7.2. Story 10 約束の地

2 決着

「なあ、じいさん。本当にここでいいのか」
 馬に跨ったコウがテムジンの仕立てた馬車の箱にちょこんと座る大樹老人に尋ねた。
「ああ、そうじゃ」
「何もないぜ。兄妹たちの姿も見えねえし」
「セキはもう来ておる。他の兄妹たちは移動に手間取っておるだけじゃ」

 コウがテムジンの兵士たちと一気に高原へと駆け上がり、湖の東側に近付いた時、前方の草むらから一団の兵士たちが現れた。
「むっ、異国の兵士」
 テムジンが馬を一旦止めさせた。

 
「ロク、きっとここだ。見ろよ。湖の形があの紋章と同じだ」
「ああ、そうだね」
 ベルリンを出発したロクのポッドはものの三分ほどでチベット上空に着いた。

「ここで降りる」
「えっ、茶々、ちょっと待て」
 茶々はロクの制止を振り切ってポッドから飛び降り、湖の西側に着地した。
「しょうがないなあ」
 ロクは地上から小さく手を振った茶々を見て、猛スピードでベルリンに引き返していった。

 地上に降りた茶々は周囲の気配に身を固くした。
「あの野郎、このあたりにいるな。待ってろよ」

 
 東での戦闘が始まった。テムジン率いる騎馬隊は古代ローマ兵士たちを苦もなく蹴散らしていったが、突然に銃声が響くと驚いた馬は棒立ちになり、動かなくなった。
「くそっ、火砲か」とテムジンが言った。

「おれに任せとけ」
 コウは銃声のした地点に飛び込んだ。沙虎と山猪も馬を下り、突進した。
「兄貴、助太刀しやすぜ」
 コウは棒を振り回し、立ち上がって逃げようとする兵士を棒で突いた。

 五分ほどで湖の東には静寂が訪れた。
「ほっほっほ、コウ。敵はあそこ、あの逃げようとしている男じゃ」
 老人が声をかけ、コウは北に向かって逃げる金髪の男を見た。太っているせいか、左右によたよたしていた。

「ほい来た」
 コウはあっという間に男に追いつき、男の頭上目がけて棒を振り下ろした。男は奇妙な声を上げるとその場でカエルのように大の字に倒れ、それきり動かなくなった。
「じいさん、次は北か南か?」
「そうじゃな。南にセキが来とるからそちらに合流するがいい」
「するがいいって。じいさんは一緒に来ないのかよ」
「わしと順天は北に行くわ。テムジン、沙虎と山猪、わしらの護衛は任せたぞい」

 
 湖の西では茶々と大柄な男が再び向かい合った。
「しつこい小僧だ」
「お前を仕留めるまでは何度だって現れてやるさ」
「ふふふ、術の前では手も足も出ないくせに強気だな」
 大柄な男は一歩前に踏み出そうとして何かに躓いて転びそうになった。
「……何だ」
 二人の男が離れた場所で立ち上がった。
「――荊、葎」
「茶々様」と荊が言った。「この男は我々にとっても憎き仇。仲間を殺された恨みは晴らさせてもらいます」
「……こしゃくな」
 危うく地面に手を着きそうになった大柄な男が体勢を立て直した所に葎が何かを投げつけた。
「ソーン・ボール!」
 大柄な男は両腕の自由を奪われ、その場でもがいた。
「茶々様、今のうちに止めを」
「くぅわぁあーー!」
 大柄な男の口から凄まじい声が発せられ、荊と葎の拘束を力づくで打ち破った。
「こいつは確かに化け物だ」
 茶々は短剣を手にしたまま、ぺろっと舌で唇をなめた。

 
 湖の北ではちょび髭の男が兵士から状況報告を受けていた。
「思ったより早いな」
「はっ、東ではすでに皇帝がお倒れになられました。西でも司祭が敵と対峙中。援軍を向けますか?」
「よい」
「はっ?」
「誰にも期待などしていない。最後は私一人の力で成し遂げてみせる。後の男たちはそのための生贄、いや、もうすでに一度死んでいるのか」
 ちょび髭の男は自分の言った事がよほど面白かったのか、いつまでも笑っていた。

 仕方なく報告の兵士もつられて笑うと、ちょび髭の男はじろっと兵士を睨み付けた。
「南の方に動きはあったか?」
「いえ、特に動きは」
「兵を進めておけ。逆らったら皆殺しで構わん」

 
 西では相変わらず魔王がセキに背を向けたまま湖を見つめていた。
「さっき一瞬だけロクのポッドが見えて、誰か飛び降りたんだけどなあ。見に行ってこようかな」
 セキが独り言を言うと、魔王は振り向かずに答えた。
「セキ、言ったであろう。間もなく皆来ると――それよりも待っている間にあの鉄砲隊を片づけておいた方がいいのではないか?」

 魔王の言葉通り、間者の気配とは違う別の集団がこちらに迫ってくるようだった。
「そうだね。それじゃあ――」

「おーい、セキ」
 北東の方角からコウが雄叫びを上げ敵を蹴散らしながらこちらに向かっているのが見えた。
「あっ、コウだ――じゃあヌエ、僕らも動こう」
 セキはヌエに跨って北西に向かった。

 
 茶々の息は上がっていた。何度か荊と葎が相手の動きを止め、茶々が止めを刺そうと試みたが、その度に大柄な男は気合を発して拘束を打ち破った。
 相手も相当疲労しているはずだった。その証拠に大柄な男が発する怪しい術の切れ味が以前より鈍って、どうにか回避できるようになっていた。

 後は決め手だ、セキやコウのような力が――

 その時、突然に背後の草むらが動いた。
 素早い動きが大柄な男の背後から駆け抜け、男は一瞬怯んだ。
「今だ」
 茶々は飛び込んで相手の首筋に短剣を突き立てた。
 手ごたえがあったが、大柄な男は首から血を噴き出しながらにやにやと笑っていた。

「こいつ……本当の化物だ」
 茶々が唖然としていると、再び何かが大柄な男の脇を駆け抜け、男はバランスを崩した。
 茶々は再び男の首筋を狙い、男の首からは大量の血が噴き出した。

 更に謎の存在と茶々の何度かの攻撃によって、大柄な男はようやく地面に手を着いた。
「これで最期だな」
 茶々が首筋目掛けて飛び込み、大柄な男は朽木のように倒れた。

 
「オレを助けてくれたのは誰だ?」
 茶々は肩で息をしながら、助太刀の存在に声をかけた。
「『風魔の小太郎』と申す者」

 
 連邦の中型シップが上空に現れ、湖の南に残りの兄妹たち六人が降り立った。
 コクが北西から戻ったセキを見つけて声をかけた。
「他の連中は?」
「コウは北東、茶々は湖の西の方に降りたみたいだよ」
「よし、コウと茶々を援護しよう」
 五人の兄妹が東西に散開した後で、湖を見つめ背中を向けたままの魔王がその場に残ったむらさきに告げた。
「お主ら兄妹は仲が良いな」

 
 湖の北ではちょび髭の男が報告を受け、にやりと笑っていた。
「二人まで倒されたか。やはり私一人でやるしかないな。多くの血が流れれば流れるほど復活は確実なものとなる」

 

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