7.1. Story 4 副都心決戦

3 鳥

 

執行開始

 セキとトーラは空中に浮かびながら周囲を見回した。
「セキさん、そちらはどうです?」とトーラが尋ねた。
「だめだ。誰も怪しい人は見当たらないよ――ああ、9時になっちゃう」

 
 9時がやってきた。
 突然、セキの視界の端にかすかな爆発音とともに白い煙を上げるビルの姿が飛び込んだ。
「トーラ、あっちだ。東口の北の方」
「急ぎましょう」
 セキたちはすぐにヴィジョンでリチャードに連絡し、現場に急行した。

 
「東口だ」とリチャードが言った。
「じゃあ、そっちに向かおうぜ」とバフが答えた。
「いや、ここにいよう。次の爆発も東口とは限らない」
「隊長。五分やそこらじゃ、こっちまで移動して爆破させるのは無理じゃねえか」
「セキたちは誰も見かけなかったと言っていたから二つの可能性が考えられる。マリスのように犯人が気配を消しているか、もう一つは遠隔操作だ」
「遠隔操作って事は」と言ってバフはブルーバナーのビルを見上げた。「あそこからって事かい?」
「荒っぽいが最後の手段はあのビルを破壊だな」

 
 蒲田は西口の警戒線のあたりで状況を確認した。
 急いで人を遣ろうとしているとリチャードからヴィジョンが入り、「待機」を伝えてきた。
 蒲田は唇を強く噛んで、人員に待機を命じた。

 
「おい、サーティーン。どこにいる。隠れてちゃ勝負にならねえぞ」
 霧の中に入ったティオータが声をかけたが返事は返ってこなかった。
「ちっ、睨み合いかよ」

 
 ケイジは男たちを追ってビルの受付のあるエレベータホールに入った。
 大理石を模したあか抜けた吹き抜けのホールの内部では「ようこそ!ブルーバナーへ」というLEDサイン以外に動く物の気配がなかった。
 ケイジは『自然』を発動させて、再び気配を消した。

 
 ビルの上階に陣取るデンマーは狂喜していた。
「よし、次は」と言ってスイッチを押した。「ここだ」

 
 9時10分。
 都庁の甲州街道側の塔の上部が突然に爆発し、煙を上げた。

 リチャードは目の前の煙を上げる都庁を睨み付けたままバフに言った。
「予想通りだ。これでは予想できない」
「隊長。何も見えなかったぜ」
「確かにな。前兆があったようには見えない。となると遠隔操作だが、そもそもどうやって爆弾を仕掛けた?」

 東口に行ってチコたちと合流したセキにも連絡が入った。
「トーラ、今度は西口だって」
「ううむ。もう一度空から調べましょう」
 二人は再び空に飛び上がった。

 蒲田は目の前の光景が信じられなかった。
「そんな……誰も通していないのに」

 
 ティオータは近くで起こった爆発音に一瞬だけ身を固くした。
 その一瞬の後、腹部に痛みを感じた。
 唐河のナイフがティオータの腹に突き刺さっていた。
「サーティーン……」
「隙ができるのを待ってたんですよ。へへへ」
 ティオータは静かに目を瞑ると、唐河のナイフを持つ手を押さえつけ、そのまま上に持ち上げていった。
 唐河はナイフを放し、吊り上げられるような恰好になり、ティオータと正対した。

「あばよ。サーティーン」
 ティオータの頭突きが唐河の顔面に炸裂した。一発、二発、三発、四発目を打とうとした時に、唐河の体が抵抗を止め、だらんとした。
 吊り上げていた手を放すと、唐河の体はティオータにもたれかかるようにしてずるずると崩れ落ちた。
 ティオータは唐河の体をまたいで噴水の傍で座り込んだ。
「ジウラン。じいちゃんは疲れたから少し眠るぞ」

 
 ビル内部でも動きがあり、爆発音を合図に武装した男たちが再びロビーに姿を現した。
 ケイジは気配を消したままで男たちに接近し、すれ違いざまに斬り捨て、ロビーにはあっという間に十数人の屍が積み重なった。
「そろそろ上の階に向かうか」
 ケイジは刀についた血を拭いながら呟いた。

 
 三度目の爆発は再び東口だった。
 空中にいたセキとトーラは途方に暮れた。
「トーラ、何か見えた?」
「いえ、何も。ですがきっと何かきっかけがあるはずです。マリスのような能力者がそうそういるはずはありません」
「うん。きっかけかあ」
「それさえわかれば私の鳥の翼のスピードでそいつを捕まえてみせますよ」
「鳥かあ」
「どうされました?」
「ううん。ずいぶん鳥がいるなと思って。あの公園とかあっちの森とか――」
「――あっ、セキさん。それかもしれませんよ。私はあちらの森を見ます。セキさんは公園を観察していて下さい。急いで」
 セキはトーラに急かされ、中央公園の上空に移動した。

 リチャードは空中のセキから連絡を受けた。
「鳥。鳥を遠隔操作して爆破を起こしているのか――わかった。私はトーラの見張っている新宿御苑に行こう。公園はバフに見させる」

 
 四度目の爆発は再び都庁だった。
「くそっ、またわからなかった」
 リチャードが地上で呪いの言葉を吐いていると、空中のトーラからヴィジョンが入った。
「隊長。鳥が一羽、森から飛び立ちました。後を追います」
「よし、その鳥の着いた先が爆破されたら決まりだ。見失うなよ」
「了解」

 
 ビルの中のデンマーは上機嫌だった。
「もう少しピッチを上げさせてもらおうかな」
 デンマーはスイッチを続けざまに押した。

 セキの目の前をいきなり三羽の鳥が飛び去った。
 セキは鳥の動きを目で追った。一羽は都庁に、一羽は高層ビルに、そしてもう一羽は反対方面に飛んでいった。
「こりゃどう見たって怪しいや。とりあえず一羽捕まえよう」
 セキは高層ビルに向かった鳥を追いかけてビルの屋上に降り立った。
「セキ、深追いするな。爆破したら巻き添えを食うぞ」とリチャードの声がした。
「大丈夫。絶対に捕まえてやる」

 
 五度目の爆発はトーラの目の前で起こった。
「隊長、予想通りです。鳥が飛んでいったビルが爆破されました」
 トーラが報告し終わるとセキの興奮した声が飛び込んできた。
「捕まえた!この鳥、はく製だよ。はく製に細工がしてある」
 リチャードは直ちにチコ、蒲田、地上にいるバフに連絡をした。
「公園と御苑の木に留まっている鳥が爆弾だ。すぐに回収してくれ」

 中央公園にいたバフは連絡を受けて一本の大きな木の下に立ち、木の上を見て度肝を抜かれた。そこにいたのは何百羽という鳥の群れだった。
 不思議な事に鳥たちは鳴くでもなく、動くでもなく、ただじっとしていた。
「何だよ、こりゃ。まだこんなにストックがあんのかよ」
 バフはそう言って地面の下に潜り、地中から木を思い切り地面に引きずり込んだ。

 他の場所でも着々と鳥のはく製の爆弾は回収されていった。
 途中で都庁ともう一つのビルがその日、六度目の爆発を起こしたが、それきり爆発は起こらなかった。

 

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