目次
3 粛清
同じ頃、ケイジはベルリン市街、ブランデンブルグ門の近くの高級ホテルの前にいた。
ここに来るまでに英国とフランスでアンビスのリーダーに会ってきたので自分がウエストを回っている情報はとっくに伝わっているはずだった。
英国のアンビスのリーダー、ロイ・ホッジズは自宅で刀を突き付けられたまま、半べそをかいた。
「なあ、私が何をしたっていうんだ。ドリーム・フラワーになんか関与していない。あれは全部本土のヴァンサンやオットーがやった事だ」
「わかった。信じよう。もう一つ、この星に地下組織、それも二つもあるのはおかしいとは思わんか?」
「何を言い出すんだ。あんただって地下がなければこの星で生きていけないだろ」
「……二つも必要か?」
「それは考え方も異なるし……はっ、あんた、アンビスを潰す気か」
「さあ、私がずっと暮らしてきた島国ではアンビスは駆逐されるべき存在だ。場所が変われば状況は違うかもしれない。それをお前に確認したいのだ」
「潔白だ。私は薬に手を染める事もなく、非合法な事もやっていない」
「だったらアンビスが存続する必要はないな」
「いや、それは……わかった。仕方ない」
「ではアンビスは解散だ。後はパンクス……いや、チコの指示に従ってくれ」
続いてケイジはパリでヴァンサン・ヴィダルに会った。
「驚いた。あんたがケイジか。伝説の存在だと思ってたよ。で、何の用だ?」
「二つほど聞きたい事があるが、返答次第ではその首を刎ねなければならない」
「穏やかじゃないな。言ってくれ。こっちも魔物への対応で忙しいんだ」
「そうだな。まずは一つ目、お前はドリーム・フラワーの流通に関与しているか?」
「冗談じゃない。あれはオットーがブルーバナーのハンスと組んで勝手にやった事だ」
「勝手にな。そういう事にしておこう。では二つ目の質問だ。アンビスを潰してもいいか?」
「待ってくれ。唐突に言われても納得いかない――おれが仕入れた情報によれば、日本の村雲、アメリカのドダラス、それにロロまで、クスリの件にしても今回の魔物の件にしてもどっぷり関与しているのに何の罰も受けていないようじゃないか。そいつらはそのままで、何もしていないロイやおれを責めるのはお門違いだぜ」
「お前の言う事ももっともだ。あれは仕留めそこなっただけですでに死刑宣告は下している。奴らだけのうのうと暮らさせるつもりはない」
「……ケイジ。地下に受け皿が二つもあるような状況はおかしい。それに本来は地上も地下もあっちゃいけないって事だろ」
「その通りだ。私がこの姿のままで大手を振って暮らせる社会こそが唯一の道だ」
「そう考えると魔物が蘇ったのも悪い事ばかりじゃねえのかもな。古いしがらみみたいなもんをきれいさっぱり洗い流した地域も多いんだろ」
「ロロはそんな事まで考えていなかっただろうがな」
「……なあ、ケイジ。どうしても腑に落ちない事がある。どうしてあんたが動くのが今なんだ。やろうと思えばもっと前からできただろ?」
「その時が来た、としか言いようがない。この星を、いや、死ぬ前の最後の大掃除だ」
「……何て返せばいいかわからんが、あんたの本気は伝わったよ」
「よろしく頼む。後はチコの指示に従ってくれ」
ケイジは英国とフランスでの出来事を思い返しつつ、ホテルに入った。
ビジネスマンや家族連れらしき利用客と何故か軍服姿の人間で混雑するフロントを通り過ぎて、上階に上がった。
そこはスイートルームのフロアで、絨毯を敷き詰めた廊下にはかすかな音量で音楽が流れていた。ケイジは一つの部屋の前で立ち止まり、気配を消したままドアをノックした。
しばらくしてシリンダーロックを開錠する音が聞こえ、ドアが静かに開き、一人の男が、ドアが閉まらないように片手でドアを支えたまま廊下に出て左右を見回し、首をひねった。
ケイジはその隙に音もなく部屋に忍び込んだ。
部屋の中には廊下に出た男の他にもう一人男がいた。二人はソファで寛ぎながら話を再開した。
「誰もいなかったのか?」
「不思議な話だ」
「止してくれ。これも蘇った魔物の仕業か」
「いい迷惑だ。ロロの奴め。世界を巻き添えにしおって」
「全くだ。販路の再編などできる状況ではない」
「ハンス、それよりも日本、アメリカに続いて、こちらでもケイジが動き出したらしい」
「ケイジ……日本支社や米国支社を潰したとされるあの伝説の剣士か?」
「うむ、ロイが泣きながら連絡をしてきた。いきなり刀を突き付けられて組織の解散を求められたと。埒が明かんのでヴァンサンにも確認した所、その通りだった。今頃はここにも来ているかもしれん」
「オットー、脅かさないでくれ。バララが大騒ぎをした挙句に自滅して逃亡、ペスライルは厳重に警備された私邸にいたのに惨殺、もう私しか残っていないんだ。クゼは『支社が勝手にやった事だ』と言い出す始末。全く、こんな辺境の星に赴任させられて以来、何一ついい事がない」
「こちらも同じだ。アンビスは次々解散に追い込まれている」
「パンクスの勝利か?」
「そうではない。パンクスのリーダー、アール・ハキームも昨今の騒ぎで疲弊してパンクス維持に嫌気が差したと言う話だ。ケイジは連邦のチコの指示に従えと言ったらしい」
「連邦に管理されるのか?」
「最悪の未来だ。こうなれば新しい動きに期待するしかない――」
「オットー、それは?」
「今、このベルリンの地下にいる蘇った男だ。ハンス、君はこの星に来て日も浅いからわからないかもしれないが、とてつもなく有名、famousではなくnotoriousだ」
「なるほど。その男の名は?」
「それはな――
ケイジはドアの近くで気配を戻し、姿を露わにした。ソファに腰かけたまま、口をあんぐり開け、恐怖におののく二人の前でケイジは静かに言った。
「アンビスのオットー・グリューネヴァルド、ブルーバナー社のハンス・モルゲートだな――お前たちはドリーム・フラワーの流通に深く関わった。ロイやヴァンサンとは違って死に値する」
「……あ、あんたがケイジか。噂通りだ」
オットーが震える声で言った。
「異形という意味か――他に言い残した事はないか?」
「ま、待ってくれ。取引といこうじゃないか。今、ここの地下で起こっている動きについてもっと知りたいとは思わないか?」
「話してみろ――
「今、地下にいるのはあんたもご存じの『総統』と呼ばれるちょび髭の男だ。だが奴一人じゃない」
「親衛隊も同時に蘇ったか?」
「それもあるがそんなものはどうにでもなる。現に復活の報を聞いて現代人もその集団に合流しつつあるから、一万の将兵くらいは容易く集まる。私が言いたいのは地下で行われようとしている『儀式』のメンバーについてだよ」
「儀式?」
「うむ、古今東西暴虐の限りを尽くした悪鬼のような人間が集まって秘密の儀式を行う。そのための祭壇がすでに地下深くに用意してあり、儀式を行う人間が会するのを待っている」
「誰が儀式を行う?」
「総統の他には『皇帝』と呼ばれる人間が西と東から一人ずつ。後は『司祭』と呼ばれる北から来る人物だ。だが東の皇帝が文月の子によって倒されたらしく、今頃地下は大騒ぎのはずだ」
「オットー、やけに詳しいな。総統から直接聞いたのか」
「いや、アンビスの幹部にサン・カカ・ティエンという男がいる。ティエンは総統に心酔し、五十年以上その復活を信じ、儀式のための準備をしてきた。地下空間を使わせてくれと言ってきたのもティエンだし、何なら儀式に必要な人間の復活をロロに進言したのもティエンかもしれない」
「……ティエン。どんな人間だ?」
「さあ、見た目は普通のアジア系の老人でチベット密教の研究者だ」
「――わかった。話は以上だな。お前たちの死刑執行は取り止めるができる限り早くこの星から出ていけ」