7.1. Story 7 最高機密

2 砂漠の雷鳴

 

潜入

「茶々、どうだ?」とハクが尋ねると茶々、それに影のように付きそう荊、葎が揃って首を横に振った。
「蟻の這い出る隙間もないね。さすがにここに押し入るとなると」と茶々は言ってからリチャードをちらりと見た。「連邦の看板を背負ってても色々まずいんじゃねえの」
「だが正面からしか手段はない」とリチャードが言った。

 リチャードの隣には着流し姿のケイジもいて、ヘキは複雑な面持ちでその姿を見ていた。

 
「おい、ヘキ。聞いてるのか」
 ヘキはコクに声をかけられ、我に返った。
「ああ、大丈夫。で、どうするの?」
「今ケイジが言ってたろ。『自然』で忍び込むが、それとは別の手段で施設内を混乱に陥れてほしいって。その手筈を考えるんじゃないか」
「オレも潜入組に入る」と茶々が言った。
「うん、それがいいね」とハクが微笑んだ。「では私とコクで雷を落し、建物の電源を落とそう。人が出てきたらセキの重力制御とコウの『砂塵剣』で足止めして、リチャード、ヘキ、ロク、くれないでその隙に内部に潜入して欲しい」

 
 全員で行動を確認した後、リチャードが口を開いた。
「深夜まではまだ時間がある。それまでは各自自由に過ごせばいい――ケイジ、私はある場所へ行ってみるつもりだが、一緒にどうだ?」
「……大方の予想はつくが、いいだろう。付き合うぞ」
 
 
 リチャードとケイジが向かったのはエリア51から東に行った所、アリゾナの砂漠だった。
「あれがディエムか」
 ケイジが言うとリチャードは頷いた。
「近くで見るのは初めてだ」

 二人は砂漠にぽつんと浮かぶディエムに近付いた。
 間近で見るディエムは不思議な形状をしていた。
 空中に高さ五十メートルほどの薄緑色の柱が浮かんでいるのだが、エッシャーの騙し絵のように現実には存在しない奇妙な捻じれ方をしていた。
 辺りに人はいなかったが、目の前のオブジェに触れようという気にはなれなかった。たとえ手を伸ばした所で触れる事は叶わなかっただろう。

「知っているか、リチャード。この『荒野のディエム』とヨーロッパの『巡礼のディエム』以外は辿り着くのすら困難な場所にある。そこでこの星の人々は手っ取り早くここを含めた二箇所を取り囲む祈りの場所を建造しようとした」
「にしては荒野にそのまま放置されているぞ」
「建造に取り掛かると知らぬ間に破壊されるのだそうだ。ディエムの狂信者たちは『これこそ神の怒りだ』と言って更に熱狂し、いつしかここに何かを建てようという声は聞かれなくなった」
「観察の邪魔をするなというArhatsの忠告か」
「さあ、わからんな」
「てっきり私と同じ考えだと予想していたが」
「どういう意味だ?」

「ディエムがこの星に出現したのはいつだ?」
「この星で言う1970年だ」
「よく覚えているな」
「リンとその父が博覧会に出かけ、父が行方不明になった」
「……やはりそうか」
「何が言いたい。ディエムもリンの仕業だと言うのか。リンはその時まだ7歳だぞ」
「――ただの邪推だ。が、他にうまい理由も考え付かない」
「ではあいつの仕業という事にしておくか。今回の旅はリンの思い出を辿っているようなものかもしれんな」

 
 日が落ち、月も雲に隠れていた。ケイジと茶々、荊、葎が出発した。
「じゃあな、アニキたち。目一杯暴れようぜ」
 茶々は鼻歌交じりで出かけていった。
「ではこちらも始めようか」
 ハクが言い、コクが頷いた。二人は少し距離を取って向かい合い、少し隙間を空けて互いの両の掌を合わせた。
「いくぞ、コク」
「ああ」
「『雷』!」
「『電』!」
 二人の掌の間に激しい光が起こり、その光が稲妻となって一キロほど先の基地に落ちた。
「もう一丁いくぞ」
「おお」
 さらに数発の雷が基地内の各所に落ちると茶々からヴィジョンが入った。
「いい感じだぜ。基地内は大パニックだ。アニキたちも早くこいよ」
「ああ、そうする。血なまぐさい事に取りかかる前に非常電源と通信機能の破壊をよろしく頼む」
「わかってるって。じゃあな」
 ヴィジョンを切ってハクが言った。
「私たちも乗り込もう」

 
 茶々の言った通り、基地は大混乱に陥っていた。落雷が原因だと思っているのか、ケイジと茶々によって破壊された電源と通信機能の復旧に人が走り回っていた。
 リチャードを先頭に兄弟たちは易々と基地のゲートのセキュリティを通過した。途中で出会う人間はリチャードとセキが容赦なく壁まで弾き飛ばして進んだ。
 再び茶々からヴィジョンが入った。
「見つけたぜ。ストコン部屋を。ケイジがあらかた倒したから安心してこっちまで来てくれよ」
 ヴィジョンが切れると荊がリチャード一行を迎えにきた。

 
 そこは異様に広い空間だったが、電源が落ちていたため暗闇の中を手探りで進むしかなかった。
「ここは?」とコウが尋ねた。
「これまでの他の星の存在とのコンタクトの歴史、そしてその時々の遺物を保管しているみたいだ。ほら、ポッドやソーサーが飾ってある」
 ロクが言う先には、ぼんやりとだがUFOらしきものが何機か見えた。
「こんな場所にロロがいるの?」とくれないが尋ねるとケイジが答えた。
「間違いない。慎重に進め。見落としがあってはならない」

 

ロロ

 リチャード、ケイジ、そして兄妹たちはとうとう空間の端まで辿り着いた。
「茶々、何かわかるか?」とコクが尋ねると茶々は「しっ」と指を口に当てた。
「――微かに鼓動が聞こえる。ここにいるオレたちとは違う……こっちだ」
 茶々は壁を触って確かめていたが、やがてある一点で動きを止めた。
「この奥だ。いるぜ、いるぜ」
「私が開けよう」
 ケイジが前に進み出て、壁と正対した。次の瞬間、壁が真っ二つに割れ、先に続く通路が見えた。
「何、今の。見えなかった」
 驚愕するヘキを尻目にケイジは平然と裂け目の中に入っていった。

 
 そこも博物館の展示室のような場所だった。
 ケイジは部屋の端で黙って立ち止まり、兄妹たちが展示室を見て回った。
「おい、見ろよ。ミイラだぜ」とコウが声を上げた。
「ああ、ずいぶん前にこの星で宇宙人のミイラって話題になったらしいよ。本当にあったんだな」とハクが言った。
「どこの星から来たんだろうなあ」
「この容姿を見てもわからないな。銀河は広いし、銀河の外からの来訪者かもしれない」

 宇宙人のミイラ、通称『グレイ』の前で話す二人は次の展示に移った。兄弟で手分けして探したが何も見つからなかった。
「茶々、本当に鼓動が聞こえたのか?」とロクが言った。
「ああ、確かに――今もこの部屋で聞こえてるよ」

 部屋の入口にいたケイジがつかつかとグレイの前に進み出た。
「お前がロロだな――」
 すると横たわっていたミイラは信じられない速さで起き上がり、部屋の奥まで飛び退いた。
「なっ」
 兄弟たちが慌てて駆け寄ろうとするとグレイは奇妙な金属音のような声を上げた。
「そこを動くな。近寄ればこれを発動させる」
 その手には鶏の卵を一回り大きくしたくらいの漆黒の石が握られていた。

 
「ロロか?」
 リチャードが今にも飛びかかりそうな兄弟たちを止めて尋ねた。
「如何にも。ここは地上で最も安全な隠れ場所だが、君らのような特殊な能力を持った野蛮人にかかれば脆いものだ」
「メリッサ皇女の石は連邦が保管しているぞ」
「残念だった。万が一この石で失敗をしても、皇女の持つ” Sands of Time ”で時間を戻してしまえば、何度でもやり直せたのに」
「まるで創造主だな」
「当り前だ。創造主の力を二つも手に入れたなら、世界を支配したも同然だ」

 
「その石をどこで手に入れた?」
「特別に教えよう。この場にいる何人がご存じかは知らんが、かつてこの星であってはならない兵器が使用された事があった。そう、《愚者の星》のように。多くの人が無残な状態で命を散らしたその廃墟にまるで漆黒の花が咲いたようにこの石が埋まっていた。さしずめ創造主ワンデライの涙とでも言えばいいのかな」
「その石を手にした時はジム・ドダラスも一緒だったか?」とケイジが静かに言った。
「日本に行ったのはジムと同じ時期だ。あの頃はまだ二人とも人間の姿を保つ事ができたのだ。彼が東京で戦後処理に携わっている間に、私一人が廃墟を歩き回り、とうとう探し当てた」

 
「ワンデライの力とは?」
 リチャードの質問にロロは奇妙なひきつった表情を見せた。
「失礼。今のは笑ったのだ。この石の力を知りたいか。知れば後戻りはできないぞ。それでもいいのか」
「単なる脅しかもしれないぞ」
「さすがは七武神だ。肝が据わっている。この石の名は” Resurrection ”、復活の石だ」
「復活?『死者の国』から魂を呼び寄せるのか?」
「ワンデライはそういう気持ちで石を残したのだろう。だがこの石を使って、私の頭に浮かぶありとあらゆる邪悪な魔を蘇らせたらどうなると思う?」
「狂ってるな。そんな事をして何のメリットがある?」

 
「だったらじっくりと説明して差し上げよう。何、そんなに慌てなくてもよい。この基地の機能は当分復旧しないし、人がやってくる事もない」
「どういう意味だ?」
「電源を落としたり、色々と小細工を弄して侵入したようだが、君たちが来るのは予想済み。もしも来た場合は丁重におもてなしするつもりだったのだ」
「ニューヨーク沖の小島の怪物の一件でこちらの動きを知ったのか?」

「サイクロプスか。いや、そんな最近の事ではない。もっとずっと前にプロジェクトはスタートしていた」
「プロジェクト?」
「そう――

 

【ロロの独白】

 廃墟で見つけた石を携えた私は帰りの機中でジムに相談したが、彼の反応はそっけなかった。
 その後、二人とも人間の姿を保てなくなったため、地下で隠遁生活に入った。
 ジムは大好きなニューヨークで静かに暮らすようだったが、私は違った。
 『この石を使って何かを成し遂げる時に、それを安全に観察できる場所で暮らしたい』
 悩んでいると、思いがけない人間がその夢を実現してくれた。

 そう、ジムの倅、ディックだ。当時は政府の組織で働き始めたばかりだった。
 彼は石の力は信じていなかったようだが、私、そしてアンビスに興味があったのだろう、西海岸にある静かな隠れ家を私にあてがってくれた。

 しばらく静かな時が流れた。
 そうして二十年前にあの大騒ぎが起こった。ここにいる青年たちの父親が主人公なのだから知らない訳がないな。
 その一件で私の中の何かが再び目覚めた。
 『そろそろ動き出す時ではないか』

 私は再びディックに連絡を取った。
 政府の要職に就いていた彼は私にこの場所を用意し、私はプロジェクトを開始した。
 初めに試したのは、子供の頃に飼っていた猫の復活だった。
 石を手に取り、『リザレクション』と唱える、使用方法については石から勝手に語りかけてくれるので問題なかった。
 私は愛猫ヴェンチュラが昔と全く変わらぬ様子で蘇ったのを見て歓喜した。

 そして次に軍人だった頃に話題になっていたグレムリンと呼ばれる小鬼を復活させようと考えた。
 実在が証明されない、極端な話、架空の存在であっても頭の中に思い浮かべれば復活するのか、結果は成功だった。
 君たちも大西洋の小島でサイクロプスに出くわしただろう。
 私はまさしく創造主の力を手に入れたのだ。

  
 だが十数年前に突然、君たちの父親、リン文月がここのすぐ近くまでやってきた時に悟った。
 『いずれ何者かがこの場所を訪れ、全てを白日の下に晒そうとする。その時までに準備を終えておかないと手遅れになる』

 それからの私は以前にもましてプロジェクトに没頭した。
 伝説や架空の存在を復活させるのには限界があった。
 やはり実在の人物、それも歴史に多大な爪痕を残した者たちをこぞってこの世に召喚しなくては。

 君たちの誰かがジムと接触したのを知って、私はいよいよその時が近いのを知った。
 そして大西洋の小島の一件……私の予想と一週間と違わず君たちはここに来た。
 その時にはこの基地は人払いされるように手は回しておいたが、そんな真似をせずとも誰も戻ってこられないかもしれない…… 

 
 

「なるほど」とリチャードが口を開いた。「お前が創造主気取りの危険な人物なのはよくわかった。その力を使って何を企む?」
「おや、リチャード・センテニア。君も同じ考えだと思っていたが」
「蘇らせる者による」とケイジが言った。「これまでのお主の言動から察するに、冗談では済まぬ存在を呼び戻そうとしている」
「……剣士ケイジ。お噂はかねがね伺っていたが、このようにお会いできて光栄だ。異形同士、仲良くやろうではないか」
「……」
「どうやら嫌われているようだ。まあ、いい。実はね、私にはどうしても確かめたい事がある。その男が成し遂げたかった事をやらせてみたいと思っている。それが冗談で済まぬ存在かどうかは私の知った所ではない」

「危険な臭いがするな」とリチャードが言った。「で、その目的の人物はもう蘇らせたのか?」
「今日この時まで取っておいたに決まっているではないか。最後の仕上げさ。これから石の力を出し尽くす」
「何だそれは?」
「創造主の石の使用には二通りある。普通は頭の中に復活させたい者のイメージを思い描きながら『リザレクション』と唱える、これは『行使』で石のパワーは数日で元に戻る。だが今から行うのは私の深層心理にまで潜り込み、ありとあらゆる存在を復活させる『開放』と呼ばれるものだ。一度『開放』を行えば石は力を全て出し尽くし、何の役にも立たないただの石ころに変わってしまう」

「これは力ずくで奪い取らないといけないな」
 ケイジが腰を落として構えを取ろうとした。
「その前に『開放』する。そんなリスクを冒せるか?」
「わかった。ではお前の命は保証するという条件でどうだ?」
「君たちを信用した訳ではないんだよ――『リザレクション』」

 
 ようやく暗闇に慣れた一行は再び漆黒の闇に包まれた。周囲が明るくなるとそこには炎を纏った双頭の獣が涎を垂らしながら一行を見下ろしていた。
「地獄の番犬、ケルベロスだ。伝説だろうと現実だろうと関係なく復活させる、ワンデライの力恐るべしだ」と姿の見えないロロの得意気な声が響いた。「さて、私は行かせてもらうよ。君たちはせいぜいケルベロスとじゃれ合ってくれたまえ」
「待て、ロロ」
「ああ、忘れる所だった」
 ケルベロスの背後に二、三人の護衛を連れたロロが再び姿を現した。

 
「最後の仕上げをしないとね。この星が新しい物に生まれ変わるか、それとも滅びるのか、楽しみじゃないか。『リザレクション』!」
 一度目と違いロロは叫び声と共に勢いよく石を地上に叩きつけた。石はそのままころころと転がり、コクの目の前にやってきた。
 コクは急いで石を拾い上げたが、漆黒だった石は灰色に変わっていた。
「『開放』……創造主の力を全部使いやがった」

 
「コク、今はこの化物を――」とヘキが叫んだ。
「皆、いくぞ」
 リチャードは『竜鱗の剣』を抜き、セキも『鎮山の剣』を抜いた。
 炎をまき散らしながら向かってくるケルベロスに一太刀、二太刀、最後はケイジの居合でケルベロスは動かなくなった。

 
「急がないと――」
 ロクが言ったが、ハクがそれを押し止めた。
「いや、ロロも逃げたし、彼の言葉通りこの基地に人が戻ってくる気配もない。ここは慌てて行動せずに最後の『リザレクション』で何が起こったか、それを確かめるのが先決だ」
「そうだね。とにかく外に出よう」

 

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