7.1. Story 6 ブルーバナー

2 異形の島

 

強襲

 ニューヨーク沖上空に浮かぶ連邦府の建物のカフェにハク、コク、ヘキ、コウ、セキの五人が集まった。
「水臭いよな。おれとセキは何も知らされてなかったぞ」とコウが口をとがらせた。
「コウとセキはまだ連邦で正式に働いていないから仕方なかったんだ」とハクが優しい口調で言った。「だが今回の働きで連邦の中核として立派にやっていける事を証明した。良かったじゃないか」
「ちぇっ、ハクに言われると怒る気にならねえ」
「それにしてもロクが戻ってくれば、後はむらさき、茶々、くれない。久々に九人揃うな」とコクが言った。
「くれない、あのバカは勘定に入れなくていいわよ」
 ヘキが怒ったように言うとハクが肩をすくめた。
「どうもヘキはくれないに厳しいね」
「だってとっくに《花の星》を出発したってママが言ってたのよ。どうせどこかで引っかかってるの。『可愛いお洋服、欲しい』とか言いながら」
「きっとちゃんと働いてくれるよ。私だってのんびり屋のセキが心配でならなかったが、こうして立派に機能しているじゃないか」とハクが諭すように言った。
「だといいけど」

 
 そこにリチャードが久しぶりに姿を現した。
「揃ったな。リンの子供たち」
「まだ全員じゃないけどな。むらさきと茶々とくれないがいない」
「むらさきには『ネオ』で治療に当たってもらっている」
 リチャードはセキをちらっと見た。
「茶々には今まで会っていた。これからやるべき指示を言い含めた。あいつは『草』次期当主だからな」
「って事はくれないだけか」

「くれないについては」と言ってリチャードは再びセキを見た。「もえからサンタを通して連絡があった。今こちらに向かっているそうだ」
「どうしてもえが?」とセキは驚いて尋ねた。
「知らん。本人に聞いてみろ」

「リチャードは今までどこで何を?」とハクが尋ねた。
「この国のドリーム・フラワーの調査をしていた」
「ブルーバナー社が糸を引いてるのは日本で証明済みだろ?」
「こっちのブルーバナーのペスライル社長に面会を申し込んだが多忙を理由に断られた。日本支社が壊滅したので神経質になっている」
「自分でやったくせに」とヘキが冷やかすとリチャードは首を横に振った。
「あれはデンマーが愚かな真似に出たからだが、とんだ食わせ者だ。高層ビルの屋上から転落したが逃げおおせた」
「お気の毒に。とんでもない英雄に睨まれちまったな」とコウが言い皆が笑った。

 
「話の続きだ。後日、ペスライルに再び面会を申し込もうとしたが『社長は長期出張に出て帰ってこない』、更に受付で粘っていると『警察を呼ぶ』と言われた」
「で、社長の行方は?」とコクが尋ねた。
「『草』の調べでは、自宅は会社のあるヒューストンだが、西海岸にある別荘に籠っている。私営のボディガードが二十四時間がっちりと警護をしていて忍び込むのは難しそうだ」

「リチャード、連邦に圧力は?」とヘキが尋ねた。
「ああ。『善良なる市民の安全を脅かすな』と米国政府から正式に文書が届いた――」
「ドダラス大統領はこの星の人間じゃないんでしょ?」とセキが言った。
「――さすがにリンの子供が六人も揃うと情報が早い。『草』の仕事を奪うなよ」
「ペスライルにお仕置きを据えるのはかなり危険なのか?」
「そんなのを気にしていたら何もできない。出てこないなら引きずり出すまでだ」
「どうやって?」とハクが尋ねた。

「この星の全てのドリーム・フラワーはどこかからニューヨーク沖にある小島に一旦運び込まれ、そこから各地にばら撒かれる。その小島を襲撃する」
「さすが、リチャード。ドリーム・フラワーみてえなクスリを扱う奴らにゃ、話じゃなくて力を使わなきゃ」とコウが大声を上げた。
「コウ、落ち着きなよ」とハクが優しく制した。「でもその小島を潰してもこの星から一時的にドリーム・フラワーを駆逐する事にしかならないよね?」
「ハクの言う通りだ。ここにクスリを運び込むシップをひっ捕らえないと根本的な解決にはならない。だがそれは次の段階だ」
「とりあえず前に進めって事だな。面白いじゃないか」とコクが笑った。「美味しい所をヘキたちに持ってかれてうずうずしてるんだ。一暴れしようぜ」
「あら、それ逆よ」とヘキが言い返した。「美味しい所はコクとロクが持ってったじゃない。こっちはコウが顔腫らしたりして大変だったのよ」
「ヨーウンデの襲撃犯を捕まえてくれたじゃないか。大手柄さ」

 ハクが言うとセキは首を横に振った。
「一番の大物には逃げられたんだ。相討ちになりかけたけど、その人の昔の仲間が出てきて……あ、その人、リチャードに頼まれたって言ってたよ」
「鬼伐か。確かに頼んだが、奴の昔の仲間というと?」
「海樹って女の人」
「なるほど。《古城の星》同窓会か。その内どうにかするが今は放っとけ。ドリーム・フラワーの殲滅に集中だ」

 

おとぎ話の怪物

 連邦の建物を東南に進んだ大西洋上に小さな岩礁が見えた。
 バーミューダ海域に近いその辺りで天候が悪くなり、海は荒れ、雨が飛沫のように降り注いだ。
「あの島だ」とリチャードが説明した。
「とっとと乗り込もうぜ」とコウが気忙しく言った。
「まあ待て。ドリーム・フラワーを積んだシップの到着時に一網打尽にする」
「本当に来るのかよ」
「恐らくな。日本への供給分が完全に失われたので緊急で発注しているはずだが、まだ到着したという知らせが『草』から入っていない」
「わかった――それにしてもひどい天気だな」
「この辺の海域は船や飛行機の事故が多いそうだ」

 
 およそ三十分、沖合で待機した。海はいよいよ荒れ、風雨はますますひどくなったが、その悪天候の中を小島に向かって降下してくる一隻の中型のシップがぼんやりと見えた。
「来た」
「まだだ。着陸して荷を運び出すまで待つんだ」
 シップが着陸して十分後、リチャードは兄弟たちにゴーサインを出した。
 岩だらけの島には建物一つ建っておらず、人っ子一人いなかった。
「地下に続く扉があるはずだ。探す――」

 
 リチャードは我が目を疑い、言葉を止めた。はるか先の暴風の中では異形の生物が蠢いていた。
 兄弟たちもリチャードの見つめる方を向いて息を呑んだ。雨に煙る中、二体の一つ目の巨人がまるでその辺りを警戒するようにうろついていた。
「ねえ、ハク。この星にはあんな生き物がいるの?」
 ヘキが尋ねるとハクは大きく頭を振った。
「まさか――あれはまるで伝説のサイクロプスだ」
「嫌な予感が当たりつつあるな」とリチャードがぼそりと言った。
「リチャード、どういう意味だ?」とコクが尋ねた。
「セキには言ったが、今回の私たちのミッションは短期では終わらない。二十年前を上回る戦いになるかもしれない。お前たちを呼んだのもその予感があったからだ」
「ダディの代わりをおれたち九人で担えって事か?」とコウが尋ねた。
「いや、そうはいかん。『天然拳』は誰にも真似できないし、それに――現時点で使い物になるのはセキだけだ。茶々がどのくらいのものかはわからんがな」
 これを聞いた兄弟たちは一瞬黙り込んだが、すぐにコクが口を開いた。
「セキはそんなに強くなってたか。ちきしょう、俺がケイジに弟子入りしたかったぜ」
 コクの言葉にセキを除いた兄弟たちは皆頷いた。
「確かにセキは強かった」とヘキが言った。「あたしたちがまだ経験していない領域に足を突っ込んでるのがよくわかったよ」
「心配するな。お前たちもすぐにセキのようになる」とリチャードが言った。「それよりもあいつを排除して出入口を探したいものだ。私とセキがあの巨人に当たる。お前らは出入口を探してくれ」

 
 リチャードとセキが先陣を切り、巨人の前に出た。巨人の注意が二人に行った所で残りの兄弟たちが暴風の中に飛び出していった。
「ねえ、リチャード。注意を引くだけじゃなくて倒してもいいんでしょ?」とセキが尋ねた。
「もちろんだ。それに越した事はない。どうせ話の通じる相手ではない」
 セキは『鎮山の剣』を抜いて空に飛び上がった。

 残りの兄弟たちが島の各所に散らばった時、地面に穴が開き、そこからさっき着陸したシップが現れた。
「遅かったか」とリチャードが巨人の攻撃を避けながら言った。
「リチャード」と地上からハクが声をかけた。「ここから中に入れるみたいだが、シップの方は?」
「安心しろ。ロクに連絡してある。今ダレンから向かっているから上手くすればどこかでこのシップに遭遇する」

 兄弟たちはシップの出てきた岩の裂け目から地中に潜り込み、リチャードとセキは巨人に相対した。
 セキがちらっと見ると、リチャードはすでに巨人に止めを刺そうとしていた。
「まずい。頑張らなきゃ」
 セキは剣に重力を込めると、巨人の頭部に素早く飛び付き、思い切り振り下した。
 巨人は奇妙な声を出して朽木のように倒れた。

 リチャードがセキの傍に来て満足そうに微笑んだ。
「力の使い方がわかってきたようだな」
「うん、それよりも地下は大丈夫かな」
 リチャードとセキが叩き付けるような雨の降る空中で待機していると、地下から爆発音が聞こえ、兄妹たちが地上に飛び出した。
「こっちも終わったぜ」とコクが服に落ちる雨を払いながら言った。
「後はロクがシップを捕まえてくれればな」とリチャードが地上に降りて言った。
「ロクなら問題ないさ」とコウが肩を揺すった。
「しかしハク、この一つ目巨人はこの星には存在しないのか?」
「ああ、神話や伝説の存在だ。どうしてこんなものが――」
「とてつもない事が起ころうとして、いやすでに起こっているな」
 リチャードの表情は険しかった。

 

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