7.2. Story 8 南へ西へ

5 限界突破

 ヌエが案内したのは町の市場だった。
 昔は城だった場所のようで、およそ1キロ四方を城壁によって囲まれたその市場には人がごった返していた。

(いいか。段取りを言うぜ)
 市場の全体が見渡せる城壁の上に立ってヌエが言った。
(まずはこの市場に縊鬼を追い込む。だが相手は気配を感じ取る事にかけちゃ、こちらよりも上だ。下手に殺気を見せりゃすぐに逃げられる)
「ここに立っていれば全体が見渡せるけど、人が多すぎて拘束するのは、あたしにもセキ君にも無理ね」

{それをやってもらわにゃならねえ。まず奴が入場したら、麗子、おめえが市場全体に網をかける)
「網って。この1キロ四方をコインの移動範囲にしろって事?」
(そうだ。それで入った人間を出られないようにしろ。そして次はセキ、おめえだ。おめえは麗子の作った網の範囲に重力制御をかけるんだ)
「えっ、どういう事?」
(鈍い奴だな。おめえの重力制御は具体的なターゲットがねえとかけられないんだろ。だから麗子に範囲を指定してもらうんだ。そうすりゃおめえもイメージがしやすいだろ)

「なーるほど。でもこんな広い範囲、やった事ないなあ」
「セキ君、それはあたしも一緒よ」
(麗子、リン。どのくらいの時間ならやれそうだ?)

「……そうね。一分くらいならどうにか持たせてみせるわ」
「僕もそんな所かな。一分なら頑張ってやれるかも」
(よーし、わかった。一分だな。その間におれが縊鬼を探し出して息の根を止める)
「できるかな」
(やるしかねえだろ。色んなもんを断ち切るためによ)

 
(来るぞ)
 珍しくヌエの緊張した声が響いた。
(まだだぞ。まだだ。もうすぐ城門を抜ける……今だ、麗子)

(次はセキだ。麗子のコインを目標に重力をかけろ)
 そう言った次の瞬間にはヌエの姿は消えていた。

 
「麗子さん、僕、もうそろそろ限界かも……」
「もうちょっとだけ頑張って。一分って言ったけどこの何万とう人の群れから縊鬼を探し出して仕留めるのにはもっと時間がかかるかもしれないわ」
「……うん」

 
「ああ、もうだめだ……」
「そうね。あたしもそろそろ限界……」
 二人が制御を緩めて、へたり込んでいるとヌエが姿を現した。

「ヌエ、遅かったね。逃げられてないよね」
(当たり前だ。これだけの制御の中で、城壁に張り付いていたんで見つけ出すのに時間がかかっちまった。でも首根っこ掻き切ってやったぜ」 

 
「さてと、これで全部片付いたし、いよいよ山を越えてチベットだね」
(おう)
「……あのね、セキ君、ヌエ。後はあなたたちだけで行って」
「えっ?」
「あたしの旅は終わり。もう力が無くなったみたい」
「……」

(どうした、セキ。喜ばしい事だぞ。麗子がようやく忌まわしい関係を断ち切れたんだ)
「あ、そうだね。麗子さん、おめでとう」
「セキ君、最後まで付き合ってあげなくてごめんね。でも君なら心配ないわ。きっと他の兄妹も大丈夫。これからは応援に回るわね」

(麗子、このまますぐに『ネオ』に戻るのか?)
「うん、適当に歩いて帰るわ」
(……セキ、少しの間、ここで待っていられるな。おれは麗子を養万春の下に送り届ける)

 
 そう言うとヌエは麗子を乗せて空へ飛び上がっていった。

 

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