6.7. Story 2 精霊の故郷

4 ランドスライド

 火のコロニーでは熱風が渦巻き、炎の粉が舞い上がった。水牙が水壁を唱える事によって、どうにか歩く事ができた。
「精霊ってのはよくこんな場所で暮らせるな」
 コメッティーノが目を細めながら言った。
「はい、一度だけ『豪雨候』の《灼熱の星》に行った事があるんですが――」とランドスライドが言いかけ、コメッティーノがそれを遮った
「それだけどよ、《灼熱の星》なのに何で豪雨なんだ?」
「《灼熱の星》も、ここと同じように普通の人は住めない暑さだったんだそうなんです。そこで候は恒星のエネルギーを集める装置を作って、降雨装置を作動させたんです。雨は何日も振り続けたそうです。そして奇跡が起きたんです。雲が形成され、恒星の熱を和らげ、人が住めるようになったっていう話です」
「皆、他人のためにその身を捧げてるっていうのによ、何で錬金候だけはそうじゃねえんだ?」
「さあ、ぼくにはわかりません」

 
「そろそろ出てきてもおかしくありません。注意して下さい」
 しばらく進んだ所でランドスライドが全員に声をかけた。その声が終わらないうちに水牙に炎の塊が降り注ぎ、水牙は寸前で飛びのいてこれを避けた。
「始まったぜ。どこにいやがる」
 コメッティーノが叫んだが、相手の気配はなかった。
「固まっていては危険だ。散開するぞ」と水牙が言い、真っ先にジェニーが舞い上がる熱風をものともせず、走り出した。
 ジェニーが離れた場所で銃を構えると、今度は氷の刃がジェニーに降り注いだ。
「きゃっ」と言ってジェニーは慌てて飛び退いた。
「いひひひ。火には水、水には火。どうにもならんだろ」と甲高い声が響き渡った。
「てめえ、フローズンファイアか。姿を見せやがれ」とコメッティーノが叫んだ。
「愚か者め。もうお前らの前にいるわい。いひひひ、おれは気体だから倒すのはおろか、手を触れる事すらできぬわ」
「ふーん、気体人間か。飯食う時に大変だな」
「黙れ」
 コメッティーノの足元に炎の塊が飛んできた。

「こういうのはどうだ」
 ゼクトが一歩前に出て、『風切の刃』を空間のあらゆる方向に向かって発射すると空間には刃の軌跡だけが残った。
「いひひひ。どこを狙ってる」
「水牙、そこだ」と言って、ゼクトが指さした場所だけは刃の軌跡が消えていた。水牙がその方角に向かって冷気を唱えると空間で何かが凍りついた。
「今だ、ランドスライド」
 今度は水牙が叫び、ランドスライドは言われるままに凍り付いた何かに『グランドマスターメテオ』を見舞った。
「ぎゃっ」っと、つぶれたような声を出して凍り付いた何かが消えた。
「手ごたえは?」
 コメッティーノが尋ね、ランドスライドは大きく頷いた。
「開拓候はどこだ?」
「手分けして探そう」

 
 結局、リンたちは何も発見できないまま、水のコロニーに戻った。ほどなくコメッティーノたちも火のコロニーから戻り、全員集結した。

「さてと、候はどこにいるのやら」
「風のコロニーにも火のコロニーにもいないとなると……全く別の星か」
 そこにオンディヌとシルフィがゲンキと王先生と共にやってきた。
「やっと来たのかよ。遅いじゃねえか」
 コメッティーノがゲンキの姿を見つけて言った。
「ごめぇん。黄龍と話し込んでて……フロストヒーブを探してるんだろぉ」
「何だよ、おめえ、居場所知ってんのか。だったら言えよ」
「うふっ、それはだめ。だってまだ片付いてないしぃ」
「何だと?」
「ここまで連れてきちゃったよぉ。ストーンサイクロンたちを」

 
 ゲンキがそこまで言ったのが合図のように石つぶての降る音がした。リンたちが急いでコロニーの外に出ると、そこには巨人が立っていた。
 ストーンサイクロンの肩の上には、さっきまでは気体だったフローズンファイアが実体化してちょこんと乗っていた。顔の左半分が青、右半分が赤に塗り分けられたピエロのような恰好をした小男だった。
「皆殺しだ。てめえら、まとめて殺してやる!」
 ストーンサイクロンが腕を振り回しながら「風火地水」と叫ぶと、つむじ風が巻き起こり、そこからいくつもの炎、氷の刃、石つぶてが猛烈な勢いで飛んできた。
 リンたちはオンディヌたちを守りながら必死で攻撃を避けた。
「こうなりゃ力比べだな」とコメッティーノが呟いた。「ゼクト、水牙、ジェニー、ランドスライド。おめえらの力で打ち消してくれ」

「自分が真空剣を放つから、それに乗せるように撃ってくれ」
 ゼクトが声をかけ、水牙、ジェニー、ランドスライドが構えた。フェニックス、グランドマスターメテオ、氷柱乱舞がほぼ同時に発動して、ゼクトの真空剣と一つになった。
 ストーンサイクロンたちの円を描くつむじ風に対してゼクトの真空剣は直線で進んでいき、両者は激しく空中でぶつかり合い、どちらも消えた。
 唖然とするストーンサイクロンの喉元にリチャードが剣を突きつけた。その隣ではコメッティーノがフローズンファイアを押さえつけた。

 
「さあ、もう逃げられないぞ」とリチャードが剣を突きつけたまま言った。「候はどこにいる」
 ストーンサイクロンはリチャードを振り払おうとしたが、リンが狙いをつけているのに気付いて止めた。
「……知らねえよ。ジュヒョウが連れてったよ」
「質問を変えよう。錬金候はどこだ」
「知らねえよ」
「本当か。普段はどこにいるんだ」
「《虚栄の星》って聞いた。おれたちもしばらく会ってねえんだ」

「ふん……なあ、ゲンキ。こいつら、どうすればいいだろうな」
「元々生まれるはずのない命だよぉ。ここにいちゃあいけないんだなあ」
「なるほど。では『天然拳』でひと思いに消してもらおうか」
 リチャードが目配せをし、リンは頷いて再び構えを取った。
 リンが天然拳をストーンサイクロンの巨体に向けて発射しようとしたその時、「待って」と声がかかった。
「ちょっと待ってよ」とシルフィが声を枯らして叫んだ。「生まれるはずのない命だからって……消すのが正しいの……だったら、だったら、私とオンディヌも消しなさいよ!」

「おい、シルフィ。何言い出す――」
 言いかけたコメッティーノをリチャードが制した。
「ねえ、あんたたちの目指す『パックス・ギャラクシア』ってそんなもんなの。弱い者や虐げられた者も皆が幸せに暮らせるのが本当なんじゃないの?」
 シルフィはなおも叫び続けた。
「……生まれるはずのない命か。この世にそんなものがあるはずない。皆、生まれてきたのは必然だ。そうだな」
 リチャードが剣先をひらめかせながらストーンサイクロンに問い質した。
「お、おれたちゃ候に『ただ暴れてこい』って言われただけだ。どうせ反属性の精霊なんてコロニーじゃ気味悪がって受け入れちゃくれねえ」
「お前ら、生きたいか?」
「そ、そりゃあ生きられる場所があれば」

「王先生、どうだろう。この銀河にはこいつらの生きる場所はなさそうだ。王先生の所で引き取ってもらえないかな」
「わしは構わんよ。ゲンキも誘ったし、人が多い方が楽しいわい。おんしらはそれでいいのか?」
「い、いいのかい」
 ストーンサイクロンは跪き、フローズンファイアもその肩から降りて同じように跪いた。

 
「ランドスライド、精霊を代表して答えてくれ。これでいいか?」
 リチャードが優しい声で尋ねた。
「……ちょっと複雑ですけれど、これが一番だと思います。ぼくも純粋な精霊ではないんで彼らの気持ちがわかります。ぼくだって受け入れてもらえなかったかもしれない……」
「偉いぞ、ぼうず」とコメッティーノがランドスライドの頭を乱暴に撫でた。「オヤジさんも《虚栄の星》にいるみてえだし、そうと決まればぐずぐずしてらんねえ」
「では王先生、この二人の処遇はお任せします」とリチャードが言った。「おい、お前ら、この方はこんな姿をしているが実は黄龍だ。へたな真似すれば一瞬で消されるからな」
 反属性の精霊たちはかしこまった。王先生は笑いながらリチャードに手を上げた。

「とっとと行こうぜ。錬金候だけじゃなく最大の敵、大帝がいる。これが最後の戦いだからそのつもりでな」
 リチャードは見送りのシルフィとオンディヌに声をかけた。
「戦いが終わったらじっくりと話をしよう。では行ってくる」

 

別ウインドウが開きます

 Chapter 8 《虚栄の星》

先頭に戻る