目次
3 魔都
翌朝、セキとヌエはコウに別れを告げた。
「じゃあチベットで」
「遅れんなよ」
「そっちこそ」と言ってからセキは順天に向き直った。「あ、順天。コウは君を好きみたいだからよろしくね」
「ば、馬鹿野郎、何言い出すんだ」とコウは顔を真っ赤にして言った。「そんなの迷惑じゃねえか。順天は竜王の――」
「私もコウ様をお慕い申し上げておりますわ」と順天が静かに言い、老人が「ふぉふぉふぉ」と笑った。
セキはヌエに跨って南の大都市に急いだ。
「ねえ、ヌエ。コウと順天はお似合いだよね?」
(竜王の娘か――コウは『天の下で戦う戦士』だな)
「えっ、かっこいいな。僕が『人のために戦う戦士』でコウが『天の下で戦う戦士』なんだ。他の皆はどんな名前だろうね?」
(お前は気楽でいいな――さあ、見えたぞ)
市街から少し離れた池の畔に麗泉は立っていた。
――私の人生に大きな影を落とした養万春、そして縊鬼。旅の終着点に待ち受ける男たちだ。
戦いは終わり。能力が続こうがなくなろうがもう戦う事はない。《ネオ・アース》で兄と静かに暮らすのだ。
セキが大きな白い獣にまたがってやってくるのが見えた。あの子はいつもまっすぐで何の陰りもない。
私もあの子のように生きたい――
「麗子さん。待った?」
「大丈夫よ。何でここにいるのがわかったの?」
「何となくね」
「ロク君のシップに乗せてもらって着いたばかりなんだけど、北の都の魔物を退治したって連絡が入ってたわよ」
「手強かったけどどうにかね」
「セキ君、一段と強くなったね」
「ううん、僕なんかよりコウ。竜王の棒を手に入れて今や無敵の強さだよ」
「ふふふ、念を入れて夜になったら市街に乗り込もうね」
建ち並ぶ近代的なビルの間を縫うように進むと河に面した古い町並みが現れた。普段であれば川面に建物の灯りが映って美しいのだろうが、真っ暗なのが物寂しかった。
「誰もいないね」
セキの言葉が合図になったかのように川沿いの建物に一斉に灯りが灯った。灯りは川に映り、美しくゆらめいた。
「歓迎……されているのかしら」
「きっとそうだよ。でも養万春はどこだろう?」
闇雲に走り出そうとするセキを麗子が止めた。
「待って。これに探させましょう」
麗子が懐から一枚の25セント硬貨を取り出し地面に立てると、力を加えていないのにコインはころころと転がり始めた。
「このコインが養の居場所を探してくれるわ」
「……すごいね、麗子さんは。最強だ」
「知ってるでしょ。全部兄さんの力よ。でもそれもこの戦いで終わり――さ、行くわよ」
五階建ての古いビルの前で麗子は立ち止まった。入口の前ではコインがゆっくりと回転していた。
「どうやらここみたい」
セキと麗子はビルの屋上に飛び上がった。屋上では一人の男が川の方を向いて立っていた。
「養万春ね」
麗子が声をかけ、ゆっくりと振り返った男の額には何本もの皺が刻まれ、オールバックに撫で付けた髪にも白い物が混じっていた。
「――ようこそ」
「復活した魔物がこんな場所に陣取って何を企んでいるの?」
「おや、眠っている間に礼儀というものが変わったのか、それとも蘇った魔物ごときに自己紹介など必要ないと考えているのならとんだ時代錯誤だぞ」
「そうね、冷静さを失っていた。謝るわ。あたしはかつて虞麗泉と呼ばれる殺し屋として飛頭蛮に飼われていた」
「飼われる……ずいぶんな物言いだ。私の首を刎ねた縊鬼に雇われたのだな」
「兄を人質に取られて無理矢理働かされていただけよ」
「それは気の毒な話だ」
「縊鬼はどこ?」
「どうも君は結論を急ぐようだね。あの男は昔から逃げ足が早い。私がこのように復活する数か月前に姿をくらました」
「……セキが日本で唐河の組織を潰した頃だわ。次は自分の番だと考えた訳ね」
「なるほど、隣は文月リンの息子か。リン本人にお会いする機会はなかったが、こうしてお目にかかれて光栄だ」
「ねえ、逃げた縊鬼の居場所をわかっているはずなのにどうして追わないの?」
「さすがは銀河の英雄の息子だ。私の能力もすでにわかっているようだね。私は飛頭蛮の名のままに自らの首を飛ばし、縊鬼の潜伏先をすぐに特定した。しかし――」
「この場所を離れられない?」
「その通り、私は既にこの地のゲニウス・ロキ、すなわち地霊だ。西のシシンに付け込まれないようにこの地に留まっていなければならない」
「僕のばあちゃんたちも順天も皆、同じような事言ってた」
「今回の騒動での興味深い点はそこだ。ロロはこの地に仇なす者、すなわち邪霊もこの地を守る者、地霊も区別せずに全てを呼び寄せた」
「その良い人たちのおかげで僕たちはこの星に平和を取り戻しつつあるんだよね?」
「そう。だがロロは些細な事は気にしていないのかもしれない。彼が復活させた最大の魔を退ける事ができる確率は極めて低いままだ」
「どうすればそれを避けられるの?」
「そのために君たち兄妹が世界各地で奮戦しているではないか」
「あ、何とか老人が言ってた」
「その通りだ。だがあまり時間の猶予はない」
「大体の事情は飲み込めたわ。あなたはこの地を離れられないからセキとあたしで南に下って縊鬼を倒せばいいのね」
「縊鬼はそこからも逃げるかもしれないが、セキはその後の事も老人から聞いているだろう。インドを目指して、南から北へ。最終目的地チベットまで行く間に必ず縊鬼に遭遇する」
「急いだ方がいいわね」
「頼むぞ。南の縊鬼の存在がなくなれば私も西のシシン討伐に力を貸せるようになる」
「わかった。コウをよろしくね」