6.8. Story 2 ヴァニティポリス

4 旧文化地区

 旧文化地区、ドミナフ王が建てたという星で最古の城が見えた。
「長い戦いだったが、これが最後になるはずだぜ」
 コメッティーノが感慨深げに言った。
「うむ、東京で大帝に押しつぶされたのが一年半前か」
「あの時の仇を討たなきゃね」
 リンもやる気満々の様子で答えた。

 
 リンたちが大きな広場を抜けて城内に入ると、玉座の間に探し求める人物がこちらに背を向けて立っていた。
「大帝、約束通り来たぞ」
 リチャードの言葉に背中を向けていた人物が振り返った。
「来たか。リチャード、自分が誰かわかったか?」
「ああ、おかげ様でな。だが何故、あんたが私とロックの間のいきさつを知っていた?」
「ジノーラが教えてくれた」
「本当か?」
「お前をデルギウスの再来だと思い、『銀河の叡智』の再現を期待していたが、大きな誤解だった。お前は人為的に作られた『全能の王』だったとな」
「その通りだ」
「だがこうも考えた。『銀河の叡智』はデルギウス一人の手によって行われたものではない。残り六人の仲間、とりわけノカーノの力に依る所が大きかった」
「……」
「そこで私はお前を《青の星》に行かせた。お前がデルギウスの末裔であれば、必ずやノカーノのような者に出会う、そう思ったのだ」
「……何故《青の星》だ。ノカーノには何の関係もないはずだぞ。それに……リンはノカーノではない」

「今から五十年ほど前、《青の星》は星を挙げての不毛な戦いに明け暮れようとしていた――

 

【大帝の回想:デズモンド】

 ――幼かった私の家に他所の星から来たという不思議な居候が転がり込んできた。二メートル近い身長に鋭い眼光、名をデズモンド・ピアナと言った。
 デズモンドは私を大層可愛がってくれた。私もデズモンドが大好きで彼が何をするにも、どこに行くにもついていくような有様だった。
 彼は歴史学者で、この星の歴史を調べていると私に語った。

「なあ、大都。俺は『クロニクル』という歴史書をまとめているんだが、今、第二版の準備をしているんだ」
「なに、それ。そんな本聞いたことないよ」
「そうだろうなあ。第二版では初版では謎だったいくつかの事実が判明するはずだ。それにはな、この星も入るんだぞ」
「えっ、ほんと?」
「本当だとも。初版を出した段階では、どうしてもノカーノが七聖となってから《賢者の星》に行くまでの間の行動が謎だった。だがどうやらノカーノはこの星にいたらしい」
「何してたの?」
「それはまだこれからの調査だ。またわかったら話してやろう」

 私はデズモンドから話の続きを早く聞きたいと願った。しかし時代は星を巻き込む戦争へと舵を切ってしまった。
 デズモンドとは東京に大空襲があった夜にはぐれて、その後一度だけ再会をしたが、すぐに別れた。
 今も無事かはわからないが、『クロニクル』の新版が出たという話も聞いていない――

 

 ――ノカーノが《青の星》に関係があるというのはデズモンドと私だけが知っている事実だ」

「だからと言って、リンがノカーノの末裔だという訳ではない。あんたこそ、そうかもしれないじゃないか」
 リチャードが気色ばんで言った。
「なるほど、それは考えもしなかった。だがどちらでも良い。お前はリンを見出し、そしてリンがここにいる。『銀河の叡智』の復活はそう遠い未来ではない」
「あんたはそれがリンだというのを初めからわかっていたのか?」
「全くの偶然だ。よもや友人の文月の息子とは思わなかった。ましてや私の息子になるともな――いや、待てよ。なるほど、そういう事か」
「どうした?」
「何でもない。私はお前たちを私の掌の上で遊ばせてきたと思っていた。だが私自身を含めた全員が誰かの掌の上で踊っているに過ぎなかったようだ」
「さっきの星読みの人?」
 突然、リンが会話に割り込んだ。
「……リンか。だいぶ成長したようだな。《巨大な星》の件は礼を言うぞ。よくぞあの星を救ってくれた」
「何でほったらかしにしたの。もっと早くにマンスールを排除できたでしょ?」
「あれは約束を守るためだ。私が帝国を建てる決意を固めた後すぐに、向こうからひょっこりと訪ねてきた――

 

【大帝の回想:マンスール】

 ――マンスールはアダニア派とプララトス派の諍いを収めた人格者として表向きは通っていた。
 私がその事を告げると、マンスールは皮肉な笑みを顔に浮かべた。
「本当にそう思ってらっしゃるのですか?」
「まさか。お前自らが火をつけて消しただけ。いわゆるマッチポンプを演じるような極悪人だ――そんな男が私に何の用だ?」

「私はかねてからあなたに注目しておりました。あなたが数奇な運命により遠い星から転送された事、あなたの研究の事。類稀なる強い意志と銀河で三本の指に入るという武術の腕、それがあれば銀河に覇を唱えるのも可能です」
「確かに今の連邦は腐り切っている。『銀河の叡智』の復活など夢のまた夢。私が支配者になれば、再び平和な世界を実現できる――だがそれが一介の宗教家のお前と何の関係があるのだ?」
「そうおっしゃらずに。私はあなたの手助けをしたいのです。こう見えても私はひとかどの人物。力は持っております」

「それだけ自信があるのならお前がその役を担えばいいではないか?」
「いえ、私は、その、人の上に立つ器ではないそうです」
「自分をよく知っているな」

「実は私はここよりはるか遠く離れた地、《享楽の星》のドノス王に仕える身にございます」
「ではその人物が直接乗り込んでくれば良いだけの話ではないか?」
「我が王は表立って行動されるのがお嫌いなのです。我が王も私もあなたを影で支えたいのです」

「何の見返りも求めずにか?」
「一つだけ。帝国が版図を拡大、そうですな、銀河で並び立つ物のないもう一つの都、《虚栄の星》を支配した暁には、この《巨大な星》の統治を私めにお任せ頂けないでしょうか?」
「何故だ?」
「『星間統治論』によれば、この星と《虚栄の星》を同時に統治する事は不可能です。距離が離れすぎていて、いわゆる『王の不在』状態を招きます」
「なるほど。そうしてお前は《享楽の星》の都、この星の都、そして《虚栄の星》の都、銀河の名だたる都全てに進出する足掛かりを掴めるという訳か。他力本願も甚だしいな」
「め、滅相もございません。私にそのような大それた野望など」

「約束をしても構わんが。《虚栄の星》にまで進攻できる日がいつになる事やら」
「そう遠い将来の事ではありませんぞ。《虚栄の星》を支配したなら、そちらにお移り下されば良い。この星の事は万事お任せ下さい――

 

 ――私はその時のマンスールとの約束を守った。《巨大な星》の民に恐怖と絶望を経験させて、無用な犠牲者を出したのは痛恨の極みだ」

「本当だよ」
 リンがぷりぷり怒りながら言った。
「死なないでもいい人がたくさん死んだんだからね」

「どうしてあんたは銀河に覇を唱えるのをあきらめたんだ?」
「そもそも銀河に覇を唱えようなどと考えた事は一度もない。リチャードを押し立てて叡智を再現させようと考えた時期もあったが、お前はリンを選び、独自の道を歩み始めた。そしてお前たちが起こす幾多の奇跡の知らせが伝わり、やはり自分は選ばれた人間ではないのを再確認した。所詮は主役が登場するまでの前座に過ぎないとな」
「何故?」

「これのせいだ」
 大帝が両手を合わせた。
「……シニスターか……」
 リチャードは身構えたが、あの見慣れた赤い玉は一向に大帝の体から浮かび上がってこなかった。
「――どうした事だ。私の体の中には確かにシニスターの滴が入っているはずだが」
「大帝」
 リチャードがたまらず声をかけた。
「あんたはシニスターに憑りつかれてるんじゃないのか?」
「確かに、あの世界が赤い雲に覆われた日、私の体にシニスターの滴が入った。だからこそ私は大帝になる決意をした――いや、待てよ。そんなはずは……」

 
 大帝は突然リチャードたちを無視して、古城の天井、いや、それよりももっと上の空に向かって声を上げた。
「――チエラドンナ。あれは夢などではなかった。君はあの夜、一旦は私の体に入ったシニスターの滴を抜き取ったのだな。私が滴なしでもここまでやれると思ったからか、それとも……だが安心してくれ。私はこうして生きているし、再びあなたに会うまで――」
 呆気に取られていたリチャードがようやく正気に返った。
「一体何を言っているんだ。それにしてもあんた、シニスターなしでそれだけの力を発揮していたのか」
「そのようだな」
「ではシニスターはもうこの世に存在しないな」

 その時、城の天井からサッカーボールほどの大きさの赤い玉がゆっくりと降りてきた。赤い玉は喜んでいるかのように大帝の周りをぐるぐると回った。
「――これは恐らく創造主チエラドンナが私から抜き取っておいたシニスターの滴だ。お前たちで好きにするがいい」
「四回目ともなると鬱陶しいな」
 リチャードは剣を抜き、赤い玉に斬りかかった。赤い玉は真っ二つに斬り捨てられ、霧のように消えた。
「散々銀河をかき回したシニスターもこれにて終了だ」
「……あっけないものだ。私も退場するか。後はお前ら――」
 大帝が背を向けようとすると声がかかった。

 
 コメッティーノが去ろうとする大帝を呼び止めた。
「ちょっと待てよ、大帝」
「何だ、コメッティーノ議長?」
「こんな終わり方じゃ満足できねえ。勝負つけようじゃねえか」
「コメッティーノ、何を言い出すんだ」とリチャードが言った。「もう終わった。それでいいだろう」
 リチャードはリンたちにも同意を求めたが、誰一人頷く者はいなかった。
「何てこった。お前ら――仕方ないな。大帝。勝負が必要のようだ」
「ほお、さすがは七武神と呼ばれるだけはあって血の気が多い。良かろう、その勝負受けてやる」

 
 無人の城内で七人が大帝を取り囲む形になった。
 コメッティーノが正面から大帝に飛びかかったが、大帝に触れる寸前で地面に叩き伏せられた。
 他の六人も呆気に取られる間もなく、同じように強力な力により地面に押さえつけられた。
「終わりだ。そこからは起き上がれない」
「ちょ……っと待て」
 地面に押し付けられながらコメッティーノが叫んだ。
「どうした?話したい事があるなら少し楽にしてやる」

「がはぁ」
 コメッティーノは大きく息を吐き出した。
「七人も雁首揃えときながら、おめえやゲルシュタッドに手も足も出ねえ。何が七武神だ、こんちくしょう」
「コメッティーノ、七武神だからと言って最強である必要はない。お前たちは弱いが、弱いからこそ人々の気持ちがわかるのではないかな」
「くそ、それじゃあだめなんだよ」
「それとも銀河の覇王でも目指し、《享楽の星》まで出向いてドノス王を倒すか――残念ながらお前たち七人にそこまでの力はない。『銀河の叡智』を再現させようとする、それだけでも十分すぎるではないか」
「この野郎、好き放題言いやがって。難しい事はよくわかんねえが、とにかく勝負にならなきゃだめなんだ」

 そう言ったコメッティーノの体から白い光が立ち昇った。残りの六人からも青い光、赤い光、黄色い光、色とりどりの光が立ち昇り、空中で一つになり、激しい爆発が起こった。

 大帝は爆風に吹き飛ばされ、術が解けた七人はようやく立ち上がった。
「驚いたな」と言いながら、大帝は壁際で立ち上がり、再びコメッティーノに近づいた。「訂正しよう。お前たちはすでに『銀河の叡智』を味方に付けたようだ」
「まだまだこんなもんじゃねえ――」

「コメッティーノ、どいて!」
 コメッティーノの言葉を遮ったのはリンだった。リンの体は青白く光っていた。
「リン、いかん。マザーに止められている」
 リチャードがその様子を見て叫んだが、リンは首を横に振った。
「大丈夫だよ。大帝、いくぞ」
「ふふふ、面白い。息子の天然拳を受けられるとは光栄だ」
 大帝は胸を張り出して正面から受け止めようとした。

 リンの渾身の天然拳が発射され、大帝はそれを正面から受けた。目の眩むような光が城内に溢れ、リチャードたちが再び目を開けた時には大帝の姿はなく、リンだけが倒れていた。
「大帝は?」
 リチャードは急いでリンに駆け寄りながら言った。
「消えた、リンは大丈夫か?」とコメッティーノが言った。
「いつもの通りだ。心臓が止まっているが、そのうち動き出す……ああ、動き出した」
「おい、紙切れが残ってる。《七聖の座》で待つ、だってよ」
「行こうじゃないか。私たちの最後の舞台に」
 リチャードはリンを抱き上げながら言った。

 

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 ジウランの日記 (12)

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