7.1. Story 3 初仕事

2 虞麗泉

 

接触する女

 その頃、リチャードは都内のビルの一室にいた。
 殺風景な部屋の中央には目隠しをされ、手足を縛られたままパイプ椅子に座らされている銀髪の初老の男、八十原統の姿があった。
「……本当に……知らない」
 八十原の弱々しい声に部屋の奥でもう一つのパイプ椅子に腰掛けていたリチャードは答えた。
「お前の言った事が本当かどうか裏を取っている。もう少し待て」
 夜中だというのに電気も付けていない部屋に音もなく一人の男が入ってきた。
「――わかった」

 男は再び音もなく出ていき、リチャードは八十原に言った。
「どうやら嘘はついていない。唐河の行方は知らない訳だな。では質問を変えよう。ドリーム・フラワーの保管場所はどこだ?」
「う、それは――」
「言わないつもりか――おい、茸(じょう)。出番だぞ」
 暗闇から一人の男が現れた。

「この男、『草の者』の中でも暗殺部隊の一員だ。苦しまずに死なせてやるから安心しろ」
「ちょっと、ちょっと待て、リチャード・センテニア。本当に取り返しがつかなくなるぞ。私に手をかけたらアンビスが黙っていない。地球全体を敵に回す事になるぞ」
「知った事か。ドリーム・フラワーの片棒を担ぐ組織など滅びるがいいさ」
「本気か。本気なのか――わかった。話すよ。横浜の大黒埠頭だ。な、言ったんだからもう許してくれ」
「だめだな。現地まで案内してもらう。それまでおとなしくしているんだな」
 リチャードは八十原を茸に任せて部屋を出た。

 
 屋上に上がって殺伐とした東京の町並みを見下ろしていると『草の者』、英が近づいた。
「リチャード様」
「どうした?動きがあったか」
「は、それがどうもあの虞麗泉という女、リチャード様とコンタクトを取りたがっているようです」
「何、どうしてそう言い切れる?」
「先刻、このようなものを拾いました」

 英は懐から一枚の写真を取り出しリチャードに見せた。それはバストアップのリチャードが微笑んでいるブロマイド写真だった。
「何だこれは」
「お顔の表情などからすると二十年前にこの星に来られた時にニュースに載った時のお写真を加工したものかと」
「……訊きたいのはそこではなく、何故こんなものが出回っているのかという点だ」
「さあ、ご本人にその自覚はないかもしれませんが、この星ではスターのような人気を誇ってらっしゃると伺っております」
「ふむ」
「こういった物が本人も知らぬ間に出回るのでしょう。それよりも裏をご覧下さい」

 リチャードが写真を裏返すと、そこには「AM6、66」と黒いマジックで書きつけてあった。
「これが?」
「明日の朝6時の場所を指定していると思われます」
「しかし66と言われてもな」
「一つ候補がありました。来週開業予定の六本木の複合商業施設、住所が六本木六丁目ですから、66ではないかと」
「面白いな」
「罠かもしれません」
「それならそれでいいさ。行ってみるよ」
「倉庫の襲撃はどうされますか?」
「大陸ギャングの出方を見よう。動きだけ見張っておいてくれ」
「では明晩ですな」

 

もう一つの地下の顔

 都内の一角では衆議院議員村雲仁助の息子、村雲伸介が息子の久を伴ってある男と会っていた。
「親子お揃いでどうされた?」
 男は落ち着いた声の調子で問いかけた。
「困った事になりました」
 高級品を身に付けた五十代の半ばと思われる伸介が隣の久を顎でしゃくって発言を促した。指名された久は長髪をオールバックに撫で付けた優男だったが、おどおどしながら口を開いた。

「八十原の叔父貴が行方不明になったのはご存知ですよね?」
「唐河氏に続いて八十原氏もか。何があったんだろうな」
「連邦のリチャード・センテニアが粛清して回ってるんですよ」
「ほぉ、銀河の英雄自らが来るとは――二十年ぶりか。賑やかになるな」
「あの……何故こうなったかはおわかりですよね?」
「さあ、私はこの星を定期的に訪れる程度の存在で、アンビスには何の関わりもない。アンビスの意思決定者はあなたのおじい様、村雲仁助氏だ。そこの問題を私に持ってこられても――」

 話を聞いていた伸介が久を怒鳴りつけた。
「だから言ったんだ。私や父さんは決してクスリに手を出さなかった。唐河や八十原と結託して甘い汁を吸おうとするからこんな事に――」
「そんな事言われたって。アメリカでもヨーロッパでもアンビスが一枚噛んでるんだし、日本も誰かが窓口になるべきだ、じいちゃんみたいに頑固なだけじゃあだめだって思ったんだ」
「本当にバカ息子だ。村雲家の名に泥を塗る真似を――」

 男が伸介の発言を遮った。
「親子喧嘩は家でやって頂こう。つまりこういう事だ。ドリーム・フラワーの流通に一役買った唐河氏も八十原氏も連邦に狙われた。久さん、次はご自分の番ではないかと恐れている」
「その通りです」と伸介が勢い込んで言った。「あなたのお力、いえ、あの方のお力もお借りしてこの危機を乗り切れないかとご相談に上がったのです」
 男は黒眼鏡のフレームを触りながら答えた。
「大戦の亡霊である私やあの男に頼るとは……自業自得の感は否めぬが手を尽くそう。幸いにしてリチャード・センテニアと戦いたいという者は昔から多くいてな」
「おお、ありがとうございます」
「だが相手は連邦の、しかも七武神の一人だ。成功の可能性は極めて低いと思ってもらった方がいい」
 黒眼鏡の男はそれだけ言うと呆然とする伸介、久親子を置いて立ち去った。

 

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