目次
3 太古の邪悪
湖の南に茶々を除く八人の兄妹とセキの連れているヌエが集まった。
魔王は相変わらず湖を見つめたままで振り返ろうとしなかった。
「ご苦労だったな。残すは北にいる男だけだ――攻め入る前に一つ聞きたい事がある。モミチハは健勝であったか?」
他の兄妹が首を傾げる中、セキが答えた。
「モミチハさんはいなかった。コザサさん、僕らのおばさんが山の当主だった」
「そうか。コザサがな――では参るとするか」
テムジンと沙虎、山猪は馬で東から回り、魔王と兄妹たちは湖の上を飛んで北に直行した。
「ねえ、ヌエ。あの魔王は僕らのご先祖に当たるの?」とセキがヌエに尋ねた。
(わからねえな。おれが山を降りた後の話だ)
「本当は知ってるんでしょ?」
(知ってても言わねえよ――ほら、着くぜ)
「お主らは周囲の鉄砲隊を。儂があの男に当たる」
魔王は脇目もふらず、ちょび髭の男に向かっていった。兄妹たちは慌てて後を追い、警護の兵士たちと戦闘に入った。
「貴様、やはり裏切ったな」
ちょび髭の男が目を向いて言った。
「裏切っただと――お主がここに来いと言ったので来た。約束は守ったではないか。その後どうするかは儂の勝手だ」
「どうするつもりだ?」
「知れた事。お主を殺し、儂も元の世界に帰る」
「せっかく蘇ったのに世界の王となりたくはないのか」
「儂にはあのように立派な子孫たちがいる。何の未練もない」
「――それは良かった。と言いたい所だが残念だったな。もう手遅れだ。太古の邪悪な存在は確実に蘇る」
「太古の邪悪?」
「そうだ。長い歴史の中で生み出された憎しみ、恨み、それらが集約された純粋な邪悪、ただひたすらに世界を呪い、食らいつくす存在だ」
「馬鹿げているな」
魔王はそう言って刀を抜いた。
「引導を渡してやろう」
魔王がちょび髭の男に向かい、その胸を刀で突き刺した。
「ぐはあ」
次の瞬間、ちょび髭の男は信じられない行動に出た。魔王にすがりつくように両手を回し、右手に持ったリモコンのスイッチを押した。
激しい爆発音が起こり、兵士たちを倒し終わったばかりの兄妹たちは爆発の起こった場所に急いだ。
魔王はうつ伏せに倒れていて、ぴくりとも動かなかった。ちょび髭の男は下半身が爆発で吹き飛んだのか、上半身だけの姿で、断末魔の叫びを上げながら祭壇に向かってにじり寄っていた。
「……この男たちと私の血……儀式など行わずとも……これで十分だろおおお!」
ようやく湖を回り、到着したテムジンの一団が着くなり叫んだ。
「ご覧下さい。湖の中心を!」
兄妹たちは爆発現場から振り返って湖を見た。
湖の中心に渦が発生してそれがどんどん大きくなっていた。
「何かが――蘇ろうとしています」とむらさきが静かな声で言った。
初めに頭が見えた。泥のような色をしていて毛は見当たらなかった。
次に目のあたりまでが浮かび上がった。光の宿っていない洞のような目だった。
湖全体を覆うほどのあまりにも巨大な口が見えた所でコウが我に返って言った。
「冗談じゃねえ。こんなもん、蘇らせてたまるかよ」
そう言って走り出したコウの後をセキが追った。
二人は湖のほとりで大きくジャンプした。
コウの棒がそれの頭上に振り下ろされた。
少し遅れてセキの『焔の剣』が炎を噴き上げながら、それの頭上に刺さった。
それは大型客船の汽笛のような声を上げて、動きを止め、再び湖の底に沈んでいった。
湖にさっきとは逆回転の渦が起こり、激しい波が陸地を襲った。
しばらくすると湖は静けさを取り戻したが、鳴動の影響で十字だった形の北端が埋まって、T字に変形していた。
コウとセキは兄妹たちの下に戻ったが、誰も何も言わなかった。
西の方から、小太郎に肩を借りた茶々が、荊、葎とともにやってきた。
「――今のは何だったんだ?」
茶々の質問にセキは笑顔で首を傾げた。
「コウ、セキ……強いな」
茶々はそう言ってその場で座り込んだ。
「ふぉっふぉっふぉ」
突然の笑い声にその場の全員が振り返った。やってきたのは大樹老人と順天だった。
「じいさん、どこ行ってたんだよ」とコウが言った。
「終わったようじゃの。まだ世界に魔物は残っておるが大物は片付いたわ。仕上げはわしに任せておくがええ」
「仕上げだあ?」
老人はコウに構わずにすたすたと湖の方に歩いていき、今陸地に変わったばかりの北のほとりの円形の土地の中心あたりに立った。
「ふむ、この辺がええじゃろうなあ。では皆の衆、達者でな」
老人の言葉と共に周囲がまばゆい光に包まれ、光が薄れると老人の姿はなく、代わりに一本の若々しい樹が立ってさわさわと緑の葉を揺らしていた。
「……どうなってんだ」
「老人は」と順天が言った。「元々この星に聖サフィが残していった聖なる種です。この星の最大の危機に老人の姿を取って現れ、私と共にここまで参りました」
「聖なる樹って事は《享楽の星》の?」
「その通りです。あの聖樹と同じ類のもの。この星でもユグドラジルとか世界樹と呼ばれております」
「何のために?」
「最大の危機を乗り越えられればそれこそが最大の好機、連邦に加盟するだけの成熟度をこの星が手にした証拠になります」
「ご覧の通り、この星は今はぼろぼろだぜ。成長って言ってもかなりの時間がかかるぜ」
「コウ、論より証拠。一緒にあの樹に触れてみましょう。さあ、皆様も」
コウは恐る恐る樹に触れた。何とも言えぬ穏やかな気分になり、いつまでも触れていたい、そんな気持ちにさせてくれた。
「コウ」と順天が言った。「今、あなたが触れた事によってこの樹もまた成長し、繁栄の半径がおよそ五メートル広がりました。世界中の全ての人々がこの樹に触れた時、この星は聖樹の庇護の下で繁栄の時を迎えるでしょう」
兄妹たちも樹に触れた。次いで荊と葎、テムジン達も皆、樹に触れ、皆、幸福な気分に包まれた。
「おそらくその方の持つ力によって広がる繁栄の範囲は五十センチの場合もあれば五メートルの場合もあるでしょう」と順天が説明を付け加えた。
「この樹は我らが責任を持ってお守りいたします」とテムジンが胸を張り、順天は笑顔で答えた。
兄弟たちは魔王の亡骸の下に戻った。小太郎は魔王の亡骸に手を合わせていた。
「小太郎さん」と言って茶々は頭を下げた。「オレに修行をつけてくれませんか?」
「……儂とて、いつまでこの世界にいるかはわからぬが、その間だけという条件で良いなら」
「ありがとうございます――負けらんねえからな、コウやセキに」
茶々がぽつりと言うと、コウとセキを除く兄妹全員が黙って頷いた。
「こっちも片付いたぞ」
声のした方を全員で振り返るとそこにはケイジが立っていた。
「片付いたって?」
「ロロだ。必ず結果を見届けにくると思い、この近くで斬り捨てた」
「あの邪悪なもんを蘇らせたかったんなら石に頼めば良かったのにな。まだるっこしい事しやがって」
「さあ、あいつなりに他人には言えない様々な思いを抱えていたのだろう。今となっては知る由もないが」
「アンビスの解体は?」とハクが尋ねた。
「ウエストは終わった。ドダラスの支配する地域と大洋はそのままだが、放っておこう」
「ケイジが乗り込めば一瞬だろうに」
コクが言い、皆が笑った。