7.2. Story 4 ヌエ

2 鬼退治

 夕方、門前仲町に戻った若い衆を集めて美木村が話し出した。
「今夜、渋谷で鬼と決着をつける。こっちには強力な助っ人もいる。文月リンの息子、文月セキだ」
 およそ五十人の若い衆がいたが、その中には化け物に追われて避難してきた『関東丸市会』以外の各地の極道も混じっていた。彼らを前にしてセキは挨拶をした。
 皆がセキの名を聞いて、期待をし、拍手をする中、一人の太った中年の男だけが「けっ、小僧じゃねえか」と憎まれ口を叩いた。

 美木村が音もなく男に近寄って言った。
「栃木からの客人でしたよね。てめえの尻はてめえで拭いてもらったっていいんですぜ」
「い、いや。そんなつもりで言ったんじゃねえよ」
「だったら、あっしらのやる事にケチつけねえでもらいてえ、なあ、セキ――」
 美木村がセキのいた場所を振り向くと、いつの間にかセキも男の背後に回っていた。
「そういう事だね」
「そういう事だ」
 美木村はセキの動きに満足そうに微笑んだ。

 
 セキは渋谷のハチ公前広場でサンタに再会した。門前仲町から来た若い衆は美木村とその配下数人を残して、新宿、池袋、六本木、銀座、上野、浅草といった目ぼしい繁華街に向かった。万が一、鬼が逃げ込んだ場合、それをいち早く知らせるためだった。

「セキ、間に合ったみたいだね」
 サンタが嬉しそうに言った。
「うん」
「あれ、元気がない。まるで自分に責任あるみたいな顔」
「あのね、サンタ」
「へこんでても仕方ないじゃない。今は鬼の親玉を退治しなきゃ。それにはセキの力が必要なんだから」
「ありがとう。でもサンタならすぐに退治できるんじゃないの?」
「向こうもわかってるみたいで渋谷にはなかなか寄りつかなかったのよ。ようやくある方の力でこっちに追い込んだ訳」
「そうそう。それは誰なの?」
「京都のお坊さんの集団なんだけど。今頃は浅草辺りに結界を張ってるはず」
「ふーん、力がありそうな人たちだね」
「そのお坊さんの親玉、親玉はおかしいか、リーダーのおじいちゃんによればね、セキの剣があれば鬼の親分が必ず姿を現すって」

 
 真夜中が近付いた。鬼は真夜中過ぎに活動を開始するらしかった。人っ子一人歩いていないセンター街を奇妙な霧が覆い始めた。
 青白く光る二つの目が霧の奥深くに見えた。獣のような唸り声とともにスクランブル交差点側にいたセキたちの方に接近した。
「セキ、来るぞ」と美木村が声をかけた。「小者はこっちに任せて、親玉だけ相手しろ」
 美木村とサンタがセキの前に立って鬼が来るのを待ち構えた。

 
 突然、割れ鐘のような声が轟いた。
「ようやく来たか。これで都は落ちたも同然だ」
 声はセキに話しかけているようだった。
「誰だか知らないけど何の話?」とセキが答えた。
「……その剣を手にしているからには我らと思いを同じにする『奉ろわぬ者』であろう。この都が、都の人間が憎いのではないのか?」
「時代錯誤も甚だしいね。おとなしく元々いる場所に帰れば何もしないよ。でも今夜は剣の具合がいつもと違う。きっと君たちは消え失せるよ」

 セキは『鎮山の剣』を抜いた。言葉の通り、剣からはまばゆい白い光がほとばしっていた。
 光はセンター街にかかる霧を払い、三メートルはありそうな大鬼と取り巻く中鬼、小鬼、合せて五十人程度の姿が顕になった。
「貴様、許さんぞ……やれ」

 
 大鬼の合図に従って取り巻きの鬼たちが一斉にセンター街の入口付近にいたセキたちに襲いかかった。
 すかさず美木村とサンタがこれを迎え討ちに飛び出していった。
 大鬼だけはその場を動かず、恨みの青白い炎が灯った目でセキを睨み付けた。

「……小僧、本来その剣は都に深い恨みを抱きながら死んでいった者の消えぬ怨念が籠ったもの。あの小賢しい空海めが国を護る聖なる剣などと喧伝したが、それが過ちだという事を教えてやる」
 大鬼が鋭い爪の付いた右腕を伸ばし、アスファルトを切り裂いたが、セキは一瞬早く空中に逃れた。
 間を置かず、左腕、右腕と連続して爪が襲いかかり、セキは攻撃を避けた。
「逃げるだけか」
 大鬼が馬鹿にしたように言うとセキは答えた。
「そうじゃない。周りを見てごらんよ」
 大鬼がゆっくりと振り返ると、そこには美木村たちに倒された鬼の山が築かれて、動いている者は一匹もいなかった。

「……貴様ら、我が眷属を。皆殺しだ」
「そうはさせない」
 セキは地上に降り立つと大鬼目がけて突進した。大鬼も負けじとセキを捻り潰そうと右腕を伸ばした。
 セキと大鬼の右腕が交錯した次の瞬間、大鬼の肘から先の腕がぼとりと地上に落ちた。
「ぐゎっ……うぉおお……覚えておれ。必ずや、その腕取り返す……」
 大鬼はそう言い残してかき消すようにいなくなった。

 
 五十人近くの鬼たちを片づけた美木村とサンタがセキの下にやってきた。
「セキ、やったね」とサンタが言った。
「でも取り逃がした」
「大丈夫、次、来たら返り討ちだよ」

 地上に落ちた腕を見ていた美木村が顔を上げて言った。
「見ろ。まだ動いている。執念深いな」
 美木村が自分の刀を腕に突き刺すと、腕は二、三度痙攣してからようやく動きを止めた。
「この腕、どうしようか?」とセキが尋ねた。
「一旦、門前仲町まで運ぶ。朝になればあの方たちが来られるだろうから、処分の仕方を聞けばいい」

 大鬼がどこか別の地区に逃げ込んでいないかを確認した後、セキと美木村は刀が刺さったままの鬼の腕を若い衆に運ばせて門前仲町に戻った。
 庭に腕を置き、二人は朝を待った。

 

先頭に戻る