目次
3 暗殺者
手練れの技
同じ頃、アメリカの西海岸にあるマリブビーチ近くにある高級別荘地で数人の男たちがもめていた。
「だからオレ一人で大丈夫だって」
一番若そうな黒髪を立たせた男が言うと周りにいる三人の男が慌てた。
「しかし若。本日は若の初陣の日でございますぞ。万全を期さないと――」
「もういいよ。蔵(ぞう)は忙しいんだろ」
「確かに英も日本に戻りましたし、この広い国土を数人でカバーするのは――」
「だから持ち場に戻れって。オレを信用してないのか?」
「そんな事はございませんが、もしもの事があれば御館様に顔向けができません」と言ってから蔵は黙っている二人の青年に向かって言った。「仕方ない。私は戻る。荊(いばら)、葎(むぐら)、若をよろしく頼むぞ」
頭を下げる二人を残して蔵は夜の闇に消えた。
「ったく。心配性だよなあ」
「若。蔵様はご心配なさっているのですよ」と荊と呼ばれた細身の青年が言った。
「その若って言い方止めろよ。ガキの頃から一緒に育ってきたんだ。いつもみたいに茶々って呼べよ」
「しかしこれからは外に出る訳ですからけじめをつけませんと」と葎と呼ばれた少し体格の良い青年が言った。
荊と葎は顔立ちが良く似ていた。
「三人でいる時は関係ないだろ。さあ、とっとと終わらせてリチャードたちと合流しようぜ。オレは早いとこ兄貴たちに会いたいんだよ」
それだけ言うと茶々は目当ての別荘に向かって走り出し、荊と葎が慌てて後を追った。
別荘は厳重な警護の下にあったが、茶々たちは闇に乗じて楽々と邸内に忍び込み、灯りの続く歩道を避け、木立の中を進んだ。
しばらく進むとブルーの灯りに照らされたプールがあり、そこから先が屋敷だった。
三人は大きなガラス窓に体を押し付け、中の様子を覗った。
荊が指を五本出し、葎は頷いてから屋根にするすると登った。
茶々が窓をこつこつと叩くと、プールに面したガラス窓が開けられ、屈強なスーツ姿の男が様子を見に現れた。
木陰に潜んでいた荊が「ソーン・グラウンド」と叫ぶと、男は何かに足を取られたように前のめりに倒れた。
闇から飛び出した茶々が倒れた男に馬乗りになり、一瞬で男の喉元を掻き切り、茶々と荊は開けっ放しの窓から室内に侵入した。
室内では外の騒ぎに勘付いた二人の男がこちらに向かってきたが、突然にその姿勢のままで、操り人形のように天井から吊るされて身動きが取れなくなった。
茶々は易々と二人の喉元に刃渡りの短い剣を押し当てて止めを刺した。
「あと二人だな。親玉はオレ一人で仕留めるから手出しすんなよ」
天井から降りて荊と合流した葎は茶々の言葉に困ったような表情を見せた。
廊下を進むとドアの前で大男が仁王立ちしていた。
茶々は一早く男に近付き、自分の倍以上もありそうな男の目の前で不意に姿を消した。男がぎょっとする一瞬の間に茶々は男の首を掻き切り、音もなく着地した。
実際には体を低くしたまま、廊下の壁に向かってジャンプをして男の視界からはずれ、壁の反動を使った三角蹴りの要領で動いただけだった。
それを猛烈な速さで行ったために消えたように見えたという、抜群の運動神経が為せる業だった。
茶々が残り一人と指を立ててから、ドアを開け中に入った。荊と葎もそれに続き、すぐに外に出た。
「よし、戻るぞ」
茶々の顔は晴れ晴れとしていた。
消えたシップ
大西洋の小島にいたリチャードと兄弟たちはロクの帰還を待った。
やがて上空に小さな点が見え、ポッド型のシップが現れた。
「どうだった?」
ポッドから降りたロクにリチャードが尋ねると、ロクは頭を振った。
「逃げられた。バトルシップだったら追い付けたかもしれないけど」
「マーチャントシップ相手なんだからいい勝負だったんじゃないのか?」
「いい線まではいったんだ。でも向こうは『マグネティカ』の越え方を知っていた。《密林の星》の近くで見失ったよ」
「《密林の星》か。いかにも怪しいな」とリチャードが言った。
「今すぐに行くかい?」とロクが聞き返した。
「いや、今はこの星が先決だ」
リチャードは島で起こった異変を説明した。聞いていたロクはため息をつき、言った。
「これも石の力かもしれないね」
リチャードたちが連邦府の建物に戻ると茶々たちが先に着いていた。
「よぉ、アニキたち。そっちはどうだった?」
「どうだったって、お前はどこで何してたんだ?」とコクが尋ねた。
「リチャードに言われてさ。西の方に行ってた」
「で、首尾は?」とリチャードが尋ねた。
「しくじる訳ないさ。オレは兄妹の中で唯一人の生まれついての暗殺者だぜ」
茶々は嬉しそうに笑いながら、兄弟たちの顔を見回したが途中で動きを止めた。
「前言撤回。もう一人いた――セキ、いつの間に?」
セキが曖昧に笑うのを見てリチャードが言った。
「安心しろ、茶々。皆、すぐにお前やセキと同じ顔付きに変わる」
連邦府の建物内のカフェテリアで話は続いた。
「リチャード、これからどうするんだい?」とハクが尋ねた。
「茶々がペスライルを仕留めたのでもう一息だ。デンマーはおそらくこの星を抜け出しているだろうから放っておく。後はヘキの話にあったロロという人物だ」
「ん、ドダラスは放置か?」
「一国の大統領だ。デンマーのようなバカげた真似はしない」
「ロロというのは?」とロクが尋ねた。
「この国の『アンビス』のもう一人のトップらしい」
「すごいセキュリティで守られてるってハーミットが言ってたよ」とセキが付け加えた。
「しかも厄介な事にメリッサ皇女と同じように石を保持しているという話だ。そんなものを使われたら大変な事になる」
「メリッサの石……」
ロクが話を続けた。
「彼女のは創造主エニクの力を封じた石で” Sands of Time ”という名らしい。名前の通りであれば時を戻してしまうという恐ろしい力だ。ロロの持つ石はどの創造主のものなんだろう?」
「さあ、どのArhatsにせよ危険極まりない。一介の人間が扱ってはいけないものだ」
「で、ロロはどこにいるのか見当が付いてるのか?」
「今、『草』が調査に当たっているが、ハーミットの時も相当苦労した。恐らくわからないままだ」
「手がかりはねえのかな――」
コウは途中まで言いかけて、一人の人物がカフェテリアに入ってくるのに気付いた。
「おお、くれないじゃねえか。遅かったな」
九人の兄妹
カフェに現れたくれないの姿を見てその場の全員が声を失くした。
「お前、何だその恰好?」とコクがようやく口を開いた。
「うふっ、可愛いでしょ」
くれないはミニスカートの裾を手に持ってくるりと回ってみせたが、セキは他の兄弟とは違う意味で言葉を失っていた。
「……くれない。その恰好」
「ああ、セキ。もえに選んでもらったんだ。たまには連絡してあげなきゃだめだよ」
「会ったの?」
「うん。渋谷で。可愛い娘が可愛い格好してたから真似したくてボクから声かけた。そしたらセキのガールフレンドだったって話」
「その恰好の事、何か言ってなかった?」
「うん。学校の制服だってさ」
くれないは女子校の制服姿でポーズを取った。白シャツに濃いベージュのカーディガン、グレイのミニスカートに白いルーズソックスを履いていた。
「あのね、くれない――」
ハクが何か言いかけたのをヘキが遮って喋り出した。
「あたしが言うわ。あんた、真面目にやる気あんの。末っ子だからって特別扱いしないからね――」
今度はリチャードがヘキを遮った。
「いいんじゃないか。これがくれないのスタイルなんだろう」
「さっすが、リチャードおじさま。よくわかってる」
ヘキがまた何か言おうとするのをリチャードは止めた。
「これでむらさき以外の八人が揃った。どれ、むらさきも呼ぶか」
リチャードはヴィジョンでむらさきを呼び出した。
空間に現れたむらさきは母のミミィによく似た顔立ちの黒目が印象的な物静かな女性だった。
「皆さん、お揃いで。ご無沙汰してます」
「むらさき、こちらに来る予定は?」とロクが尋ねた。
「ええ、とりあえず泉さんは小康状態を保たれていますので」と言ってからセキに呼びかけた。「セキ、もえさんが来る事は聞きました?」
「うん、来月からって」
「そこでもえさんに色々と引き継ぎをしてからそちらに伺います」
「わかった。そのままで聞いてくれ」
リチャードはヴィジョンを繋いだまま、話し出した。
「アンビスのトップ、ロロがどこにいるか。いくつか候補が考えられる。例えば国防総省、ここのセキュリティは非常に高い。後は民間の巨大企業に守られている場合もありうる。いずれにせよ、行ってハズレというのは許されない。確実にロロの行方を特定して仕留めたい」
「混乱を最小限に食い止めようという事だね」とハクが言い、リチャードは頷いた。
「ハーミットにもう一度会ってみるか」とコウが言った。
「止めておけ」とリチャードが言った。「これ以上ハーミットに接触して息子のドダラス大統領を刺激しない方がいい」
「ケイジなら何か知ってるかな?」とセキが呟いた。
「一旦、日本に戻るか」
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