6.8. Story 1 『錬金候』

2 ブルーバナー本社

 シップはヴァニティポリスのポートに着いた。
「しかし気味悪いくらいに抵抗がないな。ディスプローズの言った通り、帝国軍は解散したんだな」
 ゼクトがシップから降りて言った。
「祝砲も上がらねえし、祝っている風でもねえ。それがこの星の面白い点だ」
 そう言って、コメッティーノもシップを降りた。
「うむ、この星では為政者が誰であろうと、如何に経済活動を効率的に行えるか、そちらの方が重要らしい」と水牙が言った。
「『草の者』、蕾(らい)と芸(げい)との待ち合わせには少し時間がある。ポリス地区だけでも見ておかないか」とリチャードが言った。

 
 ヴァニティポリスはきれいな五角形に並んだ六つの台地から構成されている。おそらく自然の造った奇跡に感動したルンビアが手を加えたであろうが、それぞれの台地の頂上に『旧文化』と呼ばれる建造物から構成される円形の一角がある。それをゴシック、ヌーヴォー、ポリスの各地区が同心円上に取り巻くように構成されている。

 ヴァニティポリス (別ウインドウが開きます)

 
 リンたちは五角形の最も手近の角にあたるジェネロシティ(寛容)の丘のポリス地区に行った。新しいビルがいくつも整然と立ち並び、ビルの間をシップがゆっくりと航行していた。
「ポリスには新しいデザインの建物しか許可されていない。逆にこの奥の地区には新しいデザインの建物はないらしい」

 一団の中でリンとランドスライドは動く歩道の上できょろきょろしていた。
「田舎から都会に出て来たばっかりの青年みてえだな」
 コメッティーノが言い、リンとランドスライドは同時に頷いた。
「そりゃそうだよ。ダレンなんて目じゃないね、これ」
 リンがため息まじりに言い、ランドスライドも言った。
「父が《虚栄の星》には行くなと言っていたのが頷けます」

「そのお父上を早く探さなくてはな」
 水牙が慰めるように言った後で、あるものに気付いて声を上げた。
「――おい、リン、あれを見ろ。ブルーバナー社の広告サインが出ているぞ」
「ブルーバナー?」
「忘れたのか。《エテルの都》でV・ファイト・マシンをやったろう。あれを製造販売する会社だ」
「ああ、僕らが新記録を出した」
「ちょっと待て。何かメッセージが流れてるぞ――『ついに登場!新バージョンのV・ファイト・マシン!』――我々が記録を出したので新しいのを開発したようだな」

「おいおい、お前ら、任務中に遊んでんじゃねえよ。V・ファイト・マシンってあのインチキだろ」
 コメッティーノが不機嫌そうに言った。
「コメッティーノ。インチキではないぞ」
「いや、インチキだ。おれの急所を突く手刀を一切判定できなかったんだからな」
「それはお前のスピードが速すぎて――しかし新バージョンであればそこも修正済みかもしれないな」
「確かめようじゃねえか。どうやらブルーバナーの本社が近くにあるみてえだ。そこで開拓候の行方を尋ねると同時に、インチキかどうか確認してみようぜ――リチャード、『草』との待ち合わせは大丈夫だよな?」
「ああ、ここの近くに来てもらうように変更しておく」

 
 リンたちは動く歩道に乗って本社に着いた。ゲートでポータバインドをかざすと、しばらくして数人の社員が走って現れた。
「はあ、はあ……これは一体、本当ですか?」
「ああ、本当だ。七武神の訪問だぜ」
「少々、少々、お待ち下さい」
 息を切らした社員はその場でヴィジョンを開き、報告をした。初めは上司らしき男だけが映っていたが、そこに一人増え、二人増え、最後には社長秘書らしき美しい女性が映し出された。

「お待たせしました。社長がお待ちです。すぐにご案内致しますのでどうぞお入り下さい」
「別にそんなつもりはねえよ。二つばかり聞きたい事があっただけだよ」
「私共でわかる内容でしたら」
「一つはすぐにわかるだろうよ。新型のV・ファイト・マシンの件なんだがよ」
「あわわわ、その件でしたらやはり社長に」
 社員たちは一切の会話を拒絶して去っていった。

 
 ビルの最上階の見晴らしのいい会議室に三人の男が現れた。最も年長らしき男が口を開いた。
「社長のドリン・ミットフェルドです。来られるのでしたら事前にご連絡を頂ければ、それなりのおもてなしを致しましたのに」
 ドリンは頭が禿げ上がった実直そうな男だった。
「隣にいるのが息子で専務のクゼ、その隣がV・ファイト・マシン開発リーダーのトラパンズです」
 社長に紹介され、二人が頭を下げ握手を求めた。トラパンズがぶ厚い眼鏡をかけた技術者風の男なのに対して、クゼは髪の毛をオールバックに撫で付け、にやけ面をした一癖ありそうな二枚目だった。

 
「それでV・ファイト・マシンの事をお尋ねになりたいとか……」
 ドリンが恐る恐る尋ねた。
「おお、そうだ。常々あのV・ファイト・マシンには言いたい事があってよ」
「あの、それに関しましては」とトラパンズがもじもじしながら言った。「確かにご本人の許可を頂いていない点はお詫び致します。特に今回の新バージョン――」
「新バージョンがどうかしたかい?」
「はい、《エテルの都》で皆様が出された新記録をデータとして取り込みました。ただ後で承諾は取るつもりだったんです」
 トラパンズは泣きそうな顔になっていた。
「……このような小さな会社をいたぶって楽しいですか?」と言うドリンも泣き出しそうだった。
「おい、勘違いすんなよ。おれが言ってんのは、おれみたいなスピードキングだとマシンが反応しねえ、その点が改善されたかって事だよ」
「は、は、ははは。そうだったんですか。それでしたら対応済みです。実際にかつてダレンでマシンが破壊された事件もありましたし」
「……へえ、マシンをな。そりゃあ良くねえや」

「で、皆様のデータを使用するのは問題ありませんか?」
「ねえよ。最も一般人でおれたちとまともに戦えるとは思えねえが」
「もちろんです。リチャード様の時と同様、リン様も水牙様もジェニー様も隠しボスという扱いでございます」
「私が隠しボスだって」とリチャードが眉を吊り上げた。「聞いてないぞ」
「は、はい。リチャード様のデータは帝国軍に在籍当時のものを入手しました」

「気に入らねえな。なあ、ゼクト、ランドスライド」
「まだ何か?」
「ああ、おれたち三人も混ぜろって言ってんだ」
「……本当ですか?」
「当り前だ。ここにいる七人は銀河で一番強いのは自分だって思ってんだ」
「ならば私のデータも取り直してもらわないとな」
 リチャードまでが調子に乗って主張を始めた。
「本当に、本当ですか?」
 社長は泣き笑いのような表情を浮かべた。
「社長、これはいけますよ」とそれまで黙っていたクゼが初めて口を開いた。「七武神が全面協力してくれたという事になれば、どこの星でも爆発的に売れるはずです」
「あんまりそういう経済活動に肩入れしちゃいけねえんだけどよ。乗りかかった船だ。ただデータ取りはここでの用事が終わってからにしてくれや」
「それはもちろんです。お時間のできた折にお立ち寄り下さい」

 
「さて、こっちが本題だ。あんたら、錬金候がこの星にいるって噂は聞いた事ねえかい?」
「錬金候、それは誰でしょうか?」
 ドリンは首をかしげ、トラパンズもわからないといった顔をした。
「……ジュヒョウという名ではないでしょうか?」とクゼが言った。
「おい、クゼ、何を言い出すんだ。お前又、怪しい奴らと付き合っているんじゃないだろうな」
 ドリンがクゼを諌めるように言った。
「おお、それだよ」
 コメッティーノは親子の葛藤を無視して言った。
「どこにいるのか知らねえかい?」
「ヴァニティポリスを西に行った『嘘つきの村』で見かけたと聞いた事があります」
「……ありがとよ。じゃあまた来るわ」
「こちらこそありがとうございます」

 
 リンたちが外に出ると二人の『草の者』が近づいた。
「嘘つきの村か?」
 リチャードが真っ先に口を開くと『草』、蕾と芸は「どうして、それを?」と言って驚いた。
「ある人物が言っていた。やばい筋の情報か?」
「はい。かなり」と蕾が答えた。「ヴァニティポリスの裏の世界の奥深くでようやく聞き出せました」
「ふーん、あのクゼっていう男、とんだ食わせ者だな」
「そんなのどうでもいいじゃねえか。早いとこ嘘つきの村行って開拓候を助け出そうぜ」
「ああ、そうだな」

 

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