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3 嘘つきの村
リンたちは『草』と別れ、一旦ポリスを離れ、西に向かった。
「なかなか素晴らしい星じゃねえか」
コメッティーノは快適なトランスポートにご満悦の様子だった。しかしモデスティ、ペイシャンスとポリス地区のある丘を回って、さらに西に進むと、そこでトランスポートは終了し、一行の目の前には荒涼たる地平が広がっていた。
「これを西に向かえってのかよ」
「おい、立札があるぞ。『これより先、自己責任において進まれたし』だそうだ」
リンたちは西に向かって舗装されていない道を歩いた。
「しかし嘘つきとはな。住民はたまったものではない」
ゼクトがぼそりと言った。
「ああ、あの六つの丘だって、カインドネス(親切)、テンペランス(節制)、ジェネロシティ(寛容)、モデスティ(慎み)、ペイシャンス(忍耐)、そしてフェイス(信仰)と美しい名前がついているが、全体で見れば『ヴァニティポリス(虚栄の街)』だからな。この星では色々と価値観が違っているようだ」とリチャードが言った。
「ところでランドスライド、錬金候はどんな奴だ?」
コメッティーノの質問にランドスライドは首を横に振った。
「会った事がないんです。コロニーでも会ったという人は知りません」
「ゲンキもか?」
「ゲンキはその話になると不機嫌になって、何も語ってくれません」
「あのカメ、何か隠してやがんな」
「ねえ、あれ」とジェニーが前方を指さして言った。「集落じゃない?」
リンたちは小さな集落の中に入った。人の姿が見当たらなかったが、ようやく一人の住民を見つけ、この場所の名前を尋ねた。
「なあ、ここは嘘つきの村かい?」
「そんなんじゃないよ」
「ふーむ……という事はここが嘘つきの村だな」
村人が行ってからリチャードが言った。
「じゃあ探そうぜ」
やがてリンたちは一目で他の民家とは異なる屋敷の前に出た。
「どう考えても怪しいな」
コメッティーノの言葉に全員頷き、屋敷の門から中に入った。
中庭には色とりどりのバラのような花が咲き乱れていた。中心部がバラの棚のようになっており、その下にはテーブルとイスが置かれ、一人の男が背中を向けて茶を飲んでいた。
「父上……」
ランドスライドが声を絞り出し、テーブルによろよろと近づいた。その声に振り向いたあごひげを生やした精悍な男はランドスライドを見てにこにこと微笑んだ。
「父上……心配しました」
ランドスライドは男の顔をまじまじと見つめてから言った。
「……いや、あなたは父上ではない。誰ですか?」
男は尚もにこにこと笑っていたが、それが徐々に高笑いへと変わっていった。
「何を言う、ランドスライド。父の顔を見忘れた訳ではあるまい」
「……違う。あなたは父ではない。お前は誰だ?」
「わははは、やはり実の子は気付くものだな。私はジュヒョウ、又の名を錬金候と言う」
「何故、父に瓜二つなのだ?」
「聞いていなかったのか。私とフロストヒーブは双子、似ていて当然だ」
「……何だって?」
「おい。開拓候はどこにいるんだ?」
たまらずリチャードが尋ねた。
「ここにいる。私はジュヒョウであると同時にフロストヒーブでもあるのだ」
「……何を言っているんだ」
「実はね、我々は元々一人の精霊として生まれるべき所をどういう手違いか、二つの人格となってこの世に現れてしまったのだよ。つまり善のフロストヒーブと悪のジュヒョウだな」
「あ……」
「我々は事ある毎にいがみ合ってきた。私なんぞはどうやって彼を抹殺しようかとそればかりを考えていた時期もあったよ。だが実行には移さなかった。どうしてかわかるかい、リチャード君」
「……」
「片方を消せば、もう片方も消えるのではないかと恐れたからだよ。ところが最近起こったある出来事が私の背中を押してくれた」
「……出来事?」
「そうだよ。二つに分かれた人格の片方を消すと残った方がもう片方の人格も継承する。私が言っている意味がわかるね、リチャード君」
「……お前はフロストヒーブを殺した……のか?」
「おやおや、リチャード君。らしくない言い方だな。本来一つであるべき人格に戻すために片方が犠牲になった。そう言わないとだめだろう」
「父を殺したんだな?」
「ランドスライド、お前もわかっていない。私はお前の父、フロストヒーブでもある――」
「あなたは父なんかじゃない!」
「ははは、ずいぶんと嫌われたものだな」
「で、錬金候よ」とコメッティーノが言った。「そんな話をするためにここで待ってたのかよ」
「いくつか理由がある。まずは私の到達した高みを共有してもらいたかったのだ。特にリチャード君にね。後は……そう、私の中にまだ残るフロストヒーブの感情がどうしてもランドスライドと最後の挨拶をしたがっていた、という事かな」
「お前」
コメッティーノが静かに言った。
「研究だか何だか知らねえが、ランドスライドの親父を殺した事には変わりねえ。せっかく人格を吸収したらしいが、わずかな期間だったな」
コメッティーノの言葉を合図にリンたちが構えを取った。
「おや……私を殺すつもりか。果たしてそう上手くいくかな?」
錬金候は「くっくっ」と笑いながらランドスライドを見た。ランドスライドはうつむいたまま立っていたが、やがて顔を上げた。
「待って下さい。ぼくにはこの男を殺せません。この男は錬金候ですけれども……ぼくの父、開拓候でもあるんです」
リンたちが構えを解くと、候は勝ち誇ったように笑った。
「本当はランドスライドを連れて行きたかったが、まだその時期ではないようだ。まあいい、ランドスライド。気が向いたら《享楽の星》を訪ねてくれ――父はいつでもお前を歓待するぞ」
錬金候は笑いながら屋敷の外へと出ていった。
「七武神の諸君、諸君もいつでも《享楽の星》に来るがよい。ドノス王もきっと喜ばれる」
声は段々小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。
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