」
 コクが言った。
「ロク、シップは手配したから茶々を置いたら急いでここに戻ってきてくれよ」
「わかった。茶々、どこかで降り落とす事になるけど構わないね。じゃあポッドに乗って」

 

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 Story 10 約束の地

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