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2 ヴィルコメン・ウンターヴェルト
ヘキはハク、コクに会うためにスペインとフランスの国境沿いに向かった。
ピレネー山脈の中腹の小さな村の入口で二人は待っていた。
「父さんのお友達のエスコートはもういいの?」
「何だよ。到着するなり嫌味かよ。あらかたディエムを見て回れたから本人はいたく満足だろ」
「しかもリンの子である私たちが見せた偶然とも言える奇跡、あれのおかげで大興奮さ」
「そうなるわよね」
「ヘキはどうなんだ」とハクが尋ねた。「次の目的地は?」
ヘキはマックスウェル大公に会った話をした。
「確かおやじも会ってたよな?」
「ああ、世界に大きな変化が訪れる時に城ごと出現するらしい――で、何か言っていたかい?」
「『蘇ってはいけないもの』をおとなしくさせれば、この騒動は静まるみたいな事を言ってたわ」
「蘇ってはいけない?」
「そう、魔物や怪物ではない、恐らくは人間――あたしはこの星の歴史に疎いからぴんとこなかったけど、ハクやコクならわかるんじゃない?」
「――あの男だろうか」
「心当たりあるのね。どこにいるの?」
「ここから北、フランスを越えてドイツだ」
「じゃあそこに行きましょう――ネーベは?」
「ディエムの周囲二キロくらいの範囲は結界で守られているようだから心配ない」
「ディエム信奉派はいよいよ意気軒昂だぜ」とコクが付け加えた。
コクの言った通り、山道を降りる間に多くの人にすれ違った。皆、『巡礼のディエム』を目指して登っているのだろう。
「言った通りだろ――さ、とっととドイツに入ろうぜ」
ハク、コクとヘキはドイツに入った。
ミュンヘンの街中でコクがヘキに話しかけた。
「こうやって見ると普段と何も変わりねえ。ヘキ、マックスウェルの言った事は本当なのか?」
「彼は嘘をつく必要がないじゃない」
「であればその『蘇ってはいけない』魔物はこの辺りにいるんだな?」
「そうなんじゃない。後の地域は大体皆が行ってるし」とヘキが言うと、ハクが大きく息を吐いた。
「もしその人物が私の想像通りだとしたら急いだ方がいい」
その人物の名をハクに尋ねようとした時に声が聞こえた。
「お前たち、こんな所で油を売っていていいのか?」
「――この声は……ケイジ、気配を消しているのね」
「当り前だ。この姿で表を歩ける訳がない」
「ケイジ、この間はありがとう」とハクが言った。「それで私たちが向かうべきは?」
「もっと北だ。私も『アンビス』の幹部を追っているが同じ都市にいると踏んでいる」
「やはりあの男なのかな」
「詳しくは知らぬ。その目で確かめるのだな。私は行くぞ」
姿の見えないケイジに引っ張られるようにしてヘキたちは北を目指した。巨大な都会、ベルリンが夜の闇の中に見えた。
ベルリンの市内に近付くにつれ、雰囲気が変わっていった。これまでのヨーロッパの都市とは違い、路上に車が乗り捨てられ、車のフロントガラスと言わず、路上や家々の壁と言わず、白や赤、色取り取りのスプレーで落書きがされていた。
ヴィルコメン・ウンターヴェルト(ようこそ、地下世界へ)
ノイ・フィア・ライヒ(新しい第四帝国)
他にも「ディエムを破壊せよ!」とか「ネオ・アース民を殺せ!」と過激な文言が書き殴られていた。
「やばい雰囲気だな」とコクが言った。
「お前ら」と姿を現したケイジが言った。「ここにある落書きの通り地下に向かえ。私は地上でやる事がある」
ハクたちはベルリンの市街に入った。
歩く人の姿はなく、代わりに軍関係の車両が何台も通りをゆっくりと巡回し、武装した兵士たちが街角に立っていた。
「ここだけ戦時中みたいね」とヘキが言った。
「あまり目立つ行動はできないな。あそこに地下鉄の入口がある。そこに入ろう」
「じゃあね、ケイジ」
ヘキが姿の見えないケイジに声をかけて地下鉄駅の階段を降りようとした時、遠くから声がかかった。
「ハク、コク、ヘキ」
ロクの声だった。むらさきとくれないも一緒にいた。
「他の場所は?」
「片付いたから急いできたんだ」とロクが言った。
「コウやセキ、それに茶々は?」
「イーストは大変そうだよ。茶々はずっと”On Duty”で連絡が取れない。ノースを回ってこっちに来る予定なんだけど」
「絶好のタイミングだ」とコクが言った。「これから地下に潜る所だったんだぜ」
「……シップでの移動は無理だな。小型のポッドを近くに呼び寄せておくといいかもしれない」とロクが言った。
「どうやら地下に『最悪の魔』が潜んでいるらしいんだ」
「最悪の魔?」
「ああ、マックスウェル大公が言っていた『蘇ってはいけないもの』、最悪の魔だ」
「マックスウェルってあの父さんの命を救ったっていう……?」
「そうよ――むらさき。あんたは会ってない?」
「私はお会いしていませんわ」
「それならいいんだ」
「ヘキ、ボクも会ってないよ」とくれないが言った。
「あんたは……きっと関係ないわ」
「ちぇっ、そうなの」
地下鉄の駅構内は閑散としていて、ハクたち六人の足音だけが響き渡った。
「何だよ、待ち伏せしてるかと期待してたんだけどな」とコクが言った。
「いや、十分怪しいぞ。見ろよ、駅の中を」とハクが言った。「至る所に十字の旗がある。コクなら意味がわかるだろ?」
「……あの男か」
「ちょっと待ってよ。あんたたち、何の話?」とヘキが尋ねた。
「おそらく最悪の魔」
「それにしちゃあ静かじゃない?」
「ぼくの勘では」とロクが言った。「さらに地下さ。どこかに隠れた入口があるんじゃないかな」
ロクはそう言って地下鉄駅構内の壁に耳を当てて調べ始めた。しばらくそうして歩き回った後、ハクたちの下に戻った。
「あそこの壁の向こうに空間がありそうだ。ポッドを呼び寄せるからそれで破壊しよう」
ロクはポータバインドでポッドを呼び寄せた。小型車くらいの大きさをした二人乗りの銀白色の円盤が音もなく地下鉄構内に降りてきて、ロクの傍で停まった。
ロクの手作りのポッドだった。
ポッドは同じ宇宙空間航行用に作られた流線型のシップと異なり、球形に近い形状をしている。
大きな特色は、頑丈で、小回りが利き、飛行安定性は高いが、その一方で推力を発揮しにくく、長距離の航行には向いていない点が挙げられる。
従ってポッドは隕石地帯での航行に使用されるケースが多く、安全性を重視する観光シップの中にはいわゆる「葉巻型のUFO」と呼ばれる大型のポッドを使用する場合が見受けられる。
ロクは幼い頃からクラフトが得意で、各工房主催のカスタムメイドシップレースのポッドの部で何度も優勝した。
ポッドの最大の特徴はシップに負けない推力を出せる点だった。
本人曰く、リチャードのジルベスター号以外には速さでは負けないという事だった
その最新作がポータバインドで無線操縦ができる小型ポッドだった。
ロクはポッドにひらりと飛び乗り、壁に向かった。ポッドの先端からドリルのようなものが飛び出し、壁を削った。しばらくがりがりと削った後、ドリル状の先端は引っ込み、代わって何かを掴んだ腕のような先端が現れ、削ったばかりの壁の窪みに何かを設置した。
「皆、下がって」
兄妹たちは壁から離れた。すると壁が激しい爆発音と共に吹き飛び、その後にはぽっかりと大きな穴が開いた。
ポッドを一旦降りたロクにくれないが声をかけた。
「すごい性能だね。でも何でドリルとか必要なの?」
「くれないには言ってなかったっけ。ぼくの夢はね、いつか銀河に残された最後の謎、『智の星団』に行く事なんだ。知らない場所に行ったら何が必要かわからないからポッドに色々な機能を備えつけてるんだ」
「ふーん、やっぱりロクは頭がいいね」
「――そんな事よりも壁の向こう側に行こう」