6.8. Story 2 ヴァニティポリス

2 ヌーヴォー

 リチャードがリンたちの待つ公園に戻る頃にはすっかり夜も更けていた。
「済んだか?」とコメッティーノが尋ねた。
 リチャードはコメッティーノにスピードスターを渡しながら、「ああ」とだけ答えた。
「どうする、今日はここで休むか?」
「いや、進もう。ゲルシュタッドはきっと首を長くして待っているに違いない」

 
 リチャードの言葉に従ってリンたちはヌーヴォー地区に向かった。ヌーヴォー地区は温かな光に包まれ、柔らかな曲線の多い設計の建物が並んでいた。

「ところでリン」
 静かな夜の町を歩きながらリチャードが言った。
「ジェニーもランドスライドもこれから会うゲルシュタッドを知らないだろう」
「うん。でも元帥って事は将軍よりも偉いんでしょ?」
「まあな」と言って、リチャードは笑った。「確かにゲルシュタッドは強さで言えば銀河一かもしれない。元帥と呼ぶのにふさわしい」
「ええ、他に何かあるの?」
「ゲルシュタッドは良い言い方をすれば最強の戦闘マシンだが、別の言い方をすれば……かなり頭が悪い」
「大帝は仕方なく元帥にして、軍務には一切つけずにボディガードにしてるらしいぜ」
 コメッティーノが説明を引き取った。
「《巨大な星》で手がつけられなかった暴れん坊が唯一負けた相手が大帝で、それ以来、大帝の舎弟となった。ある意味、最も熱烈な大帝の信奉者という事になるな。連邦に来い、などとは口が裂けても言えない」とゼクトが言った。
「私たちの到着を待ちくたびれているだろうな」と水牙も笑いながら言った。
「へえ、可愛いじゃない。ご主人の帰りを待っているワンちゃんみたいで」とジェニーが言った。
「まあ、とにかく行ってみよう。待っているのは地獄の番犬かもしれないぞ」

 
 ヌーヴォー地区の中心に色取り取りのイルミネーションに輝く噴水池のある美しい広場があった。深夜だというのに人通りも多く、噴水の周りでは恋人たちが愛を囁き合っていた。
 その場に不似合いのいかつい男が一人でぽつんと立っていた。背丈は二メートル以上、短髪にがっちりした胸板をしていた。笑っているような表情で、若いのか年を取っているのかわからなかった。

 男はリンたちを見つけ、大きく手を振った。
「遅いぞ。ずっと待ってたんだからな」
 リンたちがどう答えていいか迷っていると、リチャードが前に進み出た。
「済まん。ポリスで時間を食ってな」
「何だ、そういうことか――あ、お前、リチャード・センテニアじゃあないか。最近あまり会わないな」
「うむ、まあな」
「お前、何でこんな所にいるんだ?」
「お前こそ私たちを待っていたのだろう」
「いや、おれは七武神を待っているんだ――あ、もしかして連れてきてくれたのか?」
 確かに頭が悪い会話だ、リンが心の中で思っているとリチャードが答えた。
「まあ、そんな所だな」
「ありがとう、ひい、ふう、みい――あれ、六人しかいない。そうだ、リチャード、お前も入れ。そうすれば七人だ」
「最初からそのつもりだが……で、何をする?」
「決まっているだろう。夜なんだから飯を食い、酒を飲み、そして寝る。店は決めてあるんだ。行こう行こう」
「だそうだ」
 リチャードは呆気にとられている他の六人に言い、ゲルシュタッドの後をついて歩き出した。ゲルシュタッドは皆が付いてきているか確認のために振り返った。
「あ、リチャードも来たのか――いいや、お前一人くらいどうにかなる」
 リチャードは肩をすくめて夜の町を歩いた。

 
「さあ、たっぷり食って飲んでくれ」
 ゲルシュタッドが案内したのはヌーヴォー地区のはずれにある古い酒場だった。陽気な酔っ払いたちが歌を歌い、騒いでいた。
「やあ、元帥、お友達かい?」
「よぉ、ゲルさん。こっち来て一緒に飲もうよ」
 酒場の客たちは気軽にゲルシュタッドに声をかけた。

「ずいぶんと人気者だな」
 乾杯が終わり、リチャードが言った。
「ああ」
 ゲルシュタッドは少し沈んだ声を出した。
「《巨大な星》では暴れ者だっていつも怒られてたけれど、ここではみんな優しくしてくれる」
「お前がいい奴だからじゃねえか」
 何かの肉にかぶりつきながらコメッティーノが言うとゲルシュタッドの顔がぱっと明るくなった。
「本当か、なあ、おれ、いい奴か」
「大帝の教育が良かったんだろ」
「――でも、もうお別れしなくちゃならない」
 そう言い、ゲルシュタッドはまた悲しそうな顔に戻った。
「何か言われたのか?」
「帝国は解散する。お前も好きな人生選べ。その前に七武神に会っておけって」
「へえ、大帝はお前がもう一人でも生きていけるって思ったんじゃねえのか?」
「そんなわけない!」
 ゲルシュタッドがテーブルをどんと叩くと、その音のものすごさに一瞬酒場中がしんとなった。

「ああ、ごめん、ごめん」
 ゲルシュタッドは立ち上がり、他の客たちに頭を下げて、再び席についた。
「おれ一人でなんか生きていけない。アニキの命令だから七武神に会う――会うってのは戦うってことだ。明日は闘技場で戦う」
「……闘技場かい。そりゃ本格的だな」
「おれ一人対七武神、立会人は、そうだなあ――リチャード、お前やってくれ」
「おい」
 リンたちと話していたリチャードは苦笑して言った。
「いい加減に理解してくれよ。七武神には私も入っているんだ」
「何だ――じゃあ、お前、昔より強くなったのか」
「もちろんだ……だがお前には勝てない……七人全員でかかってもどうかな」
 リチャードの言葉にリンとランドスライドとジェニーは目を丸くし、水牙とゼクトは黙ったまま食事を続けた。コメッティーノだけが顔を真っ赤にして叫んだ。
「こいつはそんなに強いのか」
「うむ」

 リチャードは《鉄の星》でゲルシュタッドと対峙した時の事を回想した。あの時は指一本触れる事すらできなかった。リチャードは苦い記憶を噛みしめながら答えた。
「おそらく銀河で一番強い」
「へえ、そりゃあ戦い甲斐があんなあ。まあ、いざとなりゃリンが景気よくぶっ放し――」
「無理だよ、コメッティーノ」
 リンが食事の手を止めた。
「僕はこんな純粋な人に天然拳は撃てないから」

 
「お前ら、仲が良くていいなあ」
 ゲルシュタッドはうらやましそうにリンたちの会話を聞いていた。
「でも、おれに勝たないと次の地区には行かせない。おれに勝てない七武神なんて認めない」
 しばらく他愛のない話を続けていると、ゲルシュタッドが「ああ、そうだ」と言い、突然に立ち上がり、酒場中に響くような大声で叫んだ。
「みんな、明日昼過ぎに闘技場でおれとここにいる七武神が闘うから、絶対観にきてくれ!」
 酒場の客たちは一斉に指笛やテーブルをどんどんと叩いてはやし立てた。歓声の止まない中、ゲルシュタッドは席に着いて安心したように笑顔を浮かべた。
「さあ、今夜はとことん行くぞ!」

 
 さらに夜が更けて、段々と場が乱れていった。
 隅の席に座っていたゲルシュタッドは地元の客たちのどんちゃん騒ぎの輪に入って浴びるように酒をあおっていた。

 
 テーブルの上に置かれた山のような食事をぱくつきながら、ランドスライドがリンとジェニーに話しかけた。
「ぼくは今まで狭い世界で生きてきたから毎日が驚きの連続です。本当に人間って面白いですねえ」
「そうね。帝国も解散したんだからコメッティーノもとっとと連邦に連絡すればいいのに、こんな所で油売ってる。緊張感ないわよね」
「まだ最後の大物が残ってるじゃないか」
 リンがジェニーにやんわりと言った。
「あ、何かその物言い、むかつく。年上ぶって――まあ、さっきの『僕はこんな純粋な人撃てないよ』はちょっとかっこよかったけどね」
「冷やかさないでよ。でもこの七人で旅できるのもいつまでかなあ」
「ぼくは仲間になったばかりで、もっと皆さんと一緒にいたいけど……皆さん他にやる事があるだろうし。コメッティーノなんて連邦議長には思えないですよね」
「周りはもうあきらめてるし、しっかりした人たちばっかりだから大丈夫なのよ――あんた、いずれは《享楽の星》を目指すんだろうし、その時にはまた一緒に旅ができるよ」
「《享楽の星》か。そうですね、オンディヌやシルフィ、それに皆さんと一緒に行きたいですね」

 
 その隣ではゼクトと水牙が向かい合って酒を静かに飲んでいた。
「なあ、水牙。同じ武人として元帥をどう思う?」
「うらやましいの一言に尽きるな。一点の曇りもない性格、その性格のままに強いのだろう」
「少しリンに似た部分があるな。リチャードのようにあまりにも重い物を背負って戦う者もいれば、屈託なく思うがまま戦う者もいる」

 
 さらにその隣ではリチャードとコメッティーノが話し込んでいた。
「おれはよ、おめえがうらやましいよ。これでダレンに戻りゃ、仕事が山のように待ってんだ。おめえみたいに生涯戦い続ける宣言をしてみてえ」
「そんなにうらやましがるな。それはそれで辛い道のりだ。来る日も来る日も戦いに明け暮れ、龍が蘇るその日まで戦い続けなければならんのだぞ……しかも今のように仲間がいる訳ではないからな。きっと一人で戦うのだ」
「ふふん、淋しいのか」
「そんな事は一言も言ってない」
「いいんだよ。淋しい時にはいつでも呼べ。他の奴らはどうかわかんねえけど、おれは何があっても駆けつけてやっからよ」
「ははは、議長がいれば心強い」
 リチャードはそう言ってグラスを上げた。

 
 リンはリチャードに腕を揺すられて目を覚ました。どうやら酒場のテーブルに突っ伏したまま寝ていたようだ。
「ああ、リチャード。おはよう」
 ジェニーもランドスライドも起きたばかりのようだった。
「ゲルシュタッドはもう闘技場に行っている。お前らも早く準備を始めておけよ」
「まだ昼になってないでしょ?」
「もう日は高いぞ」

 
 七人が闘技場に向かうと、すでに客席には人が入り、ゲルシュタッドが準備運動をしていた。
「やあ、来たな。こっちはいつでもいいから、準備ができたら言ってくれ」
「こっちもいつでもいいが」
 リチャードは観客席を気にしながら言った。
「一対一では敵わないのは承知している。だから――」
「当り前だ。全員でかかってこい。誰もひきょうだなんて思わない」
「わかった。では全員でいかせてもらうぞ」

 
 リチャードの言葉を合図にいつもの陣形を取った。コメッティーノのすぐ後ろにリチャード、そのやや後ろに水牙、左にジェニー、右にリン、最後尾にゼクトとランドスライドが並んだ。
「いくぜい」
 コメッティーノがゲルシュタッドに向かって叫んだ。
「来い。一回目はすべて受ける」
 ゲルシュタッドは構えを取らずに答えた。

 
 いつもの通り、コメッティーノがゲルシュタッドの懐に飛び込み、手刀を両腕の急所に打ち込んだ。息もつかせずリチャードが渾身のパンチを顔面に見舞い、水牙がその後ろから「氷柱乱舞」を打った。
 右に展開していたジェニーはフェニックスを側面から放ち、最後尾のゼクトの『真空剣』、ランドスライドの『グランドマスターメテオ』がゲルシュタッドを襲った。
 唯一、左に展開していたリンだけは攻撃をせずにじっと成行きを見守った。

 真空剣とメテオにより周りの地面が抉り取られ、土煙が上がった。煙が晴れると何食わぬ顔でゲルシュタッドが元の位置に立っていた。
「やるなあ、お前ら。いいぞいいぞ。リチャードも強くなったな」とゲルシュタッドは殴られた頬を撫でて、にやりと笑った。「でも、まだまだだ。さあ、こいよ」

 
 再びコメッティーノが向かっていった。ゲルシュタッドは素早いコメッティーノの動きに慌てる事なく左足を軽く蹴り上げ、コメッティーノは腹を押さえて蹲った。
 リチャードがすぐさまパンチを伸ばすが、ゲルシュタッドはその拳を掌で受け止めた。これを見た水牙は水流をゲルシュタッドの顔面に浴びせた。ゲルシュタッドはくすぐったそうにしてリチャードを捕えていた手を離した。
 側面から飛んできた火の鳥をゲルシュタッドは左手一本で叩き落とした。正面からの真空剣の衝撃波を両手で止め、空から降る隕石を拳で破壊した。
「あれえ、さっきから攻撃の回数が少なくないか」
 ゲルシュタッドはリンが攻撃に参加していないのに気付かないようだった。

「まあいいや。さあ、もう一回やるかい」
 ゲルシュタッドは足元で倒れているコメッティーノに手を貸して起こしながら言った。
「ありがとよ」
 コメッティーノは苦しそうな表情のまま答えた。
「当り前だろ」

 観客席ではコメッティーノの倒れても又起き上がる姿に拍手が起こった。コメッティーノは観客に軽く手を上げて応えてから、リンに向かって言った。
「おう、リン。見てたろ。こいつはとてつもなく頑丈みたいだから、ぶっ放しても大丈夫だぞ」
 リンはにこりと笑って左手でOKサインを作った。それを見たコメッティーノもにやりと笑った。
「今度はこっちも全員でいくぜ」
 コメッティーノは足首にノーラの形見のスピードスターを付けた。

 
 三度目の攻撃が始まった。コメッティーノが飛び込むとほぼ同時に、水牙、ジェニー、ゼクト、ランドスライドが飛び道具を撃ち出した。
 ゲルシュタッドが先ほどと同じように手を使って攻撃を受けようとしていると、唐突に左手からリンの天然拳が襲った。
 不意を突かれたゲルシュタッドは対応が取れず、体の向きが捻じれて、両腕だけで天然拳を受け止める形となった。
 天然拳をまともに受けた体勢のままで弾き飛ばされ、きりもみ状態で宙を舞い、闘技場の地面に頭から突っ込み、観客席から一斉に悲鳴が上がった。

 
 ゲルシュタッドは仰向けに倒れたままで起き上がってはこなかった。
 観客席は水を打ったように静まり返り、心配になったコメッティーノが近寄ると、ゲルシュタッドは目をぱちぱちと瞬かせていた。
 コメッティーノだけでなくリンたちも傍に寄ってきて、ゲルシュタッドを囲むように車座になって座り込んだ。

 観客は不安げな面持ちでこの様子を見ていた。ゲルシュタッドは仰向けのまま大声で叫んだ。
「ちきしょーっ、ちきしょ、ちきしょ」
「何で『ちきしょう』なんだ?」とコメッティーノが尋ねた。
「アニキはおれを捨てた。一人で生きてかなきゃならないのに、お前らにも勝てなかった。どうすりゃいいんだよ」
「ゲルシュタッド、おめえわかってねえな。観客席にいる奴らを見てみろよ。みんなおめえを心配して見守ってんだぞ――それによ、おめえは強い。誰も勝てねえよ」
 コメッティーノの言葉にゲルシュタッドはのろのろと起き上がった。
「み、みんなぁ」
 ゲルシュタッドが起き上がるのを見た観客たちは一斉に拍手をし、歓声を浴びせた。
「この場所で暮らしていけばいいんじゃねえのか」

 

先頭に戻る