7.1. Story 2 闇に生きる者

2 嵐の去った後

 

蒲田警視

「しかしひどいもんだ」
 早朝、新宿東口に到着した蒲田大吾は独り言を言ってから、ものものしいテープを乗り越えて顔見知りのR班の捜査員の下に向かった。捜査員は蒲田の顔を見て不思議そうな表情になった。
「おはようございます。何で蒲田さんがここにいるんですか?」
「いや、ちょっとな。昨夜通報を受けた」
「蒲田さんの所も乗り出してきたとなると、こりゃまた主導権争いが大変そうですね」
「そんなのは上が決める事だ。被害状況は?」
「はい。このビルの九階、新宿修蛇会事務所で火災、それとは別に所有するビルでも火災がありました。後は大久保に近い所にあるビルでも火災です」
「ふむ」
「死者は二十五人、一般人は含まれていませんがいずれも修蛇会の構成員及び関係者、それから大陸系の――」
「大陸ギャングか?」
「はい。後は負傷者が三十数名、大半は空から降ってきた札束を拾おうとして争いになった者や、交通事故に遭った者です」
「空から札束ねえ」
「蒲田さん、ご存じでしたら教えて下さいよ。どうも金髪の男が関係しているらしいのですが」
「ああ、そうするよ」
 蒲田はそれ以上刑事の問いには答えずにその場を離れた。

 
 ぶらぶらと大ガードをくぐり、中央公園に向かった。
 二十年前と同じだ。またこの東京で何かが始まろうとしている――
 蒲田がベンチで考え事をしているとお目当ての人物が現れた。

 
「大吾。遅いぞ」
 リチャードは笑顔で蒲田の隣に腰掛けた。
「リチャードさん、困りますよ」
「ん、何がだ?」
「日本は法治国家です。ドリーム・フラワーだって然るべき機関が担当して、根絶に向けて努力をしている。こんな形がまかり通るようでは私たちはどうすればいいんですか?」
「確かにやり過ぎかもしれない。だがお前の言う努力とやらで本当にドリーム・フラワーが根絶できるか?ちんたらやってている間に爆発的に中毒患者が増えるだけだぞ」
「そう言われると返す言葉がありませんが、連邦はこの荒っぽいやり方をよしとしているのですか?」
 リチャードはにやりと笑い、蒲田の肩を軽く叩いた。
「大吾、しっかりしてるな」
「当り前です。二十年前はぺーぺーでしたけど今は警視です」
「大したもんだ。どうだ、もう一度現場に行かないか。詳しく説明してやる」

「それは助かりますが――その前に一つだけ教えて下さい。二十年前のようにこれから幾つも大事件が起こるんでしょうか?」
「私を悪の使いとでも思っているな。今回はドリーム・フラワーを排除する事だけが目的だから、本来は大事にはならないはずだ」
「本来?」
「悪の使いの胸騒ぎさ。とてつもない闇にぶち当たり、そこからとんでもないものを引きずり出してしまう気がしてならない。そしてそれは二十年前の比ではない」
「そんな」
「考えてもみろ、大吾。私は幾度となくこの星に来ているがこの星はどこか妙だ。二十年経っても連邦に加盟できず、人々の我慢は限界に達している。針の先ほどの小さな穴であっても水はそこを目指して一気に流れるんだ。そうすれば一気に決壊さ」
「私はその決壊を止めないといけない立場にあります」
「無理だ。この星に必要なのは一旦全ての膿を出し切る事だが、下手をすればこの星は滅亡するが、そうならないように努力するくらいしかできない」
「また自分の無力さに苛まれるのか」
「昔も言ったろう。お前は上出来の部類だ。さあ、現場に行くぞ」

 現場に戻り、リチャードは蒲田に捜査員を同行させなくていいのか尋ねた。
「一人でいいですよ。下手に人がいると色々と問題が出る。連邦員であるリチャードさんをおいそれとは捕縛できないですし」
「そんな事を気にしていたのか。もっともありのままを知ったらその場で拘束されるのは確かだ」
「それにこのヤマに当たっているR班の班長は昔からの知り合いで、二十年前の時にも一緒に捜査していた仲なんで、騒ぎを大きくしたくないんです」
「……何という名前だ?」
「えっ、専内さんです。金縁眼鏡をかけた銀行員っぽい感じの人で、我々からは『ノンキャリの星』なんて呼ばれてますよ」
「……なるほど。知っているかもしれない。R班の班長というのは大層な出世なのか?」
「次の人事異動でどこかの署長になるんじゃないかって噂です。なのでこのヤマでミソは付けさせたくないんですよ」
「もう十分大騒ぎだぞ」
「二十年前もそうだったように、ストーリー次第だと思います」
「ふん、その辺は変わっていない訳か――では大吾だけに昨夜の正確な状況を説明してやろう」

 
 説明は長時間続いた。
 ポータバインドの録画機能をオンにしながら蒲田は半分あきれたような表情でリチャードの後を付いてきた。
「やはり私一人で正解でしたよ。やり過ぎだ」
「お前の方でストーリーとやらを取り繕っておいてくれ。まだやらなければならない事が残っている。今、足止めを食う訳にはいかないんだ」
「リチャードさんの言う通り、この後も大事件が続くのであれば拘束してはまずい――もっともあなたが事件を作り出している可能性の方が高いですが」
「ははは、面白くない冗談だ」

 

殺気

 新宿の町はようやく交通規制が解除され、現場以外は平常の生活に戻っていた。
 二人が歌舞伎町の入口まで戻ると、捜査員が一人の男と話をしており、男は蒲田の姿を認めると会釈をして近寄ってきた。
「蒲田さんのヤマですか。だとするとえらく物騒ですね」
 男は黒のスーツに身を包んだ背の高い細身の男だった。年は三十半ばくらいだろうか、鋭い眼光と一部の隙もない体の動きは猫、しかも野生の山猫を連想させた。
「お前こそどうしてこんな場所にいるんだ。シマじゃないだろう?」
「修蛇会が壊滅でもしたらどうなると思います?この町は大陸ギャングに占領されちまう。そうなったらあっしが前面に出ない訳にはいかんでしょう」
「ああ、だが飛頭蛮の事務所も襲撃を受けた」

「そこですよ。復讐のためにあっちからギャングが大挙して押し寄せてくるはずだ。下手打ちゃ全面戦争ですよ」
「そうだな。四課やR班でもすでに対策を立てつつあるからお前もあまり無茶をしないでくれよ」
「……専内さんですか。どうもあの人は苦手で。ところでお隣の方は?」
「あ、ああ、私の古い友人だ」
「そうですか。じゃあ、あっしはこれで」

 
 男が去るとリチャードが蒲田に尋ねた。
「大吾、今の男は?」
「東京の東半分を治める組織の若頭です」
「強いな」
「へえ、わかりますか?」
「向こうも同じ事を思っていたはずだ。『間合いに入ったら斬るぞ』と言いたげだった」

「やれやれ。物騒な人ばっかりだ。ところでリチャードさん、これからどうしますか?」
「言ったろう。まだやる事がある」
「定期連絡だけは欠かさないで下さいね。後、必ず事前に御一報を」
「わかった。では早速伝えるが、今から唐河十三の首を取りに向かおうかと思っている」
「えっ、ヘビの頭ですよね?」
「私にとってはドリーム・フラワーの流通システムの一部品だ。システム全体を壊滅させる手始めに過ぎない」

 

唐河十三

 リチャードと蒲田大吾は新宿の繁華街の喧騒を離れた閑静な住宅街にやってきた。屋敷の前では目付きの悪い男たちが肩をいからせてうろついていた。
「あの屋敷が唐河邸ですが、組の者が常時待機していますし、セキュリティもしっかりしている。あそこに押し入るんですか?」
「ああ、正面からな」
「しかしR班や関係する部署に連絡しておかないと――」
「それは事後で構わん。何ができる訳でもないだろうし」
「手厳しいですね」

「ドリーム・フラワーを他の麻薬と一緒だと考えているようでは危機感がないのも当然だ」
「違うんですか?」
「あれは兵器だ。星を滅ぼしかねないほどの力を持っている。甘っちょろいやり方ではなく、戦争する気で臨まなければ根絶は無理だ」
「戦争ですか?」

「この星だけではなく銀河全体の問題だ。ドリーム・フラワーはどこかの星で製造されてから消費地に持ち込まれる。メインの消費地は銀河で一、二の発展を誇る《巨大な星》や《虚栄の星》だ。人の数も桁外れに多いから当然儲けも大きい。だが例外がある。この星だ。連邦加盟条件も満たせない劣等生の星に何故運び込まれるか、その理由はわかるな?」
「……二十年前にも同じ事を聞きました」
「この星は相も変わらず実験場だ。生産者側から見ればこの星がドリーム・フラワーによってどう滅びていくかだけが興味の対象なんだ」

「他にもたくさん星はあるじゃないですか?」
「この星の中に『この星がどうなろうと知った事ではない』と考える輩がいて、そいつらがドリーム・フラワーの流通に手を貸しているとすれば?」
「……それが唐河?」
「唐河ですら末端かもしれない。根はもっと深いはずだ」

「ではこの星から根絶するとは?」
「戦争さ。だが安心しろ。ドンパチやる戦争にはしない。先制攻撃で相手に反撃する暇を与えない」
「何となくリチャードさんのしようとする事が理解できました。たった一人で戦争を仕掛けるつもりですね」
「ああ、平和ボケしている皆にわかってもらおうとは思わない。お前だけわかってくれれば十分だ――さあ、行くぞ」

 
 リチャードは蒲田を少し離れた場所に待機させ、屋敷の門に向かって歩いた。すぐに屋敷の周りにいた男たちが駆け寄ったが、リチャードは笑顔を見せながら、男たちの手を振りほどいて屋敷の中に入っていこうとした。
 屋敷の門の所でもみ合いが起こったが、すぐに男たちはばたばたと倒れて、黒いスーツ姿のリチャードは悠然と屋敷の中に入っていった。

 
「久しぶりだな」
 リチャードは屋敷の中でも襲ってくる男たちを倒しながら居間にたどり着いた。ソファでは頭の禿げ上がった太った初老の男が寛いでいた。
「おや、お客さんか。仕方ないな、客人はちゃんと案内するように言ってあるのに」
「皆、おねんねさ。昨夜大変だったから寝不足なんじゃないか」

「――どちらさんでしたかな?」
「二十年前にあんたを潰しておけば良かったと後悔している者だよ」
「二十年前……確かあん時もここで会ったな。銀河の英雄が相手で泣き寝入りだった。リチャード・センテニア」

「あんたよりも頭の切れる養大人がその場にいたから死なずに済んだんだ」
「昨夜の一件もあんたの仕業か……だとしたら今度こそ勘弁できねえな」
「だからその前にあんたを潰しにきたんだよ」
「はっはは。そいつはどうかな。どうしておれが今まで生き永らえてこられたかわかるかい?」
「さあな、運だけだろ」
「言いたい放題だな――なあ、風呂だけ入らせちゃくれないか。毎日の習慣なんでな」
「何を企んでるのか知らんが構わないぞ。風呂でも何でも入ってこい」
 唐河は鼻歌交じりで居間を出て風呂場に向かい、リチャードは唐河の帰りを待った。

 
 十五分後、唐河は上気した顔で居間に戻った。
「さて、何を見せてくれるんだ?」とリチャードが尋ねた。
「これをやるのは《歌の星》での演習以来、久しぶりだが――」

 そう言った唐河の体がみるみる膨張して居間全体を覆うほどの大きさになった。
「食らえ、水爆弾!」
 部屋の形が奇妙に歪んだように見えた次の瞬間、物凄い爆音と共に全ての物が吹っ飛んだ。

 
 少し離れた場所で待機していた蒲田は突然の爆発音と共に水柱が上がり、唐河邸が吹き飛ぶのを目撃した。
 蒲田は急いで駆け付けようとしたが、滝のように降り注ぐ水と共に落ちてくる瓦礫に邪魔されて前に進めなかった。
「リチャードさん!」
「――ここだ」
 蒲田は声の方を見上げた。十メートルあまりの上空にリチャードが浮かんでいるのが見えた。
「逃げられたよ」
「何が起こったんですか?」
「水爆弾とやらをお見舞いされた」

 リチャードが地上に降りた。野次馬が集まり始めているのに気付いて蒲田を離れた場所に引っ張っていった。
「……唐河十三、NFIではトップランクですが、やはりこの星の人間ではなかったんですね?」
「元々は《歌の星》の親衛隊にいた人間だ」
「どこに逃げたんでしょう」
「大体の目星は付く。地下か、地上であれば仲間の所だ」
「仲間というと他のNFIですか?」
「大吾、それ以上踏み込むのは危険だ。深入りするな」

「確かにそれを知るのは恐いような気がします。昨日まで普通に接していたのにその人が地球人ではなかったなんて」
「そういう偏見もあって奴らは地下に潜ってしまう。なのでマーチャント・シップも立ち寄らない。結果、連邦には加盟できない。大体この二十年で何人が他の星と交流をした?」
「私は五年前にダレンから《巨大な星》まで視察で回りましたけど――いやあ、楽しかったなあ」

「お前は連邦民だからな。それ以外の普通の人間はどうだ?」
「規制がありますので殆どの人間は地球を出ていません」
「その閉鎖性の一方で大帝やリンを生み出す先進性、本当に変わった星だ」
「誉め言葉と取っていいんでしょうか。で、次はどこに行きますか?」
「今日はもういい。そろそろ日も暮れる」
「わかりました」と言った蒲田の携帯が鳴った。「はい、もしもし……わかった。すぐに向かう」
「何があった?」
「飛頭蛮に動きがあったようです。急ぎましょう」

 

謎の女

 リチャードと蒲田は新宿の北にあるビルに急行した。すでに現場検証は終わっていたが、ビルのワンフロアだけが完全に破壊されて、痛々しい姿を晒していた。
 警察関係者ばかりで野次馬はいなかったが、さっき歌舞伎町の入口で会った鋭い眼光の男がガードレールに腰をかけていた。
「蒲田さん」
 男が声をかけた。
「何だ、またお前か」
「面白い物が見られますよ。間もなくビルから出てきます」

 
 言われるまま、蒲田とリチャードも並んでガードレールに腰をかけて待っていると、五分後にビルから五人の男女の一団が出てきた。
 正確に言えば一人の女性を警護する四人の男性だろうが、それにしては四人がずいぶんと距離を取って女性を囲むようにしていた。
 肝心の中央の女性はサングラスをかけたチャイナドレス姿の若い女だった。リチャードたちに気付いて立ち止まり、じっと見つめた。

「面白い物ってあれか?」と蒲田が男に尋ねた。
「そうですよ。裏の世界では相当知られている、『虞美人草』って呼ばれる女ですよ」
「見た感じは普通っぽいけどな。ただ警護が距離を空け過ぎじゃないか。あんなんじゃ、何かあった時に対象を守れない」
「蒲田さんはそう思いますか」と言ってから男はリチャードに尋ねた。「そっちの旦那、なんなら試してみますか?」
「いや、止めとくよ」と言ってリチャードはにやりと笑った。「それよりあんたの居合で懐に飛び込むのを見てみたい」

「――さすがはリチャード・センテニアだ。あっしの技までお見通しとは。あの女の凄さもわかるんですね」
「うっすらとな。だが仕掛けがわからない。相手を仕留めるのもやはり飛び道具か?」
「そのようですよ。今まであの女に向かっていった奴らは皆、触れる事すらできずに全身蜂の巣になったって話です」
「ふーん、恐いな。その技も恐いが、あの女が背負っている業を想像するとそちらの方がもっと恐い」
「残念ながら虞麗泉って名前と養万春亡き後の飛頭蛮での一番の実力者という事しかわかっちゃいやせん」
「虞麗泉か」
 黙って話を聞いていた蒲田が思わず声を上げた。
「ちょっとお二人とも。こっちに来ますよ」

 
 チャイナドレスの女、虞麗泉はガードレールに腰掛ける三人に近付いた。一メートルほどの距離になった所で女は立ち止まり、深々とお辞儀をしてから背中を向けて立ち去った。
「ああ、どきどきした」
 虞麗泉と警護の男たちが行ってしまうと蒲田が安堵のため息を漏らした。
「お二人が変な事言うから緊張したじゃないですか」
「すまん、すまん。なかなか礼儀正しいじゃないか」
 リチャードが笑い、男も小さく笑った。
「じゃあ、あっしもこれで」
 立ち去ろうとした男をリチャードが呼び止めた。
「あんた、名前は?」
「美木村っていうちっぽけな男ですよ」
 それだけ言って美木村は去っていった。

 美木村を見送ってリチャードも立ち上がった。
「さあ、今日は解散だ。何か動きがあったら連絡するよ」
「はい。そうして下さい。二十年前とは違う意味で手に負えないような気がしています」
「大吾は心配性だな」

 

もう一仕事

 蒲田と別れ、一人になったリチャードは夜の闇に溶け込んだ。
「登場人物が揃ってきた。セキがこんな奴らに太刀打ちできるか――ケイジがどこまで仕上げてくれるかだな」
 リチャードは深夜を待って行動を開始した。着いたのは池袋の北にある静かな住宅街だった。
「大吾に連絡しないのは気が引けるが仕方ないか……藪小路の息のかかった専内もいる」
 そう言ってリチャードは「八十原」という表札のかかった屋敷の塀を乗り越えた。

 

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 Story 3 初仕事

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