7.2. Story 8 南へ西へ

6 天下の険

 西を目指すコウたち一行の目の前に険しい山々が見えてきた。
「あの山の上に籠られたら手の出しようがねえな」とコウが言った。
「昔っからそうみてえですよ。『天下の険』って呼ばれてまさあ」と山猪が言った。
「おい、山猪」と沙虎が言った。「偉そうにしてんなよ。おいらがコウの兄貴の一の子分なんだからな」
「そんな事言ってもよ。沙虎のアニキは地上じゃからきしだろ。水がねえと生きていけねえんだから、あっしに従っといた方がいいと思うぜ」
「へへへ」と沙虎は意味ありげに笑った。「毒を頭からかぶった時にひらめいたんだ。おいらは地上でも危険な存在になったぜ」
「えっ、そいつはどんなんですかい。見てみてえなあ」
「おい、お前ら。少しは静かにしろよ。誰か来るぜ」
 コウが指差す先には馬に乗った将兵が数名の部下を連れて山道を降りてくるのが見えた。

「北の都を平定されたコウ殿ご一行ですな?」と白馬に跨った男が尋ねた。
「そうだよ、あんたは?」
「私はゲントク。西の魔物を討つためにこの地におります」
「手強いんだってな」
「はい。山を越えた西の草原のテムジンに協力してもらい、彼らを挟撃し、山頂に釘付けにしてはおりますが、何分にもどちらが出てくるかわかりかねますので」
「どういう意味だ?」
「現在、山頂にはシシンの配下として妖術を使うナタ、力自慢のホウセンが控えております。ナタが出てくるか、ホウセンが出てくるかはその日の気分によって決めているようです」

「ナタが出てくるとええんじゃがのぉ」と大樹老人が言った。
「じいさん、ナタを知ってるのかい?」
「うむ。昔からな――順天、どうするかの?」
「どうするとおっしゃられても説得するしかございませんわ」
「そうじゃの。コウに正面からぶつかってもらうか」

 
 山頂の王宮でシシンはいらついていた。
 復活以来、東西から攻められて山を降りられない日が続いた。
 はるか西にいる総統と呼ばれる男からの「早く来い」という催促に応えられないまま、時は過ぎていった。
 北の都と泰山にいた小者たちは駆逐され、もはやこの大陸に残っているのは自分だけという有様だった。

 今日こそ手勢を引き連れ山を降りる、そう思案していると伝令がやってきた。
「山を登ってこようという者がおります」
「またゲントクの一味だろう。蹴散らせ」
「はっ、今回は異形の者たちが連れ添っております」
「異形……どのような風体だ?」
「何やら豚のような者と水虎のような者、それに仙人と姫、さらには西胡の衣装の若者が――」
「……西胡……おそらく泰山で余の邪魔立てをした男に違いない。ならばナタを向かわせよ。術で蹴散らしてくれるわ」

 
 険しい峠を越えていくコウの一行の前方の空に突然怪しい雲が湧き上がった。
 雲の中から現れたのは槍を手にした少年だった。
「お前たち、どこに向かおうとしてる。この先は王宮だぞ」
「あんた、ナタだな。おれたちはその王宮に行く所さ」とコウが前に一歩進み出て言った。
「だったら通す訳にゃあいかねえな。これでも喰らえ」
 ナタの槍の先から炎が噴き出し、コウたちの足元に降り注いだ。
「野郎、ならやってやるぜ」
 コウが空に飛び上がろうとするのを大樹老人が止めた。

「まあ、待て――おい、ナタ。こちらの姫君を見るがよい」
「あん、何だてめえは……って、竜王の娘じゃねえか」
「わかったようだの。のお、ナタ。今この星は大きく変わろうとしているんじゃ。そこの暴君と悪さをしてるのは確かに楽しいじゃろうが、そんな場合ではなくなるぞ」
「うーん、何だか大変そうだな。もういいや。つまんなくなっちまった。帰るかな」
「それがええ。元々お前は他の蘇った魔物とは訳が違う。人々に崇拝される神なのじゃから、おとなしくしとるのがええな」
「へへっ、じいさんこそ謎の存在じゃねえか。羅漢の新しい実験か?」

「わしはどうでもいい。では通らせてもらうぞ」
「好きにしな。ホウセンは西の馬乗りの奴らの相手してっから王宮は手薄だ」
「では行くか」
 ナタは雲に乗ったままどこかに去っていった。
「何だよ、じいさん」とコウが文句を言った。「あいつと戦いたかったのにな」
「そう言うな。あれは良い子じゃからその必要はない。戦うならこの後、ホウセンが思う存分相手してくれるじゃろ」

 
 コウたち一行は険しい山を越えた所にある都に入った。すぐにゲントクの部隊が都の解放のために行動を開始した。
「じゃあおれたちも王宮に行くか」
 順天と大樹老人を都のはずれの宿屋に残し、コウはと沙虎と山猪を連れて王宮に向かった。
 手薄な警備を蹴散らしながら玉座の間にたどり着くとそこはもぬけの殻だった。
「野郎、山を降りていやがる。じゃあ追いかけるとしますか――沙虎、ペットボトルの補充は抜かりねえな?」

 
 王宮を出ようとしたコウは突然に立ち止まった。
「ん……何だ、この感じは。誰かが見ていやがるが悪い気分じゃねえ。見守られてる。まるでママンみてえだ」
(コウ、気をつけなさい)
 かすかだが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、あんたは?」
(私はローチェ。この地にわずかに残った意識があなたに話しかけています)
「……おれのご先祖か。心配ないよ。おれなら大丈夫だ」
(いいえ、私が心配しているのはもっとずっと先の話。これから言う事をよく聞きなさい。その竜王棒を絶対に手放してはいけません。その棒こそがあなたの命を救うもの。わかりましたね?)
「この棒はおれの得物だぜ。手放す訳――」
(わかりましたね?)
「あ、はい」
(よかった。では行きなさい)

 
 コウたちが王宮から市街に出ると大樹老人と順天がやってきた。
「コウ。あ奴は西に逃げるつもりじゃ。決して行かせてはならんぞ。大きな企みを何としても阻止するのじゃ」
「ああ、よくわからねえが追っかけるよ。でも企みってのは何だ?」
「おんしの兄妹たちも間もなくその企みに気付く頃じゃ。言ったであろう。西蔵の地に皆が集まる。そこにシシンを行かせてはならんのじゃ」
「わかったよ。でも相手は馬で逃げたろう」

「それならこれを使えよ」
 突然空から声がかかり、ナタが再び姿を現した。
「火輪だ」
 空中から二つの輪の付いた不思議な形の乗物が降りてきた。
「こりゃまたずいぶんと未来的な乗物だな」とコウが感心して言うとナタは大笑いをした。
「最近この星じゃ、これを真似たもんが流行ってるらしい。元々はおいらの乗り物だから、幾らか使用料をもらわねえとな」
「ははは、違いねえ。じゃあ行ってくらあ」

 
 コウは両の輪から風と火をまき散らしながら山を降りた。すぐにシシン一行の後ろ姿を捉え、声をかけた。
「おい、待てよ。戦う相手はこっちだぞ」
 シシンの一行は立ち止まり、一際巨躯の男がコウに近付いた。
「この野郎。ナタの乗り物に乗ってるじゃねえか」
「てめえがホウセンか。ナタはもう戦うのは止めたんだとよ。あんたも早いとこあきらめた方がいいぜ」
「抜かせ。方天画戟の餌食にしてくれるわ」

 ホウセンは馬に乗ったまま、得物の戟を振り回し、コウも空中から棒で応戦した。
 その隙にシシンと家臣たちは山を降りかけたが、すぐに引き返してきた。
 シシンたちの背後には馬に乗った弓を持った男たちが迫っていた。

「見ろよ」とコウが棒を振り回しながらホウセンに言った。「てめえらの逃げ場はない。降参するなら今のうちだぜ」
 気が付けばコウの背後にもゲントクの一団が山を降りてきていた。
「くそっ」
 ホウセンの怒りの戟の一撃をコウは避け、反対に棒で脳天に一撃を加えた。
「ぐわっ」
 ホウセンは断末魔の叫びを残して馬から落ちて動かなくなった。

 
 ホウセンが倒れたのをきっかけにシシンの一団は総崩れとなり、次々と倒れていった。
「最早これまでか」
 一人残されたシシンは馬に乗ったまま、山道から谷に向かって飛び降りた。
「そうはさせねえ」
 空中に躍り上ったシシンと馬をコウの棒が下から掬い取るような形でかち上げた。
「ぐふっ」
 シシンは馬もろとも山道に戻され、そのまま口から血を吐いて痙攣を起こした。
「……行かねば……約束の地」
 尚も這いずろうとしていたシシンはそこまで言ってこと切れた。

 
「よっしゃ、これで大陸は一件落着だ」
 コウが勝ちどきの声を上げ、周りの者たちも陽気に叫んだ。
 西から矢を放っていた騎馬の男たちの一団から一人の男が進み出た。
「ゲントク殿」
「おお、テムジン殿」
「やりましたな。それにしてもこちらは――西胡の方か?」
「いや、この方こそコウ殿。他の魔物も退治されたお方だ」
「それは素晴らしい。コウ殿、これから西に向かわれるか?」
「ああ、そのつもりだ。このじいさんがチベットまで行けって言うもんだからよ」
「それでしたら私が案内致しましょう。砂漠で迷子になったら目も当てられませんからな」
「そりゃ助かるよ。じゃあお言葉に甘えるか――ゲントクさん、大陸を立て直してくれよ」

 

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 Story 9 Ritual

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