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2 泰山の魔
泰山が見えた。
石段が麓から山頂まで果てしなく続いているように見えた。
「なあ、トウテツはこの山の上か?」
「そうじゃな」
「おれは空を飛んでけるけど、皆はどうする、ここに残るか?」
「おいらはどっかの池で水浴びでもさせてもらうよ。そんな化物と戦うなんてぞっとすらあ」と沙虎が言った。
「てめえだって化物じゃねえか。勝手にしな。じいさんと……その、順天は?」
「わしらも頂上まで空中散歩としゃれこもうかの」
泰山の山頂には深い霧がかかり、地の底から響くような唸り声がどこかから聞こえた。
「どれ、わしらは安全な場所で見物させてもらうとするか」と老人が言い、順天はコウに声をかけた。
「コウ様、『竜王棒』を信じて下さい。心を通じ合わせれば必ずや饕餮を倒せます」
コウは頷いて順天の後ろ姿を見送った。
「何者だ。この聖地に卑しき身分の者が入ってくるのは感心せぬな」
コウが山頂にある建物の中に入ろうとすると、霧の中から声だけが聞こえてきた。
「あんたがトウテツか?」
「バカも休み休み言え。余を化物と見間違うとは。もっともこの霧の中では無理もないか」
「まだるっこしい野郎だな。じゃあお前は誰なんだ?」
「余はシシン。四海五岳を支配する王じゃ」
「王様が聖地に化物を連れ込むのはどういう了見なんだ?」
「口の減らぬ小僧だ。饕餮に喰らってもらおう。やれ」
霧の中から一匹の獣が飛び出した。一見するとヌエに似ていたが、牙が鋭い鉤の手のように上に伸びていた。
「うははは」とシシンが笑った。「饕餮は全てを喰らうぞ。今更、詫びても遅いわ」
「詫びんのはそっちだ――頼むぜ、『竜王棒』」
コウは飛び上がって、トウテツの頭に渾身の力で棒を叩きこんだ。トウテツは大きくのけぞり、周囲の空気をびりびりと震わせる咆哮を行った。
咆哮が終わるとトウテツの頭上に空間の裂け目が生まれ、周りの物全てを吸い込み出し、コウは間一髪で空中に逃れた。
「なるほど。全てを喰らうってのは異空間に通じてるって訳だな――なら、時間はかけらんねえ。行くぜ」
コウは棒を構えたままトウテツの鉤の手に曲がった牙を目がけて空中から急降下した。鋭い金属音と共にコウが着地し、トウテツは牙を折られ、その場に倒れた。
「き、貴様。饕餮を倒すとは。覚えておれよ」
シシンの声はそれきり聞こえなくなった。
「ふぉっふぉっ。霧も晴れてきたようじゃ」
笑い声と共に老人が登場した。
「コウよ。素晴らしいのぉ。その棒をすでに体の一部のように使いこなしておる」
「何だよ、じいさん。どこに隠れていやがった。トウテツに吸い込まれたかと思ったぜ」
「さて、行くか」
「どこへ?」
「北の都じゃ。おんしの弟もそこに来る予定ゆえ、兄弟の再会じゃ」
老人は年寄りとは思えない速さで山を駆け降り、コウは残った順天に話しかけた。
「あ、ああ。無事で良かったぜ」
「コウ様を信じておりましたわ」
「ありがとよ――順天……」
「えっ」
「いや、何でもねえ。山を降りよう。それにしてもあのじじいは何者なんだ?」
霧が晴れていく中、コウは隣を歩く順天の方を見ず、彼女の気配だけを感じていた。
竜王アルトマの娘か。何の目的でおれに会いにきたんだろうな
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