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20XX.7.22 変心
一昨日のナカナの家での一件はぼくにある事実を突きつけてくれた。世間はこんな与太話にまともに取り合ってはくれないって事だ。
その辺りの後味の悪さを感じつつも昨日は『クロニクル』を読み続けて、いよいよエピソード6が終わろうとしていた。
チャプター9を読む前に一応蒲田さんに連絡しておいた方がいいだろうか。そういえば美夜とも一週間以上連絡を取っていない。やはりあの門前仲町で会った女性の一件が重くのしかかっているせいか、こちらから連絡がしにくかった。美夜からも連絡がないから、どうやらぼくは死神ではなかったみたいだけど。
夕方になって携帯が鳴った。ナカナからだった。
「もしもし、ジウラン。これから言う事を聞いてくれる?」
また何か言われるのだと覚悟を決めた。
「お父さんが今会社から帰ってきて、ママとあたしを呼びつけたの。それで『あのジウランという青年は見所がある。ナカナ、彼の助けになってやりなさい』だって。ね、信じられないでしょ?」
ナカナがふざけているのだと思い、適当に相槌を打った。
「ちょっとジウラン、冗談じゃないのよ。お父さんったら『改めて話がしたいから日程を調整しなさい』って言ってるの」
言葉を見つけられなかった。
「……もちろん、すぐになんて言わない。あたしのピンチを救ってもらったのを感謝するのが先だし。ありがとうね、ジウラン。でも、できたらもう一度……あ、何でもない。今のは忘れて」
よかったね(本当によかったのだろうか)――
「うん、とりあえずは連絡まで。また電話してもいいよね。じゃあね」
一体どういう風の吹き回しだろう。もしもぼくが父親だったとしたら、やはりナカナの父親と同じように接したはずだ。
お前は何をしたいんだ、まともな仕事にも就かずに何をやっているんだ、本を読んで、それで世界を救う?寝言を言っている暇があるなら働け。
働く、そうだ、じいちゃんのお金もいつまでも続く訳じゃない。そろそろ仕事をしないと。
それにしても父親は何故意見を百八十度変えたのだろう。会社で若い部下に何か言われた――いや、あのエリート会社でドロップアウトに同情する人間などいないだろう。
蒲田さんに連絡しよう。一昨日の時点では大した話じゃなかったけど、今日の展開まで話せば少しは興味を持ってくれるかもしれない。
「ああ、ジウラン君かい。何かあった?」
一昨日から今日までに起こった出来事を話した。
「いやあ、ジウラン君も隅に置けないね。あんな素敵なパートナーがいるのに別の女の子を泣かせるとは。いや、冗談だよ。ぼくも警察をドロップアウトしたようなもんだから、身につまされるよ。まあ、エリートとは生き方が違うと言ってしまえばそれまでだけどね。ところでその父親の勤めている会社はどこなんだい?」
N建設の名前を出すと、蒲田さんが喉をごくりと鳴らす音が携帯越しにはっきりと聞こえた。
「ジウラン君、僕は今非常に取り乱している。その理由は僕の推理が当たったかもしれないからだ。いいかい、ジウラン君。N建設っていうのは例の元麻布聖堂の工事施工を一括受注した会社なんだぜ」
ナカナがぼくに相談したのは偶然みたいなもんですよ――
「確かに偶然だったろう。だからこそ父親は君に冷たく接した。ところが出社したところ組織の関係者から圧力がかかった。それで今日になって突然心変わりしたような事を言い始めた」
何のために――
「君と娘さんをお付き合いさせておけば、もっとプライベートな情報が手に入るとでも思ったか、それとも娘さんを近づけておけばいざという時の保険になると企んでいるか、僕にもわからない。でも君が取るべき道は……うーん、どうなんだろう」
何ですか――
「その娘さんをこのゲームに巻き込む事、もうすでに巻き込まれているのかもしれないけどね。そしてもう一つ、その気がなくても君は彼女と付き合えるかい?」
それはできません――
「君ならそう言うと思ったよ。だったらこうしよう。彼女の誘いは極力断らないようにして微妙な距離を保つんだ」
そんな事できるかな――
「いや、君はやらなければいけないんだ。君の話を聞いて僕はある仕掛けを思いついた。それが成功した場合に彼女を支えてあげられるのは……君だけなんだ」
蒲田さん、一体――
「詳しくは言えない。成功するかどうかもわからない。話せる時がきたら君に話すよ。じゃあ僕はこれから早速行動開始するから。また会おう」
電話は切れた。
何かが起こる、それしかわからなかった。
登場人物:ジウランの日記
名 Name | 姓 Family Name | 解説 Description |
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ジウラン | ピアナ | 大学生。行方不明になった祖父のメッセージに従い、『クロニクル』という文書を読み進む | |
デズモンド | ピアナ | ジウランの祖父 一年前から消息不明 |
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能太郎 | ピアナ | ジウランの父 ジウランが幼い頃に交通事故で死亡 |
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定身 | 中原 | 文京区M町にある佐倉家の屋敷の執事 | |
美夜 | 神代 | ジウランをサポートする女性 都立H図書館に勤務 |
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菜花名 (ナカナ) | 立川 | ジウランのガールフレンド | |
治 | 西浦 | 元警視庁勤務 美夜と関係があるらしい |
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大吾 | 蒲田 | 元警視庁勤務 現在は著名な犯罪評論家 |
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シゲ (二郎) | 重森 | 伊豆の老人ホームにひっそりと暮らす |