7.2. Story 2 王の誕生

3 王の誕生

 

弟への想い

 ノースとサウスのAでの魔物退治は数日続いた。
 相変わらず軍は出動せず、連邦軍のみでの戦いだったが、ノースAのほぼ全域、サウスAの半分以上は平静を取り戻しつつあった。

 サウスAを南下中のヘキは、むらさき、その護衛のフリオとマリオに現場を任せ、茶々にヴィジョンを入れた。
「茶々、そっちの様子はどう?」
「順調だぜ。最初はどうなるかと思ったけどよ、麗泉っていう強力な助っ人のおかげであらかたの魔物は粉砕されたよ」
「この星で最強の戦士ってのは本当だったのね」
「そうだな。ヘキの方はどうだ?」

「こっちもサウスの尻尾に近付いてるわよ。むらさきが聖なる力でどんどん魔物たちを浄化してくれてるからあたしたちはむらさきの警護だけ。あ、あたしたちってのはあたしと以前からの友人のフリオとマリオって双子の事ね」
「いい調子じゃねえか」

「で、この後の予定は?」
「オレは北に向かおうと思ってる」
「……あんた以外は?」
「……ああ、くれないの事か。本当に面白い奴だよな。大した戦力にならないくせに解放した土地の人間には妙に好かれるんだ。持って生まれた魅力だな」
「調子がいいだけよ」
「いや、そればっかりじゃねえ。あいつはきっと人の上に立つ、王になる人間だ」
「今近くにいるの?」
「いや、オレは北の国境近くにいるけど、あいつはまだどっか西の方の都会に残ってる。今回の被害を受けた地域の復興を先頭に立って指揮してるはずだぜ」
「ふーん、一応話しておこうかな」

 ヘキは茶々とのヴィジョンをそのままにしてくれないにもヴィジョンを繋いだ。
「あ、ヘキ。元気ー?」
 ヴィジョンの向こうからくれないの屈託ない声が響いてきた。
「頑張ってるみたいじゃない?」
「今ちょっと忙しいんだよ。実はね、ここの復興の様子を大統領が視察に訪れるんだって」
「えっ、ディック・ドダラスが?」
「うん、そうだよ」

「あんた、言ったでしょ。ドダラスの行方がわかったらすぐに連絡しろって」
「そうだっけ}
「そうだっけじゃないわよ。で、あんたがドダラスを案内するの?」
「ボク以外に上手に説明できないしね。それにあっちだって可愛い子の案内の方がいいでしょ」
「バカだね……」

 そう言ったきり、ヘキはしばらく黙り込んでから再び口を開いた。
「くれない。よく聞いて。あんたはドダラスに会っちゃいけない。今すぐにその場所を離れなさい」
「ちょっと、ちょっと。何言い出すの。冗談言わないでよ」
「本気よ。ドダラスはすぐにあんたの能力に気が付く。そうしたら、あんたを疎ましく思って排除するか、自分の手元に置いておきたいと思ってあの手この手を使うか、どっちに転んでもあまりいい結果にはならない。あんたをそんな危険な目に――」

「ヘキはいつだってそうだ。ボクが何かをする、しようとすると必ずケチをつける。『あんたは末っ子だから』って、いつまで経ってもボクを一人前扱いしてくれないんだ」
「……くれない」
「ようやくボクの力を生かせる何かを見つけたような気がした。でもそれもヘキは『だめだ』って否定するんだね」
「くれない。そんなつもりじゃ」

「なあ、姉妹ゲンカ、いや、この場合は姉弟ゲンカか、やってる場合かよ」と茶々が口を挟んできた。「オレたちの目的はこの星から魔物を駆逐する事だ。ドダラスなんぞどうだっていいじゃねえか」
「茶々の言う通りだよ」とくれないが言った。「じゃボクは忙しいんで、又ねー」

 
「珍しいな。あいつがあんなに熱くなるなんて……ん、ヘキ。どうしたんだよ」
「何でもない――こうしちゃいらんないわ。むらさきを助けに行かなきゃ」
「素直じゃねえ奴らだな」

 
 ヘキはヴィジョンを切って、サウスAのほぼ南端に向かった。
 そこでは一仕事を終えたむらさき、マリオとフリオが待っていた。
「よぉ、ヘキ。こっちは片付いたぜ」
「これでAは完了だ。おれたちはチコの指示を待つけど、あんたたちはもう次の行く先を決めてあんのか?」

 むらさきが心配そうにヘキに近付いて言った。
「どうしました、ヘキ。様子が――さては、くれないと喧嘩しましたね」
「あたしはだめな姉だ。あの子の事をちっとも理解しようとしてなかった」
「そんな事ありませんよ。二人共愛情表現が下手なだけで、互いを深く思いやっているのは皆、わかっています」
「……むらさき」

「さあ、行きましょう」
「どこへ?」
「決まってるじゃありませんか。大切な弟の下に」

 

王が認めた才能

 その頃、くれないは復興作業中の中規模な町のタウンホールでディック・ドダラスに対面していた。
「復興は君一人で成し遂げたのかい。素晴らしい企画力と行動力だ」
「いえ、ボクだけじゃありませんよ。周りの皆が協力してくれたから」
「ふむ、君、名前は?」
「くれない、くれない・パラディス・文月です」
「……ほぉ、銀河の英雄の関係者か。もしやリン文月の娘さんかね?」
「息子です」

「なるほど。まあいい。実は君に提案があるのだがね」
「何ですか?」
「A全体の復興に当たってもらいたいのだが」
「今もやっているじゃないですか。今更何を」
「いやいや、そういう意味ではない。王となる私の補佐をしてもらいたいという事なのだ」
「『王となる』……どういう意味ですか?」

「ここだけの話だが私は近々、Aの独立宣言を出し、ノースAとサウスAを束ねた地域の王、つまり『アメリカの王』になるつもりだ」
「……チコは知ってるんですか?」
「チコ?あんな連邦の威を借るだけの地球人に何の力もないさ。結局、この星を良い方向に持っていけるのは私や君のような他所の星の人間なのだよ」
「確かにおっしゃってる事には一理あるかもしれません。連邦から見れば、銀河を知る人間の方が話をしやすい」
「状況が正しく分析できているね。その通り、連邦にとって非加盟の小さな星の小さな地域での出来事など取るに足らん。むしろ事態が好転すると踏んだなら、積極的に私の即位を後押ししてくれるさ」
「かもしれませんね。コメッティーノ議長は合理的な人だと聞いてるし――でも残念ながらボクはあなたと行動を共にするつもりはありません」

「おや、共闘してくれんのかね」
「今回ここで復興に携わって、これこそがボクの力を発揮できる分野じゃないかって思ったんです。それにはもっといろんな場所でやってみるしかない。ここだけに留まっている訳にはいきません」
「君が望む条件はできるだけ飲むつもりだが」
「そういう問題じゃありませんよ。言葉は悪いけど、あなたが言ってたように小さな星の小さな地域の事にずっと関わるつもりはないんです」
「……君や君の兄妹、それに家族、連邦にも迷惑をかける事になるかもしれないよ」
「どういう意味ですか?」
「例えば君のおじい様は『ネオ』の代表を務めている。あそことこの星では定期的にスポーツや文化の大々的な交流戦を行っているが、私もその実行委員会の一人だ。私が反対すればそんなイベントなど簡単に吹き飛んでしまうという事についてどう思うかね?」
「こりゃまた。何だか可愛らしい脅しですね」
「若い君を必要以上に刺激したくないからこのような例えを出しただけさ。もっと生々しい弊害についても聞きたいなら――

 
「大統領。そのくらいにしておきませんか?」
 タウンホールの執務室のドアが勢いよく開き、そこにはヘキとむらさきが立っていた。
「君は確か……文月の。そちらのもう一人のお嬢さんも」
「そうです。あたしは連邦の正式なエージェントをしているヘキ・パラディス・文月、こっちは妹のむらさき文月です」
「なるほど。君は連邦の正式な職員か」
「お考えの通り連邦はあなたがこのリージョンを統治する事に一切関知しないでしょう。もちろん連邦出張所との友好関係を保つという条件の下でだけど」
「その通りさ。私は連邦を敵に回すような愚か者ではない」
「そしてもう一つ、ここにいるくれない文月、あたしの弟が言っている事も事実。この子の能力は全銀河が必要としています。申し訳ないけどこの星に留め置かれる訳にはいかないのよ」
「正式な連邦の人間がそう言うのであれば仕方ないな。しかし惜しい人材だ」
「慧眼ね、大統領――いい機会だからあたしたち兄妹やおじいちゃんに下手なちょっかい出さないように教えとくわ。耳を貸して」

 ヘキが相手の耳に顔を近付け、二言、三言、言葉を囁くと、ディック・ドダラスの顔色はみるみる青ざめていった。
「わかったでしょ。こっちだって卑怯な手に出ようと思えば出られるのよ」

 
「さ、くれない。行くわよ」
 ヘキは俯いたままのドダラスからくれないに視線を移して言った。
「行くって?」
「次のリージョンに決まってるでしょ。Aは大統領にお任せすればいいわよ。ね、大統領」
「あ、ああ」
「快い返事がもらえて何よりだわ。じゃあ大統領、お父様を大切にね」

 
 タウンホールから野次馬でごった返す広場に出た所でくれないがヘキに尋ねた。
「ねえ、ヘキ。ドダラスさんに何を言ったの?」
「内緒だよ。それよりあんたはどこに行くつもり。あたしとむらさきはパシフィックかアトランティック、海の方に行こうと思ってんだけど」
「うん、ボクも行く」
「じゃあロクに来てもらわなきゃ」
「私が呼びますわ」

 むらさきはそう言って、ヘキとくれないから少し距離を取った。

 何だかんだ言っても兄妹はいいものです

 それにしてもこの星の救われない魂の多い事、浄化の旅はいつまで続くのでしょうか?

 

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 Story 3 欲すは力

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