7.2. Story 3 欲すは力

2 巡礼のディエム

 ハクとコクはピレネー山脈に向かった。
 空から見下ろすと山道を黙々と進む多くの人が視界に入った。

「これ、皆ディエムに向かう人だろ。やっぱディエムは魔物から守ってくれんのかな」
 地上に降りたコクが口を開いた。
「どうだろうな。だがこの辺では魔物は蘇っていないし、結界的な何かが張り巡らされているのかもしれないぞ」
「元から人も来ないような場所ってだけじゃねえか。人がいなけりゃ魔物も襲いには来ない」
「そうかもしれない。こうなると他のディエムのある場所も気になってくるな」

 
 多くの巡礼者に混じって山道を進むハクとコクはようやく先の方にある開けた場所を目にした。
 そこは頂上間際なのか、円形の広場に休憩所や店が軒を連ね、観光地のような賑わいを見せていた。
 そこからもう少し昇った場所にディエムが鎮座しているようだった。

「どうする、先まで行くか?」
「せっかくここまで来たんだ。見ない手はない」
「こっちにも面白いもんがあるぜ」
「ん、何だそれは?」
「あれだよ」

 コクが指さしたのは広場の一角の人だかりで、そこでは一人の女性が説法を行い、群集が取り囲んで聞き入っていた。
「宗教か?」
「よく読んでみろよ」
 女性の背後には数枚のパネルが立てかけてあり、そこには『ディエムこそ命』、『ディエム信奉会』と書かれていた。

「ディエム信奉会か。最近どこかで聞いたばかりの名だな」
「だろ」
「思い出した。チコ司令官の話で、父さんの昔の仲間が何をしているかとなった時に出てきた」
「ああ、あの女が親父の知り合いかどうかはわからねえが、だとしたら面白いだろ?」
「そうかな。あまりいい予感はしないが、じゃあ後で寄ってみよう」

 
「本当に浮いているな」
 二人の目の前に巡礼のディエムが姿を現した。
 ディエム本体からおよそ十メートルの周囲は頑丈な鉄柵で囲われていたため、それ以上は近付く事はできなかったが、水色とも緑色ともつかない直方体を捻ったような高さ五メートルほどの不思議な物体が地面に接する事なく浮かんでいた。

「どう見たってこの世界のもんじゃねえ。デルギウスにもダレンにもこんなもんは存在しなかった」
「ああ、素材も形状もこの星の技術には納まりきらない。しかもここだけではなく複数存在するという」
「何よりも奇妙なのはよ、これが何を俺たちに伝えようとしているのか、それがわからないって点だ」

「きっと深い事情があるんだろう」
「事情、誰の?」
「もちろん作成者さ」
「作成者って誰だよ」
「それがわかれば世話はない。だが初めて実物を目の当たりにして、これが只のオブジェではないのはわかった」
「はっきり言えばいいじゃねえかよ。銀河の創造主の仕業だってよ」

「いや、迂闊な事は言えない。石の一件があったから当然のように考えているが、私たちは創造主に会った事などないのだからな」
「辻褄は合ってるぜ。創造主の力で蘇った魔物だから創造主のこさえたディエムを襲わない」
「それはそうだが……そろそろあの説法の場所に戻ろうか」

 
 二人は広場に戻って説法に聞き入る群集の一番後ろに立った。
 中央で話す金髪の女性は新たに群集の輪に加わった二人の姿を認めると一瞬だけ表情を変えたが、すぐに説法に戻った。
 話の内容自体は、ディエム信仰こそがこの世界の危機を救う道標になるという予想通りのものだったが、説法を行う女性はやはり父の旧友ネーベ・ノードラップその人らしかった。

 説法は終わり、群集の輪が緩やかに広がると、ネーベは二人の下に近寄ってきた。
「あなたたち、確か」
「はい。文月リンの子供です。ネーベさんですよね?」
「……あまりリンに似てないのね。で、ここまで何しに来たの?」 

 
 ハクは兄妹たちが魔物を排除するために世界各地を飛び回っている話をネーベにした。
「あら、全員来ているの。それは素敵ね。あたしの考えとも一致していて嬉しいわ」
「でもネーベさんはディエムの力でこの危機を乗り切ろうと?」
「チコから話を聞いてるならあたしが元々リンを担ぎたかったのも知ってるわよね。あの子こそ救世主なのに今は行方知れず。でもその子供のあなたたちが魔物を退治してくれるんだったら同じ事だわ」

「いや、あの、それですとディエムの力ではなくなってしまいますけれども」
「そんな事にこだわってるのね。いい、よく聞きなさいね。あなたたち兄妹は全部で九人、そしてディエムの数はいくつあるか知ってる?」
「……九つですか?」
「その通りよ。ここの他にアメリカの『荒野のディエム』、アマゾンの『大河のディエム』、海の上にある『海溝のディエム』と『氷山のディエム』、険しい山の上にある『嶮山のディエム』、それに『凍土のディエム』と『起源のディエム』、『暗黒のディエム』。この数の一致をどう見るの?」

 
「そんなもんは偶然だろ」
 ハクに話を任せていたコクが口を開いた。
「違うわよ。あたしはここも含めてほとんどのディエムを見ているからわかる。あなたたちが活躍する、それは即ちディエムの正当性が証明される事に外ならないの」
「こじつけだ」
「だったらこうしない。これから各地のディエムを一緒に見て回りましょうよ。あたしはこの魔物だらけの世界でも各地のディエムがちゃんと機能しているのを確認したいし、あなたたちはディエムがあなたたち自身の分身だという事を理解する必要がある」
「わりーな。そうしたいのは山々だが俺たちは大事なミッションの最中なんだよ」

「あら、大事なミッションの最中の人間がわざわざここに来る?」
「……」
「痛い所を突いちゃったみたいね。でも心の余裕は必要よ。あせっても仕方ないし。大丈夫。チコにはあたしから言っておくから」

 
「ネーベさん。でしたらもう一人兄妹を呼びたいんですが」
 ハクの申し出にネーベは笑顔で快諾した。

 数分後、近くにシップを置いてロクが現れた。
 スキンヘッドの頭にゴーグルを乗せたロクを見てネーベが声をかけた。
「この子もリンには似てないわ」
「ハク、コク。こちらの方は」
「父さんの旧友のネーベさん。これから世界各地のディエムの視察に出かける事になった。ロクにも同行してもらえると嬉しいんだけどな」
「なるほど。ディエムはとんでもない場所に存在するらしいからね。でもぼくもそこそこ忙しい身だから空いているシップを融通する。それで好きな場所に行くといいよ」

「ロク、あなた、話わかるじゃない。ねえ、兄妹の中で誰かリンに似た人はいないの?」
「……そうですね。雰囲気はセキが一番似てるかな。ぼーっとしている点ですけど」
「セキはどこにいるの。ここには呼べないの?」
「今、日本にいますけど無理ですね。それが片付けば今度はイーストに渡るでしょうし、ウエストに来る事はないんじゃないかな」
「残念。あの近くにはディエムもないし。まあ、この先のお楽しみにしておくわ」

「ネーベさん、いつ出発ですか?」
「すぐにでも。いくらあなたたちに重要な任務が与えられていないとはいえ、他の兄妹たちのペースを乱す訳にはいかないわ」
「さっきから痛い所突くじゃねえか。んじゃあ、とっととディエムツアーに出かけようぜ」

 
 信奉会の会員にてきぱきと不在の間の指示を出すネーベを待ちながらコクは思った。

 ディエムが俺たち兄妹を表してるなんて事はあるはずがない

 ディエムを作ったのはArhats、奴らが俺たちの事なんぞ気にするはずもないんだ

 

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 Story 4 ヌエ

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