目次
3 記念館
都鳥跡地
コタツで眠っていたセキは肩を揺さぶられ、目を覚ました。
「……あ、おはよう」
もえはすでに制服に着替えて、髪をブラッシングしていた。
「学校に行くけど夜9時までどうするの。ここにいてもいいけど?」
「僕も一緒に行こうかな」
「女子高だし、中には入れないよ」
セキはもえと一緒に家を出た。
「ねえ、もえ。昨日おじいちゃんがいるって言ってたけど一緒に暮らしてないの?」
「うん、きっとおじいちゃんも会いたがると思うから、そのうち紹介するね」
「学校はどこ?見当たらないけど」
「まだ駅まで行って、電車に乗るのよ。あたしは二駅だからまだいいけど、皆もっと遠くから来てるわ。ネオではどうなの?」
「普段はヴィジョンで勉強、イベントがある時には集会所に集まる」
「ふーん、違うんだね。セキ、お金ないでしょ。切符どうするの?」
「ギーク(GCU)は使えないのか。じゃあ空から追いかけるから座標だけ教えて」
「座標って何よ」
「わかった。適当に追っかけるよ」
「昨日は大変だったね」
もえは休み時間にクラスメートから声をかけられた。
「ああ、有希。やっぱり不良の真似事はだめね」
「あんな怖い思いしたの初めてだったけど、助けてくれた人、すごかったよね。なかなか可愛い顔してたし」
「……そうだ、有希。『文月記念館』ってどこにあったか覚えてる?」
「文月リンの家だった場所、確か江東区のSじゃなかったかしら。どうしたの、もえ、急に」
「ううん、何でもない」
昼休みになると再び有希がもえの下にやってきた。
「ねえ、もえ。外を見てよ」
「何?」
もえは何気なく校庭を見下した。都心の女子高のちっぽけなアンツーカーの校庭のフェンスに一人の男がまたがっているのが見えた。
「あの人、昨夜の人に似てない?」
「――あたし、ちょっと行ってくる」
もえは大急ぎで校庭を走り抜け、大声を上げた。
「ちょっとセキ、何してるのよ」
「ああ、もえ。ここで良かったんだね」
「先生が来るからここにいちゃだめよ」
「えっ、そうなの?」
「うちは厳しい女子高なの――そうね、坂の途中に小さい公園があるからそこにいて。あたしも放課後すぐに行くから、後三時間くらい時間を潰してて」
「わかった」
午後3時半を少し回った頃、公園にもえが現れた。
「何してたの?」
「空を見てた。ネオと同じような空なのにどうして地上の様子がこんなにも違うんだろうって」
「詩人で結構ね。ねえ、セキ。あなた、お父さんの記念館があるの知ってる?」
「静江ばあちゃんが言ってたような気がする」
「昔の住まいなんですって。まだ時間があるからそこに行ってみない?」
セキはもえに連れられて生まれて初めて電車に乗り、江東区Sに向かった。
「どうやらここみたいよ」
「これが……父さんの育った家か」
五階建てのビルの一階と二階が当時のまま移築されていて、一階には『都鳥』という看板が残っていた。
セキたちがドアを開けると正面に受付と階段があり、左手が資料室だろうか、右手は喫茶店当時のままの休憩室となっていた。平日の午後とあって人の数はまばらだった。
「いらっしゃいませ」
受付の中年の婦人が記帳するように言ったのでセキともえは名前を書いた。
「えっ、お身内の方?」
婦人は驚いてセキに尋ねた。
「はい。六番目の息子です」
「まあ、それはすごい。ハクさん、コクさん……あなたが三人目だわ。ちょっと待ってて下さいね。すぐに館長を呼びますから」
セキたちは館長が来るまで休憩室で待たされた。
「お兄さんたちは来た事あるみたいね。去年のサッカーの国際大会の前だったかしら。あの時はずいぶんと大騒ぎになったもの」
「兄さんたちはカッコいいから目立つんだ」
「あら、セキもなかなかよ」
しばらく待っていると館長が現れた。
「どうも。館長の西浦治です」
西浦と名乗ったのは、ぷりぷりと光った頬の初老の男だった。
「館内、見て回ります?君にとっちゃ大した発見はないと思うけど、お父さんの業績や暮らした場所の雰囲気に触れるいい機会だと思うよ」
西浦本人の案内で一階と二階の資料室をたっぷり一時間かけて見て回り、休憩室に戻ると受付の婦人がコーヒーを持ってきてくれた。
「まあ、記念館なんてこんなもんだよ」と西浦が言った。
「父は有名人なんですね」
「そりゃもうね。あんな人は二度と現れない」
「西浦さんは父と親しかったんですか?」
「うーん、まあね。警視庁にいた頃に幾度となく助けられたよ」と言ってから西浦はもえの方を向いた。「ねっ、市邨さんのお祖父様も存じ上げてるし」
言われたもえは真っ赤になり俯き、西浦は笑いながら後を続けた。
「さて、お二方。時間は大丈夫だよね?」
「えっ、実はこの後用事があって――」
「それなら平気、平気。どうせ行く場所は同じだから」
「どういう意味ですか?」
「9時の待ち合わせよりも早く着いたという事。さあ、いらっしゃい」
西浦は先に立って受付の奥へとセキたちを引っ張っていった。
西浦は受付の奥にあるエレベータに入り、下降ボタンを押した。
「どこに行くんですか?」
「言ったでしょ。あなた方は夜9時にリチャード・センテニアと会って、それからここに来る予定だったんだよ」
「ここ?」
「厳密に言えばここではないけど大差ないでしょう」
「あの」ともえが恐る恐る口を開いた。「あたしも一緒にいていいんですか?」
「もちろん。あなた、木場公園くんだりまでセキ君を連れて行ってそのまま帰るってのはないでしょう」
「まあ、そうですけど」
エレベータはかなりの地下深くで止まったようだったが、出る際にセキがボタンを確認すると「B」としか記されていなかった。
薄暗い廊下を進んでいくと大きな鉄の扉が行く手を塞いでいた。
「この長い空間はね、東京大空襲の時の教訓で生まれたもの。こうしておけば一般の方も避難できるだろうって。で、本題はこの扉の先」
西浦がおもむろにポータバインドを使って何事かを口にすると、大きな鉄の扉が音を立てて開いた。
「西浦さんは連邦民なんですね?」
セキが驚いて叫ぶと西浦はにこりと笑った。
「驚くのはまだまだ早いよ」
父を知る人々
驚愕の光景だった。鉄の扉の先に広がっていたのは地下の都市だった。ほんのりと明るい街灯が通りに沿ってまっすぐに続く中、両脇には石造りの中層の建造物が並んでいた。
通りを歩いていたのは自分たちと変わらない顔体つきの者、少しだけ違う者、全く構造からして異なる者、様々だった。
ほとんどの人はゆっくりとした歩調で歩いていたが、中には不思議な二輪車に乗っている者もいた。
「あれは?」とセキが尋ねると、西浦が笑いながら答えた。
「最近地上でも話題になっているでしょう。地下では一足早く、というより地下の物が地上に持ち込まれたのかな」
「皆さん、のんびりしてますね」ともえが言った。
「新しい地下鉄の路線が通ったり、雨水の調整池ができたり、地下街が開発されたりする度にこの地下都市が見つからないように引っ越すから、段差ができて移動が大変になった場所もあるんだ――セキ君のお祖父様の『転移装置』があれば問題は解決するんだけどね」
「お祖父様って、須良大都までご存じなんですか?」
「それはね……また後にしましょう」
通りには地上と同じように一通りの店があるようだった。カフェにレストラン、食料品店に理髪店、その中で一際大きな建物に西浦は入った。
「ここが集会所」
「集会所――ネオと同じですね」
「確かに似ているかもしれないね」
三人は大きな円卓とソファのある部屋というよりは共有スペースのような場所に着いた。
「ちょっとここで待ってて」
そう言って西浦は一旦いなくなった。
セキともえがソファに腰掛けて待っていると二人連れの男が通りかかった。
一人は細く青白い顔をしていて、もう一人は小柄で首が肩にめり込んでいるように見えるくらい上半身の筋肉が発達していた。
細身の男が足を止めてセキをしげしげと眺めた。誰だろうと考えながらセキが曖昧に挨拶を返すと、男はにやりと微笑んだ。
「ほほぉ、よく似ておられる。なあ、バフ」
バフと呼ばれた男も肩を揺すって笑った。
「ああ、そっくりだ。あんた、リンのせがれだろ?」
「あなた方は?」
「これは申し遅れました。私は『灰色の翼』トーラ」
トーラはそう言って、服の下に潜ませていたのだろうか、コウモリのような翼を広げて見せた。
「おれは『地に潜る者』バフだ」
「父さんを知ってるんですか?」
「知っているも知らないも、戦った間柄ですからねえ」
西浦が戻ってきて、トーラとバフを見つけ、説明を加えた。
「セキ君。彼らは元々リチャード・センテニアの部下だったんだが、君のお父さんとの戦いに敗れて、以来二十年間この地下のために働いてくれているんだよ」
「西浦さん、私たちはこの星が気に入っただけですよ」
「いや、でも地下の掘削はあなた方がいなければどんな事故を招いていたかもしれないでしょ」
「地に潜る者って言っても」とバフが言った。「おれは《獣の星》出身だから、正統派じゃねえんだ。見よう見まねで地脈を調べただけさ」
「私もこのような灰色の翼ですからねえ。もっともそのおかげで閉鎖空間も平気ですが」とトーラも言った。
セキともえには彼らの言っている意味が全く理解できなかった。話を聞いていた西浦が唐突に何かを思い出したように話し出した。
「おお、そうだ。セキ君。リチャードと話をしてきたよ。今日の待ち合わせは当然キャンセルだそうだ。彼は新宿で動くらしいけれども、君は私たちの指示に従うようにとの事だった」
「勝手だなあ」
「君が自力でここまで来たのは予想外だったみたいでね。もっともそこにいるもえさんの力だろうけど。もえさんは君の幸運の女神かもしれないね」
「そんな」ともえが言った。「あたし、本当にここにいてもいいんですか?」
「構いません。と言うよりもむしろ、いてもらった方がいいかもしれないね」
新たな男がやってきた。西浦は男をセキたちに紹介した。
「トーラ、バフと並んでこの地下の頼れる男、サンタです」
「早いじゃないの」
「――何で昨夜、言ってくれなかったの?」
「そりゃあんたが自力で来なきゃ意味がないからね。改めて自己紹介するわね。元《歌の星》親衛隊、サンタだ」
「これで」と西浦が口を挟んだ。「後は先生が来るだけだね」
全員がソファに思い思いに腰掛けて話をしていると一人の小柄な男が顔を出した。
「いや、すまんね。急な往診が入ってね」
「こちらこそ予定より早くお呼び立てしてすみません」と西浦が答えた。
「リチャードに何かあったのかね?」
「ここにいるセキ君が予定よりもずっと早く記念館の方に来られたのですよ」
「ほぉ、そうか。で、隣のお嬢さんは――いや、その前にこちらが名乗らんといかんですね。わしの名は天野釉斎、芝公園で医者をやっております。この『パンクス』日本支部の代表です」
「パンクス?」とセキは尋ねた。
「リチャードから何も聞かされていないのでしたね。パンクスとは他所の星からこの地球にやって来た者のための組織。日本にはこの東京地下の他に大阪、福岡、札幌に支部があります」
「なるほど、確かに、その――トーラさんやバフさんは地上で生活するには顔立ちが違い過ぎますもんね?」
「そうですね。地上で生活できていても問題がある事は多いんですよ。例えば寿命が違う。今日は来ていませんがティオータという男などは江戸時代の終わりを見ているくらいですからね」
「リチャードとはどうやって知り合ったんですか?」
「二十年前に彼が帝国の人間としてやって来た時、トーラとバフは君の父さんに敗れた。パンクスで面倒を見ているのを知ったリチャードがここを訪れて以来ですね。君の父さん、リンはその前からパンクスと接点がありましたが」
「えっ、そうなんですか?」
「おいおい君にもこの《青の星》の表と裏がわかってくるでしょう。ところで隣のお嬢さんは?」
「……はい。市邨もえです」
「市邨?と言うと伝右衛門さんの?」
「祖父をご存じですか?」
「とても素晴らしい方です。話をすれば際限ないが、今ここにいるセキのおじいさんに当たる須良大都を東京大空襲の時に救ったのが若き日の伝右衛門さんです」
「えっ、本当ですか。おじいちゃんがセキのおじいちゃんを助けていた。リンはあたしの母を助けた。あたしがセキを助ける――セキ、スコアで言ったら二対一よ?」
「何それ、初めて聞く話ばっかりだし、意味がわからないよ」
師匠の登場
「さて」と言って釉斎は姿勢を正した。「ここからが本題です。今回リチャードと君がこの星を訪れた目的はドリーム・フラワーの根絶、それはわかっていますね?」
「はい」
「だがそのためにはかなり危険な橋を渡らなければなりません。この星にもう一つある組織、『アンビス』を敵に回す可能性があるのですよ」
「……アンビス?」
「アンビスはパンクスと同様、他所の星からこの星にやって来た者のための世界的な組織ですが二つは大きく異なります。パンクスが第一に考えるのは地球人との共生ですが、アンビスはこの星で力を手にしようと考えています」
「力?」
「具体的に言えば政治を牛耳る、経済界を支配する、闇社会の王となる、そんな所です」
「じゃあ敵対しているんですか?」
「話はそう単純ではありません。皆、他所の星からやって来た者、目的は違えど協力すべき事は協力し合わないとやっていけません。なのでこれまで互いのやる事を黙認する形で共存してきました」
「……」
「彼らがドリーム・フラワーの流通に関わっている事も薄々、勘付いていました。ドリーム・フラワーを根絶するためにはリチャードはアンビスの息のかかった者を敵に回さないといけません。パンクスはアンビスではなくリチャード、いや連邦に協力するつもりです」
「当然ですよ。人をぼろぼろにする麻薬なんて絶対にだめです」
「その通りです、セキ君。ドリーム・フラワーは人を滅ぼす恐ろしい薬です。何があっても根絶しなければなりません」
「でもアンビスは力を持っているんですよね?」
「ええ。政界、財界に息のかかった人間を何人も送り込んでいるし、新宿、池袋、六本木。サンタのいる渋谷以外の東京の西の繁華街は彼らに押さえられています」
「どうして西だけ?」
「元々、両者の間で地下に都市を建築する時にそう取り決めたそうです。宮城を挟んで東はパンクス、西はアンビスと。最近では地下鉄の拡張などでその境界線が大分曖昧になっていますが、上野や浅草は我々が風紀を守っているし、伝右衛門さんのような男気のある方も門前仲町に控えてらっしゃいます」
「もえのおじいちゃん?――でもそれだけの力を持っているアンビスならパンクスを潰すのは訳ないんじゃありませんか?」
「さっき、『互いのやる事は黙認して共存』とお伝えしましたが、一度だけ例外がありました。父から聞いた話ですが、大震災の混乱に乗じてアンビスの若者がパンクスの女性を襲ったのだそうです。その犯人の若者はかなりの実力者の息子だったので、うやむやな決着に落ち着きそうだった時に、ある男が単身、アンビスに出向いて、その男を含む十数人の首を一瞬にして刎ねたのですよ。それ以来、パンクスには手を出してはいけないという暗黙の規則ができて現在に至っています」
「じゃあその人は今も生きていて……もしかしてサンタ?」
「いや、おれみたいな小者じゃないよ」
サンタは慌てて首を横に振った。
「もちろんトーラやバフでもない」
「ティオータって人?」
「ティオータは確かに強いですが、十数人の首を一瞬で刎ねるのは無理です。銀河全体を見回しても、そんな事が可能なのは君の父さんの『天然拳』くらいのものでしょう」と釉斎が言った。
「もしかすると――」
「ほぉ、リンから聞きましたか?」
「ううん、父さんは僕が赤ん坊の頃にいなくなったからそんな話してません。そうじゃなくてさっきからこの広間にもう一人いる気がしてるんだけど、その人?」
答えたセキを除くその場の全員が黙り込み、やがて秘かな笑い声と共に声が聞こえた。
「ひとまずは合格だ。大都やリンに比べれば大分落ちるが、九人の子供の中で一人くらいは弟子としてもいいかもしれん――セキ、話が終わったら私の下まで来い」
声はそれきり聞こえなくなった。
「――やっぱり、誰かいたんですね?」
「今回リチャードが君をここに来させた理由は君に独り立ちしてもらいたいため。そのために修行をしてもらう必要があります」
「今でもそこそこ戦える自信はあるけど」
「だめだね」とサンタが口を開いた。「昨夜立ち合ったけどあの実力じゃああっという間にあの世行き。実戦の場数を踏んでないから無理もないけどさ」
「えっ、でも他の兄さん姉さんたちや弟たちも似たようなもんだよ」
「リチャードが言っていましたが、リンがいなくなった今、九人の子供たちを一人前に仕立てあげるのが自分の役目なのだそうです」
「で、今の人の弟子に?」
「名はケイジ。君のおじいさん、そしてリンの師匠だった方ですよ」
「おれとトーラはよ」とバフが言った。「ケイジの腕にほれ込んでここにいるって訳だよ」
「パンクスを存続させている最大の抑止力」と釉斎が言った。「最近ではサンタ、トーラ、バフもいますが、世界中のアンビスを震え上がらせる男の修行は厳しいですよ」
「ここまで来たらやるよ」
「それではここから少し行った所の灯りのない部屋に行って下さい――もえさんはどうします?」
「あっ」と言ってもえは腕時計を見た。「もうこんな時間。明日も学校なんで一旦帰ります。週末、又寄ってもいいですか?」
「もちろんですとも。セキ君の幸運の女神だそうじゃないですか」
「そんな」ともえは言って頬を赤らめた。
「サンタ、送ってあげなさい。セキ君は修行を始めるように」
指定された場所に行くと、釉斎の言葉通り灯りの点っていない部屋があった。セキはどうしようか迷った挙句、靴を脱いで部屋に上がり込んだ。
板張りの感覚が足を通して上がってきた。暗闇に目が慣れると部屋の奥には燭台らしきものが二基立っていた。
セキはさっき感じる事ができた人の気配をもう一度感じようと必死に集中力を凝らしたが、何も見えてこなかった。
「――やはり、気配を完全に消すと無理のようだな」
「いつ、どうやって父さんの師匠になったんですか?」
「詳しい事は忘れた――お前の父は幼い日から十年近く、私の下で修業をした。それに比べてお前に与えられた期間は一週間。リチャードにはその期間で物になるようにしてほしいと言われている」
「たったそれだけ?」
「状況によってはもっと短くなるかもしれん。リチャードを助ける必要があれば、そちらに赴く事になる」
「できるかな」
「筋は悪くない。セキ、武道の経験は?」
「ありません」
「『自信がある』と言った根拠は?」
「重力を変えられます」
「大都と一緒か。では説明しよう。稽古は『摺り足』、『剣振り』、『集中』の三つだ。これだけを続けろ」
「ケイジ師匠は姿を見せないんですか?」
「呼び捨てでいいぞ――そうだ、『剣振り』の際にはこれを使うといい」
暗闇の中でセキの手に一振りの鞘に収まった刀が押し付けられた。
「これは?」
「リンが残した剣、『鎮山の剣』だ。『子供の誰かに渡して欲しい』と言われていた。最初にここに来たお前でいいだろう」
「ありがとう」
「では『摺り足』を開始しろ。『止め』と言うまで続けるのだ」
「ケイジ、姿を見せてはくれないの?」
「そんなに見たければ見せてやろう」
二基の燭台の間に人の姿がぼんやりと浮かび上がり、セキはその姿に言葉を失った。
「――どうだ。満足したか」
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