7.2. Story 6 北の異変

3 爆発

 茶々はかつての王宮の手前の町まで来た。ニジニという名の川に面した大都市だった。
 市街を見下ろす丘の上に立って美しい港町の風景を見ていると背後から声をかけられた。

「私を追いかけているのは君かね?」
 不思議な声だった。茶々は軽い眩暈を覚え、足元がふらつきそうになるのを堪えた。
「オレの部下の姿が見えなくなったんで探してんだよ。何か知らねえか?」
「おやおや、ずいぶんと礼儀知らずな青年だ」
 男の姿がはっきりした。司祭のような服を着て体格が良く、髪の毛は濡れたように額にかかっていた。その目の色はどこまでも薄いブルーで狐火を連想させた。
「ですが、そうして立っていられる精神力に免じて教えて差し上げましょう。その方たちならあなたを見限って離れたのですよ。だから姿が見えないという訳です」
「……そんなはずはねえ。あいつらは裏切る……訳が……ないんだ」
「信じないならそれもいいでしょう。私は急いでましてな。これ以上追ってこられてもお相手できませんからそのおつもりで。では」
「ま、待て……」
 茶々は最早立っていられなくなり、膝を折った。

 
 茶々はまだどこか体に痺れを抱えたままで、更に西に向かった。
 とうとうモスクワだ。ここで決着をつけてやる。
 まるで色取り取りの帽子をかぶったような不思議な塔の傍らにその男は立っていた。

「しつこいですね。まだ追ってきますか?」
「三人はどこだ?」
「そこまで言うなら案内してあげましょう。知らない方がいいと思いますがね」
 大柄な男はそう言って大股で広場を横切った。途中で茶々の肩を抱くようにして話しかけた。
「ご覧なさい、この光景を。この国は一握りの金持ちのためのものです。私がいた頃と何も変わっていない。愉快じゃありませんか」

 
 男は茶々を川沿いの古い塔に連れていった。
「こんな場所に連れてきてどうするつもりだ?」と茶々が尋ねた。
「ですから会わせて差し上げますよ。私の周りを飛び回っていた小蝿に――おい、お前たち、ご主人様がお呼びだそうだ」

「芒、薄、若」
 茶々は現れた三人に声をかけた。
 三人はのろのろと茶々の方を向いたが、その目に光は宿っていなかった。
「貴様、何をした?」
「何をした――それを言いたいのはこちらです。この三人やあなたのせいで私は約束の集合日時に遅れているのです。もっともあなたの兄弟のせいですっかり足止めを食らっている東の皇帝もいるので安心しましたが」
「な、何の事だ。東ってのはコウとセキか?」
「少し喋り過ぎましたがいいでしょう。あなたもそこの三人もここで死ぬのですからね」
 男の姿が薄くなっていった。茶々は男を捕まえようとしたが体がうまく動かなかった。
「待て……グリゴリー」
「その名を呼ぶのも最後になりますね。ではさらば、名もなき戦士よ」

 男の姿は完全に消えた。茶々はばたりと倒れ、三人の『草』に言った。
「……お前たち、早く逃げろ」
 三人は虚ろな目をしたまま、倒れている茶々を見下していた。
「お前たちぃいいいい」
 塔に仕掛けられた爆薬が勢いよく爆発した。

 

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 Story 7 母なる守り人

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