7.1. Story 5 逃れの皇女 

2 ハーミットを追って

 

スパーリング

 ヘキたちは真っ暗な廃材置き場まで走った。
 最初にヘキが立ち止まり、口を開いた。
「コウ、やるじゃない。上手い事まけたわ」
「大した事じゃねえよ」
「ここからが本番だけどね」

 
 廃材置き場の奥でドアが開く音がして、そこから四つの目が覗いていた。
「誰だ?」
 暗闇から投げかけられた質問に対してヘキが一歩前に出て答えた。
「マリオとフリオってあんたたち?」
 暗闇の四つの目が向かい合い、再びヘキの方を向いた。
「何の事だ?」
「ハーミットに会いたいのよ。『草』がここまでしか調査できなかったって言うから後を引き継いだの。あたしはヘキ文月。横にいるのは弟のコウとセキよ」
 笑い声がした。
「ここで話すのも何だ。どうやら尾行もされてないようだし中に入んな」

 
 ヘキたちが闇の中に進むと家の電気がついて、周囲が見渡せるようになった。
 二人いた男のうち一人は家の中に入ったようで、もう一人がヘキたちを待ち構えていた。背はあまり高くなく、濃い顔立ちをした髭の濃い男だった。
 男はヘキたちについてくるように指で合図して中に入った。

 
 ヘキたちは中に入り度肝を抜かれた。普通の家に見えたその場所は、ボクシングのリングが中央にあり、傍らにはサンドバッグやダンベルが無造作に置かれていた。
「おれたちゃ、世界チャンプを目指してるボクサーなんだ」
 先に家に入った方の男がリングの上でロープの調子を確かめながら言った。
 もう一人の男とよく似ているから双子なのだろう。
「パンクスでしょ?」
「だからって世界チャンプになっちゃいけない決まりはないだろ。それとも何か、試合中に重力制御するとでも思ってんのか?」
「あ、そういう意味じゃなくて表舞台に出るのは領分じゃないんじゃないの?」
「アメリカン・ドリームってのは地球人にも、他所の星の人間にも平等さ。この国じゃあ、アンビスもパンクスもそう変わらねえんだな。現にパンクスからアンビスに鞍替えする奴だっているらしい」
「国民性?」
「そもそもどいつがどっちかなんて誰も気にしちゃいない」
「そうね。それが問題なのよ。だからあなたたちにハーミットの居場所を教えてほしいの」

「おい、マリオ」とリングの上の男がもう一人のグローブを準備している男に言った。「教えてほしいんだとよ」
「だったらこれ」とマリオと呼ばれた男がヘキにグローブを二組渡しながら言った。「おれたちとの勝負に勝ってからだ」
「リン文月の血を引く者と戦う機会なんてそうはないからな」
 フリオはマリオからグローブを受け取って言った。
「――あんたたち、困ったもんねえ。でもそっちは二人でしょ。だったらこっちも二人出すわ。あたしはレフェリーで弟たちが戦う」
 ヘキはそう言ってグローブをコウとセキに投げた。

 
 最初にリングに上がったのはコウだった。手にはめた革のグローブを珍しそうに眺めていた。
「なるほどね。これで殴り合えばダメージも減る訳だ――でも体格が違いすぎねえか」
 コウの相手のマリオはコウよりも十センチ以上背が低かった。
「大丈夫よ」
 レフェリーとしてリングの中央にいるヘキが言った。
「あんた、痩せっぽちだし。それにこちらは世界チャンプを目指す人よ、ね?」
「ああ、体格は問題じゃない。すぐに倒れないでくれよ。練習にならないからな」とマリオが言った。
「三分三ラウンドでいいわね。ボックス!」

 
 開始と同時にコウはリーチの差を生かして距離を取りパンチを放ったが、大振りだったためマリオに難なく避けられた。マリオは懐に飛び込んでまとめてパンチを叩きこもうとした。
 マリオの二回目の飛び込みでコウはボディにパンチを受けた。「うっ」と呻いてから心持ちガードが下がるのをマリオは見逃さなかった。
「ゴー、マリオ!」
 リングサイドのフリオが叫んだのを合図にマリオがラッシュをかけた。
 コウは一気にロープ際まで追い込まれ、防戦一方となった。
 マリオがたたみかけるパンチをコウがガードを固めて防いでいると、タイムキーパーを兼ねていたフリオが三分終了のゴングを鳴らした。
「大分、顔が腫れたね」
 コーナーに戻ったコウの様子をセキが見て言った。
「ああ、ガードの上からでもお構いなしだ。キレのあるパンチだ」とコウが答えた。

 
 インターバルが終わり二ラウンドのゴングが鳴った。このラウンドもコウは防御に追われ、ロープ際に追い込まれた。
 マリオの強烈な右のショートフックがコウのこめかみを直撃し、膝ががくんと落ちた。
「マリオ、フィニッシュだ!」
 コウはガードすらできず、サンドバッグのように打たれ続けた。幾度か膝を着きそうになったが、踏ん張って倒れなかった。
 そのまま一方的な試合が続き、フリオが舌打ちをしてラウンド終了のゴングを鳴らした。セキは駆け寄り、意識の消えかけたコウを抱えて自コーナーに連れていった。

「コウ、しっかり」
「……セキ。おれは倒れてないぜ」
「うん、わかった。目は見えてる?」
「薄っすらな。いい男が台無しになってねえか」
「あはは。それだけ言えれば大丈夫。タオルは投げないよ」
「何だそりゃ。ギブアップって意味か。そんな事したら承知しないぞ」
「安心してよ。投げるタオルがここにはないもん」
「へっ、面白い事言うじゃねえか」

「どうした、マリオ。何故倒せないんだ?」
「手ごたえのあるパンチが入っているはずだが――」
「次が最終ラウンドだ――見ろよ、あいつら笑っていやがる。素人相手に判定なんて負けと同じだからな」

 
 最終ラウンドのゴングが鳴った。コウは最初からロープに背中をもたれてマリオに打たれまくった。
 そしてそのまま終了のゴングが鳴った。
 ヘキが二人の間に割って入って試合を止め、セキはコウの体を支えた。
「マリオ、あんたの判定勝ちって事でいいかしら?」とヘキが言った。
「こんなの勝ちじゃなくていい」
 マリオは吐き捨てるように言ってから、支えられてかろうじて立っているコウを抱きしめた。
「よぉ、あんた、やっぱり強いな」とコウは言った。
「いや、さすがは文月リンの息子だ。色々教えてもらった」
 マリオはそれだけ言って自分のコーナーに戻った。

 コウのグローブをはずし、自分の戦いの準備をしているセキの下にヘキが近付いた。
「セキ、準備でき次第、リングに立ってね――コウ、まだ寝ちゃだめよ。セキの試合をよく見とくのね」
 コウはリング脇のベンチにぐったりと座って腫れ上がった瞼でリングを見つめた。

 
 フリオとセキが対峙した。
「あんた、さっきの人より強い――いや、修羅場をくぐり抜けているな」とフリオが言った。
 セキは黙ってにこりと笑い、背中を向けた。

 
 開始のゴングが鳴った。セキはケイジから習った『摺り足』でフリオの周囲を滑るように動いた。懐に飛び込みたいフリオだったが絶妙な間合いを保たれて中に入る事ができなかった。
「どうした、フリオ」
 自分の試合を終えてセコンドに回ったマリオが声をかけた。
 突然、セキの動きが止まった。フリオはその一瞬を見逃さず突進した。
 一番近くで見ていたヘキにもわからないほどの速さだった。セキが体を入れ替えてフリオが背中を向け、そのまま静かに倒れた。
 ヘキは倒れているフリオに近寄り、首を横に振り、試合を終わらせた。

 
「恥ずかしい話だが、何が起こったかわからなかった。人間の動きじゃねえな」
 ようやく意識を回復したフリオがリングの中央で体を起こして言った。フリオの周りでは心配したマリオ、ヘキ、セキも座りこんでいた。
「どうする。一対一だけど、決勝やる?あたしが出るわ」
「いや、言った通り判定なんて勝ちじゃねえ。あんたたちの勝ちでいいよ。あいつの根性に免じてな」
 マリオがベンチで横たわって天井を見つめるコウを見て言った。

「わかった。じゃあ言う事聞いてもらうわよ。それにしてもセキ、強いね」
 ヘキの口調は茶化す感じではなく真剣だった。
「うん」
 セキはためらった末に口を開いた。
「僕の手はもう血で汚れてる。殺さなきゃ殺される世界に足を突っ込んでるんだ」
「……道理でな。勝てない訳だ」とフリオが言った。
「さて、ハーミットの居場所、教えてくれる?」
「今日はもう遅い。明日の夜、またここに来てくれ」

 
 ヘキたちは明け方の街に戻った。
「そう言えば何も食べてなかったわね」
 ヘキはそう言って昼間寄ったハンバーガー・ショップに再び入った。ショップの褐色の肌の少女はコウの顔を見て心配そうな表情を浮かべ、三人とも言葉少なくハンバーガーを食べた。

「コウ」
 セキは瞼の上だけでなく顔中が腫れ上がって人相が変わったコウに言った。
「痛む?」
「平気だ――それより、セキ。強いな」
「多分、兄妹の中で今あんたが一番強い」とヘキもぽつりと言った。
「ちきしょう。強くなりてえなあ」とコウが大声を出した。
「――言われたんだ。僕は『人のために戦う戦士』なんだって。それがあるから強くなれるんだよ。コウも何のために戦うか、それが見つかれば――なんてね」

 

ハーミットの居場所

 翌日、ニューヨーク観光をした三人は夜に再びハンバーガー・ショップで食事を取った。カウンタの女の子から「あ、顔の腫れがひきましたね」と声をかけられ、コウは照れくさそうな顔をした。
「参ったよ。昼も夜もここで飯食ってるから店の子に顔覚えられちまった」
「だって凄い顔してたもん」
「それにしても尾行の奴らも毎日飽きないね」とヘキが言った。
「うん、今日もあらゆる場所に付いてきてた」とセキが答え、コウも頷いた。
「ああ、おれにもわかった」
「ふーん、コウも感覚が研ぎ澄まされてきたわね――それにしてもあたしたちの後を付けていればターゲットにたどり着くと踏んでるんだろうけど――」
「あれ、それ正しいんじゃないの?」とセキが尋ねた。
「ところでコウ、砂塵剣はどのくらいの時間続くの?」
「その気になりゃいつまでだって」
「頼もしいわ。じゃあ今日も人のいない場所まで行ってぶっ放してもらおうか」

 
 ヘキたちは尾行をまいてフリオとマリオのジム兼自宅にやってきた。
「よぉ、来たな」
「約束よ。ハーミットの居場所を教えて」
「残念ながらおれたちは知らねえ」
「ちょっと待ちなさいよ。この期に及んで約束を破る気?」
「話は最後まで聞けよ。この国じゃあパンクスもアンビスも互いを詮索してはいけない決まりなんだ。もしかすると隣の家の人間がそうかもしれない。だが例外がある。それは紹介者だ。おれたち兄弟が《エテルの都》からこの星にきた時、世話になった人の家を教えてやるよ。その人に次の紹介者を教えてもらえ。そうしているうちにうまいこと幹部に引っかかりゃ、今夜中にハーミットまで辿り着けるかもしれん」
「わかったわ。その人の住所を教えて」
「この紙に書いてある。渡す訳にはいかないんでこの場で暗記してくれ」
「クイーンズ……遠いの?」
「あんたたちならどうってことないだろ――おれたちの役目はここまでだ。ハーミットに会えるよう祈ってるぜ」
「そっちこそ早くチャンプになりなさいよ」
「ああ、コウやセキに比べればどいつもサンドバッグみたいなもんだ」

 
 ヘキたちは夜闇に紛れて空を飛び、クイーンズ地区に到着した。
「確かこの辺だと思うけど――」
 ヘキが標識を見ながら確認をした。
「しかし、ここはまたお屋敷街だな」とコウが言った。
「面白い街ね。ノヴァリアとは大違い」とヘキが呟いた。
「えっ、ヘキは故郷を好きじゃないの?」とセキが尋ねた。
「刺激が少ないのよ。平和が一番なんだけど」
「くれないは目立つだろうな」
「止めてよ。あのバカの話は――ああ、ここよ。きっと」
 三人が足を止めたのは良く手入れされた芝生とプールのある邸宅だった。ヘキは二人に外で待っているように言い、一人で屋敷の門を叩き、十分後に戻った。
「次行くわよ。今度はサウスブロンクス。連絡はつけておいてくれるって。『板子一枚下は地獄』のような場所だって言ってたけど、どういう意味かしらね?」

 
 ブロンクスで待っていたのはハードな服装をしたいかつい男だった。
 男は三人を見てにやりと笑った。
「リン文月の子供か。何やら日本で暴れたそうじゃねえか」
「えっ、もしかしてあなた、幹部?」
「さあな。住所覚えたらとっとと出てってくれねえか。襲われても知らねえぞ」

 
 次に着いたのは国際空港の近くの遊園地だった。
「コニーアイランド。ここでいいはずだけど」
 三人が暗闇の中で遊園地の中に忍び込むと近くで声がした。

 ベンチで寝ていた白いひげの浮浪者が体を起こして暗闇から三人をじっと見つめた。
「あなた?」
「そうだ。行こうか」
「行こうかってどこへ?」
「ハーミットに会いに来たんだろ。連れてってやる」

 
 連れて行かれたのは一軒の民家だった。
「中に入んな」
 男に言われ、家の中に入った。男は床の一角をはずし、そこから地下へ続く階段を示した。
「地下室にいらっしゃる――いいか。灯りはつけちゃなんねえぞ」

 
 真っ暗な階段を手探りで降りると小さな部屋のようだった。部屋の中央に気配があった。
「よく来てくれた。思ったより早かったな」
 若いのか年を取っているのかわからないが、しっかりとした声が響いた。
「まずは灯りをつけない事を詫びよう。どうかお許し願いたい」
「ここに来るまでの面倒な手続きを考えればあまり不思議でもありませんけど、何故ですか?」とヘキが尋ねた。
「すでにわかっているだろうが、この国では個人の自由を最大限に優先する。パンクスであろうが、アンビスであろうが、地球人であろうが同じだ。この星に来た以上はこの星の人間として暮らすのが第一で、あまりにも容貌が異なる場合を除いては地下組織などに依存しない。誰がパンクスで誰がアンビスなどという事も知る必要はなく、我々は皆地球で暮らす人間、それだけで十分だ」
「それが本来の姿だと思います」

「パンクスやアンビスは組織ではなくコミュニティ、他所の星からやって来た時に世話をする互助会のような存在だった」
「――だった?」
「そもそもどちらに属するかはその人間がこの星で何をしたいかによって決まっている。一市民として静かに暮らしたいのであればパンクス、この星で一旗揚げたいのであればアンビスという具合だ」
「それはこの星の連邦出張所の方から伺いました」
「目指す先は異なっても同じ他所者同士、いがみ合う謂れはない。大きな戦争を経て、大国同士の冷戦期間、このあたりまでは両者の関係は良好だったが、最近ではアンビスの権力志向が極端になり、我々は最早付いていけない」
「理由は何でしょう?」
「『ディエム』のせいだと言う者もいるが、大規模な戦争やそれを利用した兵器産業に便乗して地位や名声を得るのが難しくなったためだ。コルト大佐やガトリングの時代ではないのだよ。アンビスの面々は他の金の流れが透明ではない産業、そして政治の世界に目を付けた」

「……すみません。お話の最中ですが、先ほど誰がメンバーなのかを知る必要はないとおっしゃられた。なのに何故、アンビスのメンバーがそのような行為に走ったと言い切れるのですか?」
「互いを知らないのはあくまでも一般のメンバーの話だ。私やロロのようなリーダーになれば当然メンバーの事を知っている」
「ロロ?」
「この国のアンビスのリーダーの一人だ。かつては友人だった」
「でしたら今回のメリッサ皇女の一件もその方と相談して穏便に事を運べばいいのでは?」
「……無理だ。私の推測が正しければロロこそが今回の《歌の星》の王族襲撃事件の首謀者の一人。残虐なテロにこの星の地下組織が関与しているなどと言えるはずがない」
「何か深い事情がありそうですが……ハーミット、まずは本題を。皇女の居場所は?」

 
「――盲点でした。そんな場所にいらっしゃったとは」
「『木は森に隠せ』という諺がある。初め皇女が皇女の父王と旧知の私を頼ってこの星に逃げて来られた時にどうしようか悩んだ。そして何もしないのが一番だと考えたのだ。マンハッタンという巨大な森であれば見つけようとは思わない」
「皇女はお一人でこの星まで?」
「いや、違う。これにも複雑な事情がある。ロロやその旧友で《歌の星》で重責を担う大臣たちは《古城の星》の荒くれ者たちを雇い入れ、王族を襲撃させたのだが、襲撃者の一人の身内が事前に計画を察知し、皇女を密かにこの星に連れてきた。その男は疑われないために皇女を私に預けるとすぐに《古城の星》に戻った」

「なるほど。色々と込み入ってますね。では早速――」
「待ってくれ。君たちには《古城の星》とアンビスの尾行が四六時中ついていて、毎日それと追いかけっこしているそうじゃないか。ここは安全に事を運びたい。もう一働きしてはくれないか?」
「わかりました。明日、あたしたちはニューヨークを離れます。そしてその隙に皇女保護を信頼できる人物に依頼します」
「ああ、そうしてくれ」

 

ロロについて

「ハーミット、質問が」
「何だね?」
「メリッサ皇女がアンビスに執拗に付け狙われる理由は?」
「――石だ」とハーミットは言った。「皇女が持っていると予想されるのが、《歌の星》に伝わる鶏の卵を一回り大きくしたくらいの紫色の創造主の力を封じ込めた石だ。それを使用するとこの銀河が終わってしまうほどの力を秘めているらしい」
「石の話を信じているんですか?あたしも創造主の石の話は母から聞かされましたけどそんなのはおとぎ話だと思ってます」

「私は実物を見た事がある」
「えっ?」
「それは紫ではなく漆黒の石だったが、ロロが見せてくれた。彼は私にこれを使えば世界を支配するのも可能だと言っていた。それが私の先ほどの推測に繋がる。ロロは《歌の星》に眠る別の石の存在を知り、これも手に入れようと企み、恐ろしい行動に打って出たのだと」

「そんなに凄まじい力を――ロロはどうやって漆黒の石を?」
「ロロは《古城の星》の出身だ。あの星にはありとあらゆる悪事の種が集まってくる。連邦にいられなくなった者はそこに逃げ込み、過去の悪事をもみ消したい者もそこにすがる。ロロはこの星に昔から黒い石が眠っているという噂を聞きつけ、ここで暮らしながらチャンスを待った。そしてあの戦争の混乱に乗じて、とんでもない方法で漆黒の石を手に入れた……」
「とんでもない方法?」
「それは口にするのも憚られる。私は戦争中、軍務に就いていたが、気付いたのはロロが石を手にした後だった。爆撃をかろうじて逃れた東京のホテルの一室で大事そうに布に包んだ漆黒の石を見せてくれたのだ。その翌日、ロロは行方不明になり、それ以来会っていない」

「消息不明だったら今回の皇女の件をロロの仕業と決めつけるのは無理がありませんか?もしかすると死んでいるかもしれないし」
「十年以上前だったか、一度だけヴィジョンが入った」
「えっ、何を話したんです?」
「『人生で最大の危機を迎えたが無事乗り切った』と言っていた」
「どういう意味ですか?」
「『ずっと石の力を試したいと願っていたが常に障害があって果たされずにいる。初めはデズモンド・ピアナだったが、彼はこの星を離れて何の障害もなくなった。そう思った矢先に新たな難敵が登場した』」

「……もしかするとディエム?」とセキが尋ねた。
「確かにひどく臆病者のロロは石の力を行使すれば粛清された独裁者と同じようにディエムに何かされてしまうのではないかと考えていたようだ。だがロロはこう言った。『自分にとっての最大の危機はあの男が手を伸ばせば触れんばかりの距離までやってきた時、あの時はさすがに消されると思った』と」

 
「そんな恐ろしい人間がいますか?」
「君たちはリン文月の子だな。自分の父を過小評価してはいけないぞ」
「えっ、じゃあ父さんがロロと?」
「実際に会ったかどうかまでは知らない。だがロロは最後にこう言った。『そのリン文月も行方不明になった。であればこれからは気兼ねなく石の力を行使できる。十年後くらいには石の力を開放するかもしれない』と」

「『行使』とか『開放』とか、どういう意味ですか?」
「ロロが説明してくれた。石に眠る力を小出しに使うのが『行使』、全ての力を一気に使うのが『開放』、石自らがその事を語りかけてきたという」
「漆黒の石の力がどのようなものか知りませんが、創造主の力を一気に開放するというのはいい事ではなさそうですね」
「うむ。ロロも具体的な内容を教えてはくれなかった。ただその石は『復活 』という名だった」
「復活……ますます嫌な予感しかしません」

 
 沈黙が続き、ハーミットが質問をした。
「ところで君ともう一人の彼はそうでもないが、もう一人の彼は日本人の顔をしているな」
「僕の母は東京生まれです」とセキが答えた。
「東京か。私も戦後間もない頃に行った事がある。あの廃墟がこのような発展を遂げるとは想像だにしなかった」
「じゃあ釉斎先生をご存じですか?」
「いや、その頃はまだ彼の父の天野有楽斎がパンクスのリーダーだった。ティオータ、デズモンド……あそこには人を引き付ける何かがあるのだな」
「デズモンドにも会ってるんですか?」とヘキが驚いて尋ねた。
「ああ、彼は行方不明になったそうだが、この星に留まっていたら今のこの状況を見て何と言うだろうな――いや、失礼。引き留めて悪かった。では幸運を祈るよ」

 

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