7.1. Story 3 初仕事

3 二十年越しの手合わせ

 

麗泉

 翌早朝、リチャードは完成したばかりの複合施設の商業棟の屋上に立ち、下界を見下した。
「まるで迷路だな。こんな場所で買い物をするとは変わった感性だ。エテルが見たらどんな顔をするか」
 日本庭園の池にかかる橋に一人の人物が現れた。地味な色合いのチャイナドレスを着ていた。
 リチャードはすぐさま庭園に向かって降りていった。

 
「お嬢さん、ここはまだオープン前ですよ」
 リチャードは麗泉と距離を置いて向かい合った。
「あら、そう。ねえ、もっと近くに来ないと話ができないわ」
「いや、お構いなく。それほどの自信家じゃない」
「人を化け物みたいに言うのね」
「五メートル離れれば、礫の一周あたりの所要時間を考えて、ぎりぎりでかいくぐれそうだが――わからないのは攻撃の仕方だ」
「そこまでお見通しとはさすがね。でもあたしの事はどうでもいい。あまり時間がないの」

「決着を付けに来たんじゃないのか?」
「ずいぶんと派手にやったわよね。ヘビは壊滅寸前、狙いは?」
「簡単だ。ドリーム・フラワーをこの星から駆逐する。そのために修蛇会には消えてもらうが、そうなればあんたの組織が後を継ぐだけだ。だから両方とも消えてもらう」
「驚いた――でも銀河の英雄ならば容易い話、そうでしょ?」
「たとえ女性だろうと邪魔立てすれば怪我をする。今のうちに家に帰れ。そもそも養のような大物がいない組織に何の恩義がある?」
「あたしは養が亡くなった後で組織に雇われたのよ。養大人の事は話でしか聞いた事がないわ」
「だったら尚更だ。家に帰っておとなしくしてろ」
「冗談じゃない。帰る家なんてとうにないわ」

「お前の哀しみはそこから来ているのか」
「銀河の英雄は人の心を読むのは苦手なようね」
 麗泉は橋を渡ってすでに花の散った大きな桜の木の下に立った。
「あたしは裏の世界では知られた殺し屋よ。哀しみなんて感情は持ってない」
「いい事を教えてやろう。今日の深夜、横浜の大黒埠頭の倉庫を襲う。ドリーム・フラワーが燃える様を見たければ来い」
 麗泉は答えずに去っていったが、途中で動きを止めてリチャードを振り返った。

「今、ここであなたを狙っている人間、あたしの知り合いじゃないんで勘違いしないでね」
 今度こそ麗泉は去っていき、リチャードは黙って手を上げて後ろ姿を見送った。
「さて、逢引を邪魔する野暮な奴はどこのどいつだ」

 

鬼伐

 リチャードが声を上げると庭園に置かれた大きな石の陰から一人の男が姿を現した。
 背が高く、背中には柄の長い細身の斧を背負っていた。

「お前、どこかで会っているな」
「覚えていてくれて光栄だ。リチャード・センテニア」
「思い出した。二十年前だ」
「その通り」
「確か四人いた。後三人も来るのか?」
「二十年も経てば、それぞれ環境が変わる。この星にいるのはおれ、鬼伐だけだ。炎浪とダスク・ティル・ドーンは《古城の星》に戻った。海樹は……知らん」
「律儀だな。私を待ってくれていたか」
「さすがに再会できるとは思ってもいなかった。他の奴らが羨ましがる」
「あの黒眼鏡のプロモータに感謝だな」

「……リチャード。あんたも変わったな」
「どう変わった?」
「故郷の星にはならず者が多く暮らす。だがそいつらよりもあんたの方がダントツに危険な香りがする」
「なるほど。こなしてきた数が違うからな」
「『こなす』という言葉をさらっと言ってのける。あんた、どこに向かおうとしてるんだ?」
「鬼伐。お前は知らないだろうが、私は龍が蘇るその日まで戦い続ける事を宿命付けられている。最近では龍共と戦い、呪いと疫病と破壊に満ちたどす黒い血をまるでシャワーのように体中に浴びる夢まで見るようになった」
「さすがは銀河の英雄だ。おれとはレベルが違う。だが――」
「わかっている。目の前の戦いが最重要だ」

 
 『龍鱗の剣』を手にしたリチャードと戦斧を構えた鬼伐が庭園の池を挟んで向かい合った。
「行くぞ」
 鬼伐は斧を頭の上で軽く振り回すと、池の向こう岸からリチャードに向かって飛び掛かった。

 何回目かの円を描いた斧の刃が池の真ん中に置かれた大きな自然石に触れた。
 石が激しく斧を跳ねのける訳でもなく、ぶつかったはずみに火花が散るでもなく、斧はまるで豆腐のように音を立てずに石を縦に刻んだ。

「よく鍛え上げた刃だ」
 リチャードは眼前に迫る鬼伐の姿を目にしながら感心した。
「そんな事を言っていていいのか」

 
 池を渡り切った鬼伐の斧がリチャードの胴を水平に刈り取りにきた。
 リチャードは避けるでもなく黙って刃を右の腹の当たりで受け止めた。
「……」
「どうした。あのごつい石はすぱっと切れたのに、私の体では刃が前に進まないか」
「……あんたの自動装甲は想定した上での一撃だ」
「鬼伐。教えてやる。私の体はもう一つの目に見えぬ鎧、『野生の鎧』によって守られている。嘘だと思うならそのまま押し続けてみるがいい」

 
 鬼伐はリチャードの腹に食い込んだまま、押す事も引く事もできなくなった斧を仕方なく押し続けた。
 やがてピキンという乾いた音を残して、斧の刃が砕け散り、その衝撃で柄も真っ二つに折れた。
 呆然と立ちすくむ鬼伐を前にリチャードは言った。

「終わりだ」
「殺せ」
「最近無駄な殺生が多い。お前は生きろ。二十年待った褒美だ」
「そんな訳にはいかん」
「生きていればまた交わる事もある。その日まで精進しろ」
「……」

 

言伝

 折れた戦斧の欠片を拾い集めてその場を去ろうとした鬼伐がリチャードに告げた。
「命を助けられた礼に一ついい事を教えてやろう。聞きたいか」
「どちらでも構わんぞ」
「いずれ嫌でも知る事となる。遠慮するな――先刻、二十年前の四人の内の海樹の行方だけは知らんと答えたが、実は数日前に彼女から連絡を受けた」
「……」
「《歌の星》でひと暴れするつもりはないか、という誘いだった。おれにはこちらの戦いよりも重要な事はなかったので詳しい中身も聞かず断ったが……」
「どうした?」

「ヨーウンデの王族を襲撃するつもりではないか、と睨んでいる」
「あの星はすでに連邦加盟している。そんな真似をすれば《古城の星》は連邦全体を敵に回す事になるぞ」
「身元不明のテロリスト集団の体を装うはずだ」
「ちょっと待て。お前ら四人、今はバラバラなんだな?」
「ああ、説明が足りなかったな。あの二十年前の闘いの後、四人とも《古城の星》に戻り、おれと炎浪はお偉方の護衛を務め、ダスク・ティル・ドーンは城の自警隊の隊長だ。唯一炎浪の妹、海樹は道を誤り、金のみで動く汚れ仕事に就いていると聞いた」

「わかった。念のため近くの連邦軍に連絡を入れておく」
 リチャードがヴィジョンで呼び出したのはゼクトだった。
「どうした、リチャード?」
「ゼクト、《歌の星》方面できな臭い動きはないか?」
「《歌の星》か。最近そちら方面は息子のエンロップに任せている。奴は何も言っていないが、何かあったのか?」
「いや、近々王族を狙ったテロが計画されているという話を掴んだのでな」
「何、それが本当なら一大事だ。内乱か?」
「近くのならず者の星の一団らしい」
「《古城の星》か。厄介だな――エンロップには警戒を怠らぬように伝えておこう」
「そうしてくれよ」

 リチャードがヴィジョンを切って鬼伐を見ると、鬼伐も誰かとヴィジョンをしていたようだった。
「おれの方でも心当たりに連絡をしておいた」
「助かるよ。連邦は慢性的な人手不足だ。フットワーク良く動けるとは思えない」
「こちらも一緒だ。同じ星の中で明らかな邪魔立てはできない」
「となると……」
「事が起こった後の逃亡の手助けくらいしか期待できない」
「それで十分だ。恩に着るよ」
「ではそういう事で」
「待ってくれ。鬼伐、もう一つだけ頼まれてくれないか――
 

最後の修行

 セキが道場で『摺り足』と『剣振り』の稽古を続けているとケイジが現れた。
「稽古は午前中で終わりだ。夜、横浜まで行ってもらう」
「何しに?」
「リチャードから連絡が入った。ドリーム・フラワーの保管してある倉庫を襲撃する」
「僕一人で?」
「私とトーラとバフは表立って動けない。『草』が一緒に付いていく。お前は外で見張りでもしていればいい」
「ああ、良かった」
「簡単とは言え初仕事だ。気を抜くな」

 
 昼食を取っているとトーラとバフがやってきた。
「セキ。いよいよ実戦だな」
 バフが声をかけた。
「外で見張りだって」
「それで済めばいいんですがね」とトーラが言った。「向こうも必死です。日本にあるほとんどのドリーム・フラワーが焼かれるのを阻止しにくるんじゃないでしょうか。末端価格にして何億ルーヴァしますからねえ」
「いやだなあ。脅かさないでよ」
「それはそうとセキ」とバフが言った。「昨夜はどうだった?」
「どうだったって?」
「ばしっと決めたのかって事だよ」
「そんなんじゃないよ。買い物して食事してそれで終わりさ」
「何だよ、お前は。毎日が死と隣り合わせだぞ。リンを見習ってやれる事はやれる時にやっとけよ」
「うーん」

 
 夜になると藤(ふじ)と名乗る『草の者』がセキの下にやってきた。
「セキ様。いよいよ初陣ですね」
「そんな大した事じゃないって。見張りでしょ」
「気を抜いてはいけません。ここでしくじれば後に続く方たちの評判にも関わります」
「ああ、そうか。茶々の事が心配だよね」
「いえ、若お館様だけではありません。若お館様は常々『九人全員に仕える気持ちでいろ』とおっしゃっております。セキ様に何かあれば『草』たちの責任でもありますので」
「わかったよ」
「おい、セキ。準備はいいか」とバフが言った。「もえは今日来るのか?」
「うん。おじいさんの所に寄るから遅くなるってさ」
「そうかい。手柄話でもしてやるんだな」

 
 雨が降り出しそうだった。二人は滑るような速さで海を渡って横浜を目指した。
「あの倉庫です」
 地上に着いて藤が言った。高速道路のランプが蝸牛のような曲線を描いているのが見えた。
「リチャード様が倉庫に突入します。外の見張りは『草』蘆、茸、そしてセキ様の三人です」
「リチャードは?」とセキが尋ねた。
「人質を取っているのでこちらには寄らず、倉庫に直行するそうです」

 
 セキの持ち場は倉庫の裏手だった。
 暗い春の夜空の下、ぼんやりと街路灯がともるまっすぐな道沿いに無骨な倉庫が並んでいた。
 どこかでかすかな爆音が聞こえた。
 セキは一瞬身構えてから、緊張を解いた。
 再び爆音がした、次の瞬間に街路灯が消えて倉庫の裏手は真っ暗になった。
 小さな光がはるか先で点った。光はゆっくりとこちらに近付いてきた。
 バイク?爆音の主がゆっくりとこちらに向かってくるバイクのものだとわかってセキは少し安心した。
 相手の速度が少し上がったようだった。セキはゆっくりと道の端に移動してバイクを見送ろうとした。
 ぐんぐんこちらに近付く光の他に、一瞬だけきらりと光る鋭利な刃がセキの視界に入った。

 セキはとっさに空に舞い上がった。通り過ぎたバイクは道の真ん中を走っていたはずなのに倉庫の壁を引っ掻くようながりがりという音が爆音に混じって聞こえた。
 空中で思案していると突然後頭部に衝撃を受けた。地面に叩きつけられそうになったセキは慌てて重力を制御して着地した。
 目の前にはゴーグルを着けた青いボディスーツという奇妙な出で立ちの男が立っていた。男は小刻みにジャンプを繰り返していた。
「小僧、見かけねえ顔だな」と男が甲高い声を出した。
「誰?」
「『地獄の三兄弟』、おれはコイルだ。ここに来る奴は殺せって言われてる」
「さっきのバイクも仲間?」
「ああ、アニキのゾイルだ。もうすぐ戻ってくる。おめえが飛べるとは思ってなかったが、次は逃がしゃしねえ」

 
 倉庫の周りを一周したのか、再び小さな光が前方に点った。
 今度は初めから全速力でこちらを目指していた。
「空に逃げようってだめだぜ」
 そう言うとコイルが猛烈な勢いで空に飛び上がった。足に強力なスプリングを仕込んでいるようだった。
 コイルはセキを目がけて空から急降下した。セキが再び空に逃げると、コイルは腕のスプリングで地面を蹴り、追いかけてきた。
「ほら、早くしねえとアニキのバイクが来ちまうぜ。おめえは哀れ、真っ二つって寸法だ」
 コイルは地面に足から着地すると再びジャンプして襲いかかった。
 セキは空中で姿勢を変え、コイルの体当たりを受け止めた。

「仕方ないか。やりたくないけど」
 コイルが再び地上に降りた瞬間を狙って、セキは空中から重力制御をかけた。
 突然動けなくなったコイルを目がけてゾイルのバイクが突進した。
「動けねえ!アニキ、ちょっと待ってくれ。ちょっと」

 バイクが通り過ぎる寸前にセキは重力を一気に解除した。コイルの体は鉄砲玉のように勢い良く空中に上がり、頂点に達した所を見計らって再びセキが重力をかけたためにそのまま墜落してコイルは地面にめり込んだ。
 地面に体をめり込ませ、気を失ったコイルの傍にセキは着地し、ゾイルのバイクが来るのを待った。今度は一周するのではなく反転してこちらに向かってくるようだ。
 さっきのコイルの慌て様から見てバイクの両脇から鋭い刃のようなものが伸びていると予想した。

 雨がぽつりぽつりと降り出していた。セキは道の真ん中でゾイルのバイクのライトが近付くのを待ち受けた。
 バイクの上にもう一人、とっさに気付いたセキは上ではなく倉庫の壁に向かって飛び退いた。

 壁を足場にしてバイクから横に飛び出している刃の上に飛び乗ったセキはバイクの男たちを見た。
 バイクを運転しているのはゴーグルにライダージャケットを着た男で、バイクの後部座席に乗っている男はゴーグルを付け、忍者装束のような恰好をしていた。
「おれの名はドイル。命もらったぜ」
 ドイルはセキが両足を乗せているバイクの右側に突き出した長細い刃の上に移動してくるなり、斬りかかった。
 セキが迫る切っ先を避け、不安定な刃の上で蹴りを放つと、ドイルは後方にふわっとジャンプして蹴りを避け、手にした刀で突いた。
 セキは身を低くして攻撃を避けると、大きくジャンプし、今度はバイクの反対側の左側の刃の上に着地して少し重力をかけた。
 バイクは大きくバランスを崩し、運転席のゾイルが慌てて体勢を戻そうとした。その隙にセキは運転席に近付き、運転するゾイルの顔を思い切り蹴り上げた。
 ゾイルはバイクの後方に投げ飛ばされ、姿が見えなくなった。運転手を失ったバイクは蛇行し、倉庫の壁に激突して止まった。

 セキは一旦空中に逃れてから地上に降りた。倉庫の壁とバイクの間にドイルが挟まっているのが見えた。セキは急いで走り寄った。
 ドイルの首からどくどくと血が流れていた。バイクをどかそうとしていると『草』、茸と蘆がやってきた。

「セキ様、ご無事でしたか?」
「これ、早く手当しないと――」
 茸がすすっとドイルに歩み寄り、様子を一目見て首を横に振った。
「――手遅れですな」
「そんな。まだ助かるでしょ?」
「息がありません――自らのバイクに仕込んだ刃でざっくりと。首が落ちなかったのが不思議です」
「後の二人は?」
「他にもいるのですか?」
 茸と蘆は物凄い速さでその場を離れ、すぐに茸の声が返ってきた。
「ここで一人倒れております」
「まだ生きてるよね?」
「――いえ、死んでいます」
「……」

 
 蘆が戻って、もう一人も地面にめり込んだまま死んでいると告げた所にリチャードたちが現れた。
「こんな場所で何をしている?」
 茸がリチャードに状況を説明し、リチャードは傍らの英が捕まえている八十原に尋ねた。
「八十原、こいつは?」
「この倉庫の警備を任されている『地獄の三兄弟』とかいうアンビスの下っ端です」
「ふむ――さあ、帰るぞ。ドリーム・フラワーは全て海に沈めた。英、八十原を解放してやれ」

 

もえの覚悟

 リチャードたちは来た時と同じように海を渡ってパンクスに戻った。
 大広間ではもえが心配そうな表情で待っていた。
「もえちゃん、帰って来たぜ」とバフが言った。「皆、無事みてえだ」
「ああ、良かった」
 もえの顔に笑顔が戻ったが唇を真っ青にして俯くセキに気付いた。
「セキ、顔色が悪いけど大丈夫?」
「もえ。外の風に当たらせてやったらどうだ?」とケイジが言った。

 
 いつの間にか雨は止んでいた。深川公園の緑が雨に洗われ、街灯の下で鮮やかな色を見せていた。
「ふぅ、明日は学校休んじゃおうかな」
 もえがおどけて言ったがセキは無言のままだった。
「どうしたの、セキ?」
「三人、三人も……殺した。僕がやったんだ」
「えっ……」
 かける言葉が見つからないもえはセキの肩を抱きしめた。
「セキ、あたしね――」

「お取込み中、すまんな」
 リチャードが現れた。
「セキ、あれは事故だ。くよくよしても始まらんぞ」
「でも――」
「お前の手に止めを刺した時の感触が残っているか?」
「ないけど――もうちょっと違うやり方があったんじゃないかって。殺す必要はなかったでしょ」
「甘いな。向こうはお前を殺しにきた。お前が情け心を出してもそれに感謝する奴はいない――そんな考えではいつか痛い目に遭う」
「その時には」ともえが叫んだ。「あたしがセキを助けます」

 
 リチャードはもえを見て小さく笑った。
「お嬢さんとは初対面だったな。リチャード・センテニアだ。セキが色々と世話になっている。礼を言うぞ」
「リチャードさん」と言ってもえがリチャードを睨み付けた。「セキに何をさせたいんですか?」
「何をさせたいかだって。これがこいつの運命だからそれをさせるだけだ。君だって運命でセキと知り合ったのだろう。これ以外に生き方はないんだ」

「――リチャードさんは母の事をご存じなんですか?」
「ああ、知っているよ。リンが君のお母さんを助けた事もね」
「セキとあたしが知り合ったのも運命ですか?」
「そう考えるしかない。君は自分で言ったようにセキを助ける運命にあるのかもしれない」
「運命なんてそう簡単な言葉じゃないと思います。そう言うリチャードさんの運命は何ですか?」
「私か」と言ってリチャードはにやりと笑った。「失格した王。龍が蘇る日まで戦い続ける血に濡れた人生――もう一つあった。リンの子たちを一人前にする父親代わりだ」
「セキだけそんな――文月リンには他にも子供がいるじゃありませんか?」
「セキだけではない。全員だ。間もなく全員が絶望的な戦いに身を投じなければならない。そして、それを導くのが私の役目だ。力が足りないばかりに死なれては困る」
「――リチャードさん、お願いです。セキを危険な目に遭わせる時にはあたしにも教えて下さい。あたしはセキの傍にいたいんです」
「ほぉ、さすがは肝が据わっているな。いいんじゃないか。セキをよろしく頼む」
 リチャードはそれだけ言って地下に戻った。

 

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